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54話(8/23修正)

 ★★★★★★




「という事があったんだよ。それでえっ全然意味が分かんないんだけどって思っちゃってさ〜」


「俺達の決心と真逆だしね。それで、二人にはその後に何て言われたの?」


「えっとね〜」


 明後日から期末試験が始まる兼ね合いもあって今週から部活動の終了時刻が早まり未だ誰も居なかった集合場所になっているベンチに一足先に座っていると、数分して同じ理由で部活動が終わったらしい、玄関先で部活仲間二人に別れの挨拶を済ませた朱音が隣に腰掛けた。


 どうやら今日は美術部員に直近の悩みについて打ち明けたらしく、聞くところによるとこれといった改善策は見つからなかったらしいがこんな会話をしたんだと楽しそうに振り返っている。

 部活内容に目を瞑ればね。


 主観、価値観の違い。

 朱音が客観視して見た俺達とヒロの関係性については間違っているようで間違っていないことに至った事実に改める。

 それが何時から、何がきっかけかは俺も流石に当時の記憶を全部が全部憶えている訳では無いから掴めていないけど、確かにそんな流行りもあったなぁと懐かしんだ。

 でも断言できるのは朱音の考えと同じく同じ時期だからといってヒロに浮ついた話があったことは一度も無いことは確か。

 一目見れば分かる。昔から朱音とは違う視点で、かつ()()()()()()()()()()()()


 それにしても、一方は立ち止まり一方は突き進む。 

 朱音が何を言っても効かず、時間が経てば昔のような距離感に戻ると諦観していた俺達とは反対に、ヒロは幾度も親友という立場を貫いてきた。

 果たして何を思って、何を感じて今のヒロになったんだろう。


 一週間前からの問い掛けと登下校の並びから何の進展も無いしここ最近ヒロもヒロで何かに悩み続けている様子。多分殆どがアルバイトの件なんだろうけど、少なからず俺達のコトも悩みの種には含まれているだろう、ということまでしか読み取れなかった。

 けどそれを直接聞くのも急かしているように見えて何だか憚られた。


 今更ながらではあるがそのすれ違いを直そうと躍起になって頭を悩ませるのは至極当然とも言える。

 今になって心から幼馴染みって気付かせるってどうするんだろう、という壁に。


 言うは易しとはこの事。

 口だけで終わるつもりは毛頭ないけど。


「―――つきあ―――」


「あら、今日は早いのね。部活動お疲れ様」


 突如、聞き慣れた声が背後から掛けられた。

 何かを言いかけた朱音は口を止め、俺と共に後方を振り向く。


「え、詩織ちゃん?あれ、部活入ってたっけ?何でこんな時間まで学校に残ってたの?」


 そこには、鞄を肩に掛け今に帰ろうとしていた高垣さんが。

 部活動に入ったって話は聞いてなかったけど、どうしてこんな時間まで学校に残っていたのだろうか。

 朱音も同じ気持ちなのか代弁するように聞いていた。


「野暮用よ」


「そっかぁ。野暮用って言っても何してたの?あ、詩織ちゃんもこっちおいで~」


「断っても無理そうね。校庭にある花壇の花を見て周っていたわ」


「こんな時間まで?」


「こんな時間まで」


「そっか〜。お疲れ様!」


 挨拶も程々に朱音はずいっと腰を俺の方へずらし空きスペースを作って高垣さんも座るように誘う。

 高垣さんも元から断ろうとする意思は見せず、仕方無いとばかりに朱音の誘いに乗りベンチに腰を下ろした。


 この場にヒロも居れば普段のグループが完成だが、この三人だけだと男が俺一人だけだから何処か居心地悪く感じてしまう。

 ヒロが同じ立場でも……いや感じないだろうな。ヒロだし。


「どうも」


「浅見君もお疲れ様。テニス部は楽しい?」


「想像以上に楽しい。ほら見て」


 高垣さんに向けて両腕の前腕部を見せ付ける。


「へぇ、筋肉のつき方が左右で全然違うのね。良かったじゃない筋肉ついて。男ってそういうの好きなんでしょ」


「へへへ」


「無表情でそんな笑い声上げないで。ちょっと気持ち悪いわ」


「ブフッッ!その変な笑い方ってたまにヒロくんがするやつじゃん。たすくんにはそれ似合わないよ〜。それと、これ純粋に嬉しがってるから大丈夫だよ」


「そうなのね。言われてみれば変な笑いするわよねあの馬鹿。変な所ばかり真似してたら駄目じゃない」


 テニス部特有の、ラケットを持つ利き腕だけ筋肉が発達した様を見て感心した様子だったが、俺の声と顔を見て顔を引き攣らせた。

 朱音はその会話が可笑しくて吹いてしまっていたが、長年の付き合い故に俺の気持ちを高垣さんに教えていた。


 それにしても今の高垣さんの注意。母親が子供に対して教える口調のそれである。 

 あと、ヒロに対しては手厳しい評価だった。


「詩織ちゃんは試験勉強バッチリ?」


「真面目に授業を受けて、後は家で応用問題を解いたりしてるから何ら問題ないわ」


「ワースゴイナー。あ、テスト期間中は半ドンだしどっか遊びに行ってみない?」


「ちょっとは勉強して親を喜ばせなさい」


「もうそんな歳じゃないよ……」


 そのまま女子同士で期末試験についての会話を始めたので此方にとばっちりが来ないよう、ラケットバッグに入れていた飲みかけのスポーツドリンクを取り出し口に含んで我関せずの態度を貫く。


「そういえば詩織ちゃん。聞きたい事があるんだけどさ」


「何かしら」


「幼馴染みってどういう意味?」


「は?」


「ブフッッ」


 まさか高垣さんにもその内容を聞くとは思ってもみなかった。

 スポーツドリンクを喉に引っ掛け小さく咳き込む。


「あー、別に答えてもいいけど」


「教えて教えて!!」


 訝しげに朱音を見た高垣さんは、若干答え辛いといった顔をしたが朱音の期待の眼差しに見詰められやや参った様子。

 何か高垣さんの朱音への対応が甘いように見えるのは気のせいかな?先程の印象も相まって今の朱音が子供っぽく見えるからだろうか。ああ多分これだね。

 自分でそう納得しウンウンと頷いていたら、朱音の軽い肘打ちが横腹に打たれた。痛くはなかったけどビックリした。


「何か変な事考えてたでしょ」


「考えてないよ」


「教えを請う子供みたいって」


「それは思った」


「……ふーん」


 長年の仲故か、通用しなかった。

 だから頷いていたんだ、と言われジト目が刺さる。というか自分のことそう例えたってことは自分でそう見えてるって事じゃんか。


 そんなことより、と待ち惚けを食らっている高垣さんに集中してもらうように目線で朱音を誘導。それに気付きはっとした顔になったあと、高垣さんの方へ振り向き答えを聞く姿勢を作った。


「念のため言っておくけど、私なりの解釈だから真に受けないでちょうだいね」


「大丈夫!今日も部活仲間に同じこと言われたから!」


「そ、そう。相談してたのね」


 どうやら俺達と近しい友人である高垣さんからの意見も聞きたいのだろう。

 高垣さんは事前の受け答えに今の朱音の情景を察したようだ。なんか勘が良さそうに見える。


 俺も朱音に倣い姿勢を作る。

 さて、高垣さんは『幼馴染み』というものを、どう捉えているんだろうか。


「俗に言う友達以上恋人未満」


 今まで会ったことのないタイプの友達である高垣さんの事だからもっと穿った見方しているのかと思ったけど、本当に俗っぽかった。


「へ……」


「有り体に言えば家族以外の弟妹のような存在にしか見えないわ」


「何か……普通だね」


「ごめんなさいね。つまらない答えで」


「いやそういう訳じゃないんだ。朱音の質問に答えてくれてありがとう高垣さん」


「ええ」


 ただただ呆ける朱音とは違ってそれに思わず反応してしまった俺に、高垣さんは特に気にしてない様子だった。

 それにしても、今の言葉には何か違和感を覚える。


「うごごご」


「朱音、いい加減戻ってきて」


「ごっ……あううん。ちょっと嫌な想像を思い出して」


「嫌な想像?」


「いやいや何でも無いよ!それより詩織ちゃん、一個聞いて良い!?」


「どうぞ。答えられる範囲であれば構わないわ」


 口をポカンと開き、次第に変な唸り声を上げ始めた朱音の正気を戻す。けど、戻ったら戻ったで顔を歪め頭が痛いと言ったように眉根を解しだした。

 嫌なって一体何を想像したんだろうか。それに動揺を隠したいのに隠せていない口調だし。


 気になるけど何やら朱音から高垣さんに聞きたい事があるらしいから話を進めるために敢えて突っ込まないようにした。


「詩織ちゃんって、もしかして幼馴染みって思ってたりする子が居たり、する?」


「……何でそう思ったの?」


「何か、今じゃなくて何処か別の何かを見ながら話してたし、何だか言葉に重みって言うのかな、とにかく含みがあるように感じたけど」


「……」


 流石、というべきか。

 感情の読み取る力は朱音の方が上手だから、俺が何となく感じていた違和感を鮮明にしていた。

 それに対して高垣さんは黙って探るような目で、じっくり朱音を見つめ返す。


 やがて探りが終わったのか、諦めたのか定かでは無いが溜め息を零し口を開き始めた。


「ええ、居たわよ。私にも幼馴染みって呼んでた子達がね」


「おお!こんな所に思わぬ解決の糸口が……あれ?」


「高垣さん、その言い方ってつまりは……」


 淡々とした口調ながらも、何処か期待に沿うような答えに始めは嬉しそうにしていた朱音だったが、妙な言い方に引っ掛かり頭に疑問符を浮かべている。

 その言い方では、まるで今では違うと言っているようでは無いか。


「あら、何か気になったこと事でもあるのかしら?」


 より一層言葉に含みを持たせ、高垣さんは太腿の上に置いた鞄に肘を沈ませ、敢えて俺の視界にも映るように前のめりに頬杖を付く。

 そして目を細めて意地悪げにも、どこか艶めかしくも見える微笑みを向けてきた。


「「……」」


 流石にこれは朱音ほど感情に聡くなくても理解出来る。いや、せざるを得ないといった方が正しいか。


 笑顔の起源は威嚇、とは聞いたことがあるが……。

 今まさにそれを体現した高垣さんから、これ以上聞くなと訴え掛けられたように感じた。

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