59話
『岩盤浴』
『クレーンゲーム』
『ムカデ』
「お待たせしました、大盛りポテトフライです」
「「……あ」」
非常に面倒臭いと思いつつも、妹さんの要望通りお互いの携帯でメモ帳アプリを開き、慣らしも兼ねて黙々と文字しりとり―――文字検索ですぐ候補が出るため勝負にすらなってないが―――を始め数分立った頃、ほんの少し夢中になりかけたタイミングで先に軽い料理から両席へと届いた。
「…………」
「すいません。こちらに取り皿を一つお願いします」
「かしこまりました」
大盛りのポテトフライの載った皿がテーブルの真ん中に置かれた直後、揚げ立ての香ばしい匂いにつられお腹が空き始めたのか妹さんはポテトを凝視し始めたが、どうやら俺が頼んだものだと理解しているので手が出せない、といった様子だった。
別に俺一人で食う積りもないし何なら摘んでも何とも思わないが、敵対心のような感情を向けている俺と同じ皿を共有するのは嫌だろうと思い先に店員へ取り皿をお願いすると、妹さんははっとした顔になった後に少し恥ずかしそうにしていた。
少しして取り皿が届き、好きなだけ取ってくれと伝えると妹さん感謝を一つ零し、箸で自分が食べる分だけを小皿によそい残りを俺の前にへと移動させた。
ちなみに一緒に添えられたケッチャップの入った小皿は物欲しそうな目で見てきた妹さんの手元にある。
「さて、慣らしはここまででですね。後は行儀が悪いですがポテトを食べながら続けて、私の注文したものが届いたタイミングで一旦中断しましょうか」
「オッケー。それにしてもそんなに見詰めるなんて腹が空いたん―――」
「うるさいですね脛蹴っ飛ばしますよ」
「すいません」
妹さんは悪態をつきながらポテトを軽く二本程摘まみ、片方の手で本格的な会話に入るためか少し時間を使って文章を打ち込み始める。
俺も同じようにポテトを摘みながら、スマートフォンを片手に構えていると文字を打ち終えた妹さんは俺に画面を見せてきた。
『改めまして、私が貴方と間違え浅見さんへ問い詰めてしまった件についてなのですが、その前に確認したいことが幾つかあります』
初っ端から何故かそのようなことを聞かれ返事を打とうとした指が止まる。
確認したいこと、とは何だろうか?
『何でしょうか』
『お姉ちゃんとはどのような関係ですか?』
……高垣との関係?何故そのような事を聞いてくるのだろうか?見れば友達だと分かるものだろうけど。
まあ、俺としては高垣は最早相棒のような存在なのだが、そう答えて変な勘違いをされても困るしここは無難に友人と答えるのが吉だろうな。
『高垣とは友人です。あとお姉さんには常日頃大変お世話になっております』
その文字と共に頭を軽く下げる。妹さんは俺のスマートフォンから此方を一瞥し、何やら考える仕草を取りながら返事を打ち込み始める。
『そうですか。では次です』
『はい』
素っ気無い文面ではあるが一先ずは納得したのだろうか。
『お姉ちゃんと、過去に何回デートに行かれました?』
……高垣とのデートの数?この質問は何の意図があるんだろうか?取り敢えずこの疑問は置いといて素直に答えてみるか。
確か一度目は、体育祭に向けての作戦相談後に二人でゲーセンには行った。だが、何やらデート中(ここ大事)だった佑と朱音とばったり鉢合わせてしまい、結果四人で遊ぶことになったからこれは『高垣と』のデートとは言えないだろう。
二度目は、つい最近二人で映画館に行った。そういえばあの時の高垣は茶目っ気があったのかお忍びデートとか言ってたな。
ならばこれは、うん。デートってことでいいんだよな。
『一回行ったことはあるけど』
「……本当ですか?」
「え?本当だけど」
信じられないといった声色でそう聞いてくる妹さんに、俺もつい声で返事をしてしまった。
「本当に一回だけですか?放課後とかには?」
「うん、街に一回だけな。放課後とかにはしたこと無いぞ」
まるで嘘付きを見ているかのような胡乱な目付きの妹さん。
というか、言葉にして聞いちゃってるけどここは文字会話じゃなくていいのかね。
俺の返事に少し納得のいかない顔をしていたが、嘘は付いていないと感じたのか、はたまたこのままでは話が進まないと判断したのか渋々としながらも次こそは文字を打ち込み始めた。
『次に行きます。お姉ちゃんのことはどう思われてますか?』
今度は俺が高垣に対してどう思っているのか、か。
……てかそれだったらさっきと同じ返事で良いんじゃないのか?この質問も何なんだ?確認と言ったって微塵たりとも意図が読めない。
『友人としか』
『すいません言葉足らずでしたね。友人といった表面上なものでは無く、貴方から見てお姉ちゃんはどう見えますか』
抽象的な答えでは無く、もっと深い意味で、俺自身が高垣のことをどう見ているのかを妹さんは聞きたいのだろうか。
そういう意味でなら、先程の友達といった簡素な答えでは無く、例えるなら高垣の本質とか内面とか、その手の内容だろうな。
「…………うーん」
高垣は……そうだな。本人には前にも言ったがクールぶってる癖に意外と負けず嫌いだったり、同い年には見えない大人っぽい雰囲気を自然と出してきたり、お母さんのことをママさん呼び……は今は関係無いな。
少し前ならば、佑のように普段なら感情を表に出すことはあまりせず澄ました顔をしているが、楽しいことにはそれなりに楽しそうに笑ったりする落ち着きを持った普通の女子高生といったそういう印象を持っていたが。
後、自称エロ本事件の時にひっそりと思ったが朱音と似てムッツリなのかもとは思ってはいる。一見して耐性がある雰囲気に見えるけど、実際あの時には朱音と共に本の中身を見て顔を赤くしていたし。口には決してしないけど。
今では……高垣とのデート中に偶然出会したあの二人―――本人曰く幼馴染み達とまるで仲違いをしたかような過去があり、その影響もあってか同級生との人付き合いにすら見えない壁を立て、基本的に一人を好むような雰囲気を醸し出す今の高垣が出来上がっていると予想しているが、そもそも幼少期の高垣がどういった女の子だったのか、幼馴染み達とどう過ごしたのかを知らないから、俺としてはそこまでしか予想が出来ない。
もしかしたら昔からこうだったのかもしれないし、意外と俺の推測が当たっているかもしれない。
だが仮にそんな過去があったとしてもだ。
もっと朱音のように友達を作って、見るからに暗いであろう過去が霞む位に心置き無く笑顔が絶えない日常を送ってほしいと願っている。
俺と会話している時なんて別にコミュ障ってわけでも無さそうだし、現に今も隣席で朱音や佑とも問題無く楽しそうに会話している。友達を作ろうと思えば幾らでも作れる筈なのだ。その範囲をほんの少し広げればいいだけの話。
まあ、それも高垣の意思が変わらない限りは有り得無い話なのかもしれないが。
『もっと友達作りましょう、だな』
「……いや、成績表の担任からのコメントじゃないんですから。というよりそういう事を聞きたいんじゃ―――」
「……フッ」
俺の返事を見て、呆れながら溜息をつく妹さん。
やはり高垣の妹というべきか、放課後によく見せる高垣の呆れ顔と溜息のつき方がそっくりな所を見て思わず笑みが溢れてしまった。
「……私を誂って楽しいですか?」
「いやいやそうじゃない!すまんすまん」
急に笑った俺を見て、どうやら誂われたと感じさせてしまったようで眉根を寄せながら怪訝な視線を送ってくる妹さんにすぐさま謝る。
「高垣に似ているなあって思ってな」
「……そ、そうですか」
見るからに姉好きな妹さんからしたら今の言葉は俺からの言葉だとしても嬉しいものだったのだろう。不機嫌そうな顔をしつつも嬉しいといった感情を表に出さないよう努力しているような、そんな微妙な表情に様変わりし始めた。
「……んふっ」
遂には、耐えきれず頬が緩み口元はニマニマと歪ませ変な息まで出してしまっていた。言ってしまえばそれは女の子があまりしていい顔ではなかった。
極短い付き合いながらも、俺解っちゃった。
この子、今のように姉を引き合いに出せば案外どころか滅茶苦茶チョロいぞ。こういう所は姉とは似てないのな。仮に高垣に妹さんにそっくりだな、と言ったとしても『そう』の一言で済ませそうだけど。
姉妹の立場が逆転したとしてもそう言いそうな気もするな。
というよりお兄さんは貴女が同じ手口で変な輩に騙されないか非常に心配です。
「……ん?」
俺に見られていることに直ぐ様気付き、今に緩んだ頬に手を添えどうにか表情を戻そうと揉みしだく妹さんを見て将来が心配だなあと内心思っていると、近くから視線のような何かと思わず身が縮こまりそうになる悪寒を感じ、思わずそちらに顔を向けてみた。
「「「…………」」」
それは隣席からで、佑と朱音と高垣の三人が揃って俺を見ていた。
俺と距離の近い佑からは何があったの、といった何時もの俺を見るような目で。その奥から顔を覗かせる朱音からは何か言いたげな、とてもジトっとした湿った目で見詰めて来ている。
そして俺と妹さんの話題の種となっている高垣からは、二人とは全く別ベクトルの視線を向けられていた。
―――新藤くん。どうして私の妹を誑かしているのかしら。
真顔で口を開いていない筈の高垣からそう聞かれているような、殺意すら生温く感じる視線。悪寒とはこれのことだった。
それを面と受け冷房の聞いた室内であろうが関係無しに全身の皮膚から一瞬で滝のような脂汗が吹き出し、弁明も出来ずに思わず視界から三人を省き、今しがた表情を取り繕えた妹さんに顔を向け直した。
もしかして、会話の内容を知らない高垣からしたら今のこの状況、俺が甘い言葉とかを囁き、剰え妹さんも良い反応を示したから口説いている最中とかにでも見えてる!?
そんな訳無いしそもそも俺にそんな技術も魅力も無いんですけど!?
面と向かって高垣にそう言ってやりたいが、勘がこう囁くのだ。
―――今、高垣と目を合わせたら死ぬぞ、と。
「……んん゛っ。失礼しました。会話に戻りま……どうしました?顔が真っ青ですが」
咳払いを一つして、流れを戻そうとした妹さんは俺を見てそれはもう不思議そうにそう聞いてくる。
ただ妹さんに姉に似ているな、と言っただけなのに。何故こうにも俺が焦らなければならないのだろうか。全く持って理不尽である。
これは俺からではなく妹さんの方から今の遣り取りは誤解だと高垣に伝えてもらわねば。俺が言うより何倍も効果覿面だろう。
「助けて下さい」
「は?え、意味が分からないですがなんか嫌です」
心底意味が分からないといった顔をしてから、妹さんは即座に断ってきた。
なんか、って何さ。変な誤解が生まれているんだぞこっちは。ここで誤解を解かなければ俺に明日はないんだ!!
「いや今のニヤ―――」
「お待たせしました、カルボナーラです」
事情を伝えようとしたが、間の悪い事に妹さんの注文した料理が届いてしまい言葉が途切れてしまった。隣席の高垣も同じ料理だったため、同様にテーブルに料理が置かれたお陰か殺気らしきものは途切れた。
「ありがとうございます。……ふむ、丁度キリが良いですし一旦中断しましょう」
「……あー。うん、そうだな。ちゃんと噛んでから飲み込むんだよ」
「いや、いきなり父親面されても困るんですが」
このまま強引に会話を続けて料理が冷めてしまうのは流石に気が引けるので説得は一先ず諦めることに。
今後、今のように姉の名を使って妹さんを褒めるような行動は慎まなければな。こんな妙な誤解は二度もゴメンだ。
……というか、妹さんも確認したいことを聞いてくるのは構わないのだが、このままで今日中に本題にまで辿り着けれるんだろうか?
スプーンとフォークを使い、小さく綺麗に丸めたパスタを口に運ぶ妹さんを眺めながら、そう思った。
もう三ヶ月経ってたんですね(汗)




