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62話

「話の続きに戻りましょう」


「ソウダネ」


「……どうしました?何か怯えているようですが」


「何でも無い。ほら続き続き」


「……分かりました」


 何故俺が怯えている羽目になったのか全く気付いていない様子の妹さんは、当初の目的を思い出したかのようにカルボナーラを急ぎ気味で平らげ、烏龍茶で口直しをして落ち着いた頃にそう言ってきた。様子の可笑しい俺を訝しげな目で見つつも早速スマートフォンに集中し始める。

 妹さんが文字を打ち終わるまで手隙になったので自分と妹さんの飲み物を調達がてら周りの皿の状況を覗いてみると、既に完食した佑以外は後少しといった所。佑が何を注文するかは不明だが、女子勢は食後のデザートとか頼まないのだろうか。

 今の時刻は七時半と解散するにはいい時間帯だが、佑が次を食べ終わったタイミングでお開きになるのだろうか。


 妹さんもそろそろ終わるだろうと思っているのなら今に急いだのも納得だ。連絡先を交換すればこんな手間隙かけてする必要もないのだが、妹さんはそれを嫌がっているし今日でなんとか済ませたい気持ちなのだろう。


 そう思いながら飲み物を注ぎ、席に戻ってメロンソーダを口に含みながら天井を仰いでいると、コトリと物を置く音が聴こえる。妹さんからの会話の続きだ。


『もう文字打つのが面倒になってきたので単刀直入に聞きます。何故、お姉ちゃんに煙草を勧めたのでしょうか』


「ん゛んんぶっっ!?……ゴホッゴホッッ!!」


「大丈夫でしょうか?あと烏龍茶ありがとうございます」


「んんっ大丈夫だ。どういたしまして」


 ああああっぶねー!ギャグ漫画みたいに吹き出す所だった!!


 いきなりの事だったので飲み込む直前だったメロンソーダが中途半端に気管に詰まってしまい勢いよく咳き込む中でチラリと妹さんを伺えば、今の反応を見て多少心配そうにしているものの確信を得たりといった顔をしており、そして早く理由を説明して下さいと目で訴え掛けてきていた。


「ちょっとお手あら―――」


「駄目です我慢して下さい逃げないで下さい」


 言い逃れとか、出来ないですよねー。


 深呼吸で息を整え、ついでに出掛かった鼻水も紙ナプキンで拭き取り慎重に返事を打ち込む。


 出会った際に妹さんは、俺に対して姉に変な事をさせようとしないで下さいと、初対面の人間に向けるはずのない敵意と威嚇をもってそう言っていた。今に至るまでに変な事とは何ぞや、と思ってはいたが……成る程、全てはこれの事を指していたのだろう。

 身内の妹さんとしては大好きな姉が「百害あって一利無し」と言われる煙草を吸おうと考えているだなんて到底信じらるものでもないだろうし、その印象がハナから無かったのであれば共通する知人或いは自分が知らない誰かに姉が唆されたと考え、そこで友達の俺に白羽の矢が立った、ということか。

 そりゃ身内から見たら変な事をさせようと見えるわな。


 こうして将来共に煙草を吸ってみる予定が妹さんにバレてしまっていた訳ではあるが、果たして高垣がその内容をすんなり家族に伝えるか、と言われれば家族間の仲を知らないから断言出来ないが恐らくは伝えないだろう。

 一般的に考えたらこの手の内容は返ってくる反応も容易に想像が付くしで隠すのが基本。俺も両親に二十歳なったら煙草吸いますね〜と馬鹿正直に明言してないし、高垣もその例に漏れない筈だ。


 それを踏まえても最初の質問は一体全体何だったのかという話になるのだが……やっと本題に入ったんだ、話が明後日の方向に向かいかねないので今は聞かないことにしよう。


 取り敢えず二言。

 バレるの早ない?そして何故にその犯人がピンポイントに俺と分かったん?内心で何度も言ってるが初対面ぞ我ら。


『一先ず、なんで高垣が煙草を吸おうと考えているのかを知った経緯を教えてくれ』


 反応してしまった時点でもう誤魔化しも効かないだろうし俺が原因だと正直に白状するとして、気になる点はどのようにしてバレたのか。家族とはいえ前兆が無ければ気付くことすら出来ないはずだ。

 何があって、妹さんはそれを知ることが出来たのだろうか。


『この前、お姉ちゃんが遊びから帰ってきた日の事でした。夕飯を終えリビングでスマホを弄っている所を後ろからチラ見した際に、煙草について検索していたのが目に入ったんです』


「Oh、No……」


 高垣さぁん!?貴女ポンコツ過ぎィ!!普通自室で調べるでしょうよそういった情報はぁ!?普段のしっかりした印象は何処行ったこれじゃ唯の間抜けじゃないか!!

 約束したその日から見つかってんじゃねぇか!!気になるのは理解出来るが些か注意が疎か過ぎやしませんかねぇ!?


 当の高垣を盗み見れば、何やら佑と朱音からの問いに相槌を打ちながら普段通りの雰囲気で何かを答えている。

 今とはかけ離れた、そんな高垣の家でのポンコツ具合に文字打つ指が震える。


『注意はしなかtたのっか?』


『おやおや動揺してますね。注意なんて言われるまでもなくしましたよ?まさか吸う気じゃないのか、とね』


『ですよね』


『けれど気になっただけと言って聞く耳持たずでした。そんな事は無いだろうと思いつつも調べていた、という事実があった訳ですから怪しく感じてはいました』


 あー、その時点で若干ながら怪しまれてたんだなぁ。


『更にお姉ちゃんは怪しみ始めた私が居ない所で、家で唯一煙草を吸う父に煙草ってどんな味するの?と聞いたそうですよ』


「…………」


『しかも喫煙途中に、です。今までは煙草を吸った後は臭いから絶対に近付くなと言う位でしたのに』


「…………」


『父が何故それを聞くのかと問えばこれまた気になったから、の一言のみ。その話を聞かされ確信を持った時、嫌な未来を想像した私の気持ちを考えて下さい』


 ここぞとばかりに矢継ぎ早に文を見せられ、俺は何も言えないまま謝罪の文を打つ。


 馬鹿!高垣の超お馬鹿!!なんで気になったからって喫煙中のお父さんに、しかも妹さんに隠れてそんな事を聞いちゃうの!そりゃあね、急に煙草について聞かれれば誰だって疑問を抱くよ相談もするよ。そこの所、頭に無かったのか?しかも返答がどっちも気になっただけ、って逆に怪しまれるわ!

 いや、ポジティブにこう考えるんだ。先が楽しみ過ぎて考え無しに調べてしまったのだと……やっぱりポンコツじゃないか!


 この様子だと、家族全員が周知している可能性もある。

 ―――はっ!もしや此処に来る前、高垣の母親からミラー越しに見られていたのは危険人物だと思われていたからか!?


 そう思うと居ても立っても居られない程に罪悪感が湧き始め、要らぬ苦労を掛けられた妹さんに対して直ぐに謝罪の意を込めて頭を下げる。


『すいませんでした出来心で高垣を誘いましたごめんなさい』


『認めましたね。因みにその時だったんですよ、あ、新藤某が煙草を勧めたのでは、と思ったのは』


 だから何故に俺って分かったん?


『認める。そんでもって聞きたい事がある』


『何でしょうか』


『何で最初から俺が煙草を勧めたという事を確信してたんだ。他の人がって可能性もあった筈だろう』


 やっと犯人を追い詰めた感じで少し余裕を持った様子の妹さんに俺は怪訝な目を送る。

 流石に女の子の朱音は候補にすら上がっていない様子だったが、男の佑には普通に接しているのに俺にだけ当たりが強いのが疑問に思っていた。今に教えてくれた文通り、まるで最初から新藤喜浩=姉に煙草を勧めた元凶という捉え方をしていたかのように。

 それは約束を交わした当人たる俺か高垣に教えられない限りは知る機会は無いはずだ。何故こうもピンポイントに当ててこれたんだ?

 推理力高過ぎないか?実は頭脳は―――って某漫画の少年みたいなやつ?


『順序を追って説明します。お姉ちゃんの高校生活が始まって日が少し経った頃、やんわりとですが男の気配を感じました』


 何!?遂に高垣に春が来たのか!?―――と言いたい所ではあるが、流れ的に恐らくこれって……。


『男の気配って、具体的には何があってそう思った?』


『友達付き合いをしないお姉ちゃんが、平日では部活に入っていない筈なのに偶に遅くに帰ってきたり、休日には妙におめかしして出掛けたり等など、怪しい行動が何度も見受けられたからです。お姉ちゃんのことですから変な人と関わりを持つとは思えませんし必然的に交流が多い学友なのでは、と推測しました』


 わぉ、まんま俺と同じ推測じゃん。

 妹さんの説明に沿って考えると、平日については放課後の恋愛作戦について俺と話しているから帰宅が遅くなっている、休日の方は一度目の遊びと二度目のデート?の事だろう。


『確かに、休日の高垣は普段とは似ても似つかぬ位に変わるよな。俺もビックリしたよ』


「―――ッッッ!」


 例えば初めて高垣と遊びに行った日。

 待ち合わせの喫茶店に行けば、同年代なのに格好と雰囲気が相まって一度大人と見違えた程に変わったり、デートの時は露出が多く少し出回るには大胆な格好だったり。

 あれってやっぱり高垣なりに気合入れてたのかと改めてその時の感想を返すと、妹さんは目尻を上げこれでもかと言う程に怒りの感情を向けてきた。

 な、何故か怒らせてしまったようだ。


 ま、まあそれはそれとして、こうして客観的に、身内のような立場として見てみれば怪しさ満点である。

 女子高生が平日は遅くに帰ってきたり、妹さん視点でもおめかししてると見えるような行動を取り始めればそりゃ男の影!ってなるわ。誰だってそう思うし俺だってそう思う。うんうん。


 てかこうして考えてみれば男の影って、自惚れじゃなければ俺じゃないか?

 もしかしたら俺の知らない所、例えば中学時代の男子の可能性とかもあり得るのだが、なんか思い当たる節が有りまくりだしなぁ。


 むむむ。今後はそう思われないような行動を取っていかないとな。

 今までは高垣の方から遊びに誘ってきて貰ったが、俺から誘うような真似はしないでおこうか。あとついでに放課後の時間を借りるのも。

 俺としては面と向かって、という形が好ましいのだがこうまで怪しく思われてしまうのであれば今後は通話とかアプリで連絡取り合うか。


『高垣が怪しさ満点だったのは理解出来た。そこから今の件についてどう繋がるんだ?』


『問い詰めたい事が多々ありますが、今は我慢します。煙草の件の前にはなりますがお姉ちゃんに勉強を教えて貰おうと部屋に入った日がありまして、そこであるプリクラを発見しました』


 プリクラ?この状況からして俺達三人と一緒に撮ったやつだろうな。


『俺達三人と一緒のやつだろ?なんか俺だけ顔がまるっきり変わってる額に肉ってつけられたやつ』


『そうだったんですね』


 今までの勢いは何だったかのようにはっきりとしない表現に首を傾げる。


『なんか中身は知らないって感じに見えるんだけど?』


『いや、机の上に置いてあったプリクラを見つけた時に、直後に入ってきたお姉ちゃんに回収されたのでお姉ちゃん含め四人映っている、という事までしか知れなかったんです。因みに今でも見せてくれません』


 あー。多分だが妹さんに見られるのが恥ずかしかったんだろうな。でも机の上に置いていたのならば不用心だな。そんなもん見ても良いですよと言っているようなものである。

 まあそれを眺めてたら家族に呼ばれたとか用事が出来たとかで置きっぱになってしまった、という線もあるが。


『その後に、あのお姉ちゃんがプリクラを撮るほど仲が良い友人が出来たのだと喜びまして。そこで顔は見せてくれないままでしたが、貴方方三人の名前と印象を教えてもらっていたんです』


 高垣ェ……。お前妹さんに友達出来たんだね(涙)されてるぞ。

 さっきも友達付き合いの無いとか言われてたし姉としてどうなのよ。妹さんの方が俄然友人が多いように見えますけれど。

 てか中学時代はどんな風に過ごしてたん?幼馴染み達は?


『それで、何故俺が元凶だと?』


『お姉ちゃんって、人を紹介する時は簡単な印象だけ教えてくれるんです』


 ほほーん。それってさっきの俺の印象(全て悪口のように聞こえる)みたいな感じで?


『佑と朱音はどんな感じ?幼馴染みって点以外の』


『春辺さんは愛嬌があって感情豊かでついつい甘やかしたくなる子。浅見さんは無口だけど、時たま変なギャグをかますクールだけど変わった子と』


 朱音だけべた褒めやないかーい!!佑とかなんか変なやつとしか思われてないでしょそんな紹介じゃ!

 じゃあ俺は!?他に何か無かったんですか!?


『なんか俺だけ酷ない?もしかしてあれ聞いて印象悪くなったから俺が怪しいってなった?』


 だとしたら唯の当てずっぽうなだけになってしまうが。


 俺の真っ当な意見を見て、妹さんはまたもや渋い顔をする。

 何だ、さっきも俺の印象を教えてくれる際に同じ様子だが、言い辛いものでもあるのだろうか?


『印象もそうなのですが、それだけじゃないんです』


『ふむ』


『ここまで来たのならば、正直に伝えます。ですがまずは今までの事もそうですが、先程の印象を伝える際に特に嫌な態度を取ってすみませんでした』


「え?」


 全部が全部俺が悪い状況なのに何故か謝られ困惑してしまう。


『あれ全部、言ったのは本当なのですが、私が貴方に対する反抗心であの印象だけを抜き取り伝えました。申し訳ありません』


 お、おうそうなのか。

 まあでも、反抗心を向けられても仕方のない事をしたのは自分であり、その感情は至極真っ当なもの。

 だがそんな俺に対してでも、ひたすらに悪感情をぶつけてしまった自責を持ちこうして謝罪出来るのは、根はとても優しい子ということ。俺に対するイメージだけが先行して悪くなっていたからこう成っていただけなのだろう。

 高垣もしっかりとした妹さんをもって誇りになるだろうな。


『俺が全て悪かったんだから、別に謝る必要ないだろう』


 こっちが悪いはずなのに何て返事すればいいんだろうかと考え、結果として少し上から目線のような文になってしまった。

 妹さんも今までの態度を反省でもしているのか、若干ながら渋り気味に分かりました、と小さく頷いた。


『それで、それだけじゃない、の続きとやらを教えてくれ。そこに全部詰まってるんだろ?あと、煙草の件は俺が言うのもなんだけど任せてくれ。今日じゃなくて後日誘いについては無しを伝える。その方が妹さんも怪しまれないだろ』


『その件は宜しくお願いします。続きですがご察しの通りです。それと同時にお姉ちゃんの妹として、貴方に伝えたいこともありますので少々お待ちを』


 そして長文を打つためか妹さんは集中する。また手隙になったので俺は今までを振り返る。


 こうしてバレた以上は、やっぱ実行は出来ないな。少し楽しみにしてはいたが、別に一人で吸える事は出来るしいいか。

 そう言えば、あれってシュガーキスをしてみたいってのが発端だったな……まあ、今は何時かの日に出来ればいいな程度の気持ちに収めておこう。もしかしたらこのまま吸わない可能性も有るわけだし。

 いやでも、一回は知ってみようかな、喫煙ってやつは。合わなければしなければいい話だしな。


 それにしても、高垣にその旨の話をしたらどんな反応が返ってくるだろうか。

 ブチ切れるだろうか。それとも仕方無いわね、と簡単に承諾してくれるだろうか。

 その日が来るまでに伝える内容を考えておかないとな。妹さんにバレたからというのがバレないように。お、激ウマギャグ?

 

 先の未来を考えていると、どうやら長文が完成したらしく、妹さんは今までの画面の見せ合いと違ってスマートフォンをテーブルに置き俺の目の前に差し出してきた。

 思わず触っていいの?と目で伝えるとコクリと了承を得たので料理の油がつかないようにしっかりと拭いてから手に取り内容を確かめる。

 

『あの印象は、厭味ったらしく言ったものではありません。お二人についてはすんなり言ったのに対して、貴方についてだけは何かを期待をしているような、親しみを込めながらそう言っていたんです。見れないかもと思っていた、心の底からの笑顔を浮かべながらこう続けたんです。




 「こんな私に、違いはあるでしょうけれど素敵で綺麗なモノを魅せるって言ってくれた馬鹿なやつ」と。




 貴方との間で何があってお姉ちゃんがそう伝えてきたのかは私には解りません。ですがお姉ちゃんは約束は大事にする人です。そんな眩しくも見える約束を取り付けた新藤某から煙草を吸おうと言われれば、お礼といった形で応じそうだという事に結び付いたんです。当てずっぽうでしたが私の推測は当たっていたようなので安心しました。

 故に貴方には、お伝えしておきます―――』

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