55話(8/23修正)
★★★★★★
予想もしなかった高垣さんの言葉の無い拒絶に、俺と朱音は何も言えなかった。
もしかしたら高垣さんのその意見を聞いて何かが掴めるかも、と多少なりとも抱いた浅はかな期待は脆く崩れ落ちた。
朱音もきっと同じ思いだろう。こんな態度を取られてしまえば、無遠慮に高垣さんの過去に踏み込む事が出来ない。
数秒か数分か、それほど時間は経っていない筈なのに時の流れが掴めないままに口を噤んでいると。
高垣さんは頬杖を付いていた手から顔を離し、先程とはまた違う、少し申し訳無さそうな笑みを作った。
「ごめんなさいね」
この雰囲気を作ってしまったことに対する謝罪なのだろうか。それともその態度を俺達に向けたからなのか、それは分からない。
けれど本心で謝っている、という点だけは何となく分かった。
「う、ううん!こっちもごめん、ズケズケと踏み込むような事聞いちゃって」
「気にしないで。本来なら――――朱音には私の―――けれど」
「ううん。あれは――――――だから大丈夫!でもさぁ、―――この間の、ああいう伝え方は無いんじゃないの?」
「あらご不満なの?だか―――なのね」
「あれ―――んか!」
「ふふっ、なら――――――思いなさい」
「む〜っだったら他にも聞くからね!いいのね!?」
「守秘義務って知ってる?それに、聞いてくるのは勝手だけれどそれなら話してしまうように誘導なさいな。簡単に口は割らないけど」
「きぃ〜!大人ぶっちゃって!」
「同い年じゃない私達。それと、女子にあるまじき奇声を発しないの」
「んぐぬぬぬ……成長しない私の負けですぅ」
「拗ねないの。何だかあの馬鹿を相手にしているようだわ」
最初は俺に聞かせられないような会話なのか、かろうじて聴こえたのはその程度であり次第に二人だけで盛り上がり声が高くなってくる。
でも二人だけで空間を作って会話をしているせいで俺は置いてけぼりになっていた。
何だろうこの疎外感は。もしかして忘れられてる?いきなり女子会でも始まった?
「ただ、そうね……」
一頻り会話をした後―――朱音が終始手玉に取られているようにしか見えなかったけど―――高垣さんは正面に向き直り、多少明るいながらも星が薄っすらと輝き始めた空を見上げて目を閉じる。
「もう少し、貴方達が頼りになったら教えてあげる」
「それは、時が来たら相談に乗って欲しいって意味?」
「違うわ。今言っても参考には全くならないからよ」
何だ雰囲気がガラッと変わったなぁと一人寂しく思っていると、忘れていなかったのか高垣さんは朱音、俺の順に視線を見遣り、そう宣言してきた。
その時とは、朱音が今に聞いたように然るべき時の事だと思っていたけど違ったようだ。
「朱音と浅見君、二人共が……そうね。クサイ台詞になるけれど確固たる信念を持って、信頼に足り得る人に成長した時、かしら」
「確固たる信念?」
「信頼に足り得る?」
まるで漫画のような台詞に、首を傾げオウム返しのように呟く俺達。
高垣さんがそんな台詞を放ったことに、普段の態度とは異なり意外性と、既視感を強く感じた。
まるでそう、同じように『お前達の幸せが俺の幸せだ!』と恥もせず自信満々にクサイ台詞を吐くヒロを見ているような―――
思わずポカンと呆けた俺達を見て、高垣さんは急に俯き、更には手で顔を隠す。心做しか肩も揺れていた。
一体どうしたんだろう。よくよく見れば髪も若干乱れているしもしかしたらここに来る前から気分でも悪かったりして……
「……何言ってんの私」
ボソリと呟くその声が耳に入り自分の誤解を解く。
いやこれ、自分で言ったことに恥ずかしがってるんだ。なんかヒロに似てると思ったけど勘違いかも。ヒロなら言った後も堂々とするし。
いや、最近は歳相応に恥じらいも覚えているような気もするけど。俺は好きだけどなあの姿。
「……ふぅ。まあ、今のはあまり気にしなくてもいいわ」
「そんな事無いよ!ね、たすくん!良かったよね!?」
「うん。ブラボー」
「その口閉じないと縫うわよ二人共」
「ご、ごめんてぇ!」
俺と朱音の励ましに口端を軽く引き攣らせた高垣さん。これは見て分かる。怒りを堪えているんだ間違いない。
けれど確固たる信念、か。高垣さんはどんな姿の俺達に期待しているのだろうか。今の俺にはこれっぽっちも想像がつかない。
慌てふためく朱音を見て嘆息し、場の雰囲気を整えるかのように咳払いをした高垣さんは、声を普段と同じ調子に戻し口を開く。
「急に変なコトを聞いてくるなと思ったけど、あれでしょう。新藤君に如何に幼馴染みらしいことが出来るか悩んでたんでしょう」
「う゛っ実はそうなんです。詩織ちゃんにはバレちゃうか〜」
「普段の貴方達を知っていて、ここに来て何の話ってなる方が可笑しいのよ。私だってそこまで馬鹿じゃないわ」
「あ、勘の良いガキは―――」
「浅見君、そのネタは貴方の立場で言うものじゃ無いわよ。あ、って今思い出したみたいな声も出してるし」
「うん知ってる」
「……ああ、ただ言ってみたかっただけね。どうせ私の事勘の鋭い女とでも思ったんでしょう」
バレてら。
でも、ちょっとどころか普段以上に賑やかな雰囲気になり会話が馬鹿みたいに盛り上がる。
仕方無いといった仕草や言動が何だか、高垣さんは同い年じゃなくて年上のような存在に見えてしまった。
「そうね……さっきは質問されたから、今度は私からよ」
「どうぞ!」
「どうぞ」
「質問、というよりは助言に近いのかしら」
てっきり、そういった類の話はしないんだろう、と思っていたけど何か心変わりでもあったのか話題が振り出しに戻った。
高垣さんは腰を上げて立ち上がり、俺達の正面に移動してまるで対面するような位置に着いた。
「貴方達二人は、新藤君の事を幼馴染みだと思っている。間違いない?」
「「うん」」
「それを踏まえて私の考えを伝えるわ」
少し息を吸って間を置き、慎重に言葉を選んでいる様子。
見ただけで、重要な事を伝えようとしているのが分かった。
今から聞かされることは、絶対に忘れないようにしなくては、と自分に言い聞かせる。
そして漠然とだが……。これから先、色んなことが変わっていくような、そんな雰囲気があった。
「新藤君の立ち位置は、本人の言う通り、正しく貴方達の親友よ」
だがそれは、意外なことに俺達の決意を否定する言葉で。
だが次に、底から意地の悪い笑みを浮べて言葉を投げ掛けた。
「だから、今になって後悔するなら多少は当たって砕ける位の器を見せなさい。下手な感情でものを訴える位なら、まずは行動して少しでも結果を作ってみなさいこの不器用者共」
今度は悪い笑みから、挑戦的な笑みに変わった。
それに対して俺達は。
何も言わずに朱音を見る。すると朱音も俺を見てきた。
何となく言いたいことは伝わったので、今の思いを言葉にする。
「分かった!取りあえず!」
「俺達は形振り構わず動いてみるよ高垣さん」
「宜しい。私も最近言われたけど『青春をしましょう、我ら若人特権の』……何となく言ってみたけど無いわねこれは。まあ、将来の酒のつまみにはなりそうね」
敢えて言わないようにしてたみたいだけど、多分その台詞はヒロなんだろうな、というのと何処かおっさんくさいな、という感想は口にしないでおいた。
「ん、でもこれからどうしてみる?幼馴染みらしいこと」
「ん〜。ここは発想を変えて、俺達もヒロを見倣って親友って呼んでみるのは?」
「ふむ、一先ず一覧リストみたいなの作ってみようか」
「オッケー」
そうして朱音は誇んだ笑いを、高垣さんは少し恥ずかしげに苦笑いを、俺は、多分薄っすらと笑っていると思う。
きっと今この場に居ないヒロが俺達三人の笑い合う姿を見れば、血の涙を流して悔しがりそうだ。昔からこういった心からの笑顔が好きだと言っていたし。
ああ確かに、今この時は青春しているなと実感できる。
言った本人が居ないのは何とも皮肉が効いてる感じがするけど。
朱音と一緒にこれからの作戦を考えている中、何時の間に何歩か後退り距離を離して此方を見ていた高垣さんに視線を向けた。
「綺麗なもの、ね」
笑みは浮かべたままだ。そのまま、俺達の姿を眺めている。
けれど何故か、何か違うモノを見ているようで、それがひどくヒロの姿と重なって見えた。
それはたった一瞬の事で、横で瞼を閉じてウンウン唸る朱音は気付いていない。
今度こそ視線がかち合い、何故か微笑まれた。
「さて、私はもう迎えが来てるから帰るわ。暗くなってきたし貴方達もあの馬鹿を待たずに帰れば?今日ぐらいは二人で作戦でも練っておきなさい」
「うーん、どうする?」
「いや、一緒でいいよ。家も隣なんだし作戦くらい何時でも練れる。幸いなことに、明後日からの期末試験も半ドンだしね」
「勉強しなさいよ」
「「そんな気が起きない」」
「なら赤点でも取ってなさいな」
そう言い残し、此方を背に片手を上げこの場を跡にし始めた。
よくよく考えれば明日も会うんだよな、なんて気恥ずかしく気持ちを抱きながら。
俺と朱音も一言さようなら、また明日と告げ見送ろうとした。
「ん、高垣さん止まった」
「あれー何かあった?」
「んー。ん、あれ何か此方に走ってきてない?」
「何か詩織ちゃんも振り返っ、え?なんかぎょっとしてない?」
―――その直後だった。
周囲が暗くなってきていた影響もあってか、上手く顔の見えない、この高校の生徒ではない制服を来た誰かが高垣さんの横を通り過ぎ、此方へ全力で走ってきていた。
そしてその人物の目的地は此方、というか俺の正面で立ち止まった。
え、誰この子?もしかして中学生じゃないか?顔立ちもなんか誰かに似ている、というよりはまるで今しがた別れを済ませた筈の―――
「貴方が新藤さんですか!?顔がいいからってお姉ちゃんに変なコトをさせないで下さい!!」
高垣さんを少し幼くしたような、そんな女の子だった。
人違いをしたまま、問い詰めるようにそう言ってきたけど急な展開に閉口する。
隣を見れば逆に朱音はポカンと大きく口を開いたまま。
そして、まるで能面のように感情を移さない顔をした、無表情の高垣さんがその女の子の背後に陣取り、上から見下すように頭を見ていた。
な、何だこのカオス。
「レディース&ジェントルメン、今宵の気分は如何かね?俺はもう世界の中心に居るような感覚だよ。てか世界は俺を中心に周っている!」
朗らかな、それでいて気分が昂ぶり若干上擦りながらも努めて渋い声にしようとして、でも失敗して破茶滅茶な声色。
未だに展開に追い付いていない中で、胸の中心に手を添え妙に紳士ぶったポーズを決めながらまるで名前に呼ばれたかの如く登場したヒロのその声が届き皆の視線がそこに集中する。
俺達に聞かせているのは理解している。でも次に何を言おうとしているか長年見てきた俺と朱音でも全く読めず、皆で揃って間抜けな顔で成り行きを見守る他なかった。
恐らくだが、高垣さんもその横に居た初対面の妹さんも同様だろう。
「へへへ。どうも高垣さん先程振りです。これ、教えた新商品のジュースですどうぞこれで勘弁してくださいお願いします」
次に俺の後方に居た高垣さん(姉)を見つけ一瞬硬直した後、踵を返したかと思えば近くの自販機に立ち寄り飲み物を一本購入、そうしてそそくさと俺を通り過ぎ、そのまま眼の前の人物に許しを請う三下のような態度で今し方購入し手にしていたままの見慣れないジュースの缶を高垣さん(姉)に手渡し頭を直角に下げ見事なお辞儀を繰り出した。
放心しながらそれを渡された本人も、ヒロの後頭部を眺めながら訳が分からずといった具合だった。
「この人もプリクラに写ってた……こんな、こんなんがお姉ちゃんの友達……トモダチ……こんなちゃらんぽらんが?」
「おい誰だ俺をこんなんとかちゃらんぽらんって言った奴……え、ホントに誰?何かやたら高垣さんに似てますけど。妹さんですか?」
こういったカオスな状況で言える事と言えば。
ふ、ふぇぇ……意味が分からない、だな。
※何度も削除、修正してすいません。
言い訳にはありますが、前回、前々回共にあとの話が纏まらずこの章は一から作り直します。
展開はまだまだ続きますので今後もよろしくお願いします。
因みに8/23で丁度一年です。拝読ありがとうございます。




