67話
あれから犬猫論争(互いに飼った経験皆無)が続いたが、何やら下で準備をしていた二人から呼び掛けられた事により一旦中止に。
そして高垣と下の階へと降り佑と朱音の居るリビングに着くと、何時の間にか帰宅し既に出ていったらしい佑の両親が買ってきた寿司の詰め合わせがテーブルに置かれており、側には四人分の紙皿や追加の調味料なども準備されていた。
佑の両親、準備早過ぎない?と零した所、朱音達が来た頃には既に準備を終えていたらしく、高垣も出会した際にはきちんと挨拶はしたとのこと。
つまりは俺だけ挨拶していないということになる。
居た堪れない気持ちを抱きながらもそれを少し早めの晩飯として有り難く頂き、味や好き嫌いの具についての感想などを言い合いながら腹を満たした俺達は、再び佑の部屋へと戻った。
こうなってしまえば、本来なら別々でプレイする予定だった桃鉄を一つのコントローラーを使いまわして遊ぶ事になり、ジャンケンで佑、俺、朱音、高垣と順番を決め、さあ始めようといったその時。
「こう言ってはアレだけど、私結構出来るわよ」
「おお〜凄い自信だぁ」
高垣は自信満々と言った様子で俺達にこう宣言し始めた。
きっと俺達と同じ様に過去にあの幼馴染み達と幾度もプレイし幾度もの勝利を収めてきたのだろう。こちらにそう思わせる程の自信を見るに、微塵たりとも自分の勝利を疑っていない様子だ。
朱音は高垣の隣で先の展開が楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべているが、俺と佑は無言で目を合わせた。
「これ、どう見ても負けフラグだよね」
「そうとしか思えねぇよ。こう見えてって何?意味わかんねぇよ」
「貴方達の意見は尤もよ、男子共。何故私が、フラグの様なものを立てたと思う?」
如何にも今から負けますよ、というフラグを態々立てに行った高垣に対して思う所がある俺達は聞かれないようにコソコソと会話をしていたが、高垣には丸聞こえだったらしく妙に力の籠もった声で遮られ、挑発的な笑みでそう問い掛ける。
「フラグというのは敢えて見える所に立てておくのよ。そうすれば自ずと避けれるものではなくて?」
「ヒューヒュー!言うねぇ!!」
「よっ男前っ」
「ウザったらしいわね」
そう言って人差し指をフラグに見立て、ニヒルに笑う高垣の背に希望の光を視た。
あの朱音の鬼畜仕様にも見えるプレイに対して本当にやってのけそうな雰囲気を感じさせる姿に、俺と佑は最良の未来が浮かび上がったことに気分が高揚し、思わず騒ぎ立ててしまった。
でもあれ、体育祭の前日に俺のフラグ認識云々については意味不明と仰ってたような……。
今の台詞、何処と無く似てる気がするけどどう違うんですかね?
「なんか、学校とじゃ全然違うね。詩織ちゃん」
「あ、それ俺も思った」
「……」
だが、あまりプライベートの時の姿を知らなかったのだろう朱音の一言と佑の同感の言葉に、勢いが乗っていた高垣はスンと真顔になりながら座り直した。
沈黙は肯定なりを表したその姿を見て、佑と朱音は微笑ましいものを見る目を向けていた。
「じゃあそろそろ始めるけど、ビリは一位の言う事を聞くようにしようね、以上。はいスタート」
「「「え?」」」
「特急様々じゃい!!」
「まあ、序盤ならこんなものよね……」
「「うわぁ」」
惨劇の始まり(俺達視点)の前ならば、自分は俺達のように同じ轍を踏まないだろうと高を括り、多少なりとも傲慢な気持ちでいれただろう。
「うわ〜。ドンマイ」
「こ、こんな事って……何でこのタイミングでスラれるのよ」
「「うわぁ」」
だがそれも束の間のことで。
余裕綽綽と言った態度は時間と共に鳴りを潜め、無意識に悔しさを滲ませた声を漏らすように。
「ん〜、これは今使おうっと」
「は?何で私の進路にウ……が置かれるのよ。ここからなら遠回りしかないじゃない」
「「う……うわぁ」」
時にはキャラ崩壊を招きかねない程の単語を、しかし辛うじて残った理性が食い止める。だが何も言わないだけで本人以外の誰しもが画面に映る光景に言わんとしたことを理解していた。
「ここは〜、ランダムで狩ろうかな」
「ば、馬鹿な。こ、こんな事って……。貧乏神にも毟り取られている最中なのよ?私の天使が……」
「もう駄目だなこりゃ」
「同感」
辛うじて舞い降りた逆転を狙える切り札が揃いつつも、盗人の如く横から掠め取られた事にわなわなと込み上げた怒りで肩を震わせる。
輝かしい未来も虚しく徐々に曇り始め、目の前に映る現実が心底信じられないといった、巷で流行りのざまぁ展開に出てくる悪役令嬢のように慄く。
「私が……この私が新藤君や浅見君を差し置いて借金塗れのビリ、ですって?」
―――こう言ってはアレだけど、私結構強いわよ。
こんな惨劇が起こる前、俺達に向けて確かにそう告げた高垣の勇ましい姿(笑)と希望(負けフラグ)を見せた立派な姿はもう何処にも無く、抗え難い現実を突き付けられ打ち拉がれたその姿の何と滑稽な事か。
運命の女神は、一度たりとも微笑んではくれなかったようだ。
「も、もう一度よ」
「いや三年て思うより長いんだし目も疲れたから一旦休憩しようよ詩織ちゃん。あ、ビリだから私の肩揉んでね」
戦果に目を逸らすように虚ろな目で再戦を希う高垣は、しかし朱音の休憩したい思いに直ぐ様言い返す事が出来ず、如何にも不満ですといった顔をしながら敗者の定めを全うする事になった。
「納得いかないわこんな結果」
「いやぁゲームすると肩が凝るね。あ〜そこぉ、肩甲骨辺りもっと強くぅ〜」
「酷い即オチニコマを見たような気分」
「んふっっ、馬鹿佑!そういうのは思うだけにいだだだ!!」
俺もそう思ってたし誰だってそう思う。
けれど何で言った佑では無く俺が背中を抓られるのだろうか。理不尽だしめっちゃ痛いねんソレ。
結論。啖呵を切った割には高垣は俺達が思う以上にクッッッッソ雑魚だった。
それと、俺と佑の目は節穴だったようだ。
☆☆☆☆☆☆
「あら、この時期から新藤君も増えていくわね」
「そうだよ〜。こっから先は三人セットが殆どだね〜」
「こっちは修学旅行の……木刀って、中学生みたいね」
「いや今見てんの小学生のやつだから。年相応のやつだから」
「男なら木刀に憧れるもんだよ。ね?ヒロ」
「うんうん」
「因みにここ、写真外の所に朱音も居るんだよ」
「そうなの?」
「うん、木刀構える二人がダサいから混ざらなかった」
「ああ、気持ちは解るわ」
「「……そっかぁダサいのかぁ」」
今度は朱音から一位をもぎ取った佑からの、棚から小、中学の卒アルを持ってきてという簡単な命令を受けた俺は、変なお願いが来なかった事に安心しながらそれを手に取り、思い出の詰まったアルバムに傷が付かぬよう並べて床に置く。
そして、休憩がてら俺達の卒業アルバム観察会へと移行した。
同じものを持っている俺としては最早見慣れている物であるが、これを初めて見る高垣は何処か興味津々といった様子。
「この卒業式の朱音、遠目から見ても分かる程に涙目ね」
「進学先がバラけるし、これで友達と離れ離れになるなぁって思うと結構くるものがあってねぇ」
「対して男共は笑顔なのね」
「男子組は最後まで笑って卒業しようぜって決めたんだよ。なあ佑」
「そうそう。式前に同じクラスだった男だけでエンジン組んで、おーってね。式の後には感極まって号泣した子も居たけど」
「まだ数ヶ月前の事なのに、何だか懐かしく感じるな」
自然と頬を緩めさせながら俺達の思い出を眺める高垣は、まるで子の成長を見守る親の様のようにも見える。
「それにしてもアレね、今と昔じゃ全然違うのね」
「違うって何が?」
「これよ」
一通り俺達の写真を眺めた高垣がは、何か気になったものがあるらしく、聞き返す朱音に向けて微笑みと共に小学生時代の写真に指を指した。
それは、俺達三人が肩を組みながら笑っている写真だった。
「「ああ〜」」
「そうだな。この頃は若かった」
「なにオヤジ臭い事を言っているの」
この頃の俺は、幼馴染み組と親友になれたことに浮足立って夢を忘れていた無邪気な時期であり、高垣が指し示す写真の通り平然と二人の間に割り込み気安く肩を組むほどにべったりだった。
これがどんな時だったのかは忘れたが、肩を組まれた二人は嫌悪感といった感情は全く見せず、表情が出やすい俺と朱音は言わずもがな佑ですらも心の底から楽しそうに笑顔を浮かべている。
今になっても朱音の俺に対する距離感があまり変わらないのは、こういった時期の積み重ねの影響なのだろう。
そして幼馴染みたる佑を除いて、一親友であり男友達でもある俺を友人の基準としたせいなのか、他の女子と比べ男子達と比較的距離が近く、中学生の時には思春期に突入した男子達にモテにモテまくった。
所謂、『あれ?春辺さんってもしかして俺のこと……』という有りがちな現象である。
そんでもって、佑もまぁ〜女子に対して距離感が近いこと近いこと。
思い付きや面白そうという理由で、仲が良いと言えど女子に対して簡単に触れ合ったり耳元で囁くことができる程に。
そうして出来上がったのは、先と同じ現象。
そうなれば必然的と言えばいいのか、身近に居る俺にその手の相談が来たことは何度かあった。
だが恋愛相談が来るにしてもこの二人については、それはあり得るかも、とかその可能性は無いよ、とか口が裂けても言えなかった訳で。
その度に迂闊な返事は出来ないと、度々「後は自分が決めることだ」と曖昧に言葉を濁してのらりくらり逃げていたのは懐かしいな。
他の恋愛相談なら何時でもウェルカムだったんだが、そんな事はついぞ無かったよ……。
まあ、それは昔に限らず今も同じだろうけどな。
「次は詩織ちゃんのだね。今からウチに取りに行こうか」
「ほほ〜う」
過去を振り返っていると、朱音のそんな言葉が耳に入る。
どうやら朱音は高垣と卒業アルバムを見せ合う気だったらしく、持ってくるようにお願いしていたらしい。
これは俺達がよく知らない、高垣の中学時代の姿をお目にかかれる絶好の機会。それはそれは、大変興味を唆られますなぁ。
「嫌よ」
「え、何で?持ってきてたよね?折角だから今ここで―――」
「この馬鹿の目が気に食わないからこの場じゃ見せないわ」
「何だよその理由!!俺達の見たんだからお前のも見せてくれよ」
親指でクイッと俺を指しながらそう宣う高垣に、俺は至極真っ当な意見を返す。
すると、高垣は胡乱な目付きで俺を見てきた。
「昔の私を見て変な妄想をするから」
「誠に遺憾である!!」
酷い偏見を見た!!
まあ、高垣は幼馴染みと一緒ならどんな感情を出してたんだろうか、とかは思ったりもするけれど。
それ以外で変な目を向けるものかよ!!そもそも妄想って何だよ妄想って!
「ヒロ君、詩織ちゃんで何の妄想するの?」
「しないよ!?」
高垣の言った事を真に受けてか、朱音は怪しいものを見る目で見てくる。
即座に否定したが、果たして信じてくれるだろうか。うん、きっと俺を信じてくれるよな。
なんたって長年共に居た親友だしな!!な、朱音様?
「朱音、ヒロはロリコンじゃないから安心して。だってヒロはボンキュッボンのおね―――」
「佑はお口をチャックな」
最初だけならまだしも続きのせいで何も安心出来ないぞこのお馬鹿。
そりゃあ見せるなら同じく小学生時代からだろうけどさ、何故にロリコンで例えちゃったん?何でついでに俺の好みまで言っちゃうん?
お陰様で女子二人から痛い視線が刺さる刺さる〜!!
「んん、じゃあ高垣としてはどうしたら見せてくれるんだ?」
「アンタは廊下に立ってそこから見なさい。それならこの場で開示してもいいわ」
鬼か貴様ァ!!それって佑と朱音は堂々と見せるけど俺にだけ見せないと言っているのと同義だろうが!?
俺が一体何をしたと言うのだ!
「俺にも……見せてくれないの?」
「きもっ……触んなこらっ。セクハラで訴えるわよ」
頑なに俺にだけは見せたくない態度を見て、俺は高垣のジャージの袖を軽く掴み上目遣いでお願いしてみたが、腕を振り払われた挙げ句にキッと鋭い視線でそう言われてしまえば身を引くしか無かった。
自分でしててなんだけど、ぶっちゃけ男の上目遣いは確かにキモいし、今の時代、そういったハラスメント問題には過敏だからね仕方無いね。
こうなれば梃子でも動かなさそうだと肩を落としていると、その両肩へと誰かがそっと優しく包むように手を置いてきた。
「ヒロ」
「ヒロ君」
「佑……朱音……」
その誰かとは、何かを言いたげな佑と朱音だった。
落ち込む俺を、励まそうとしてくれているのだろうか。
「無理強いは良くないよ」
「……うん。ごめんね、佑」
「謝る相手が違うでしょ?」
「そうだね、朱音。高垣さん、ごめんね?」
「なにこの茶番」
二人に優しく諭された俺は、今までの行動について謝罪する。
だが高垣の表情は、心底くだらない劇を見たかのようにとても冷ややかなものだった。
「どうしても見たいのなら、ゲームで一位になって要求すればいいじゃん」
「え」
「っっしゃああ!休憩終わり!桃鉄再開じゃあ!」
佑のその一言に、俺の胸に希望の灯火が宿る。
そうだよ、朱音が高垣に肩揉みを要求したように、俺が一位を勝ち取ってビリになるであろう高垣にアルバムを見せるよう要求すればいいんだ!
高垣もそう来るとは思いもしなかったのか、虚を突かれたような表情で佑を見ている。
因みに佑を見る朱音の目は、何処か冷たい。
「高垣のあられもない姿、とくとこの目で拝んでやるぜぇ!!まさかこの期に及んで嫌とは言うまいな!?」
へへっ、これは勝負だからな仕方無いよなぁ!!
ここはもう、勝負に乗るか逃げるかのどちらかだぜ?
俺のあからさまな挑発に、高垣はメニュー画面を映すテレビと俺を交互に見遣り、居住まいを正してから口を開いた。
「死ね」
そ、そんなドスの利いた声で言われても怖くなんか無いもんねー!
言ったことは無いけれど、こうした土壇場での勝負ってのに俺は滅法強かったりするんだぜ?
「ほら、早く跪きなさい」
「俺が、ここ一番という勝負で強いと言われるこの俺が……佑と朱音を差し置いて圧倒的ビリ、だと?」
「仮にヒロが一位を取ったとしても、その時に高垣さんがビリになる保証はなかった訳だけど、こうなるのね」
「ヒロくんのそれ初めて聞いたし、なんなら醜い即オチニコマを見た気分だね、たすくん」




