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50話

「ほい、これ」


「あんがとさん。へへへ。帰ってじっくり見るぜ」


「程々にな」


 朝から思わぬ出来事があったがその後は何事も無く現在昼休み。

 俺と同じく昼休みに用事があるらしい佑と昼食を摂った後、鞄を抱えて先生に見つからないよう校舎から離れた、体育館裏の人気のない場所で先に来ていた待ちきれないといった期待を含んだ目をした蔵元と合流し例のブツを渡す。

 宮本君も一緒に、と誘ったが少し焦った様子で『用事があるんだ、ごめんね』と悲しそうな顔で断られた。


 それにしても、今時ネットで購入する事も出来るコンテンツであるのだが、とそれを聞けば蔵元曰く形に残る物の方が良い、ということだった。何その恋人から貰うプレゼントの例えみたいな答え。親に見つかってもしーらね。


「あ、そうそう。あの日の続きだ」


「ん?あの日の続き?」


「春辺さんといつくっつくんだよって話。これ聞いたらお前すぐ寝るもんだから気になってな」


「ほーん。そんな事気になってたのか」


「そんな事ってお前……」


 恐る恐る、といった手付きでその本の表紙をじっくり眺めた蔵元は、皺が付かないよう同じく持ってきた鞄の中に綺麗に納めた後、思い出したかのような口調であの日、俺がうたた寝で応えた質問の続きを聞いてくる。

 記憶が朧気だったのではっきり続きを言っていなかったかもしれない。


「そもそもだ、俺が朱音とくっつくだぁ?そんな話事態がちゃんちゃらおかしいわ」


 少し神妙な顔をした蔵元の目をしっかり見ながら俺の本心を答える。


「それはどういう意味だ?」


「俺はアイツらの親友」


「うん。それで?」


「それが答えだが」


「……はぁ」


 端的に俺の役割を言えば蔵元はその意味が分からないのか一瞬ポカンとした間抜けな顔を作り、次第に可哀想な人を見る目を向けながら溜息をつき始めた。そして俺から視線を外し明後日の方向を見ながら『海音と俺の考えは……』やら『こいつ馬鹿か……』と何やらブツブツと小さく呟き始めた。

 何だその反応は。


「ん〜。分かんねぇ。こんがらがってきた」


「何が?」


「お前の価値観だよ!」


 少し考える仕草を取ったのち、頭部をポリポリと描きながら地面に吐き捨てるような勢いでそう言ってきた蔵元に何がと尋ねるが、何故か逆ギレの様な態度を取られた。


「はぁ。ちゃんと答えてやるから。まず何が知りたいよ」


「お前と春辺さんと浅見の関係」


「んなもん、朱音と佑は幼馴染みで俺は二人の親友だ。次は?」


「……お前か浅見、どちらかが春辺さんと付き合った事は?」


「俺は論外として残念ながらそれはない。そうなって欲しいとは常々思ってるがなー」


「……そこか?」


 蔵元が何が分からないのか分からない為にQ&A形式で尋ねてみれば、二つ目の答えの後に蔵元は再度、顎に手を付けて思考に耽り始めた。


「……っ」


 何を考えているのだろうか、そう思いながら蔵元の様子を眺めていた俺の耳に小さな風の音と共に眼前で黙りこくる蔵元からのものではなく、まるで息を飲む様な、そんな音を拾った。

 近くに人が居るのだろうか、そう思って周囲を見渡してみるが見える範囲に人の姿は見受けられなかった。体育館裏の角を過ぎた所にでも誰かが居るのだろうか、そう思いながら取り敢えず校舎側の方角から見てみようと歩き出そうとした時だった。


「あれ、やっぱり蔵元だった。それにヒロも」


「おん?」


 校舎方面を向いていた俺の背後から声が掛けられた。反射的に振り返り見ると何故か佑がこの場に。

 さっきの音も佑が出したものだったのだろうか。そうなれば俺と蔵元の会話が聞こえていたという事になる。


「えーっと、何処らへんから聞こえてた?」


「え?蔵元の価値観がどーのって所から。それが聞こえたからこっち覗いて見ようかなって思ったらヒロの声も聞こえたから来ちゃった」


「来ちゃったってお前、犬か」


「あーちょっと声が大きかったかな、すまん。所で浅見は此処で何してたんだ?」


「……ん、それは秘密かな」


「あー、そうか。了解」


「ありがとうヒロ」


「?」


 どうやら佑は蔵元の声でこの場に導かれたようだ。俺の声で来たと言った時の様子はまるで飼い主の声に尻尾を振りながら駆け付ける飼い犬のそれだった。

 蔵元の質問に佑は表情を変えず少し間を置いてから答えた様子に俺は思い当たる事があった為これ以上は追求はしなかった。先程の息を飲む音というのもこれに帰結するしな。

 そして俺達の会話に理解が追い付かない蔵元は疑問符が宙に浮いた様な表情で俺と佑を交互に見やる。


「ヒロと蔵元は何で此処に?」


「ちょっと蔵元に渡すものがあってな」


「ふーん。あ、俺に黙って蔵元と宮本とお泊りしたの、怒ってるからね。俺も一緒にしたかったのに」


「何だよお前、浅見に言ってなかったのか?」


「……因みに誰から?」


 今度は佑からこの場にいた事を聞かれた為、要所を省きながら答えれば佑は俺の目をジト目で見ながら咎めるようにそう言ってきた。

 あれは二人でデートしてもらうためにという名目で佑には土曜日の件は黙っていたのだが、どうやらバレてしまっていた様だった。恐らく朱音からだろう。

 というか今思えば朱音には蔵元達と遊ぶ約束あるからと言ってしまっていたしすぐにバレるやつだったじゃんこれ。


「朱音から聞いた」


 案の定である。


「それじゃ俺は先に戻るよ。待ってるからねヒロ」


「う、うっす。あー、お疲れ様」


「ん」


 一先ず聞きたいことが済んだ様子の佑は先に教室へ。その含みの入った言葉から他にも色々と聞かれるんだろうなと想像しながら、俺は手を振り労いの言葉と共に佑の姿が見えなくなるまで見送る。

 最後に体育館の隅を曲がる際に佑は此方をちらりと一瞥し去っていった。


「なぁ、浅見は何があったんだ?」


「告白だよ告白」


「はえー。良くあんな短い遣り取りで気付けるな」


「中学時代にあんな感じになるのを何度も見たから」


「な〜る」


 中学時代、佑がモテる様になった頃。

 何時の間にか俺の近くから姿を消す度に次会えば今の様に言葉を濁すようになったのを何度も見て、俺も雰囲気を感じ取り告白されたのだろうと察するようになった。

 だってその度に女子一人一人の落ち込んだ様子も一緒に目撃するようになったから。流石に俺でも気付くし朱音も何となく察しているだろう。


 何があったかをはっきり口にしないのは、告白した女子への気遣い故か。した本人が周りに言うなら兎も角、された側が大々的にそれを言うのは相手を傷付けるだけだ。例えそれが親友の俺であってもだ。だから今まで誰々に、とは聞かされていない。


「あ、あの噂もそういうことか」


「お、どうした?」


「浅見がここ最近で次々に告白されるようになったって話。俺も今の今まで忘れてた」


「何それ知らない」


 何かを確信したような口調の蔵元に俺は反応してしまう。

 蔵元曰く、ここ最近で佑への告白の回数が少しずつ増えてきているとの事だった。何故それを知っているのかと聞けば周りでは結構噂になっているらしい。

 あまりこういった内容を吹聴しない佑からでは無く女子達で話が出回っているのだろうか、蔵元本人も部活仲間伝に聞いた話らしく実際に今目撃するまでただ羨ましいなこんちくしょう、という気持ちを抱くだけだったらしい。


 ―――というかこの噂、何故俺には届かなかったんだ?


「いや、八月とかになれば夏休み始まるだろ?」


「そうだな」


「そんで、フリーが確定した浅見とあわよくばって所じゃ無いか?」


「はぁ?何で確定したって決めつけてんだ?朱音が―――」


「そういう事だろ」


「……ん?どういう?」


「はぁ、駄目だこいつ。春辺さんも苦労するのが目に浮かぶわ」


 蔵元の中では答えが出たのだろう、俺の疑問の声に対して胸いっぱいに空気を吸ってから溜息をつく。


「お前、最近視線を感じたりは?」


「あ、するする」


「ということは確定だな」


「何がだよ。勿体ぶらずに言えよ」


「えぇ……これ言っていいのかな。怒られないよな?」


 蔵元から最近感じる視線の事を聞かれる。体育祭以降妙に見られている感覚がある事を伝えるとやはり蔵元は先程と同じ様に何かを確信めいた事を口にする。だが何故か俺にそれを直接言う事はせずに口を尖らせて言い渋り始める。

 その様子に焦れったさを感じた俺は続きを促すが、今度は目を泳がせ始めた。


「……ま、いいか。そん時はそん時。明日の風が吹くってね」


「はーやーくー」


「いいかよ〜く聞け。お前とは―――」


「あ、あそこで蔵元君と新藤君が怪しい取引をしております春辺刑事!!高垣補佐官!」


「うむ、ブツを抑えたのち逮捕しなさい」


「……何で私まで」


「「……ファッ!!?」」


 今から事の真実を教えられる、そんな最中に校舎方面から女子三人の声が、何やら警察官の様な役を取りながら声を発してきた。補佐官役だけやる気が無さげだが。


 変な声が出た俺達は揃って声の方へ顔を向けると、こちらへ強い足音共に前田さん、朱音、一歩遅れて高垣が歩み寄ってきた。


「さぁ、ブツを渡しなさい」


「無実です」


「ならブツは何処へ?」


「俺は持ってません」


 蔵元の前に掌を差し出し優しげな目付きでそう言う前田さん。次に物の在処を俺に尋ねてくる朱音。高垣は後ろで手を組み様子を伺っている。


「君達が怪しい物を持ち込んだと言う情報が上がりました」


「うんうん」


「……告発者は誰ですか」


「宮本君が素直に教えてくれました」


「「海音ぉ!!」」


 何と、告発したのは朝に俺と蔵元の近くに居た宮本君。確かに宮本君に本の事は見せたが、まさかこうなるとは!一緒に此処に連れていればこんな事には為らなかったというのだろうか。

 何があってこの情報をこの三人へ教えてしまったのだろうか!

 というか前田さん楽しそうですね!!


「海音は無事なんだろうな」


 まるで人質を取られた正義役の様な言葉になりながらも蔵元は必死な顔で打開策を練っている様子。俺も俺でこの場をどうやり過ごすか策を考えている。


「三限目の休み時間、貴方達が一緒にトイレに言った際にお菓子をあげたら教えてくれました」


「「……海音」」


「急な名前呼びの件は教えてくれませんでしたけどね」


「「それは何でや」」


「……茶番ね。帰っていいかしら」


「まぁまぁ詩織ちゃんも待って待って。ヒロくんがどんな性癖持ってるのか気にならない?」


「気にならないわよ馬鹿じゃないの?」


 思いの外ちょろい手口で白状した宮本君へ、何故そっちを隠すのかヘッドロックをかましながら問い質したい。

 後ろで帰りたそうにしている高垣とそれを引き留める朱音の会話は此方にも筒抜けである。

 俺の性癖をこいつ等が気にしてどうするっていうんだ。


「ほらほら、早く出しなさい」


「哲、俺に策がある」


「内容は?」


「エロ本を差し出すんだ。三人がそれを確認している間に逃げるぞ」


「判った。待ってろ」


 一向に動きを見せない俺達に痺れを切らした前田さんは手を差し出しながら問い詰めるように寄ってくる。

 そして俺が思い付いた、女子だって中身見ちゃうでしょ作戦を実行するために蔵元に鞄から取り出すよう指示を送る。やっと動きを見せた俺達に、その行動を三人は黙り込み注視してくる。


「ほい」


「あぁ、ありがと……え?何で俺に渡して」


「頑張れよ」


 牽制込みで三人の方へ顔を向けていた俺に、横から蔵元は本を手渡して来た。思わず返事をしてあれ、お前が渡すんじゃないのと疑問に思った所で蔵元は哀れみを含めた目線を俺に送った後、鞄を脇に抱いて後方へ全力疾走していった。

 体育祭の時に見せた入り以上に速く感じるそれを俺は呆然と見送るしか無かった。


「て、哲ぅ!?貴様ぁ!」


「こら!待ちなさい蔵元君!何やらゲームで私を攻略したという怪しい情報も知ってるんだから!」


「げぇっ!?何でそんな事に!?何でだ海音ぉ!」


「違うわ!新藤君よ!」


「喜浩貴様!」


 裏切られた事に気付いた俺の横を前田さんは勢い良く過ぎ去り追加の情報を聞き出しながら蔵元を追いかけて行ってしまった。

 この情報は元を辿れば確かに俺だ。けど裏切り者に慈悲はかけない。高垣が前田さんに教えていたとは欠片にも思っていなかったけど。


「「「……」」」


 そしてこの場にエロ本を手に持った俺と、じーっとそれを見続ける朱音と高垣が静けさと共に取り残された。


「ふん」


「あ」


 先に動いたのは朱音で、ズカズカと俺に近寄り手に持ったそれを俺から分捕るように取ってから目の前で、能面のような顔でページを開き始めた。高垣も何時の間にか朱音の横に来て一緒に見ている。


「……さいなら〜」


 黙々とページを開き、中身を見続ける二人から静かに距離を取り始め、近くに置いていた鞄を取って俺は震える足のままその場から逃げだした。

 この作戦、蔵元が逃げなければ上手くいったのでは……。




 ☆☆☆☆☆☆


 ほぼ同じ時間帯に教室に辿り着いた俺と蔵元はお互いに無事を祝い、そして互いに何故逃げた、何故あれ言ったと文句を言い合いながらその流れで宮本君に近付き問答無用のヘッドロックをかましながら白状した理由を問い質す。

 けれどそれを何処か楽しそうに受ける宮本君曰くお腹空いてて、との事だった。

 名前の件は僕達の記念だから教えたくなかった、という事らしい。なんだその理由は。

 俺を待っていた佑にはちょっとした説明をして、ならまた今度でいいと承諾してくれた。 


 そして女子三人組。

 昼休みの終わり頃に教室に戻ってきたのだが、三人が三人ともやはりというか傍目でも解るほど顔を赤らめさせていた。前田さんの反応も、蔵元を捕まえられなかった後に本を見続けた二人に合流したのだろう。

 自然な動きで上からハンカチで覆い隠した丸めているであろうそれを棚に収納された前田さんの鞄の下へ隠す。周囲でそれを見る人は奇跡的に居なかった。

 そして何を言われるのか不安になった俺達に三人は放課後教室に残るよう指示を残して解散した。


「はいこれ返すね」


「え、あ、はい」


 そして今、五人だけが残った教室で、エロ本を澄ました表情の前田さんから汗だくの蔵元の方へ手渡している。

 何だこの拷問は。


「……馬鹿!変態!ヒロくんの方がスケベじゃん!も、もしかしてヒロくんもあんなプレイが好きなんじゃ……」


「すんませんマジですんません。あと俺はノーマル派が好きです。多分」


「男って獣ね」


「テヘ」


「ウザ」


 本の中身を思い出したのか昼同様に顔を真っ赤に染めて俺を罵り始める朱音と高垣。


「追って沙汰は下します。うら若き乙女にこんなものを見せるなんて重罪!」


「いや結果自分達で見始めたんじゃ」


「軽はずみな発言と言い訳は身を滅ぼすわよ」


「うっす」


 前田さん、高垣のその発言に口答えも許されず、俺達は弁明をすることなく項垂れる。


「あーそれと蔵元君」


「何だよ?」


 今までの様子と違って普段通りの砕けた口調の前田さんは蔵元に声を掛ける。


「今は()()そっとしておきなさい」


「はい?一体何の……」


 何やら意味深な事を注意しだした前田さんに蔵元もいきなりの事で疑問をぶつけたが今度は俺をちらりと視線を移し蔵元も釣られて俺を見る。

 何のことやらと思い二人を見てみるが、それで納得出来たのか蔵元は頷いて口を閉ざした。

 聞いても二人は応えてくれなかった為、何のことかと朱音と高垣を見てみたが方や苦笑い、もう片方は溜息を零すだけ。


「はい解散。部活に行くわよ皆」


「やべ、部長に怒られる!」


「私も行かないとなー。じゃーね皆!ヒロくんは何時も通りね!!」


「私は帰るわね」


 前田さんの合図により、俺以外の皆は一斉に教室を後にした。


「……何なんだ?」


 教室に一人残り思わずそんな言葉が出る。

 俺だけが、今の状況に疑問を抱くだけの様子だった。

※ブックマーク、評価、いいね、感想、誤字報告ありがとうございます。


サボってました。

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― 新着の感想 ―
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2023/01/04 18:57 退会済み
管理
[一言] 役不足の指摘はキャラ性格とか鑑みるにわざと間違えているのかと
[良い点] 女子にムフフ本を見せるシチュって、何かこう、興奮するよね… [気になる点] 役不足の使い方が間違ってます。 これでは朱音に自分が釣り合わないではなく、朱音が自分に釣り合わないという意味にな…
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