48話
往来の場で騒いでいたせいで注目を浴びた俺達は座り直してから顔を伏せ、羞恥に塗れながら黙り込んだ。
それでも少しの視線を感じる事から、少し話し合って今日はこれで解散ということになった。
「……それじゃ、今日はこの辺で」
「……おう、また学校でな」
「今日は楽しかったわ。じゃあね」
バッグを手に取り早くこの場を去りたいと言わんばかりに駆け足で去っていく高垣。その背中を見て、今日は朝に思った通り色んな意味で疲れる日になったと感慨に耽る。
「……どうしたものかな」
高垣が今後、幼馴染みであろう二人とよりを戻す機会があるのなら、その協力を求められる日が来るのだろうか。それとも自分の問題だと切り離し一人で解決に勤しむだろうか。もしくは完全に割り切り、今のまま離れようとするのだろうか。
……結構幼馴染みだと言える関係を持つ人って俺が思ったよりも居るもんだな。
「お隣良いですか?」
「え?はい、俺もそろそ……ろ」
「よいしょ」
「失礼するよ」
高垣が居なくなった事によりベンチの真ん中で座り思考に耽っていた俺の元に突如そう声を掛けられ、席を譲り離れようと思っていた俺は声の正体を遅れて気付き、そしてその場に縫い付けられたかの様に動くことが出来なかった。
「お楽しみでしたね?」
「何だその意味を含んだ言葉は」
「嘘ついてコソコソデートしてたのはどこの誰かな?」
「はい俺です」
先程別れた二人、佑と朱音が両隣に座り込み、更には俺を逃さないと言わんばかりに手に持った荷物を固まったままの俺の太腿に置いてくる。
退路を絶たれた俺は動くことを許されない状態となってしまった。
「やっぱり詩織ちゃんだったんだね」
「……うっす」
「ヒロと高垣さん、どっちも想像付かない格好しててビックリしたよ」
「……うっす」
「「お楽しみでしたね?」」
「……思ったより楽しかったですぅ!」
やはりバレていたのか朱音と佑は高垣が去った方角を一瞥しそう聞いてくる度に、ずずいっと顔を近付けてくる。
やはり、嘘を付いたことにお怒りなのだろう。
「すんません。訳はありますが結果的に二人には嘘付く形になりました」
「汝罪ありき!」
「ひえ、どうかお情けを……」
「ヒロくんが罰を受けてくれるのなら、許しましょー」
立ち上がりビシッと俺に指を指しそう断言した朱音に対し赦しをこう俺を見て、視線を合わせ頷きあう二人。そしてさっきとは打って変わって楽しそうな声色で朱音はそう言ってきた。
な、何をされるのだろうか。思わず身構える俺を見て朱音はより一層笑みを深める。佑を見ればじーっと俺の目を見続けている。
「罰として!改めて、ヒロくんに確認します!!」
「何でしょうか」
「私達は、世間一般的に何ていうでしょーか?その答えに私達が納得出来るものならば許しまーす」
「……は?いや急にどうした?」
「ぼちぼちはっきりさせないといけないって、二人で話したんだ。ヒロ、教えてくれないか」
「いや、何を言ってるのかさっぱりなんだが」
二人からの罰?らしきもの。それは、俺達の関係?がどういったものなのかの確認、それだけだった。
意図が解らず呆けてしまった。笑みを浮かべ返事を待つ朱音に続いて言葉を放った佑は何故か俺を見定める目となっている。
これに答えるのは簡単。
昔から俺は二人の親友なんだと、胸を張って言ってきたから。
しかし、これを話すことが二人の言う罰にどう繋がっているのか、それが一番理解できていなかった。
「それに答えて、二人はどうするんだ?」
「「内容次第で調教します」」
「その一言で一層言い辛くなったんだが?何でそこでピッタリ言葉が重なるの?」
「ヒロくんに拒否権はありません!ほら、ハリーハリー!」
「ハリーハリー」
「……はぁ。昔っから言ってる筈なんだけどなぁ」
このままでは埒が明かないかも、そう思った俺は口を開く。
「いいか、世間一般的に俺はお前達の親ゆ―――」
「「はい駄目」」
「う……なっどういう事だ!もしかして、親友だと思ってたのは俺だけか!?ま、まさか唯の友だ―――」
「はぁ、ここまで言ってまだ気付かないなんて、ヒロくんは酷いね」
「はぁ、何もフォロー出来ないね」
改めて俺達の立場を説明しようとした途中の言葉に食い入るように遮った朱音と佑は、二人揃って溜息を零す。そして互いにやれやれと仕草を取ってそう言い交わす。
その会話について行けず、困惑しながら何が駄目なのかについて思考を繰り返す。しかし、心当たりがあるような言葉は思い当たらず、尚の事困惑してしまった。
「い、一体何が駄目なんだ。俺にはさっぱりで……」
「ヒロくんと私達、出会いはいつ?」
「それは……小学二年生の半ばだったろ?」
「そう、そんな小さい頃に俺達は出会ったね。それから長いようで短い時を一緒に過ごした」
「なら自ずと分かるでしょ?」
「……何を」
まるで我儘な子に対して言いきせるような、何時もとは何処か雰囲気が違う二人の言葉を聞き逃さないようにして。
けれど分からなかったから続きを促してみれば、二人はまた黙って互いを見てから頷きあう。
「答えはとっても簡単なことなんだよ?でもヒロくん、答えは貴方が考えて見つけて、そしてそれに気付いた時、私達に教えてね」
「俺達はその答えを待ってるから」
「はぁ?いや、マジで―――」
「はい、取り敢えず此処まで!分からず屋でにぶちんなヒロくんには罰続行〜」
「いえーい」
矢継ぎ早に来る言葉に今だ頭の上で疑問符が浮かんでいるような俺の様子を何処か楽しそうに見る二人。その様子は、まるで俺がこう答えるのを知っているかのようだった。
俺の聞きたい事をパンパンッと手拍子で甲高い音を出して遮った朱音はやはり楽しそうで、台詞は棒読みなのにそんな朱音のノリにこれまた楽しそうに小さく手拍子をする佑。
何があったんだこれ。
そう思わずにはいられなかった。あの時俺と別れた後に二人は何を思って、どんな会話を繰り広げたというのだろうか。
「帰りましょー。ヒロくん荷物持って」
「え、あ、あぁ」
「そのまましてて……そい!」
「ほい」
「え、うえぇ!?」
朱音に俺の太腿の上に乗る荷物を持てと言ってきたので持ってみれば、それを確認した二人は俺の腕を組み強引に立ち上がらせる。いきなりの事に体がついて行けず、傍から見れば連れ去られる宇宙人のような構図が出来上がっていた。変な体勢になりながらも買い物袋の手提げ紐を離さないようギュッと握る。
そして覚束ない足取りの俺を気にすることなく、俺の両腕に絡めた腕で二人は俺を引き摺る様に、前に前にと進んでいく。
―――なんか、親友の様子がだいぶおかしいんだが?
「お前ら、今日一緒に居たやつらは……」
「ヒロくんを見つけたから私達だけ別れた」
「そっちの方が、気を遣わなくて楽だしね」
「今の俺にも気を遣ってくれよ」
「「うるさい馬鹿」」
★★★★★★
隣で今の状況をぎゃあぎゃあと叫ぶヒロとそれをどこか嬉しそうにしながら宥める朱音を見て、安心した。
俺と朱音でヒロの両腕を組んで無理矢理連れ歩く中、今日の事で心の底からそう安堵する。
エスカレーターですれ違う時、高垣さんと仲睦まじく話し合うヒロの姿を見掛けた。朱音はその段階ではヒロを凝視していたせいで隣に居た女子が高垣さんだと言うことには気付いていない様子だったけど。
そして朱音はわざとメッセージを送って、それを確認する姿を見て確信したようだった。朝に俺がヒロはあんな姿しない、と言ったのが確信が遅れた原因かもしれない。
俺の中では、ヒロがこんな場で高垣さんと一緒に居る所を見て朱音がショックを受けるかもしれないと、心の何処かで不安に思っていた。
だからあの時一人になっていたヒロに対して捲し立てようとする朱音の目を塞いで宥めて、急いでこの場から離れるように指示をした。
ヒロの背中を視線だけで追って、人混みに紛れてから朱音の目元から手を退けた。視界が晴れた朱音は、目聡くヒロが向かった方を見てから少し顔を俯かせた。
どうフォローしたものか。
訳は話してくれると言ったヒロの言葉は朱音にも届いている筈だが、顔を伏せている朱音が何を思っているのか想像出来なかった。
そして少しして顔をあげてから俺の方へ振り向いた朱音に、俺は慄く事になった。
朱音は落ち込むどころかむしろ、笑顔を浮かべていた。
『ふ……ふっふっふ』
―――正直いきなり笑い出すから怖かった。何故俺がこんな恐怖を味わう羽目になるんだとこの場に居ないヒロを恨んだ。
色々鬱憤が溜まっていたらしい朱音の、堪忍袋というべきものだろうか。それがとうとうはち切れたようだった。
『隣に居たのは詩織ちゃんでしょ?』
返事はしなかった。ちらりとその姿が見えたのか、それともヒロの隣に居た所を思い返して確信したのか。
『そろそろ、ヒロくんにわからせなきゃね。たすくん』
何を、とは聞かなかった。
ここで俺に聞いてくることから、俺達共通の問題を指して言っているのだと理解したから。
昔から俺と朱音はヒロの態度に疑問を抱いていたこと。何故急に、俺達との間に線を引くようになったのか。
そして多分、俺達三人ともが今の関係を壊したくなかったんだろう。だから俺達はヒロが度々口にする親友という括りにそれは違うのだと、声を大にして言いたくともその結果の先が想像付かなくて、俺と朱音はそれに目を背け続けてきた。
今の今まで、ずるずるとそれを引き摺り過ぎた結果が今なのだ。
だから俺達は、今がいい機会だと話し合うことにした。
今日の光景を見た朱音は何故気付かないんだやら散々アプローチしてるのにやらと愚痴を零しながらも、どうやってわからせようかと、むしろ先の光景が楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべる。
それを見て今を乗り越えれば俺達は、この先何があろうともこの関係が崩れることはないのだろう。そう確信に近い何かを覚えた。
そして話し合って定まった目標は、まずはヒロに親友ではなく、俺達は幼馴染みなのだと気付かせる。
これは直接伝えて気付かせるのはとても簡単で、だけどそれでは意味がない。自分で気付かせることが大事なのだと、そう結論づけた。
そして今日この日。図らずも朱音の想いに火を点ける事になったヒロに、感謝をしたい。
朱音がそれを言い出すまで、決意するまでこの関係を壊したくないと思って諦観を決めこんで日々を過ごしきた俺にとっては、今が好機といえるのだろう。
そしてその先で、もしどうしても意見が食い違う時が来るのなら三人で、今まですることのなかった大喧嘩をしよう。
醜く罵り合って、自分の思いを盛大にぶつけあって、最後には昔みたいに皆で無邪気に笑い合おう。
今まで散々朱音と共に心を掻き乱されたんだ。
―――今度は、俺達がヒロの心を掻き乱す番だ。
「周りから奇異の視線を感じます。そろそろ離してくれませんか」
「これも罰の一部でーす」
「これが!?」
ここから、一歩ずつ、ヒロの凝り固まった考えを朱音と共に解いていく。
「……」
「いって!いきなり脇腹に肘打ちしないでくれません!?」
「もーうるさいよヒロくん。周りに迷惑でしょ」
ついでだからさっき思い出した今日の恨みは今ここで晴らしておく。
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