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49話

 コンクリートからの反射熱によって歩くだけでも汗が滲み出る、そんな月曜日の朝。

 何時も通り、先を歩く二人の背を視界に捉えて駆け寄って佑の横に並ぼうとした……


「おはようヒロくん」


「おっは〜」


「おはよ……なぁ佑。急にそんなガードレール側に寄ると俺が入れないんだが?」


 もはや習慣になっている道路側から俺、佑、朱音の並びになろうとしたのだが、俺が近づく気配を察知した二人は後ろを振り返りながら挨拶をして、佑は何故か朱音との間を空けるように、自然な流れでガードレール側に寄っていく。

 あれ、俺のポジションが無くなったぞ、と思いそう話し掛けるが当の本人は知らんぷり。

 代わりに俺の問いに答えてくれたのは朱音の方だった。


「ほらほら、ヒロくんは今日からここ!」


「はぁ?いやそこは俺じゃ」


「ほら早く」


「ちょちょっ急に腕を引っ張るな佑!?」


 二人の間にぽっかりと空いた空間で両手で輪っか作り、そう言う朱音に合わすかのように今度は佑が俺の右腕を掴み強制的に真ん中に連れ込む。


「……なんか違和感ありまくりなんだが」


「気にしない気にしなーい」


「最初からこうすれば良かったな」


 こうして何時もと違う並びで今日は登校することになった。

 しかし普段と違う景色に俺は逆に落ち着きを無くしソワソワと手を動かしてしまう。

 やっぱり俺がいるべき場所は一番端だよな、と思い歩く足を止め佑の背後へ周り普段の並びにしようと佑へ体当たり気味で突撃したのだが、佑はそれをものともせず、逆に俺は反動で弾かれてしまった。

 やだ、俺って貧弱過ぎ……。


「何やってんのヒロ。ほら、言う事聞きなさい」


 俺の行動を見ていた二人は溜息を吐いて、先程同じような遣り取りを繰り返し、結果俺は二人の間に戻されることとなった。


「慣れるまで我慢我慢」


 改めて横並びになった光景を朱音はうんうん、と頷きながらそう呟く。

 その言葉を聞くにまるで俺が駄々を捏ねるガキのようではないか。しかし結局そう返す事はせずに、今はその流れに身を任せることにした。




「あら、今日はいつもと違うのね」


 校門前に付いた俺達に、タイミングよく反対側から登校してきた高垣は開口一番そう言ってきた。


「おはよ〜詩織ちゃん」


「おはよう朱音。朝から元気ね。私はちょっと寝不足だから眠たいわ」


 そう言いながら高垣は口を大きく開けないように固く結び、今に出ようとする欠伸を堪え始める。

 ―――ちょっと変な顔になっているのは指摘しないでおこう。


「……何見てんのよ」


「いや待て俺が悪いのか?」


 その姿を俺達に見られている事を今更ながら気付いた高垣は、ばっと手で口元を隠し、何故か俺だけに睨みをきかせ始めた。

 いやホント何で俺だけ注意してくるんだ。佑や朱音だって見ていた筈だが。


「ほら、早く教室に行こう」


「はーい」


 校門を過ぎそんな会話を繰り広げながら、俺達は自分達の教室へ足を進めた。




 ☆☆☆☆☆☆


「ほい、お前の着替え洗濯して持ってきてやったぜ。感謝しろよ」


「いやホントすまん。忘れてた訳じゃないんだが昨日電話で話した通り二人に俺の家に連れて行かれてな」


「良いってことよ。報酬として……持ってきただろうな」


「勿論だ。ほれ見てみろ」


 教室へ辿り着いた俺達は各々自分の机に向かう。自分の鞄を机に置いたところで、既に前の席で暇を持て余していた蔵元と挨拶を交わす。

 日曜日、蔵元の家に着替えなどの荷物を置いて出ていった俺は本来なら御礼の品と共に帰りに取りに来るということなっていたのだが、佑と朱音に連行された後、何故かそのまま俺の家へ集合となってしまった。

 母さんと三人で少しの会話をし、俺の部屋へ移動した。

 こうして自分の部屋へ集まるのは受験勉強以来だなと思いながら特別何をすることもなく、皆で俺が集める漫画を読み漁って時間が経って夕飯前で解散。

 母さんからご飯食べていくかと聞かれた二人は揃って大丈夫と言って帰っていった。


 帰路に着く二人を見送りながら、結局今日のは何だったんだと思いながら、蔵元と宮本君への御礼を買っていない事と外も暗くなってきたことから荷物を取りに行けないとなったので急いで蔵元と宮本君にその旨を電話で伝えた。

 その際、残された着替えを流石にそのまま、という訳にも行かないので近くのコインランドリーで洗濯してやると言われた為大変申し訳ないと思いながら感謝を伝えまくった。

 代わりに、着替えを持ってきてもらう代わりに俺が中学時代に自称エロ本マスター岡見君から貰った聖なる本をあげる、という事で手を打つこととなった。

 因みに少しだけ見てそれ以降封印していた代物だ。そういえば蔵元とかこういうの好きそうだな、と思い出して提案したが想像以上に食い付いた為こうなった。


 そして今、俺は鞄のチャックを開き着替えの入った袋を入れた後、中にそれが入っている事を証明するために蔵元に覗き込んでもらう。白昼堂々こんな物を周りに見せびらかす趣味は持ち合わせていないので時間を作って内密に手渡す予定である。

 学校に持ち込んではいけない物を持ってきた背徳感と、こういった秘密の遣り取りはどこか男心を燻る。

 主に馬鹿をやっているなという感覚なのだが。


「こ、これは……なんという」


「お目に叶ったかな?」


「あぁ。最高の友達を持てて俺は幸せだよ。これからお前は俺の相棒だ」


「それは間に合ってるからいいや」


 表紙を見てゴクリ喉を鳴らす蔵元。

 朝から色んな意味で元気ね君。まさに男子高校生の鑑だよ。


「なに見てるの?」


「ん、おはよう宮本君」


「海音だよ。か・い・と。もう、忘れたの?」


「そうだったな。おはよう海音」


「うん。おはよう喜浩」


「お?おーお前も来たな海音。おはようさん。ちょっとこれ見てみろよ」


 俺達の会話が気になったのか近付き蔵元と同じく鞄の中を覗きに来た宮本君へ挨拶を、名前の事で注意を受けながら訂正して改めて挨拶をする。

 それに満足したように、宮本君はもう慣れたのか最初の緊張した様子を見せず下の名前で挨拶をしてきた。


「ちょちょちょ朱音ちゃん!あれ何!?なんか……やばいよ?」


「知らないよ!?何であんなに仲良くなってるの!?詩織ちゃんどういう事!?」


「私に聞かないで。私もあれを見せられて混乱してるの。……思ってたより仲良くなり過ぎでしょ」


 後ろで前田さんと朱音と高垣の焦ったような会話が聞こえるが何かあったのだろうか。だがそれは一先ずは置いといて、宮本君にも蔵元と同様に中身の物を見せる。


「うわ、いけないんだ〜」


「これ哲への御礼。あとバレたら俺ヤバいからしーっだぞ」


「なら持ってこなければいいのに。まぁいいようん。しーっだね」


「海音の方でも何か考えていてくれよ。俺が叶えられる範囲でな」


「もう、気にしなくていいのに」


「そういうワケにもいかんだろう。よろしくな」


 お互いに人差し指を口元に添え、しーっとジェスチャーをし合う。哲も俺達の遣り取りを見て笑いながら同じ様にしている。

 くっくっく。これで俺達は皆共犯だな。売ったりはしないけど。


「おい浅見。あれ何だ」


「全く知らないよ。おかしいな、両刀だったっけ?確かべッドの下の――」


「いや、もう何も言うな浅見。彼奴の尊厳が破壊されるから」


 これまた今度は新井と佑の会話も耳に入ってしまう。何やら不穏な言葉が聞こえたが、何を話しているのだろうか。


 というか、何故席の離れている奴らの会話が小さいながらも此処まで聞こえるんだ。

 そう思って周りを見渡すと、皆一斉に俺達の方を黙って見ていた。


「……」


 顔を動かさず視線を這わすと、視線の合った生徒は揃って目を逸らす。その分かり易い反応は何だろうか。何時もならもっとガヤガヤしている時間帯なのだが。

 次々に入ってくる同級生もこのクラス内の空気に訝しげな顔をして自分の席に向かっている。


「はぅ」


「……っ!?」


 蔵元と宮本君は周囲の状況に気付かないまま俺を差し置いて呑気に会話をしている中、すぐ近くでそんな息を零す音が聞こえた。

 ばっとその聞こえた方へ顔を向けると、音の正体は隣の席の眼鏡女子……改め清水さんだった。


「ひゃ、な、何でもありませんごめんなさいぃ」


 少し青みがかった長い黒髪に両肩に作ったおさげを乗せ、目が大きく見えることから度が強いであろう眼鏡を掛けた清水さんは頬をほんのり朱色に染めており、俺と視線がかち合った瞬間に慌てて謝りながら顔を横に逸らす。

 一瞬だけ見えたその瞳には、俺を震い上がらせるには十分なものだった。


 ―――それは、底無し沼のようであり、深淵のような黒い濁りであった。


「あばばばばば」


「ナ、ナニヲミテルノカナー」


「へぁ!?」


 中学時代の視線を思い出しながら、そちらの世界への扉を見せてしまったことに震える俺の背後から、何時の間にか居たのか棒読みのような口調で朱音が話しかけてくる。

 この中身を女子たる朱音に見せるのはまずい。一瞬の内にその考えに至った俺は急ぎ鞄のチャックを閉め教室の後ろにある棚へ収納し、立ったままの朱音の隣に移動する。


「どうかしたか?」


「その反応、中に何か入ってるんだね?」


 じーっと、俺の行動を逐一見ていた朱音は俺の鞄を凝視しながらそう質問してきた。

 今の行動、怪しいにも程があるもんな。そんな考えを朱音が浮かべるのは当然である。


 さてどう誤魔化そうか、そう思って一つ策が浮かんだ。


「朱音、耳貸してくれ」


「ん?はいどーぞ」


 大きく言えない事なので素直に俺の指示に従ってくれた朱音の耳元に顔を近付ける。

 初心な朱音なら、こう言えば一発で退散するだろう。


「あの中な、俺の着替えが入ってるんだよ。朱音は知ってるだろうけど土曜日哲の家に泊まった時のな。洗濯して貰ってそれを今日持ってきてもらったんだが」


「へ?着替え?」


「つまりだな、俺のパンツとか入ってんの」


「パ、パパパ……」


 朱音に教える内容は、蔵元に持ってきてもらった着替えの事。あの中には確かに周りに見られたくないモノが()()入っている。

 一部は明せず別のモノを伝えると俺の予想通りに朱音は餌を貰う魚の様に口をパクパクさせ硬直し始めた。

 ふっふっふ。その反応可愛いですねぇ(ゲス顔)


 ここで、事態を収集させるため一気に攻めることにする。


「そこまでジロジロ鞄を見るに、もしかして見たいのか?俺のパンツ」


「ひゃっち、ちが」


「……スケベさんだね」


 俺なりに精一杯に艶っぽい声を出しながらそう呟いて、最後にふっと朱音の耳へ息を吹き掛ける。

 こうして、完全に動かなくなり放心した朱音が完成された。


 それを見て俺は結果に満足し、後ろから朱音の両肩を押しながら席に誘導する。ぎこちないながらも素直に動く朱音を何とか座らせ隣の席、呆然したままの高垣へ顔を向ける。


「フォロー宜しく」


「なんちゅう事をしてんの」


「おら、お前らももうすぐHR始まるから席につけよー!!」


 そして一部始終を見ていたクラスメイト全員に聞かせるように大きく声を張ってそう言い渡す。

 そこから何時もの朝のようなざわめきが舞い戻り、それぞれが席に戻た所で予鈴が響き渡った。

※ブックマーク、評価、いいね、感想、誤字報告ありがとうございます。


(補足)

①三人の遣り取りを周りが見て次第に伝染

②その遣り取りを側で見ていた清水さん、扉を開きかける。(着替えの手渡しから泊まりを予想後に三人が名前で呼び合う→もしや)

③朱音は三人の仲が気になって接近、しかし違う事を聞こうとして主人公に翻弄され撃沈

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― 新着の感想 ―
[一言] スケベさん♡
[一言] 清水さん、そうかぁ〜 腐腐腐腐腐腐腐腐腐〜ww たの〜しぃ〜
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