68話
「くっ、やられた」
「ふぅ、マジ焦ったわ」
あれから数回プレイしたが、苦労して一位を取れどビリは佑だったり、再度一位をもぎ取った朱音にビリが俺の場面もあれば、一位が佑でビリが高垣だったりと一向に思う通りの結果が出せていない。
罰ゲームの内容も、俺から佑には初回時の朱音のように肩揉みを要求したり、朱音から俺には一旦保留、佑から高垣にはなんか面白い話をしてと、俺だけ不安が残るもののどれも実行しやすいものだった。
今回は、最早覆ることのない総資産を持つ朱音と次点で佑、残りは借金を背負いながらもビリ回避を目指す俺と高垣の底辺勝負になっていたが、なんとか終盤で追い越し勝利をもぎ取った。
「罰ゲームは、そうだねぇ……」
そうして思った通りの結果発表となり、高垣に下す内容を考えている朱音は何故か俺を見てきた。
「詩織ちゃんの昔のアルバム、見てみたいなー」
「……部屋に戻れば幾らでも見せてあげるわ」
三回戦目で高垣の前で跪きながらひどく落ち込む俺を思い出したのか、まるで助け舟を出すかのように棒読みながらもそういった内容を口にした朱音。
高垣も朱音の思惑には直ぐに気付き何かを言い掛けたが、結果画面の映るモニターを見て弱々しくそう返した。
「あ、そういえば」
「どうしたのかしら」
「みうちゃん、たすくんやヒロくんに会いたがってたなー」
「そうなのね」
「みうちゃんの機嫌、良くなるかも」
「そう」
「……ここだけの話、猫吸いってね? 機嫌が良い時しか出来な―――」
「取りに行きましょうか」
「はーい」
きっぱりと反対出来ないのか次第に言葉数が少なくなっていた高垣だったが、猫吸いの話を聞いて今までの姿勢はどこへ行ったのかと思う程に手のひらを返した。
なんか、猫吸いってすごいって思った(語彙力低下)
でも合う度に爪を向けられる俺に会えば、却って機嫌が悪くなるのではなかろうか(純粋な疑問)
なんて事を思いながらボケっと成り行きを眺めていると、二人は目的の物を取りに立ち上がる。
そうして部屋を出たかと思いきや、扉を閉める直前で朱音は此方に顔を見せて、俺に向けてぱちりとウィンクをしてから扉を閉めていった。
「朱音に感謝しないとね、ヒロ」
「だなー」
沈黙の訪れた部屋で、声を掛けてきた佑にそう返事をする。
朱音と高垣が戻って来るまでに手持ち無沙汰になったので、取り敢えずお菓子とジュースの補充をして時間を潰した。
☆☆☆☆☆☆
「―――詩織ちゃんちんまいっ、ちんまいよぉ」
「―――ちっちゃいね」
「いや、だからってこの流れは可笑しい。可笑しくない?」
「うるさいわね。しつこい男は嫌われるわよ」
高垣が持ち込んだアルバムを床に広げて覗き込み、その可愛いさのあまりか歓喜のような声を上げる朱音と共感しているような佑。
俺はその微笑ましい二人の姿を、この閉め切った掃き出し窓越しに視界に収めながら、微かに聴こえる楽しそうな声をBGM代わりにして隣で猫を抱える高垣へ小言を垂らした。
「夏場とはいえこんな夜更けに外に出て、うっかり風邪でも引いたらどうすんだよ」
「馬鹿は風邪引かない」
「お前、馬鹿だもんな」
「喧嘩なら買うわよ」
俺と高垣+猫は今、佑の部屋に設けられたベランダの手すり壁に背中から凭れかかりながらその室内を眺めていた。
ていうか高垣さんよぉ、妹さんにタバコの件がバレるまでの経緯を振り返って見なさいな。馬鹿丸出しだと思いますが?
「なんでお前はこうも頑固になるんだよ」
「アンタの頭でっかちには負けるわ」
「頭でっかちちゃうわ。どんだけ俺に見せたくないんだよ」
「再三言うけれど、変な妄想されたらたまったものでは無いからよ」
「……さいですか」
ここからどう足掻いても暖簾に腕押しのような展開に俺は今一度、何が問題だったのか振り返る。
朱音の罰ゲームの下、高垣のアルバム―――俺が最も見たかった幼馴染み達と映る機会が多いであろう幼少期と小・中学校卒業アルバムの計三冊分と春辺家の飼い猫ことみうちゃんを連れて二人は戻ってきた。
この時までは、流れで俺も見れるのだと思い込んでいた。
心の中で朱音に感謝を述べながらアルバムが開かれるのをワクワクしながら待っていたらあら不思議、高垣は無慈悲にも俺に向けて今居るこのベランダに出ていろ、と命令を下してきた。
それでは朱音の善意が無駄に終わってしまうと思い抗議はしたものの、悲しい事にそれが最低条件と言われ、挙句の果てには高垣に手を引かれ成すすべもなくベランダに放り込まれた。
最後には中に入ってこれないようご丁寧に鍵まで掛けて。
時間が時間の為、あまり声や音を立てることは出来ず内心で文句を言いながら外で一人寂しく部屋内を見ていると、一冊ごと手にとって二人へ何らかの説明をした高垣は俺を監視する為か朱音が抱っこしていた猫を預かり、そのままベランダに出てきて今に至る。
佑と朱音も高垣の行動に何故そうまでしてという困惑と、一緒に見られない事に不満そうな顔を見せていたのだが、説明を受けてからは俺よりアルバムへの興味が勝ったのか、二人揃って俺に向けて手を合わせ軽い謝罪をしてからそれっきり。
うん、あの流れだったら一緒に見せてくれると思うじゃんか。
変な目で見ないって何度言っても高垣は聞く耳持たずだし、何より二人が薄情過ぎる。
もうちょっと食い下がってもいいんじゃないかと俺は思うなー。
「にゃん」
「ニャーッ!」
「にゃ……」
「ウミャーッッッ!」
「今までの行動を省みて、どうぞ」
「私、ある程度なら裁縫出来るのよ」
「口を縫うってか? こえーよ」
気落ちする俺とは反対に猫と触れ合えた事が嬉しいのか、へにゃりと緩む頬はそのままに目線が合うように抱き抱えながら猫語で語り掛けていた高垣だったが、先程までの動きでみうちゃんにとっては主人を困らせた人間だと見なしているのか、引っ掻かれてはいないものの思いっ切り威嚇されていた。
猫って警戒心が強いと言うし、先程の行動と出会って間もない事も相まってすぐすぐ心を開かせるのは難しいだろう。この調子では猫吸いなんて夢のまた夢だ。
どれ、ここは一つ長年の付き合いがある俺がお手本を見せてやろうじゃないか。
「おいでー。みうちゃんや♡」
「シャーッ!!シャーッ!」
「はっ」
高垣の時とは少し違い今度は嫌悪感を丸出しに、牙を剥き出しにまでして威嚇される。
それを見て、自分の事は棚上げして鼻で笑う高垣に少しばかりカチンときた。
「オレトオマエ、ドウルイ」
「嫌よアンタと同類だなんて。違うわよね? みうちゃ―――」
その確認に返ってきたのは、緩みに緩んだ頬へ放たれた猫パンチだった。
「はぁ、手厳しいわね」
猫パンチだけにってか?ハハハ。
「猫吸いはもう諦めな〜」
「……まあ、抱っこはさせてくれるから、今日の所はここで諦めるわ」
「さいでっか」
今日の所は、ねぇ。
どうやら高垣は、これから先も朱音の家にお邪魔する気でいるらしい。是非とも、その努力が報われるように頑張ってもらいたいものだ。
「うわっ!この頃の詩織ちゃんめちゃんこ可愛いぃ!」
「うん、確かに可愛いね」
「見てこれー。積み木持ってぶすっとしながらこっち見てるよ」
「今の高垣さんみたい」
どうやら此方の静かな空間とは反対に、室内では熱が入ったかのように盛り上がっている。
今二人が見ているのは生まれて間もない頃のものだろうか。幼馴染み達と一緒に載った写真はもう見たのだろうか……めっちゃ気になる。それはもう、物凄く。
何となく猫の手を取って遊んでいる高垣を盗み見れば、今に部屋の盛況に気付いたらしく牽制するかのような視線を送ってきた。
もしここで動こうものなら朱音の様に交渉しても無碍にされるだけだだろうし、見ようと思って一歩でも動いたら即座に動きを止められるだろうしで八方塞がりである。
ここで出来る事は何もないと改めて、笠木に両肘を置いてから雲一つ無い夜空に輝く三日月を見上げた。
今日の三日月、綺麗だー。
「新藤君」
頭を空っぽにして内心で月の感想を呟いていると、声を掛けられる。
視線だけを横に向けると、声を掛けてきた高垣は視線を猫から部屋に居る二人に移しながら続ける。
「ここ三日ほど、何を考えていたの?」
「ん、今後の立ち回り方」
「あら、すんなり教えてくれるのね」
「すんなりって……聞けば何時でも教えたぞ、このくらい。てか俺が何かを考え続けていたの気付いてたん?」
「顔に出ていた、というのもあるけれど……実を言うと、アンタを観察してたの」
「……え゛?」
か、観察ってどういう意味ですか?
「なんで観察なんて事を?」
「察しが悪いわね。アンタがうちの妹と会って以降に会話らしい会話が禄になかったからよ」
「あ? そうだっけ?」
ファミレスの時以降、基本的に考えに没頭していたせいか佑と朱音以外で周囲へどう反応していたかの記憶が朧げだった。
確かに高垣の言う通り、会話らしい会話をした記憶はすぐに出てこないが、それほどだっただろうか。
思い出せー思い出せー。
『おっす高垣』
『おはよう』
『んじゃ』
『ええ』
―――これは朝会った時だな。
『今日は何パン?』
『焼きそばパン』
―――これはテスト期間に入る前日の昼飯時。
『ばいなら高垣』
『さようなら』
―――これは帰る前の……うん、禄に会話してねぇや。
そりゃ、高垣としては俺の出方が気になって仕方がないのかもしれない。
なにせ、妹さんと会ってから翌日以降の態度だからなぁ。
「何か妙なことを考えているのでは、と思ってね」
「あー、じゃあなんだ、突然朱音んちに泊まりに来たのも、こうして二人でこの場に居るのも、俺とちゃんとした話の場を設けたかったからとか? それならこんな手の込んだ事せずとも何時もの放課後とか電話で―――」
「猫の為よ。勘違いも甚だしいわね」
若干食い気味に遮られた。
「そ、そうなんだ」
「あれから、朱音はちょくちょく猫の動画や画像を送ってくるのよ。あんなに可愛い所を見せられてしまえば、直ぐにでも触れ合ってみたいと思うものよ」
「ほ、ほーん?」
「一緒に見ていた真莉も、目の奥にハートが浮かんでいたわ」
妹さんも含めて猫の話で盛り上がっていたようだから、朱音も良かれと思って猫と遊ぶ写真なんかを送ったのだろう。妹さんも、と言ったあたり高垣にも浮かんでいたのだろうか? それはそれでちょっと面白い絵面だ。
というか、高垣の口からハートという単語が出たこと自体が既に面白いな。
「……今なら」
「ん?」
「今なら頗る気分がいいから、質問があるなら答えてあげなくもないわよ。勿論、何でも正直に、ね」
愉快な想像をしていると、突如として普段からあまり自分の事を語らない高垣からとても甘美な言葉が送られる。
目的の猫と戯れる事が出来たからか真意は不明だが、嘘や誤魔化そうとする雰囲気は全く感じられず、今ならばきっと幼馴染みのあれこれを聞いてもすんなりと教えてくれるのかもしれない。
けれど、迂闊に質問をする気は起きなかった。
だって見え見えの誘導じゃんかこれ。暗に妹さんと会って聞きたい事が出来たのならば質問していいですよって言っているようなものじゃんか。
仮にその手の質問をしようものなら、何処まで把握出来ているか知らんが聞かれたその質問から、怒られる事を危惧してあの会話形式を取った妹さんとの会話内容を推測、整理され何もかもが筒抜けになる可能性もある。それに、何でも正直答えたのだから俺にもそうしろ、と言われれば拒否が難しくなるしな。
そうなると、今にじっと俺の言葉を待つ高垣には何て返そうか。
このまま黙っていても早くしろ、と肘打ちが飛んできそうな気もするし。
「……そうだな」
穏便に済ませようと悩んでいると、ある秘策が思い付く。
「幼馴染みと過ごした時期は幸せだったか?」
「は? なによその質問」
目には目を、歯には歯を、にちなんで誘導には誘導を返せばいい。
「おいおい、質問を質問で返すのはナンセンスだと思わんかね?」
「―――ええそうね、確かにその通りだわ。あの子達とは……」
この純粋とも言える質問に対し、想定とは百八十度違ったと言いたげな顔をしながらもすんなり続きを語り始める様子から、本人もこんなお粗末な誘導にまんまと引っ掛かるとは思っていなかっただろう。
だがこれで自然と俺も昔はそう感じたのか、という似たような質問が来る流れを作れたのは確か。フフッ、俺って名策士ダァ。
「……そうね。幸せ、とまではいかなくとも一緒に居ると気が楽で楽しかったわ」
「ほーん。そういえば、高垣は三人の中でどんなポジションに居たんだ?」
「お姉ちゃん、といったところかしら」
目を細め過去を懐かしむように、今に佑と朱音に向けていた視線を二人にでは無く、あの幼馴染みを重ねるようなものに変えた
る。
「昔のあの子達はね、全くと言っていいほどにそりが合わなかったの」
「例えば?」
「一番古いものでは、片やおままごとがしたい、方や外で遊びたいと言って聞かず譲らずとかね。こんな事が度々起こっていたのよ」
「幼馴染みの定番だな。そこでお姉ちゃんたるお前の出番ってワケか?」
「そうね」
その二人を見ていい加減にしなさい、とか言って怒ってそうな……
「どちらも妥協すら見せず終いには喧嘩する二人に向けて、何度も拳骨をかましたわ」
思ったより物理的だった。
「あ、愛の鞭みたいに優しい拳骨とかだよな?」
「あの頃の私は若かった」
そっぽを向きながら年寄り臭い事を言うんじゃないよ。
あれだ、幼少期だから加減が分からずガチ泣きさせたヤツだなこれ。
「じゃあ初めて二人を見た時、怪しい点は見受けられたけどデートのように出掛けていれたのは、高垣のそうした尽力の賜物だったり? ああ、お前と対面した時は別な?」
「そうよ」
「自分で聞いててアレだけど威張るなよ、お前が居なくとも自然とそうなってた可能性だってあるだろ……あー、そういった思い出が、あの本に全て詰まってると思うと居ても立っても居られないなー」
「見たいなら動けばいいじゃない。その場合、小指に踵が落とされるけれど」
「ぴえん」
想像するだけで痛そうなのはやめてくれ。タンスの角とかでぶつけただけでも悶絶ものなのに、思いっ切り踏まれでもしたら小指なんて無くなるぞ。
ていうかよくよく考えればこいつ、ちょくちょく俺に手を出すよな。昔からの名残りってやつが今になって出てきてんのか?
今時、暴力系ヒロインは流行りませんよ。
「まあそれも、中学生になれば全てが過去という唯の置物に変わったわ」
「……穏やかじゃないな」
過去話により和んだ雰囲気から一変して、過去、置物といった単語に自然と目が細める。
佑や朱音とは違って、何かしらの切っ掛けがあって出来上がった今の高垣。以前高垣と幼馴染み二人が出会した際に抱いた印象から考え得る可能性としては喧嘩別れというのが一番に出て来るが、果たしてそんな単純なものなのだろうか。
それに高垣の淡々とした言い回し的に、やはりと言うべきか割り切っている様にも見えるが、内心でどう思っているのか。
『どうか、お姉ちゃんに――――――』
ふと、妹さんが俺に送った最後の言葉が頭を過る。その時はそこまで深くは考えなかったが……この言葉に全てが詰まっているのだろうか。
そういえば、高垣にバレたら怒られるかもしれない内容ってこの事だよな?
それが何で俺への忠告みたいなものだったのだろうか?
「話は変わるけど……新藤君は、幼馴染みについてどう思う?」
何か引っ掛かりのような覚えを感じながら思考を回していると、高垣からそんな事を尋ねられる。
「幼い頃から親しくしていた友達」
「分かりきっては居たけれど即答ね。しかも普通」
「普通で悪かったな、普通で」
何を聞いてくるかと思えば、幼馴染みってそういう意味じゃん。『物心が付く前』からの付き合いがあり、家族と並ぶ程に気の置ける『唯一無二』の存在だろう。
「ねぇ」
「ん?」
「新藤君は何処か幼馴染みというものを神聖視しているようだけれどね、幼馴染み、親友、友人……本来はそこに境界線というものは存在しないわ」
突然と意味深な事を呟く高垣に目を向ける。
そして俺がしっかりと聞いていることを確認して、続ける。
「言葉にすれば特別感の湧くそれは、はっきり言って上辺だけの言葉であり、相手に特別だと表す為の手段に過ぎない」
俺には理解出来ないが、幼馴染みを持つ高垣だからこその考えだろうか。
「幼馴染みなんて特別な言葉で当て嵌めていようとも、普通の友人関係と何ら変わり無いものよ。だから、たった一つの感情で関係に罅が入る時もある。そうして何時の間にか亀裂は広がって、最後には跡形も無く瓦解する時もある」
まるで経験してきたかのように、力強くそう断言する高垣。
いや、してきたではなく……実際にその瓦解が起こり、今の高垣が居るわけで。
「それが起こった時、お前はどう動いたんだ?」
「私は、それで良しとしたの」
その通りなのであれば―――高垣詩織という人間は、崩れ落ちた欠片を一つ一つ拾い上げ修復するという手段を取らず、そのまま放置しその様を眺め続けた、ということだろう。幼馴染みという強固である筈の関係なのに、だ。
問題は、そのたった一つの感情とやらが何を指し示すものか。
―――これも、妹さんの言葉に繋がるのだろうか?
「気を付けなさい、新藤君」
「ん、何にだ」
「上ばかり見上げていると、本当に大事な物に気付かなくなるわよ」
「……」
忠告とも警告とも取れるその言葉が、妹さんの時とはまるで違って嫌に胸に響く。
何故ここタイミングでその様な事を―――そもそも、高垣の目には何が視えて……
「ふぅ、湿っぽい話はこれでお終い。喉が乾いたから見返りに私の飲み物取ってきなさい。ついでだからみうちゃんは朱音の下に返してあげて頂戴ね」
「お前は鬼か?」
はい、と予想通り見返りの要求と一緒に猫を預けようとした高垣だったが、今の今まで喉元を撫でられ大人しくしていたが此方に近付けた瞬間にクワッと表情を激変させた猫を見て小さく笑う。
あれ、しんみりした話から急にコミカルな雰囲気に変わったんですけど?
急激な温度差にガチ目に風邪引きそうなんですけど!?
「ふふっ、冗談よ。中に入ってアルバムを見られたらたまったものじゃないし」
「……あ、その手があったか」
「少し待ってなさい。メロンソーダで良いかしら」
「は、はい」
呆然とした俺を一瞥してから、喉を潤す為の飲み物を取りに室内へ戻る高垣の背を、何も変わりのないその背を眺め続けた。
そうして静寂なこの空間でポツンと孤独に、月を背に今までの会話について考えに―――耽ろうとして、時間を確認しようとズボンのポッケに入れていたスマホを取り出した。
点灯の眩しさに目を細めながら見てみると、マナーモードを切っていなかった為に何時の間にか新着メッセージが届いていた。
『バイトの件だが今度の日曜日、午前中とかに時間が取れるか?来週はどうも店長が時間取れないらしくてな』
開くと送信主は猪田先輩であり、何やら前に話していたバイト面接の日取りについてと店舗の住所。
気付かずで返信が遅くなってしまったが、日曜日なら特に用事も無いため了解です、と返事を送ると、起きていたのか即座に既読が付き『夜遅いから詳しい話は明日しよう』という文とデカデカとお休みと描かれたスタンプが送られた。
俺も適当にスタンプを送り返して、特にそれ以外で触る気が起きなかったので時間だけを確認し画面を暗転させた。
アルバイトの面接……日曜日の話だけど色々準備しなくちゃなぁ。
身嗜みもちゃんとしなきゃだし、家から店に掛かる移動時間とか……なんか手土産みたいなの持っていった方がいいのかな?
そこら辺も明日、猪田先輩に聞いてみよう。
「なーに、しんみりした顔をしているのかしらね」
「高垣……早かったな。いやアルバイトの件で進捗があってな。今に緊張してきた所だ」
「……ちょっと心配した私が馬鹿だったか」
「はあ?」
「いえ、何でもないわ。はいこれ」
「どうも」
何時の間にか此方に戻って来た高垣から、左手に持った紙コップを差し出されたので感謝を告げながら受け取る。
そしてぐいっと中身を飲み干して、緊張を落ち着かせる。
「アルバイト先、何時の間にか見付けてたのね」
「あれ、言ってなかったか? 猪田パイセンから紹介してもらったんだ」
「パイセン……そうなのね。私もしてみようかしら。アルバイト」
「出不精よりは良いんじゃないか? 金や社会経験も出来る訳だし」
「検討してみるわ」
「うわ、信用ならねぇな」
「はぁ? 何を急に……あぁ、ふふっ。アンタにとってはそうかもね」
思い当たる節があった様で、クスクスと笑い始めた高垣に俺はジト目を送る。
一頻り笑った高垣は、一息ついてから笠木に右肘を置き頬杖を付いた。左手で中身が入ったままの紙コップを宙でゆらゆらと揺らしながら、夜空を見上げる。
「ねえ、新藤君」
「おん?」
「アンタが昔見た漫画……少女漫画かしら? それ、どんな物語だったのか教えてくれないかしら」
「おおいいぜ。舞台は高校二年生からでな? 幼馴染みの二人の視点から織り成す青春物語で―――」
月明かりに照らされたその端整な顔からは、過去の末路に対しての感傷は感じず、欠けた月と周囲に広がる幾多の星に、ただただ目が奪われたように眺めていた。
「―――そうして恋愛感情を自覚したのは女子ちゃんからで、そこから至る所でアプローチを試みるんだけどさ、男子くんはこれまた鈍感野郎でぜんっぜん気付かないんだよ。そんで恥ずかしながらも中学からの共通の友達……親友たる男子君ににどうすればいいか相談してみたらさ、幼馴染みに恋愛感情を抱いているのは薄々気付いていたらしくて、そこからサポートして貰いながらどんどん距離を詰めていくんだ。そんで文化祭で一波乱ありながらもやっとこさ男子くんが恋愛感情を自覚して、でもどう接すればいいか解らなくなるんだ。そんでこれまた一波乱あって、ちょーっとずつ距離が離れかけていくんだけど、そこで親友君の出番ってわけ。作品を通して詳しく描写されたりはしなかったけど、修学旅行とかで二人に出来るように立ち回ったり、けれど中々距離が縮まらず……最終章中盤では苦肉の策として女子ちゃんに告白するんだ。なんと親友くん、実は女子ちゃんに恋をしていたらしくてさ、お近付きになろうと中学生の時に男子君に接触した、少しでも好感度を稼ごうとサポートしたが、でもやっぱり自分じゃなくて女子ちゃんにお似合いは男子くんしかいないとか、醜い感情をその場で告白と共に全部伝えるんだ。でも恋を知っている女子ちゃんからすれば当然受け入れる事は出来なくて、でもその醜い感情を否定もしなかった。でも実はこの会話、親友くんに呼び出され近くで身を潜めていた男子くんにも聞かせていたんだ。そんで結局、噛ませ犬のような役回りをした親友くんは振られるんだけど、それが却って二人の背を押す形になってな―――」
「まさかここまで教えてくれるとは思わなかったわ」
「あ、気になるんだったら家にあるから今度読んでみる?」
「盛大なネタバレどうも。皮肉を言ったの気付かない? この馬鹿」




