66話
「あ、懐かしいねこのお菓子。買ってく?」
「お金大丈夫か?俺も幾らか出すけどさ」
「うん。事前に母さんから貰ってたから問題ない。あ、これも買っとこ」
自宅で宿泊の準備を済ませ佑の家から比較的近いスーパーで待ち合わせの後、共にお菓子やらジュースやらの買い物をしているのだが……あれもこれもとやけに買う量が多い。
そう感じつつ改めて佑の持つ買い物籠の中を見る。
「なあ、そんな買って食い切れるのか?」
「別にこの休日の間で消費期限が切れるものでも無いし余裕余裕」
「……そうか」
俺の問いに佑はなんてことは無いように返すが、籠の中身は塩っけものが好きな俺達だったらあまり口にしないチョコ類といった甘い系、他にはカロリー控えめなものも含まれている。
佑ははっきりと口にしないが、何故そんなモノまで買おうとするのかはおおよそ推測出来た。
これは、言わないだけで朱音が突入してくるのを見越しているな。今この場では、そう言っておけば例え来なかったとしても適当な理由にもなる。
「俺は来ないに賭けるね」
「あ、ヒロはそう思う?俺は来るに賭けるね」
「俺達三人だけなら、まあそうなんだろうけどな」
かまをかけてみたわけだが、動揺の欠片も見せない佑の様子を見るに特に隠すべきものでもなかったらしい。
別れる前はハブられた事に大変不満そうにしていたが、結局は私も混ぜて、と乱入してくる姿がありありと浮かぶし佑の言い分も理解出来る。
正し、それは朱音だけだった場合であり今回に限って言えば高垣も居る訳で。
恐らくだが、確かな倫理観を持っているだろう高垣ならば、行こうと誘われたとしても絶対に拒否をしてくる筈だ……多分。
いや、よくよく考えたらあいつ、プライベートだとなかなかにノリが良い時あるよな。
あれ、そう考えるとなんか自信無くなってきた。
「高垣ならきっと止めるはずだ。きっと、メイビー」
「……そっか。ヒロは高垣さんを選ぶんだね」
「ん?」
その返事が何処か含みを持たせているようにも聞こえ、思わず佑の顔を見る。
だが、普段と変わらぬ無表情に近い顔のままだった事からきっと俺の勘違いの様だ。
「佑は朱音を信じてるんだな」
「そりゃあね。長年の付き合いって事もあるけど高垣さんが居ると言えど朱音なら引き連れて来るだろうなって思うから。来ちゃった、ってね」
―――アッ(尊死)なんてこと無い言葉だけど今の、すっごく良いです!!
良いよ良いよぉ!もっとそういう幼馴染みに寄せる信頼の言葉を表に出して!!まだまだ過不足気味なんですこっちは!
「どうしたの?急に悶えて」
「いや、何でもないさ。さっさとレジに向かおうや」
「うん。あ、敗けた方は一つだけ何でも言う事聞くってのはどう?」
「うんうん、良いぞ良いぞ」
何でもか。ならば俺が勝てた暁にはその籠の中にあるポッキーを使わせて貰おうかなー!!
フ、フフフ。それを使った際の光景が頭の中で鮮明に描けれる。表には決して出さんが待ち遠しくて笑みが止めらねえぜ!!
「よっしゃ。約束は守ってよね」
「あたぼーよ」
そうと決まれば、理想を体現する為に隙を見て動かなければな。ヨシ!!
☆☆☆☆☆☆
「あ、もしもしー?」
『……何よ』
「すまん、今少し時間良いか?」
『ええ、構わないわ』
昼も過ぎて現在三時頃、スーパーから誰も居ない浅見家へとお邪魔しある程度準備を終えた後、佑がトイレにと二階にあるこの部屋を出たタイミングで早速高垣に電話を掛けてみた。
電話越しに聴こえる高垣の声色からはまるで寝起きのような雰囲気を感じ取れるが、恐らく長い夜に向けて仮眠でもしていたのだろう。時間が限られてるので聞かないけど。
「俺もう佑の家に居るんだけどよ、そっちはまだだよな?」
『まだだけど……何?』
「いや実はな、佑と賭けをしてるんだけどよ」
『はぁ』
察しの良い高垣の事だ。要点だけを言えば自ずと何があったのか推測してくれるだろう。
ということで所々は端折りながら端的に伝えることに。
「時間が無いから簡単に言うぞ。朱音を止めてくれると俺としては助かります」
『は?』
「え?」
……どうやら意思疎通の練度はまだまだ低いらしい。
いやこの場合は面と向かってじゃくて携帯という異物越しだし?うん、まあたかだか数ヶ月の付き合いだし?だからこうなるのは仕方が無いことなんだ。
『取り敢えず説明なさい』
「俺の予想では朱音が佑の部屋に来ると予想されますので、高垣さんの手腕で是非とも阻止頂ければと思いまして……」
『…………』
「あーもしもし?聞こえてる?」
要件を伝えた所で反応が返ってこなかった。もしかして電波が悪くなったか?
『アンタね、最初に浅見君と賭けって言っていたわよね』
「はい」
自身の電波状況を見ていた所で声が聞こえ始め耳を澄ませていると、何処か重々しい口調のそれに思わず背筋がピンと張ってしまった。
『ならば今言うべきは最初から、具体的に何があって結果的にこうこうしたいからこう動いてくれないかというきちんとした説明じゃないのかしら』
「は、はい。その通りです」
『何度かそういった相談を受けてる私だから、これさえ言えば伝わるだろうから簡潔にとでも思っての事でしょうけれど。何でもかんでも私なら〜と楽観的な考えを持たないで頂戴。貴方が考えうるだろう想定は勿論私も思い付くけれど、お願い事をするのならばちゃんと言葉にしないといけないのよ。もしお互いの認識が違っていたらどうするの。小学生でも解ることよ』
「はい、すいません。けど時間がですね―――」
『夏休みはアルバイトをする予定なのでしょう?私だから良いけれど共に働く他人に対してついついそんな癖が出たらどうするの。そんなのは通用しないし、報・連・相をしっかりしろと怒られるのは貴方よ』
「はい、申し訳ございません」
『それで?浅見君と賭けとか言っていたけれど、何があってどんな内容になって、求める結果はどんな事なのよ』
「すいません、一から説明いたしますね」
『ええ』
急いでいたとはいえ、雪崩れのような正論を受け電話越しに冷や汗を掻きながら謝罪を繰り返すサラリーマンの様に、この場に居ない高垣に向けて何度も頭を上げ下げしながら早口で一部始終を説明することに。
『そう』
返ってきた返事は了承でも拒否でも無く、ただただ素っ気ないものだけで、その返事を聞いて何故か無性に悲しくなった。
『よくできました』
けれども続いたその言葉に、俺は涙腺が崩壊しかけた。
アレだ、厳しくされた後に急に優しい言葉を掛けられたら、というやつだ。クソッ!親にこんな事をされるのならば兎も角同年代の、それも女子相手だぞ。
こんな事で涙を流し掛けるなんて情けないぞ新藤喜浩!!
『きつく聞こえたかもしれないけれど、アンタの先を思っての言葉だから今日の事を教訓にして精進なさい。それで返事だけれど―――』
「ただいまー。声が聞こえたけど誰かと電話を―――」
「マ、ママァ!!…………あっ」
「「……」」
氷の入ったコップが二つ載ったお盆を持った佑が、最悪のタイミングで戻って来てしまった。
俺の醜態を見てしまった佑は、さながら息子の痴態を思い掛け無いタイミングで見てしまったかのように、居た堪れない視線を向けたまま固まっている。
俺も俺で恥ずかしさの余り、何も言葉を発せなかった。
親友の家で半泣きになりながら誰かをママ呼びなど、誰であっても恥ずか死ぬ。
ま、まあ冗談で言っちゃっただけだし?こ、こんな時も有るよね(焦)
「ジュース、何飲む?」
「おれんじ」
「分かった、注ぐね」
全て自業自得ではあるけれど、何も聞かない優しさというものがこれでもかと言うほどに胸に刺さる。
佑がオレンジジュースをコップに注いでいる間に通話が続いたままだったことに遅れて気付き、スマホの画面を見てみるが既に通話が終了しホーム画面が映っていた。
きっと、ママ呼びした瞬間にウザくなって切ったのだろうな。
その事実にまたも悲しくなる。取り敢えずお願いしますね、とメッセージだけを送ることに。
「あ、そういえば」
「ん?」
「佑の両親、何時頃帰って来る?挨拶しておきたいんだけど」
「二人とも帰ってきた後はバタバタするから挨拶はいいよって」
「そっかー忙しいなら仕方無い。お言葉に甘えておこう」
今しがたのママ呼びで思い出したのもあるが最後に会ったのが体育祭の後に行った焼き肉会だったので挨拶でもしておこうと考えていたのだが、二人ともどうやら都合が合わない様子。
まあ明日には家に居るだろうしその時に顔でも見せよう。
「あれ、聞いてないの?」
「ん?」
「俺達の親同士で飲み会だよ」
「なにそれ聞いてない」
寝耳に水なんですが?え、何時頃決まってたのそんな予定。
容易に『呑みに行って来まーす』と暢気に言う両親が目に浮かぶが……ちょっと、報・連・相はどうしたんだ我が両親よ!!飲み会ののの字も聞いてねぇけど。社会人でしょ!?しっかりして頂戴な!
―――それから、内心で親に向けて文句を言いながらも佑とゲーム対戦に洒落込んでいったのだが、暫くして高垣から『検討します』というとても信用出来ない返事だけが返ってきた。
☆☆☆☆☆☆
ゲームに夢中になり気が付けば外はほんのり薄暗く、窓から入る風が少し冷たく感じ始めた頃、遠くから来客を知らせるチャイムの音が耳に届く。
両親がまだ返ってきておらずで佑が対応しに部屋を出たのだが、なんだか悪い予感が……
だがこの場で俺に出来ることなど何もなく。
大人しく佑の帰りを待っていると入口の扉が開き、佑に続く二人の姿を見てやはり自分の勘は正しかったのだと現実逃避をした。
「どうもどうも〜」
「……こんばんわ」
「……こんばんわ、二人とも」
それは、日頃結んでいる髪は下ろし寝間着では無いものの腕と脚が露出した白を基調とした涼しそうな恰好をした笑顔の朱音と、朱音とは対照的に所々に白のラインが入った全身がほぼ黒を占めるジャージを着た高垣が。
「適当に寛いで、と言いたい所だけど。朱音は準備手伝って」
「はいはーい。一先ずは詩織ちゃんはヒロくんとここに居てね」
「……えぇ」
佑と朱音は何かの準備に取り掛かる為に部屋を出て、今この空間に俺と高垣の二人のみとなった。
部屋に入ってからずっと、後ろめたさがあるかの様に未だに俺と目を合わせようとしない高垣に声を掛ける。
「おいこら高垣さんよぉ、なーんでこんな事になっちゃってるワケですか?」
「……うるさいわね。言ったでしょう。検討しますと」
「ああ言ってたね。けど普通、女子がこんな時間に男子の部屋に訪れるかね」
「幼馴染みなら出来るんじゃないかしら?」
うん、その言葉は正しい。きっと高垣が居なくとも、朱音は高確率で来たのかもしれない。
それはそれで極力二人きりに出来るように気を配る必要が出てくるが、俺が言いたいのはもっと別のこと。
「そうだな。だがお前は幼馴染みじゃなく友人だ。そうだろう?」
「そうね。その通りよ」
「なら聞くが倫理観何処いったん?仕事してる?」
「アンタの言いたいことは理解しているわ。高校生の男女が夜も近いのにって言いたいのでしょう。けれどその上でこうなっているのよ」
「何で?」
俺としては二人を幼馴染みカップルにするという夢を持つ以上、思春期の男女が望みそうなこのシチュエーションであっても当事者の様な感情を持つことは無い。だが高垣は俺達の一友人であり幼馴染みでは無い故に、好いた相手でも無ければこういった展開は多少の抵抗が出る筈だ。
ましてや、あの高垣がこういった行動を気軽に出来るとは思えない……と言いたいが、コイツ幼馴染み居るしプライベートでノリいいからなぁ。マジで真意が分からん。
だからこうして倫理観の確かさを確認してみたが、やはりと言うべきかそこら辺は十分に理解している様子。
ならばそれを上回る望みか何かがあったという事だろうか。
今の今まで俺から目を背けていた高垣は、俺の疑いの目を見て、そして儚げに微笑んだ。
「猫吸いしてみたかったの」
………こ、コイツッッッ!!朱音んちの飼い猫に絆されてやがる!?もしかしてそれを交渉の材料に使われたのか?
―――ハッまさか!?唐突な泊まりの約束も全て、ファミレスの時に猫の写真を見て可愛がってみたかっただけなのか!!きっとそうに違いねぇ!!
「こ、このアンポンタンがぁっ!!もうちょっと考えて行動しなさい!もっと自分を大事にして?そんなままだと変な男に引っ掛かるぞ?」
「アンタには猫の尊さが解らないのね、可哀想に」
「俺は犬派だから」
「は?」
「あ?」
新藤君は考え事が多くて親の言葉を聞き流してただけ。




