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64話

「随分と、楽しそうなあーんでしたね?」


 ヒロ達と別れてから黙って歩くこと数分後、朱音はニッコリと爽やかな笑顔を浮かべながらも言葉の端に刺を含めてそう言ってきた。


「そうかな」


「普通にすればよかったんじゃなかったの?思ってたのと実際の雰囲気が全く違ったから不意を突かれた気分だったんですけどー」


「興が乗った。凄く仲良く見えたでしょ」


「えぇ……?ま、まあたすくんの言う通り()()()()では仲良く見えたけど」


「ある意味……?そんな事よりも、何であの時動かなかったの?それこそ計画通りなら朱音の合図次第で俺が全部平らげて、朱音がヒロの手元に残ったポテトを要求する手筈だったのに」


「うーん。そうだったんだけどねぇ」


 俺が即座に思い付き朱音の協力の下に実行にした、『俺と朱音が出来ることはヒロも出来る筈だよね』作戦。

 ざっくりと説明するならば、三人だから出来る方法で料理を共有してみよう、というもの。


 あの時突飛な行動に出てしまったのは今に朱音に伝えた通りだけど、本来ならその後に朱音も同じ様な行動に移る手筈だった。

 けれど時間を見て俺がお開きの合図を出すまでの間、朱音は合図を出すこともなくヒロの様子をこっそりと伺いながら高垣さんへ今みたいな感じかな、と意見を貰うに終わってしまった。


「たすくんに接するのを見て、ああ私には同じ事は絶対しないだろうなぁって勘付いちゃって。だから見るだけで終わっちゃったって感じかな」


「絶対って……それは朱音が女の子だから?」


「うーん。それもあるんだとは思うけど……何かが違うような気もするんだよねぇ」


「単にヘタれじゃなくて?」


「ヘタれちゃうわい!!」


 俺に対してはいとも容易く行えたのに、ヒロ相手と考えると恥ずかしさが込み上げ怯んでしまった、という線を考えていたけれどどうも違うらしい。


「今更だけどさ。もっとこう、他に方法無かったの?」


「あの場だったからあれが浮かんだんだよ。場所が違えばまた変わった案を出してた」


「例えば?」


「さっき朱音が言ってたカラオケだったら……そうだね、盛り上がるような曲を三人で仲良く踊り狂いながら一緒に歌うとか?」


「いや普通に友達とすることじゃん」


「それで最後には皆でハグするんだ」


「何でぇ?」


「テンション任せにイェーイって」


「うん、流れがいまいち。たすくんはあれだね、作戦立てるの下手くそだね。あとネーミングセンスも」


「……」


 うん、自分で言っておいてなんだけど朱音の反応も理解できる。これってその場のテンションによっては普通の友達にでも出来る範囲ではあるし、なんなら幼馴染みだからとかあまり関係無いようにも見える。

 でもそこまで言うのなら、今度の作戦は朱音に考えてもらおうじゃないか。


「ところで、何で今回の作戦は受けたの?」


「え?たすくんが動いてみるって言うから」


「ちょっと恋人チックな事が出来ると思ったから?」


「こっ……違うよ!?てか作戦とか聞く前に承諾したじゃんか!!」


「うーん。やっぱりこうして幼馴染みらしい行動は何かって意識して考えるとなかなかに悩むものがあるね」


「ねぇ聞いてる?」


「聞いてる聞いてる」


「それ聞いてない人が言う台詞なんだよ」


 何を持って幼馴染みと言えるのか。

 前に朱音と共に決意して、今日に至っては高垣さんに発破をかけてもらったけれど、いまいちこれだというものが掴めない。


「朱音はこの一週間、動いてみてどう思った?」


「うーん。何と無くだけど結構時間掛かりそうかなーって感じかなぁ」


「ヒロもちんぷんかんぷんって顔してたしね。そもそも幼馴染みらしい行動って何か、って意識すると逆に分かんなくなってこない?」


「分かる〜。今日のあの反応を見てある程度の動きなら何と無く予想は出来るけどね〜」


「うん。俺達の声に直ぐに振り返るヒロが、今日は目の前に居るにも関わらず俺の声に気付かない程に何かに熟考していた」


「近々何かする気なんだろうね。中学の時とみたいに」


「予兆は割とはっきりしてるから事前に察知できるけど……」


「「何を思って、何がしたくてそんな行動を取るのかが解らない」」


 一言一句違わず揃った事に、二人してクスリと笑ってしまった。


「何故距離を取るような行動をするのか……って直接聞いても前と変わんないよね」


「幼馴染みの件含めて、ぜーんぶ『俺が親友だからだ』って意味のわからない答えが帰ってきたし自称するうちはきっとそうなるだろうね〜」


「本当、何があって自分をそう呼び始めたのやら」


「なんかアレだよね。今までの私達を否定されるようでイラって来るものがあるよね」


「そう思っていながら動き出せたのはここ最近の話だけどね」


「うっ……それは言わない約束だよたすくんや」


「本当、どうやったらヒロの方から幼馴染みだ、って言ってくれるようになるんだろうね」


「ね〜」


 一度、雰囲気が変わったヒロは朱音の問い詰めに対して親友とはっきり答えてしまっている。

 それ以前なら、もしかしたらヒロも幼馴染みなのだと思ってくれていたのかもしれないが、今となっては聞いても意味が無いものになるだろう。やたらと親友親友と自称するのだから。


 そんなヒロを初対面の人に紹介する時、幼馴染みだと伝えるのはとても簡単だ。けれど今までにヒロを幼馴染みだと公言したことは朱音含めて一度もない。

 中学生までなら顔馴染みが多いから改めて紹介する機会も無かったし、高校になってからは古くからの付き合いと濁しながら紹介している。朱音もそうやってきている。


 唯の紹介程度にと自分でも思うが、振り返ればこれは単に俺達の意地に過ぎないのかもしれない。

 時間が解決すると逃げに走った俺達が、ヒロが自分達の事を幼馴染みだと言うまでは自分達も幼馴染みだと言ってやるものか、という癇癪に近い意地。


 けれど、こうして動き出して何も問題なくそう思わせることが出来るのだろうかという不安が拭えないのも確か。

 一度拒否をしたのならそれ相応の理由がある筈で、でも無秩序に踏み込むと何処か危うい未来になるかもという悪い予感。


 何かヒントのような目印があれば、それに沿って計画を建てていくことも出来るのだろうが、そのヒントすら見えてこないのが現状だし。


 今のヒロについて、朱音とあれこれ悩んでいるとふと今みたいな関係性になる以前の、夕焼けが落ちた今のような暗い外でも我武者羅に遊び回っていた懐かしい記憶が蘇った。


「昔のようにさ」


「ん?昔?」


「今みたいに三人して妙な事とかしなくてさ、昔のように三人が心から楽しめる毎日に戻れたらなって思って」


 今とは違って人の顔色を伺い、事あるごとに幼馴染みの俺の背に引っ付く朱音と、そんな朱音を何時の間にか()()()()()立ち位置に居た俺。

 この時期は朱音をそっちのけにして他の友人と遊ぶことが出来ず、かと言って朱音を含めて遊んでみれどひっつき虫の如く着いてくる朱音に向けられる他人の感情に対して言葉にし難い歯痒さを募らせていた。


 ―――お、おおお俺と、友達になってください!!


 そんな時に、目の前に俺達を見て何故か涙目になっていたヒロが現れた。


 この子も、何時かは朱音の事を他の子達と同じ様に見るのではないかと、けれどもし違うのであればと、幾多の考えを過ぎらせながらも差し出されたその手を取った。


 けれど今の今までにヒロは、朱音にそのような感情を微塵も向けることもなく、いつもいつも俺達の手を引っ張って色々な場所に遊びに誘い出し、毎日が徒労で動けなくなるほどに動き回らせた。


 そして気が付けば、俺の思惑は最早意味を成さないものになっていた。

 当初にあんな考えを過ぎらせた自分が恥ずかしい人間だと思える程に、この三人の世界が俺にとっての全てと思えるようになった。


 もしかしたらあの時にヒロではなく、違う人と出会っていれても同じような未来があったかもしれない。

 でもそれは唯の憶測に過ぎなくて、あの時にヒロと出会えたからこうして今の俺達が出来上がった。


 ヒロには感謝しか無いけれど、互いにこうして立場を意識し合うのではなく、何も考えずとも心から満たされたあの日々がどうしても……


「たすくん」


 穏やかに、言い聞かせるような朱音の声に意識が戻る。


「私としてもヒロ君は幼馴染みだと思ってるし、ヒロ君にもそう思ってもらいたいって気持ちはたすくんと同じ。でも多分だけど、たすくんが言うような昔に戻るのは難しいと思うかな」


「……そうなのかな」


 俺の考えを深く読んだのか、諭すような言葉を向けられる。


 続きを促すと朱音は急に立ち止まりその場で腕を組んで何かを考え始め、俺も足を止め朱音の返答を待つことにした。

 朱音はうーん、と悩ましそうに唸りながらも何処かそわそわと、若干の緊張を伴った雰囲気を醸し出す。

 そんな朱音を見ながら何か言いにくい内容なのかな、と不安を募らせていると、小声で自分を奮い立たせるような何かを呟いたあと。


「だって、私がヒロ君に恋しちゃったからね!!」


 朱音は決心がついたように―――この夜空でも一際輝くようなキラキラとした光を目に宿し、この暗闇を掻き消してしまいそうな太陽のように晴れやかに笑った。


「……そっか」


「たすくんが知ってるのは知ってるけど些か反応が薄過ぎない!?改めてこれ言うのに目茶苦茶緊張したんだからね!!」


 朱音のそれは、当然察してはいた事だった。何度も横から見ていたから知っているし、それを使ってイジったりもしたことはあった。


 けれど、こうして面と向かって恋をしたのだと、俺に伝えるのはこれが初めてで。

 朱音のその言葉に、俺は胸の奥がキュッと締め付けられる痛みが走った。それは応援すると言いながらも心の隅では目を逸らしたく、聞きたくないと耳を塞ぎたいものだったから。


 俺自身、恋愛自体は素晴らしいものだとは思っている。

 何時の日か、ヒロの部屋で二人で恋愛系の漫画を読んで恋愛って良いもんだな感想を言い合ったこともある。

 放送されたドラマや映画を見て、朱音の羨望の声に同調した事もある。


 でも俺は、知識として素晴らしいものだと知っているだけ。


「恋を自覚するとね、見える世界が変わっちゃうんだ。視線を独り占めしたい!褒められたい!もっと一緒に居たい!どうしようもなく好きって言いたい!そんな風にね!」


 幼馴染みと言えど、その想いはとても伝え難いものだった筈だ。今日の高垣さんの発破が効いたのか、それとも他に心境の変化があったのかは分からない。

 けれどこうして一度口にした事によって今まで隠していた気持ちが溢れだして止められないのか、朱音はまるでヒロのように手を大きく広げ胸を張りながら演説をするように朱音は声を張る。


「恋は人を変えるって言葉、今思えば正しくその通りかもね〜!だからもう昔のように、何時でも側に居る幼馴染みって見方は……多分、出来なくは……無いかもしれないけど物凄く時間が掛かるかも」


「……そうなるだろうね」


 次第に自信が無くなったように尻すぼみになった朱音ははっきりとは口にはしなかったが、それは仮に結果の良し悪し関係なく一度なってしまったからには昔と同じ目で見ることは難しいかもしれないという意味。

 さっきの言葉を否定しまうことになるから、今に申し訳なく思っているのだろう。


「一緒に幼馴染みって気付かせようって約束したけど……今更になるかもだけど、ごめんね。私じゃなければもっと上手く立ち回れるのかもしれないけど、そこは私自身が凄く分かってるから」


「いやいいんだ、朱音が謝るようなものじゃない。それに俺は朱音の恋路を応援してるんだ。だから俺の事は気にせずに朱音は朱音の思うままに動くと良い」


「……」


「あの約束をしてくれただけでも御の字さ。それによく言うじゃん。昔の記憶は美化してしまうものだって。幼馴染みってはっきり言えるようになるだけでも良いんだ。俺はそう―――」


「私はこの初恋を絶対に叶える!!例え最後にたすくんが()になったとしてもぶち抜いてやる!!さあ、今度はたすくんの番!!」


「思って―――え?」


 被せるような朱音の大声に、疑問符を浮かべる。何で俺を壁に例えた?例えるならヒロと仲の良い高垣さんとかが相応しいと思うけど。

 返事に詰まる俺を見て、朱音は仕方ないねぇと言いながら両の掌を上に向けまるで外国人がする呆れた動作を作った。


「たすくんも大概にぶちんだよねぇ。たすくんの気持ちを教えてってことだよ?」


「いや、俺言ったけど。昔のようにって―――」


「そこは!」


 またもや俺の言葉を遮り、今度は咎めるように人差し指を向けてきた。


「たすくんがウジウジと昔のようにって思うならば、この先でこうしたいって、これだけは絶対に叶えるんだって思いを吐き出す所だよ!!さあカモンベイビー!どんな言葉でも受け止めるよ〜?」


「……」


 朱音の中でどんな想定がなされているのかは読めないが、ここで言わなければ梃子でも動かない、そんな姿勢だった。


「絶対に叶えたい、ね」


 俺は、堂々と本心をぶつけてきた朱音には申し訳ないがここで本心を言うつもりは毛頭なかった。

 今までに打ち明けたことのないこの想いは、きっとこの場で朱音だけに伝えたとしてもそこまで感情が乗らないと確信しているから。


 でも、昔の姿を知る俺からしたら、そんな姿がとても大きく成長しているように見えて、それがとても眩しくて仕方無かった。


 なら俺は、卑怯に見えるかもしれないが一部だけでも伝えておこうと心に決めて、指先をクイクイと曲げ挑発を続ける朱音に向けて口を開いた。


「喧嘩をしてみたいな」


「…………はぇ?」


「それも大きなね」


「…………えぇっと、具体的にはどんなのでしょうか?」


 まさか喧嘩という単語が出てくるとは思いもしなかったのか、直ぐに指先を引っ込めまるで逃げる体勢を作る朱音に俺は少し笑ってしまった。


「いや、俺達って基本仲が良かったから喧嘩とか無かったじゃん。細かいことは抜きにしてだよ?」


「まあそうだね。でも何で大っきな喧嘩が望みなの?」


「喧嘩するほど仲が良いって言うじゃん。あれ」


「えぇ……」


 心底理解が出来ないと、引き気味の目を向けられちょっとへこむ。

 男女の心の違いってやつなんだろうな。でも続きを聞いて欲しい。


「三人で醜く罵りあって、今までに言ったことのないような罵倒を吐き出して、本心を語り合ったあと……最後には全員で笑い合いたい。お前らこんなこと思ってたのかよ〜っみたいな」


「……そっか」


「今言えるのはそれだけかな」


 小さく返事を返しながら朱音は瞼を下ろし、深く考え込む。

 きっと、俺が伝えた通りの場面を思い浮かべているのだろう。


「そっか!その時は手加減しないからね!!」


 笑顔でそういう朱音に、俺は怖気づいてしまった。

 主に何か凄い罵倒が飛び交いそうで。


「お、お手柔らかにね。あんまり言われると落ち込むかも」


「いや意思が弱過ぎない?最後には笑い合うんでしょ!じゃあ大丈夫大丈夫!!」


「そうだね」


 今の内に罵倒のオンパレードを用意するぞ〜、と何処か的外れに聞こえる言葉を発しながら、朱音は俺の横を通り過ぎる。


 俺より低い身長なのに、とても大きく見えるその背中がとても遠くに感じてしまい置いていかれないよう急ぎ足で朱音の隣へ進む。


「あ、そうだ」


「ん、どした?」


「ん!」


 朱音はふと、何かを思いついたかのようにまた足を止めてしまった。

 それに釣られて俺も立ち止まると、朱音は右手で小指を、左手には握り拳を作って差し出してきた。

 その意味を理解して、俺も右手の小指をその小さな小指に絡ませ、左手も同じ拳を作りコツリとその小さな拳に当てる。


()()二人三脚で頑張ろう」


「うん」


「「指切りげんまん―――」」


 合図もなく二人揃って指切りげんまんを歌う。

 一つは誓いを、もう一つは約束を。それら全てが嘘にならないように。


「「―――指切った」」


「「絶対ね」」


「むふふ!!何かテンション上がってきた!!今の内に何か作戦考えようよ〜」


「罵倒のオンパレードは?」


「そこは心配しないで!寝る間も惜しんでちゃーんと考えておくから!」


「いやマジでお手柔らかにね?あること無いことは駄目だからね?」


「二人を泣かせてやるぜ〜」


「聞いてないなこれ」


 恋をすれば人は変わる、と朱音は声高らかにそう言っていた。

 改めて今と昔の朱音を見比べれば、確かにその通りなのかもしれないなと頷いた。


「恋、ねぇ」


 きっと、何時しか朱音の中でヒロに対する想いが芽生えたその時に、朱音は変わろうと決意したのだろう。本当に、本当に逞しくなった。


「たすくんも恋をすればきっと解るよ〜。このもどかしさとかが」


「そうかな」


「見てみたいな〜たすくんが恋する瞬間。どんな反応するのかね〜」


「はは、朱音のようなヘタれにはならないよう注意するよ」


「機を伺っていると言え」


「はい」


 俺も何時の日か、朱音のように恋を知れば変わるのだろうか。

 ヒロも恋をしたら朱音のように変わるのだろうか。


 だが俺は、そんな恋に対しては―――






 ………あれ、何かが()()()()()。何だ?一体何に引っ掛かった?


「ん、何か思いついちゃった感じ〜?」


「いや、そうじゃないんだ」


 俺は今、恋についての考えを巡らせていた。

 それによって皆がこれからどう変わるのか、幾多もの未来を勝手に想像してみた筈だった。

 モヤモヤとした気持ちを抱きながらその正体を見つけようと再び俺と朱音と―――そしてヒロの恋について想像してみる。

 するとやはり、ヒロの恋を想像した瞬間に何かが引っ掛かる。でもその何かが良くわからない。


 何だ何だと必死に頭を整理して、今までの憶えているもの全てと今の朱音の会話までを振り返っていると、ようやくして腑に落ちるその正体を掴んでしまった。

 もしかしたら。俺が至った考えが、当たっているのならば―――


 ()()()は湧いてくるが、大体の辻褄が合う。


「なあ朱音」


「ん〜?どしたの?」


 其の場から動かない俺を律儀に待っていた朱音に、確認のために問い掛ける。


「朱音は、恋をしたら人が変わるって言ったね」


「え?うん、そうだけど」


「朱音の事は見てきたから言われて納得出来たよ」


「お、おおぅ。そう言われると恥ずかしさが込み上げるね」


 参ったなぁと手を扇のよう振るい熱くなっただろう顔に微風を送る朱音を見ながら、今度は朱音が気付くように疑問を投げる。


「その上で聞くよ。ヒロが、今のように変わり始めたのは?」


「えーっと確か、中学の時に流行った恋愛ブーム、の……時期」


 俺の問いに答えながらも、自分で言った言葉に気付いてしまったのだろう。

 次第に目を大きく開かせ、ゆっくりと口を開いた。




「―――あの時期に、ヒロ君は誰かに恋をしたから変わった?」




 ★★★★★★




「それで、初めて新藤君とやらと会って感じた感想はどうだったの?」


「よく解らない人だった」


「そうなの?」


 母からの疑問に、新藤 喜浩の人となりを知らない妹は、やはり私の思った通りの感想を伝える。

 二人の会話を聞き流しながらそりゃそうでしょうね、と内心呟き、車の硝子越しから覗く街明かりを眺めながら、今日についてと先程の私を抜きにした二人の会話と振り返る。



 ―――今のさ、詩織ちゃん的にどう思った?


 ―――随分と仲が良さそうとしか。


 ―――だ、だよね〜。私はあんな風には出来ないかもなぁ。


 ―――朱音、いつ動く?


 ―――もうちょっと待ってて〜。タイミングを考えてるから。


 ―――りょ。


 ―――まだ何かするのかしら?


 ―――ん〜詩織ちゃんが言ってくれた通り動いてみるつもり〜。



 しかしまあ、朱音と浅見君には随分と驚かされた。

 何やら悩ましげにしていた二人の背中を少し押してあげただけの積もりだったのに、ああして行動に出るのが私の想定よりも速かった。


 いえ、それは私の想定であって私じゃない誰かが同じ事をすれば、二人は動き出していたのかもしれない。

 新藤君という道標を見失いかけた子供のような二人を見れば、今じゃなくとも自ずと言葉を掛ける誰かは現れたはず。


 これなら、今までの期間で私なりに纏めた情報を今の朱音の与えるのは、かえって悪手かもしれないわね。


「あの人……新藤さんはさ」


「ん、何かしら」


「お姉ちゃんのこと……その、好きなの?」


「……は?」


「あらー!!詩織にも恋が?」


「お母さんは黙ってて」


 一体何を聞いてきているのか一瞬理解出来なかったが、ある日の帰りの記憶が過ぎり、何故妹が新藤君に対してああまで態度が悪かったのかを察した。


 要は以前の、今日と同じ形で帰宅の際のお母さんが放った『彼氏くん』という戯言を真に受けたということだ。

 家でも頑なに否定をしたというのに、妹は今の今まで疑っていたということだろう。変な心配に思わず頭を抱える。


 はぁ……めんどくさ。



 ―――まず俺は一友人として、佑と朱音の次に高垣の幸せを願っている!!これは嘘偽りの無い、心からの純粋な想いだ!!



 しかし、妹がそう思うのは無理のない話なのかもしれない。


 先程の、詳細を聞こうと場を整えてはみたがわざわざ私の耳を塞ぎ意思を無視して勝手に会話を始めた妹と新藤君。

 目の前に居るのだから例え耳を塞いだとて完全な防音に出来ていないことに気付かず一方的に自身の思いの丈を茉莉へとぶつけるに終わり、親の迎えが来たことで別れる事になった。

 小学生のような語彙力皆無のあの発言と髪を乱してくれた件は後でお灸を据えるとして。



 ―――高垣(コイツ)、俺が馬鹿やらかす度にクスッて笑うんだぜ?それが画になるというかなんというか……そう、ただの笑みがこれだけ綺麗なのだから、幸せを噛み締めている時はさぞ美しいものになるだろうと確信している。俺の夢の眩しさと同等、位にな。


 ―――俺は周囲の人間が笑顔になれる環境が好きだ。この先で高垣が笑っている時は俺も共に盛大に笑おう。苦しい時、泣きそうな時は道化を演じてでも笑顔にしてみせよう。


 ―――笑顔は幸せの前提だ。だから、これはまあ高垣にも言ったがこの先で幼馴染みのしがらみとやらの結果がどんな展開に転ぼうとも何とかして見せる。


 ―――だから妹さん、君は君の思うままに行動してくれ。君の危惧するような事態は俺としても本望じゃないから安心してくれ。何なら俺で良ければ幾らでもサポートしてやるって感じかね。


 ―――あ、でも今後はこういった教え方はしないでくれよ?俺にとって高垣は特別な一人なんだ、何かあれば高垣の口から直接聞くと決めている。


 ―――ん、何か言いたいことが目茶苦茶になったが、まああれだ。


 ―――いずれにせよ、俺が高垣を幸せへの道連れにしてやるさ。



「いや無いでしょ。鳥肌立つわあんなん」


「いやでも最後なんか」


「クサイ台詞をつらつらと吐いた後に『言い切った』みたいな顔したあの馬鹿に?天地がひっくり返っても無いから」


「本当の本当に?」


「本当よ。しつこいわね」


 聞いてるこっちが恥ずかしくなる、支離滅裂な思いの丈。


 きっと本心を伝えようと言語化したとは理解しているが、幾ら何でも言い過ぎではなかろうかと、耳に被せた妹の手に二重に蓋をしたくなる程だった。

 また頭を抱えたくなる気持ちをぐっと押し込め、安堵のため息を吐いた妹に問い詰める。


「あんたね、一体新藤君に何を話したの」


「黙秘権を行使します」


「お母さん、茉莉の夏休み期間中の小遣い半分減らして。私に迷惑をかけた罰として」


「ひ、ひどい!もう友達と予定詰めてるんだけど!?お姉ちゃんの為を思っての事なんだよ!」


「ん〜詩織がママ呼びを変えた理由を教えてくれたら良いわよ」


「……この歳でその呼び方は来るものがあるのよ」


「わぉ、反抗期?」


「ええそうよ」


「それじゃ検討に検討を重ねまーす」


「期待薄ねこれは」


 この場に誰も味方が居ないことに眉間の皺が深くなるのを自覚する。

 それにしても会話の最中に気になる点が幾つかあった。


 店を出てからの、幼馴染みの名を聞いた直後の新藤君の私を見る目、茉莉へと思うがままに行動してくれと言った事、何かしらの教え方について注意したりと、隠したいのか隠したくないのか全く持って分からなかったけど。


 どうせ中身を言及してもこのままなら妹は口を割らないだろうし、新藤君も顔には出るが言う気は無いだろう。

 何についてかはある程度予想はできるが確証は無いから、今後何かしらの動きがあるまでは注意しときましょうか。


 そもそも妹の、新藤君が私を好きなのではないか、というのは前提から崩れている話だ。

 仮に新藤君が誰か付き合うことになったとしても、きっとその経験すらも夢への糧にするために動くだろう。

 相手の想いも何もかもを履き違えて。


 私から見ても新藤君は、()()()()()()()()()()()、そんな人間だ。


 そんな新藤君が、この先どのような選択をするのか、どのような気持ちでその答えを見出すのか。今はまだ何も解らない。


 だからこそ、私は確かめたい。

 あの時私の選択した答えが、果たして間違いでは無かったのだと。

 この期待は、何も間違い無いはずだ。

新藤「んぶしゅっ!!...ふっ誰か噂してるなんしゅっ!やべ鼻水が口にっ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ありゃ朱音と佑、結局本質的な部分はまだ手探りか。  二人にとっては「二人だけでいた時間」はほんの少し、ヒロが合流してからの記憶の方が圧倒的に強いから「三人で幼馴染み」という思考に違和感無…
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