65話
何時の間にか使い難くなってますね。
テスト期間に突入してから三日目の金曜日。
あれから今後の立ち回りについて考えに考える日が続き、授業や勉強は疎か試験最中ですらもそちらに思考が回ってしまう日々が続く。
結果としては碌に集中が続かないせいか、正しい解答をしていたかと後になって不安を残す散々なものになっているのだが……
それと同程度に、降って沸いたような問題にも頭を抱えている。
「あの時に一番仲が良かったのは……久留美ちゃんと秋代ちゃんかな〜」
「元気してるかなあの二人。面白い人達だったよね」
「偶にだけど連絡来るよ。調子はどうねって」
「ふーん。何か聞き方がおばあちゃんみたい」
「それ、二人の前で言わないでね」
「うん、言わないよ。そういえばその二人に対してヒロが面白い渾名付けてたよね。何だったけ?」
「あの二人なぁ」
テスト期間が始まってからこの三日間、登下校中は疎か休憩時間が来る度に次に受ける科目勉強ではなく、中学時代を中心とした会話を振ってくるようになった。それも一年時から順々に、だ。
そんな話をしている暇はないだろうと何度も勉強に励むよう促してはいるが、その度に二人からは平気平気とあしらわれる始末。
唯でさえ自分の結果が著しくないと言うのに、このままでは二人が悪い結果になってしまわないだろうかという心配と不安が積もりに積もる。
ホントに大丈夫なのだろうか。赤点取って補習とかならんよな?流石に来週の試験最終日までこの状態が続くってことはないよな?
二人で補習を受けてしまうのも、ある意味良いシチュエーションではあるのだが……。
それはそれとして、その女子達なぁ。
「野次馬シスターズだろ」
「野次馬シスターズだよ」
「あーそんなだったね。ヒロは兎も角、朱音も覚えていたんだ」
「その件であれだけの騒ぎがあったのに忘れるわけ無いじゃんか」
「……そうだね」
「もしかして忘れてたの〜?記憶力ざっこ〜」
「急なメスガキムーブにキレそう」
話題に挙がった三野瀬 久留美と畠田 秋代。
確か、俺達三人のうちで朱音だけが別クラスになった時期から事ある毎に朱音の側に居た女子二人組であり、そんでもってよく俺達三人を見て『あら〜、奥さん見てみなさいな〜』やら『まあまあ、仲良しですわね〜』とまるで井戸端会議をする主婦達のような会話をしていた。
その姿が何だか野次馬みたいだな、と思ったから纏めてそう名付けてみたんだが、これがたった一週間で本人達の耳に入ってしまった。
そして朱音が言ったように大騒ぎに発展した。
「俺達のクラスに乗り込んでヒロにコブラツイストを決める畠田さんと補助の三野瀬さん、死物狂いで二人を説得するヒロと宥める朱音。あの馬鹿騒ぎは目茶苦茶面白かった」
「誰も手伝わないどころかクラスの皆も余計に騒いでたね。やってしまえ〜って」
「綺麗な連携だったからね。あれを見て胸が踊らない男は居ない」
「その歓声を聞いて駆けつけた先生に怒られるで散々だったね」
「その節はご迷惑をおかけしました」
俺がそう呼んでいることを知ったらしい二人は鬼のような形相で『新藤喜浩覚悟ォ!!』と口を揃えて教室に乗り込んで来て、佑が言ったように二人は巧みな連携を持ってして俺にプロレス技を仕掛けてきた。
突然の事で油断していた俺は流れる様な手付きで関節を決められ、痛みに藻掻き苦しむ中でそんな姿を見せれば男にモテないかもしれないぞと説得すれど余計に力を入れられて、二人を追ってきた朱音が必死にどうどうと落ち着かせていたら更に力を入れられ、そんな光景を見た男子共はいいぞもっとやれと騒ぎ立てる。
そして騒ぎに気付いた先生が現場に来てクラス全員+三人に説教が始まった事で何とか収束し、最後には握手で仲直りをしたそんな思い出。
今思うと中々に面白い奴等だったな。何処でそんな技を憶えたんだか。
そう過去を振り返っていると、俺はある事を思い付いた。
「何だかんだ言ってあの二人には朱音がお世話になっていた訳だし、偶には連絡してみようかな」
俺の知らない所での朱音の様子とか、佑の名前が出た際の朱音の反応とかを聞いてみるのも有りだよな。そう考えると佑の方も誰かしらに聞きたい所だ。
何で今までこんな重要な事に気付かなかったんだろうか、俺よ。よし、今日の夜にでも―――
「「……」」
「ん、どした?」
会話が途切れたなと思い二人を見ると、まじまじと何処か探るような目付きで俺を見ていた。
「「あ、予鈴が鳴ったねじゃあね」」
「お、おお。じゃあな……見事に息ぴったりだったな」
しかしながら俺の声で二人の意識が戻ったその瞬間に予鈴が鳴り響き、二人は一言一句違わず揃ってそう返事するとそそくさとこの場を去っていった。
何が何やらと席に戻る二人を交互に眺めていると、佑が座っていた椅子に本来の持ち主が戻ってきた。
「ちゃんと勉強してるか〜?見るからに駄弁ってばかりだったけど」
「やばいよ」
時間がくれば毎度の如く佑に席を譲る蔵元は、全く勉強しない様子の俺達を見ていたのか揶揄い気味にそう話を振ってきた。
「お、おおうそうか。まああの様子を見るに浅見と春辺さんは自信あんのかね?」
「どうだかな。流石に赤点は取らないと思うが。清水さんはどう思う?」
「え、ええ!?私ですか?」
今の今まで朱音と半々に一つの椅子を分け合い、器用に座りながら勉強していた清水さんに話を振ってみる。
今の状態になる初日、朱音に席を半分こしてとお願いされ若干緊張しながらも律儀に席を貸していた清水さんは、今じゃはいどうぞ、とすんなり貸してくれるほどになった。
テスト期間初日に流石にこの期間中は、と朱音に注意はしたものの、「私のことは気にしないでください」と断られたので体勢が不安定のまま勉強をさせてしまっているが、偶にクスクスといった笑い声が聞こえるあたり、俺達の会話はほぼ筒抜けになっている様子。現に俺が女子にプロレス技を掛けられた話をした時は肩を震わせていたし。
もしやこの会話が聞きたくて椅子を半分貸し与えているのではなかろうかとも勘繰ってしまうが、まあ変な内容は話してないので聞かれても別に問題ないだろう。
そんな清水さんは、急に話を振られたことで此方が吃驚する程に驚きギャグ漫画の様に眼鏡をズレさせながら此方に振り向いた。
「その、なんと言えばいいか……」
「思った事をありのまま教えてくれ」
「獲物を定める猟犬のように見えますね」
「めっちゃ物騒やん」
緩い感想が来るかと思いきや想像以上に物騒な視点だった。
待って、清水さん的には俺ってあいつ等から餌に思われてんの?え、何で?
「そ、そうか。その場合俺は逃げなければならないな」
「知ってますか?」
「ん?」
「猟犬を使う猟の一つに、巻狩という方法があるんですけど」
いやいや、何の話?あんな和んだ雰囲気の中から何が見えてんの?
まさか清水さんは此処が既に狩猟場と化しているとでも言いたいのか!?だとしたら怖えよ怖すぎる!!?
「簡単に説明すると、予め獲物の逃げ道を幾つか予測してそこに銃を持った猟師が待機します。次に山に放した猟犬にその逃げ道へと獲物を追い込んで貰うチームワークが重要な狩猟なんですよ。そして見事、猟犬に追い込まれた獲物が猟師の待つ道に現れた時には―――」
「と、時には?」
清水さんは徐ろに手で銃の形を作り、その銃口を俺に向けた。
「バンッ」
「「……」」
「な、なんちゃって……調子乗ってすいませんでした忘れてください」
「「…………」」
銃声を添えて発砲した仕草を取った清水さんに、俺と蔵元は何も返せなかった。
そして唖然としたままの俺達を見て、清水さんは顔を真っ赤にしながら勉強に使っていたノートを引き出しに収め前を向いた。
何でそんな視点で見えてんのとか、何で猟についてそんな詳しいのかとか、そんな些細な疑問は普段がおとなしめな清水さんのお茶目な姿を見て彼方に吹き飛んだ。
気付けば俺と蔵元は自然と顔を見合わせていた。
「い、射抜かれちまったぜ!」
「分かりみが深過ぎる!」
蔵元は手で心臓を抑え上擦った声で小さくそう叫んだが、かくいう俺も同じ感想だった。
「「すっげぇキュンッと来た〜」」
ギャップ萌えの真髄を垣間見た気分だ。
なんだコレ、心臓がドキドキするよ!ときめきが止まらないよ!!
真のギャップ萌えはこうも胸が熱くなるものなのか!!
これは是非とも佑と朱音にはしていただきたいものだ!!
「蔵元君、新藤君。静かにしなさい」
「「すいませんでした」」
何時の間にか教室に来ていた担当教師から注意され、ざわついた心は一気に治まった。
だが冷静になった所でよくよく考えてみれば、幼馴染み故に互いを知り尽くしているわけだから、今さらギャップ萌えって難しいのでは。
テスト受講中の中、俺はまたもや悩んだ。
☆☆☆☆☆☆
「ヒロ、今日は俺の家で夜通し遊ぼうよ」
やっぱり散々な結果となった本日のテストも終了し、その後のHRも終えて帰る時間帯になった昼頃。
鞄を手に一直線に此方に寄ってきた佑からそう提案された。
「え、夜通し?」
「休日は部活も無いし、偶には思い切って遊ぼう」
「ん〜それはいいけど、勉強は大丈夫なのか」
「大丈ブイ」
こんなにも安心出来ない大丈夫は初めてだよ佑君。
「じゃあいいよ」
だがそんな誘いを無碍に出来ない俺も俺だけど。
「え、何々〜?今日はたすくんちで遊ぶの?」
「うん。夜通し桃鉄したいって思ってる」
「ほっほ〜う」
すると帰り支度を終えた朱音が横から俺達の会話に混じり、佑の返事に対して怪し気な笑みを浮かべた。
「久々に私もいっ―――」
「朱音は駄目」
「しょに……何でさ!」
どうやら朱音も参加しようと考えていたようだが、佑にバッサリ切り捨てられた。
朱音は納得いかない様子だったが、正直な所俺も同じ気持ちである。
「しょうが無いじゃん。朱音、桃鉄に関してだけ強過ぎるし勝負にならない。それに比べて俺とヒロは勝率は拮抗してる」
佑のこの一言に尽きる。
過去に朱音も交えて何度も遊んではいるが、運ゲーの癖して何故か朱音の勝率が馬鹿みたいに高いのだ。それも圧倒的な差を出して、だ。
対して俺と佑は二人ですれば良い勝負、といった所。
「えー!仲間はずれとか酷ッ!それでも幼馴染みか!」
「それ以外だったらいいよ」
「単に二人が弱過ぎるだけでしょう」
ウンウンと佑に同調するように深く頷いていると、よく知る声が会話に混ざって来た。
「やっぱり詩織ちゃんもそう思う?」
「「は?キレそう」」
それは、朱音の実力を知らない高垣だった。
「お前は朱音と桃鉄したことが無いからそんな事が言えるんだよ。なぁ佑く〜ん?」
「うんうん」
「それは運が絡むと言っても朱音がその時その時で最適解を出しているからでしょう。何も考えずに操作してるあなた達と違って」
「……言うじゃねぇか高垣さんよぉ」
まるで自分なら朱音にも負けない、と妙な自信を持つ高垣に現実を知らしめなければと勝負を吹っ掛けることにした。
「朱音や」
「何でしょな」
「こいつ、朱音さんに喧嘩を売ってございますぜ。如何致しやしょうかぁ?」
「そこは自分じゃなくて朱音に頼るのね。情けない」
「じゃかあしい!!朱音様、どうしやすか!?」
「うーん」
朱音は少し悩む素振りを見せたが、直ぐに笑顔を浮かべノリの良い返事を返す。
「詩織ちゃんをボッコボコのメッタメタにしてあげます!」
「よっその意気ですぜお嬢様!!」
「ヒューヒュー」
「朱音、今日はお家にお邪魔していいかしら?」
「ん〜?良いよ良いよ〜!」
「ありがとう。後から住所を送って頂戴。夕方位には向かうから」
「はーい!一名様ご案な〜い」
てっきりオンライン対戦でするのかと思っていたが、高垣は朱音の家に泊まる約束を取付けていた。ということは、朱音の部屋で対戦するのだろう。
遅い時間くらいで対戦結果を敢えて通話で聞いてみようかね、朱音じゃなくて高垣に。
クックック、悔しげな声が聴けるその時が愉しみだァ。
「宜しく。それじゃあまた後で」
「ばいばーい」
「ヒロ、俺んちに来る前に近くのスーパーで待ち合わせしようか。買い物増えたし」
「おうそうだな」
因みに浅見君と春辺さんは新藤君が見えない所で熱い握手を交わしております。




