71話
短め。
バイト先への面接やテスト期間も無事に乗り切り、普段の日常が訪れた水曜日の今日。
あの日の帰り際に薄っすらと聞こえた声の人物について記憶を掘り起こしてはみたが、今もまだ誰に似た声だったのかはっきりと思い出すことが出来ていない。
バイト先の近くに進学校があるが、果たしてそこに通う同級生か、はたまた先輩か後輩、それ以外の知人である可能性もある。
とにかく微かに聞き取れた声だけで特定するには範囲が広いので、このままうんうんと悩むよりは道端でばったり遭遇するまでのお楽しみ、という結論に至った。
「来週の月曜日は海の日だよ」
「そうね」
「そういえば、ちゃんと水着は準備してる?」
「行く予定が無いからしてない」
「…………ええっ!?」
「何でそこまで驚くのかしら」
実に一週間ぶりの昼休み時間の中で、昼飯を終えてのんべんだらりと時間を潰しているそんな時、海の日が近づいていることもあってか朱音が高垣を誘っていた。
そしてこの時期になっても水着を新調していなかった高垣に、朱音は驚きを隠せないようだった。
「え、え? 行かないの?」
「そもそも行くって約束してないじゃない」
「ええっ!? グルチャ見てないの!?」
「見たけど行く気は無いから無視したわ」
「留美ちゃんが既読無視は強制参加って言ってたじゃん!」
「前田さん、そんな事を言ってたかしら?」
「さては詩織ちゃん、ぱぱぱーって流して見たね?」
「そうね、要所だけ見て直ぐに閉じたわ」
「はい返事もしなかった詩織ちゃん強制参加決定〜。土曜日に急いで買いに行くよ!」
「行かない」
「行くよ!」
「いや」
唐突に、海に誘いたい朱音VS頑なに行きたくない高垣の駆け引きが始まった。
聞く限りでは女子メンバーだけで行く約束なのだろう。
となれば自ずと男子はその場に居ないわけで、よく有りがちなしつこいナンパとかに合わないか不安になる。
まあ、朱音の事だから無闇に付いていったりはしないだろうな!(絶対的な信頼)
「何で〜? 別に泳げないって訳じゃないじゃんか」
「暑いから」
「その歳でその返しはどうかと思うな」
「年々気温が上昇しているのよ? 外に出るだけで汗が出てくる程なのに脱水症状でも起こしたらどうするの。温暖化現象を舐めないで」
「そう言っておけば諦めるとでも思ってる?」
「……」
「え、マジでそう思ってたの?」
言い争いを続ける二人を横目に、同じくその様子を見守っている佑に話を振る。
「佑は知ってたん? 女子だけで行くって話」
「知らなかった」
「男子でそんな会話してないよな?」
「うん、俺の方はテニス部経由で誘いとかは来てたけど、このクラスでは来てないね」
「佑はそっちに行くのか?」
「いかないかな。行くんだったらヒロと一緒の方が楽しいし」
「嬉しいこと言っても何も出ないぞ」
「それにね、メンバーを聞いてみたら……」
「みたら?」
「……あんまりこういった言い方は嫌なんだけど、フッた相手が何人か居てさ」
「ああ……」
メンバーの中に一人ならまだしも、数人ならそら気不味いわなぁ。
そういえば、前に蔵元が言っていた佑への告白が増えている件はどうなったんだろうか。夏休みが近づいているから〜とか言っていたが。
現状、誰かと付き合うという最悪なパターンは起きていないものの、今もそういったことが続いているのだろうか。
「その、今も続いているのか?」
「何が?」
「告白」
「あー、今はそういうの無いよ」
「そっか」
佑はこの手の話になった時、相手が俺と言えどどのクラスの誰々が、という情報を語る事を一切しない。
何が理由でそうなったのか調べたい気持ちはあるが、そこで俺がコソコソと探りをいれて佑の機嫌を損ねる可能性があるし、何より佑がこれらについて助けを求めていない。
ならばそっとしておくのがベストアンサーなのだろう。
「そうそう、水泳の時に詩織ちゃんを見てたらさ、これとか似合いそうだって思ってたんだよね〜。これ、どう?」
「勝手に想像しないでくれないかしら」
話が進んでいるのかいないのか、朱音は自分のスマホに何かを表示させ高垣にそれを見せたが、当の本人はそれを見て渋めの顔を作る。
十中八九、水着の一覧だろうなぁ。
「高校生が出すにしては些か厳しい金額だと思うけれど」
「うーん。確かにそうかも」
「買うならネットとかで注文すれば―――」
「実物が届いても着てみたらサイズが合わないとかあるじゃんか」
「それもそうね」
「事前にどんな水着を着てみたいか決めてからお店に行くと楽だよ〜。まあ、何店舗か回りながら決めるのも楽しいけどね」
まるで行くような流れに仕向けられてますよー、というのは口にしない。
「こういうタイプは絶対似合うと思うね」
「そう」
そこそこの金額が記載されているのならそれ相応の物なのだろう。それがどんな水着なのか気になった俺と佑は席を立って覗いてみる。
しかしその気配にいち早く気付いた朱音は、俺達には見せまいとスマホを胸元に隠しジト目で俺達を見遣ってきた。
「野暮ったいなー。こういうのは当日のお楽しみでしょ」
「あのね朱音、私は行くなんて一言も……」
「いーこーおーよー」
「いい加減、しつこいわよ」
「朱音、高垣さんだって予定があるかもしれないよ?」
今度は欲しい物を強請る駄々っ子の様に言い寄る朱音を見て、流石に見兼ねたのか佑が助け舟を寄越した。
「そうね。私、その日は用事があるの」
「真莉ちゃんに聞いてみるよ?」
「…………」
「はーい嘘ついた〜。許しませ〜ん」
だが現実は、助け舟どころか墓穴を掘ることに。
今日で何度目かのため息をこれでもかと溢す高垣。
「どうしてそうまでして強引なのよ」
「そりゃあ、詩織ちゃんと海行きたいからだよ?」
「…………」
見方によっては強引とも取れる朱音の誘いに段々と辟易してきたらしい高垣は、横で会話を聞いていた俺に『何とかしてくれ』と言いたげな視線を向けてくる。
「あきらメロン」
朱音に可愛らしいと評価する高垣(妹さんが情報元)だから、なんだかんだ言って一緒に行ってくれるだろうと思って適当に返した。
「は?」
「いや凄まないで怖いから。朱音の事を可愛らしいって思ってんなら誘いに乗ってあげなよ」
「んお? なになに詩織ちゃーん。私をそんな風に思ってるの〜?」
「…………」
「沈黙は是なり〜」
初めて聞くその評価に朱音はニマニマとだらしない笑みを浮かべながら、高垣に対してうざ絡みを始めた。
今に肩をぺしぺしと叩かれた高垣は、徐ろに俯きそして―――
「そこの馬鹿に水着姿を見せたくないわ」
何をトチ狂ったのか、俺を拒否の理由にしてきやがった。
そもそも、男子の俺はお呼ばれしてないっつーのに。
「あと五年経ってから言いやがれアホ」
でも、なんとかなくムカッとした俺はこう言い返した。
次回、海、海、海!!




