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63話

「いい時間になったしぼちぼち帰ろうか。ヒロの方はまだ掛かりそう?」


「……ん〜」


 妹さんからの伝えたい事―――最後の文、俺からすれば一方的な、まるで答えは求めていないかのような()()とも取れる所を見終わった丁度その時、追加で料理を頼むと言っていた佑から、結局は食欲が薄くなってきたのかお開きの言葉を口にした。

 意識を戻し、妹さんにはスマートフォンを返しながらこれで言いたかったことは全部かどうか聞くと頷いたので次に全員が完食していたのを確認してから皆に同じ様に帰りを問い掛ける。

 そして誰も反対すること無く一様に帰り支度をし始め、会計を済ますために席を立った。


「次にこうして皆で来たときはみぅちゃんの動画とか見せるね!」


「そうですね、その時は是非連絡を下さい。時間が空いていればお邪魔致しますので。猫ちゃんは楽しみにしておきます」


 レジカウンターに向かう最中、言いたいことを言えてスッキリとした様子の妹さんに朱音は歩み寄って猫についての会話を、その後ろで高垣が親に連絡を取りながら付いていき最後尾に俺と佑が並んだ。


「んで、結果はどうだったの?最後まで助けは無かったけど」


「ん〜ぶっちゃけると全部が全部俺のせいだった」


「そうなの?」


「そーなの。だからまあ、妹さんも悪気があってあんな態度を取った訳じゃなかったって事だな」


「そっか。スマホを見せ合ってたのってやっぱり文字か何かでの会話?」


「そうだ。おかげで指が疲れた」


「あんな会話形式だったらそうだろうね。どんな内容だったの?」


「ん〜。ひ・み・ちゅ☆」


「うわキモッ。ハンバーグあげたじゃん御礼として教えてよ」


「ええ!?」


「いやだって、最初からあんな態度を取るって相当じゃない?だからヒロが何をしたのか気になるってものじゃん」


 アレって善意でくれたわけじゃなかったの!?

 確かにあの時はおや珍しいとも思ったしタダであげるとは言われてなかったけども!


「ははは、冗談だからそんな焦らないでよ」


 佑なりの冗談らしく、焦る俺を少し笑ってくる。

 それを聞いてほっと一息をついていると、佑は今にレジカウンターの前に並び財布を取り出す朱音達を見遣る。


「ほら、もう店員さんも居るし会計済ませてぱっぱと帰るよ」


「ほーい」




 ☆☆☆☆☆☆




 割り勘(姉妹の方は代表して姉だけ)で会計を済ませ一同で外に出ると、入店前はほんのりと暗かった空は今や家や街灯の灯り、道路を走る車のライトが一層眩しく見える程に暗闇に染まっていた。

 そしてヒュウッと冷たい風が肌を撫で、俺の火照った身体から熱を奪い去っていく。


「真っ暗だね〜」


「そうだね。ちゃんとした交流はまた次の機会にしようか」


「うっ……今日は申し訳ありませんでした」


「ああいや、別に茉莉さんを責めてるわけじゃなくて」


「たすくんの言う通りだよ!今後はファミレスとかじゃなくてカラオケとかでも良いかもね!茉莉ちゃんや詩織ちゃんがどんな曲を歌うのか気になるし」


 出会い頭から今まで俺に付きっ切りで対応し、碌に交流が出来ていないことに申し訳無さそうに謝る妹さんに、ある程度事情を知る佑は一度俺に視線を送ってから朱音と共に妹さんを宥める。

 妹さんが最初からあんな様子だったのは俺が要らんことをしたせいでありそれが無ければ今とは真反対の、もっと賑やかなものになっていたに違いない。


「それで?私に対して何でキレていたのかしら」


 三人の様子を眺めていると、横から高垣がそう聞いてくる。

 そういえば俺、高垣に表出ろ的なこと言ってたな。()()()がインパクトあり過ぎて今の今まですっかり頭から抜け落ちていた。


「あー全部勘違いだった。今の俺は透き通った空のように穏やかだ。だから気にしないでくれ」


「ふぅん?どうせそれも今だけでしょ。何かあれば暴風雨が吹き荒れる癖に」


「うるせぇツン」


「つん?気持ち悪い語尾付けないでちょうだい」


「うるせぇツン」


 幾度も感情的になった姿は見せちゃってる訳だし、高垣なら俺の心象風景の変化を図るのは容易いだろうな。

 それはそれとして言い返すが。


 それは置いといて、このまま店前でたむろするのは宜しくないな。


「はい注目!今日はまあ、色々?ありましたがこれにて解散ということで!!高垣の方は迎えは?」


「あと十分、てところね」


 今に解散指示を出したとはいえ、夜に女子二人残すとなれば不安が募る。

 それならこのまま親の迎えが来るまで皆で待っていた方が良いかもしれないな。


「だったら集まれる場所とかあればそこで時間を―――」


「私は少し新藤君と話したいことがあるから、二人は先に帰ってもらって大丈夫よ」


 同じ考えを持ったらしい朱音が迎えが来るまでの時間潰しに付き合うと言おうとしたが、途中で高垣に遮られる。

 暗に先に帰ってくれと言っているような言葉に朱音はぽかんと放心してしまっていた。


「そう、なら丁度良かった」


「ん?」


「俺と朱音はこのまま帰るよ。ヒロは道草食って警察のお世話にならないようにね」


「ならんわ。てか丁度てどういう意味なん?」


 待つと決めた朱音とは反対に佑は帰ると言い出したのだが、これ幸いといった含みを持たせた言葉が気になり問い掛ける。

 何時ものパターンなら、朱音に同調して残るとか言い出しそうなものなのに。


「ん〜。ひ・み・ちゅ」


「「「キッショ」」」


「……え、ええっと」


「皆して酷くない?ていうかヒロにだけは言われたくない。茉莉さん、返事は要らないよ。いいね?」


「は、はい」


 何と返せばいいのか分からない妹さん以外の三人(今の発言を聞いて気を取り戻した朱音も)が同じ感想を素直にぶつける。だって俺のと違って綺麗なウィンク付きだったが、無表情と口調が合わなさ過ぎるし、最後のは「ちゅ」じゃなくて普通に「つ」でよかったと思う。皆もそう思ったに違いない。


 憶測だが、佑の方から朱音にしたい会話でもあるのだろうな。丁度良い、と言っていたから、例えるなら俺に聞かせられないやつとか?

 ていうか理由はどうでもいいとして、この展開は夜道と言えど二人っきりに出来るチャンスじゃないか。

 例え不審者が近付いてきたとしても佑が居るから安心出来るし、変な所に寄ったりはしないだろう。

 希望としては今日の『あーん』について語り合って欲しい所だな。


「ん〜。分かった!!ヒロくんと詩織ちゃんはまた明日!茉莉ちゃんはまた今度!!」


 俺も帰るように促そうとしたのだが、口をヘの字に歪め悩む仕草を見せた朱音が高垣の意を汲んだのか、はたまた佑との要件が優先と判断したのか帰る選択をしたらしく学生鞄を背負い直し、佑共々お別れの言葉を口にする。


「それじゃあお先に。またね、皆」


「夜道には気を付けるんだぞ!何かあったらすぐ連絡しろよ!飛んで行ってやるからな!」


「朱音、浅見君。また明日」


「……」


 俺と高垣は言葉、妹さんは会釈で別れを済ます。

 そのまま此方を向きながら並んで手を振って歩く二人を見ていると、良い言葉が思い付いたので声が届くように手をメガホン代わりにし声を張る。


「佑!」


「ん、どした?」


「お姫様の警護、確りと頼んだぞ騎士(ナイト)様」


「……夜だけに?」


「……いや、そんなつもりは」


「普通につまらないかな」


「やかましいわ!」


「ヒロ君も、詩織ちゃん達をちゃんと見送るんだよ〜!」


「りょーかいだー!」


 再度手を振り合い、二人の背を見送った。

 そしてほんの数秒ほど沈黙が漂ったが、高垣の方から口を開いた。


「それじゃ、近くに公園らしき広場があったからそこ行きましょうか」


「え、近くにあんの?」


「いつも帰り道に此処の前を通るから見掛けるけど、ほんの二、三分程歩いた所にあるわ」


「ほーん。ていうか今更なんだけどさ」


「何よ」


「登下校っていつもは何で来てんの?今日みたいに送り迎え?」


「ん」


 高垣の誘導に従いながら目的地へ向かう最中、ふと高垣がどうやって学校に来ているのか聞いたことが無かったと思い直しついでにそう聞いてみると、高垣は鞄に手を突っ込みカードらしきようなものをピッと目の前に差し出してきた。

 見ればそれは、飾りっ気の無い紺色のカバーに収められた期限日がでかでかと載っているバスの定期券だった。


「バス通だったのか……妹さんは送り迎え?塾があるって言ってたけど」


「塾終わりの日は車で、それ以外でしたら徒歩です」


「高垣も塾通ってたん?同じ所?」


「ええ、同じ所よ」


「あの幼馴染み含めた三人で行ったん?」


「一人で」


「うわ……寂しい奴だな」


「私の勝手でしょうが」


 塾内で一人黙々と授業を受け、帰りになれば颯爽と一人で出ていく姿が思い浮かぶ。

 妹さんも姉は友人付き合いが無いと言っていたように、学校だけにあらず塾でも他の生徒との絡みは最低限しかしてこなかったんだろうなと勝手に想像する。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


「「ん?」」


 二人でそんな会話をしていると、いつの間にか歩く足を止め俺達の背後に居た妹さんの呼び止める声が聞こえる。

 今の会話の中でどこか気になる所でもあったのかと思い顔を見てみると、何故か目を見開きながら慌てているような様子だった。


「新藤さんは……梓さん達と面識があったんですか?」


「あずさ、さん?って誰……あーもしかしてあのおっとり女子?」


「おっとりって……ええ、あの時に居た女の子よ」


「ほほー。あのイケメン君は?」


「イケメンって……勇斗よ」


 知らない名前を聞かされ一瞬誰なのかと悩んだが、流れを察してあの時偶然出会った高垣の幼馴染みのことを言っているのだと気付く。

 一応確認がてら高垣に聞いてみると、言い渋るかと思いきやすんなりと教えてくれたことに些か驚いてしまった。

 あの時は高垣に腕を取られ自己紹介すら出来ていなかったので、今一度あの二人の姿と名前を忘れないよう記憶する。


「あずささんとゆーと君ね。オッケオデェェ!!?痛ってぇいきなり何すんの!?」


「いや、私を見る目が腹立たしかったからつい」


 何を感じ取ったのやら、高垣は俺の横腹へ肘打ちをかましてきた。


「俺の目を見ろぉ!!さっきの心象通り透き通った目をしてるだろうが!!」


「あら、随分と濁り切ってるわね。曇天の間違いじゃない?」


「ちょっ二人とも近過ぎです!!公園に着きましたから離れて下さい!」


 目を見せ付けるようにしたからか、ぐいっと顔を近付けた俺としっかりと覗き見てくる高垣の間に妹さんは腕を差し込み強引に距離開かせてくる。

 着いたと聞こえ周りを見渡すと、時間が時間のため人の気配が無い普通の公園に目が行り中へ入る。


「お〜此処って回転するジャングルジムあるんだな。懐かしいな」


 懐かしの遊具を見れて昔に三人で似たような遊具で遊んでいた日を思い出す。

 中で鉄棒にしがみつきひゃーと大声を出す二人と、子供ながらに全力で回す俺。あの頃は毎日が楽しかったなぁ。


 その時遊んだ公園のは今じゃいつの間にか撤去されていたもんなぁ。中に居る子供が遠心力で飛ばされ大怪我を負う危険があるとか何とか。

 こうして見ていると昔とは違って今の身体能力で全力回転させてみたいって気持ちも湧いてくるが、こういう思考が危険に繋がると判断されるんだろうなぁ。


「遊ばないわよ」


「遊ぶわけ無いでしょうが。もう高校生だぞ。もしかして高垣からしたら俺って小学生にでも見えてる?」


「どうかしら」


「誤魔化しじゃなく答えを述べろよ高垣ィ」


「取り敢えずベンチに座りましょう?ね?」


 遊具を眺めていた俺に対し高垣は何を思ったのか付き合う気はないと勝手に断言されるが、そんな気は毛頭ないと反論していたが、そんな俺達を見兼ねたのか、妹さんは高垣の手を取り遊具から少し離れた寂し気にも見える木製ベンチへ誘導してくる。

 というか流れで公園に来ちゃったけど、親御さんファミレスの駐車場で待つ羽目になったりしないよな?


「さて、新藤君」


「んぉ?」


 姉妹がベンチに並んで座り、対面に俺が立つ形となったところで高垣が名前を呼んでくる。

 先ほど言っていた話したいことについてなのだろうが、この時点で何を聞いてくるのかは大体予想が出来る。


「私について、茉莉から何を言われたのかしら。普通の会話らしい会話をせず、まるで私に聞かれたら不味い事でもあるかのような手段で、ね」


 先程の緩やかな会話と違い少しだが雰囲気が固くなる。まるで嘘偽りは許さないと言っているかのように。


 予想通りの展開にだろうな、と内心呟く。


 そして高垣の、今は返事のしない俺を見ている妹さんを横目で盗み見ている様子を見る限り、何やら俺達の反応を見ながら会話の主導権を握ろうとしているようにも見える。


「あー、その、なんだ」


 高垣は今に「私について」と語気を強くしながら言っていたが、何処まで把握しているのやら。

 だってあの高垣だぞ?今までの妹さんの態度や俺の反応とか鑑みて即座にあの件その件と幾つもの予測を立てているに違いない。

今回の俺と妹さんの間に起きた蟠りの件は、最悪は高垣には察せられていると見ていいかもしれないな。


 だが最後の、()()()()()()()()()()()については話は別だろうが。


「何から話せばいいのやら」


「へぇ」


 高垣は俺が一切合切を誤魔化すと踏んでいたのか、意外そうに目を開く。

 まるで潔いのね、と目で語っているかのようだった。


「……」


 対して隣の妹さんを見れば、少し緊張した面持ちで俺をじっと見詰めている。

 此方は高垣と違いまさか、と警戒しているかのように目を細めている。


 姉妹でそれぞれ違う顔を見遣りながら、続く言葉を選ぶ為に口を閉ざしてあれこれ考えてみたが……そうだな。


「妹御よ!姉御の耳を塞げぃ!!」


「「は?」」


「え、は?え?何でですか?」


 いきなりの武士口調に出鼻を挫かれたように、姉妹は今度は揃って間抜けな顔を曝した。

 そして膨らみきった風船が今に弾けたようなこの空気に切り換わったことに内心ほくそ笑む。


「いやなに。妹さんは求めてなかったかもしれないが、都合も良いしこの場で俺の返答をしようと思ってな」


「……都合が良いとは?」


「だって君、俺と連絡先交換すんの嫌でしょ?」


「……そうですね」


 意図が解らず困惑しながら俺と高垣を交互に見遣る妹さんに、これを言えば伝わるであろう言葉を返す。

 俺の言う都合が良いとは即ち、この先連絡が取れない故の今のこの場での返答。


「……ええ、分かりました」


 すると再び警戒心を露わにしながらもすんなりと俺の指示に従うように席を立ち、高垣の背後に移った。


「ちょっと、勝手に話を進めないで」


 すると自分の預かり知らない会話を進められ、蚊帳の外に置いていかれた高垣はムスッとして妹さんの差し出す両手を掴み抵抗を始めた。


「すまんな、ツン垣。これは致し方ない事なんだ」


「は?ツン……ガキ?……は?」


「いやあの、急な真顔は怖いっす」


 家での様子を知った俺からすれば、最早高垣はツンデレにしか見えない。

 故に親しみを込めてツンデレ高垣、略してツン垣と呼んだ所、何か気に障ったかのように表情を無くす高垣を見て一歩後退る。


 だが図らずとも注意を逸らせた事が功を成す。

 妹さんが高垣の掴んでいた手が緩んだ瞬間、高垣の手はそのままに両耳に優しく蓋をするように包み込んだ。


 そのまま数秒程、珍妙な格好のまま俺を睨み付けていた高垣は観念したかのように手を降ろし、諦観に務めるように静かになった。

 ていうか俺と妹さん、コンビネーション抜群じゃないか。これは佑と並ぶかもしれないぜ。

 それはそれとして一応確認しとかないとな。


 右足をそっと高垣の足元に擦り寄せ……


「やーいポンコツでおバカな高垣、略してポバ垣さ……言い辛っ。朱音以外で碌に交流が無いさびしんぼさーん。夏休みは家でぐーたら予定のだらしな女子高生〜」


「人の姉を馬鹿にしないでくれません?」


「すいません。でもこれは聞こえてないかの確認なんです」


 妹さんから冷ややかな目で冷徹に正論パンチを喰らい、思わず敬語で返す。


「聞こえないように指の隙間もしっかりと閉じて塞いでいます。何で確認が悪口なんですか?お姉ちゃんへの意趣返しのつもりですか?あれは誤解ですと……」


「いや、これぐらい言ったら流石の高垣も我慢ならずに俺の足に踵を落とそうとすると思ってですね。それとあの件に関しちゃなんとも思ってねぇよ。言ってしまえばあれって愛情の裏返しってヤツだろ?」


「絶対違います。あとお姉ちゃんはそんな野蛮な人じゃありません」


「断言するねぇ。さっきの肘打ち見たでしょ?」


「はて、何のことやら」


「都合の良い目をしていらっしゃる」

 

 本当に声が聞こえていないかの確認だったが、どうやら足が出ない所を見るに聞こえていないようだ。

 まあ今から言う返事自体、別に高垣に聞かれても問題無いものなのだが。


「さて、今から言うのは俺の本心。妹さんにとっては悪い話でも無いから是非とも聞いてくれ」


「ええ」


 声の調子を整え、話す言葉を脳内で選んでいく。

 ……選んでいくのだが、やはりこういった言葉は支離滅裂でも感情をダイレクトにしたほうが伝わりやすかろうと思考を今に思ったものに切り替えていく。


「まず俺は一友人として、佑と朱音の次に高垣の幸せを願っている!!これは嘘偽りの無い、心からの純粋な想いだ!!」

新(*°∀°)「ーーーだらしな女子高生〜!!」


姉(#・∀・)(青筋ピキピキ)




新( ・ิω・ิ)「ーーー純粋な想いだ!!」


妹(゜.゜)(ーーーこれがクサイ台詞がデフォ野郎......てこと?)

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