61話
『朱音、耳貸して』
『ほいほい何でしょな』
『今さっきね、とても良い案が浮かんだんだけど……乗ってみる?』
『急にどしたの?それに案って言っても何について?』
『勿論ヒロの件だよ。今日、俺は高垣さんに形振り構わず動いてみるって言ったでしょ?早速だけど今からそれをやってみたいなって思ってね』
『そうだね』
『この一週間、俺達なりに見える形で動いてみたけれどどうも反応が薄そうだし、少し大胆にいかなきゃ意味無いかもって思って』
『…………』
『ん?急に黙ってどうしたの?』
『あのたすくんが……何時もヒロくんの横でボケっとしてたたすくんが、振り返ればここ最近で自分から動く意思を見せてきたことに感慨深くなってきて……うぅっ、大きな成長を見れて涙ぐましいよ』
『悩みながらもヒロの横でいっつも色ボケしてた癖してよくそんなこと言えるね。それにまた女の子とイチャイチャしてる〜って思っても結局はヒロにじっとりした目を送ることしか出来ないでいるのは何処の誰かな?』
『……その案とやらが私のカルボナーラを貰おうとするのにどう関係してるのかね?』
『露骨に逸らしたね……ふふん。聞いて驚け、オペレーション―――』
『…………』
『どう?』
『作戦名がクソダサ過ぎるっ』
『初めの感想がそれ?』
『控えめに言ってもね』
『……』
『まあそんなことは今関係ないから置いといて、もう少しそのクソダサい作戦の詳細教えて。乗るから』
『……いいね、その意気だ。それと聞いときたいことがある。ぶっちゃけさ―――』
☆☆☆☆☆☆
自分の果たすべき夢―――佑と朱音が幼馴染みカップルに至る夢を見続けて幾星霜。
幼少期という恋愛のいろはを知らない頃ならばいざ知らず、これは思春期に入って以降の『あーん』だ。まさかまさかの展開の一部をこの場で見れることを思いもしなかった俺は、情景の第一歩を踏めれたという事に、今までの努力は何ら無意味では無かったのだということを深く実感した。何故交渉らしきものの結果でそれに繋がったのかは甚だ疑問だし内容を事細かく聞いてみたいものだが、今は些事だ。
以前の昼休みには、すわ見れるかと思いきやタイミング悪く叶わずだったこともあり、今や俺の心には滝のように流れ出る大量の感涙が、脳内には劇場の終わりに湧き起こる拍手合切の嵐が鳴り響く。
本当なら誰にも迷惑の掛からない場所で声を大にして『イェアアアアアアアアアアアアッタ!』と叫びたい。胸の内に広がるこの感動を何処かで発散させなければ、何れ不意に爆発させてしまうかもしれない程に心がに叫びたがっている。今週の休みに一人カラオケ行かねばな。試験勉強なんて知ったことか。
まあ発散方法は一先ず置いといて。
一度『あーん』を実行出来てしまえれば、今後も抵抗感無く同じ事が出来る筈だろう。最初の一歩が大事って言うしな。
そうなればこれからの平日の昼食時にはお弁当を『あーん』で分け合ったりする日常が増えるかもしれない。何ならお互いに弁当作って意見交換とか良いシチュエーションかも。休日ならば朝昼晩の何れかで何方かが料理を披露する機会を作ればしてくれるかもしれないな。
ふむ、これらのサポートをしてみるのも有りだな。
ああでも、振り返れば今の『あーん』には幾つか不満がある。
どうして俺が正面に居ない時にやるんですか?隣席に居るせいで朱音が佑にカルボナーラを差し出した場面はギリギリ見えたのに、佑が食べようと体を動かしたから一番大事な所はほぼほぼ佑の背中しか見えなかったんですけど。ちょっと目を見開いて驚いている最中の高垣さん、後で是非とも感想を教えて下さいまし!!
それと、もうちょっとイチャイチャした雰囲気でしよ?ね?お願いだから。
何か朱音は仕方無いなといった感じを醸し出してたし、佑なんて「あーん」は疎か「ん」、の一言しか言ってないじゃん。
二人とも少しでも恥じらいをもってしろよ此処公共の場だぞ!!
ま、まあ不満がどうのと言ったとしても、二人が『あーん』をやってくれたことに大変意味がある。
今までに疑ったことは無いが、雰囲気を見る限り一切の拒否感無く、普通の一般学生なら出来ないだろうそれが出来る関係だと改めて認識出来た。
「……ーい?」
ここ最近の朱音の対応には頭を悩まされてはいたが、もしかしたら杞憂だったのかもしれない。これに関しては長年親友やってきたからなぁ、今思えば俺に対して距離感がちょっとバグってるのかもしれない。
それを踏まえても、やはり俺は二人との距離を少しずつ離さなければな。この距離感のまま動かれても後々佑と朱音がカップル成立した時にかえって俺の存在が邪魔になる。
今の俺のように尾ひれの付いた変な噂でも流れてしまったらたまったもんじゃないし、そのような噂が流れれば恋仲という綺麗なものに穢れが生じてしまうと言っても過言ではない。
そう、透き通った綺麗な水にたった一滴の汚泥が入ったことで全体が濁り始めるかのようにな。
「…………い、ヒロ聞いてる?」
だけどなぁ。距離を離す=間近で今みたいな光景を見れなくなる、という事も改めて自覚してしまった。
たった今の遣り取りだけでこれだけ胸を熱くさせるんだ、覚悟はしていたけれど先を思うと少し判断が早過ぎるのでは、という考えが浮かんでくる。
距離を離すのと相対的に二人だけの時間が濃密なものに成るのならば喜んで実行するのだが、数年経って漸くこれ、といった所だぞ。
流石に二人もこのまま恋を自覚しないまま、という最悪な展開は無いだろうが。仮に今直ぐ離れたとして、もしお互いに違う相手が出来てしまったら……想像するだけで忌避感が募る。
いや、とうの昔に二人の好みのタイプは聞いているんだ。そんな考えに及ばずともお互いが胸に秘める好きという感情は何かの切っ掛けで確実に開花するはず。そのタイミングをなかなか掴めないのが現状だけど。
これなら拙いながらも引き続きサポートして、側で二人を眺めながらも確信を得た段階でおさらばして随時恋の相談に乗る、といった形がベストか?
高校生という晴れ舞台、最も青春が輝きこの先ずっと色濃く想い出として残るこの時期に、俺がどう動けば二人が恋仲へと至る一番の近道になるのだろうか。
「ヒロー?」
「ん?呼んだ?」
「うん何度も呼んだ。はい」
「え?」
気付けば頭から湯気が出そうな程に思考を回していたが、名を呼ばれ冷静になる。
思考の海から戻りまず一番に視界に映ったのは、ぽへっと口を開き少々間抜けな顔をしながら佑と朱音の方へ顔を固定し固まっていた妹さん。
中学生の妹さんにとっては男女の『あーん』は目に毒なものだったのかもしれない。勿論良い方面で。
きっと心の中では「……良いなぁ」やら「私もあんな事をしてみたい!」と叫んでいることだろう。
返事をして横の佑を見れば、何故か四角に小さく切り分けた微かに湯気が昇るハンバーグが目の前に差し出してきている。そして上に載ったソースがゆったりと垂れ始めそのままだと地面に落ちて染みになってしまうものだが、よく見れば下には取り皿を構えている。
何をしたいのか、思考から戻って直ぐに理解が及ばなかった俺は疑問を口にする他無かった。
「ん、まだ熱々。美味しいよ」
「ああ美味しそうだな」
「察しが悪いね」
「え?」
少し落胆気味な口調でそう言われ佑の顔を伺うとほんの少し、大抵の人ならば気付かないだろう微妙な差で眉が少し下がっており、何処か困惑気味な様子だった。
再び差し出されたハンバーグを見ると、ここでやっと佑がしたいことに気付いた。
「え、何。俺にくれようとしてんの?」
「うん、そうだけど。これ見て気付かない?」
ほらほら、と宙に浮かせたハンバーグをまるで猫の前で猫じゃらしを振るうかの如く揺らしている。それに釣られてしまえばまるでペットと一緒じゃん、というのは胸に仕舞う。
佑にその気は全く無く単に俺の見方が悪かったのかもしれないし。
「ヒロって今ポテトしか食べてないでしょ?」
「まぁな」
「俺、まだお腹満たされないから次のやつ頼む予定だし、折角だから最後の一切れあげようかなって思って」
「そうか」
なんと珍しい気遣いなのだろうか。
肉料理といえば佑の大好物。昔から肉類になるとこういったお裾分けなんてする素振りすら見せず直ぐにがっついて平らげていたのに……いや待て、もしや今の佑はこの上なく気分が良いんじゃないか?よく聞けば声のトーンも普段より少し高めだし、現にこうしてらしくもない事をしている。
俺の憶測だが……はは〜ん?もしや、朱音に『あーん』してもらえた事により、嬉しさとこのような場所で行った恥ずかしさを親友たる俺にも味わってもらって少しでも分散させよう、という腹積もりではなかろうか(名推理)
こんな食べさせ方をせずとも、皿によそってそのままくれれば簡単な話だし、こうしてわざわざ『あーん』をしようとするのは、単にそういう思惑があるからとしか思えない。
いや、もしかしたら簡単そうにやってのけた朱音とは対照的に佑にとっては男子から女子に、という行為そのものに変に難易度が高いものと感じているのかもしれない。
だからそれらしい事を言いつつも手始めに同性かつ近しい存在の俺に対して行い、佑なりに相手に食べさせることの抵抗感を薄め次第に朱音の番に繋げる気なのかもしれない。
本音を言えばその気持ちのまま行っても、それはそれで大変善きかと存じます。付き合いたての初心なカップルみたいな、ね。
ふふん。ならばその好意に甘えようではないか!!男同士ならば別に何も問題無いしな!
ああでも、やるからには朱音には見本を見せてやらないとな。本当の『あーん』ってヤツをよぉ!
「ならあーんって言えよな〜。そうすれば頂く」
「分かった」
佑に向けて戯けながらそう言ってみると待ってましたと言わんばかりに即答で返事が返ってくる。
次に佑の後ろで『え?』という朱音の呆気に取られたような声が聞こえ、気になったのだろう佑の肩越しに顔を覗かせてきた朱音の視線とかち合ったその瞬間、俺は昔に朱音に似合わないからやめてと言われたニヒルな笑みを敢えて作って見せる。
刮目せよ朱音。俺と佑が織り成す熱き『あーん』を!
そしてこれを糧として次に繋げるのだ!!
「あーん」
「あーんっ!……うめぇーなー」
「美味しいでしょ」
「ん〜」
口に含み噛み込んだ瞬間、中に閉じ込められていた肉汁が口の中に一気に広がり舌がもっと寄越せと強請り始める。普段以上に美味しく感じるのは、きっと佑がくれたという相乗効果も影響しているだろう。
俺にハンバーグを食べさせれた事に満足したのか、佑は軽く微笑んできたのでオッケーサインを作って笑顔も返す。
「それじゃ、ごゆっくり」
そう言ってそのまますんなり下がった佑は、次を頼もうとメニュー表に目を通し始める。
俺は佑から戴いたハンバーグをゆっくり味わいながら、朱音に挑戦する時は頑張れよ、と無言のエールを贈る。
そのまま微笑ましい視線を送っていると、奥から妹さんと同じような顔をしたまま此方を見詰めてくる朱音に気付き、またもや視線がかち合う。
どうだ見たか、と誇示するように咀嚼しながら俺も朱音の目を見返していると、根負けしたかのように朱音の方からぷいっと顔を逸らした。
フッ、『あーん』について勉強して、どうぞ。
「す、凄く………仲が良いんですね?」
「んぇ?」
勝利の美酒に酔いしれていると、何処か緊張を含んだ声色で、おずおずとした様子で妹さんからそう聞かれた。
何故か嫌な予感が駆け巡り見れば、視線を泳がしまるで俺と目を合わすのが恥ずかしいと言ったような、先程の落ち着きぶりが元より無かったかのように妙にそわそわとしている。
そして時折垣間見える、ほんの少しドロリとした、最近でも見掛けた俺に怖気を走らせる瞳の色。
何で、クラスメイトの清水さんと同じ反応になってるんです?
こんなもの、男子がよくするジュースの回し飲みと一緒でしょうが。中学生男子なら普通にするし、何気ない日常でその現場を見たこともあるだろう。
もしや、これに限らず何でもかんでも色めき立って見える程に初心なのか?そうであって欲しいな。
話が進んでないって?うん、そうだね。これが終わればハートフル(意味深)回が始まります。
因みにですが、この作品にBL要素は微塵も無いです。主人公の周りが勘違いするだけ。
もし読者の方でそう見える方が居るのならば......何も言いません。




