72話 海の日①
眩い陽射しに目を細めながら遠くを見渡せば綺麗な水平線が描かれている、そんな本日。
無事に天候が崩れる事は無く、雲一つ無い青空からは対策を怠ると直ぐにでも日焼けしそうな程に強い陽射しが注がれ、海の向こうから訪れる適度に冷たい風と潮の独特な匂いが鼻腔をくすぐる。
「……? ……たのかなぁ」
既に訪れている人はそれなりに居り奥まで遊泳している者もおれば波打ち際や砂浜で遊ぶ家族や子供達、心待ちにしていたのか水着に着替え海の家から一直線に海へと走りダイブする若者などなど、一貫して賑わうこの光景は当に『海の日』という言葉がピッタリな一日だ。
「……たー!」
海の景色に魅入りながらも人の少ない場所に移動し、肩に掛けていたボストンバッグを置く。そして誘われる様に海に向かって砂浜を歩く。
砂に沈む感触をサンダル越しに感じながら、海水が足首まで浸かる程の場所で立ち止まってからなんとにしに瞼を閉じる。
「……い!…………のかな〜?」
そうして脳裏に思い浮かぶは。
何時もは無に近い表情だが今日この日ばかりは雰囲気に当てられ思わずといった風に頬を緩める佑と、見ているだけで此方もほっこりするような笑顔を浮かべる朱音がキャッキャウフフと楽しそうに水を掛け合う光景。
二人だけで織り成す、そんな美しき青春の一コマ。
「……、………えこの距離で聞こえてないの? マジ?」
だがしかし!!
俺の予想が正しければ……その景色が見れたとしても、二人は俺を見つけ次第に俺の下へ駆け寄り、手を引っ張って巻き込んでくるのだろうな。
今回はそれを防ぐ為に……自然と二人がペアで楽しめるように、急ぎではあったが土日の空いた時間を使ってある『遊び道具』を準備した。
ぐふっ、ぐふふふふふふふ!!
ああヤバい、その先の光景を想像しただけなのに自分でも分かるほどにニヤけて―――
「ふん!!」
「あふん」
不審者に見間違えられない様に口元を抑えていると、背後から踏ん張るような声と共に俺の膝がカクンと前に折曲がった。
意識外からの膝カックンにより体幹が崩れてしまった俺は、海底に棲むイソギンチャクの様にへなへなと情け無い動きをしながら尻餅をつく他無かった。
そして臀部辺りに感じるひんやりと冷たい感触に身を震わせながら、替えの服を用意していて良かったやら、スマホをバッグに入れててよかったやら、そして……こんな事を仕出かした奴は何処のどいつだと思っていると、俺の頭部からぬるりと細い影が射し込んでくる。
誰かが見下ろしている事に気付き、上半身を捻るように振り返る。
「……」
「あっ……」
そこには、学校で毎日顔を合わせるクラスメイトの顔があった。
人好きのする笑顔を浮かべることが多く、男子にも分け隔てなく接し、女子グループの纏め役のようなものを買って出る存在。
普段なら前髪を左右に掻き分けそこから小麦肌の綺麗な肌を覗かせているのだが、今日に限ってはセットを変えている様で前髪は眉毛よりやや下の辺りまでだらりと垂れさせている。
服装もメーカーロゴの入った生地の薄い灰色のTシャツに、ダメージの入ったデニムと、以下にも海コーデと言った感じだ。
荷物が入っている大きなバッグを左肩に掛け、右肩には折り畳まれたビーチパラソルをトントンと一定のリズムで叩くように遊んでいる。細い影とは、このビーチパラソルの物だったようだ。
「……新藤君」
「ひゃ、ひゃい」
勝手にジロジロと見てしまっていたからか、何処となく声は冷ややかなものになっていた。
「待ち合わせ場所は何処だったかな?」
「ちゅ、駐車場の出口辺りです……」
「うん、そうだね。じゃあ次の質問ね? なんで電話に出なかったの?」
「……俺のスマホはあっちのバッグの中に入れっぱなしでして」
「……うん、いきなり膝カックンした私が言うのもなんだけど、スマホが水に浸からなくて良かったよ。後先考えずにこんな事してゴメンね?」
「い、いえいえ〜」
俺のスマホが無事と知って、安堵の息を漏らすと今度は大きなため息をつき始めた。
説教のような雰囲気が少しは霧散したかと思い俺もほっとしていると、今度は鋭い目付きで俺を見下ろし始めた。
「でもね、約束した場所に居ない、電話にも出ない、声を掛けても反応はしないどころか無視、挙げ句の果てにはこんな場所まで近付いて他の女性の水着姿を見ながら鼻を伸ばす」
「伸ばしては―――」
「ん?」
「イエナンデモナイデスヨ」
結果的にニヤついてはいたけれど、決してそんな意図があった訳では無いと言おうとしたが、圧を向けられ謝ってしまった。
「はあ、こんな所にいても埒が明かないし、ここはこれで許してあげるよ」
「あでっ」
このままでは無駄に時間を食ってしまうと考えたのか、ビーチパラソルの先端で額をコツリと叩かれた。
「ほら、ぼちぼち皆も来るだろうし早く準備するよ〜」
「うっす、前田さん」
俺を叩けた事で少しは溜飲が下がったのか、機嫌を直した前田さんは俺に背を向け、今日に俺達が使う休憩場所の確保に向かう。
俺も急いで立ち上がり、自分のバッグを取りに行ってから前田さんの横に着く。
「新藤君の服、結構濡れちゃったけど乾くかな?」
「干しとけば乾くだろうけど……まあ替えの分も持ってきてるから大丈夫だぞ」
「そっか!ん〜どの辺りで広げようか?」
「各々シートとかは持ってくるだろうからなぁ。ある程度の広さが必要だよな……」
「更衣室の近くにしたいけど、大体は取られてあんまりスペース無いもんね」
「だな」
レジャーシート等を設置する場所について、こうして準備担当となった前田さんと共にあれこれ悩みながら準備に勤しんでいく。
海の日たる本日。
本来ならばこの日は女子だけで遊ぶ予定だった筈なのだろうが……なんやかんやあって先程前田さんが『皆』と口にした通り、男子も交えたクラスメイトの大半が此処へ集まってくる。
そう、何故か男子も来ることになったのである!!
どうしてこうなった、と思わなくもないが、此処まで来てしまえば既に遅し。
俺も俺で皆が楽しめるような企画を一つ考えに考え、今日来る数名ほどに急遽準備して来て貰う様に頼んだりしているが―――こうして考えると佑と朱音だけによる青春ラブコメの世界を作るには、一筋縄では行かないかもしれない。
先の不安を募らせながら、鼻歌を歌いながらレジャーシートを広げる前田さんを横目にゴクリと唾を飲み込んだ。




