47話
今から何を言われるのだろうか。
夏場に相応しくない冷や汗をかきながら、俺はその場で立ち尽くす。少し遠くに見えるエスカレーターから集団から抜け出したのか朱音のみが降りてくるのが見える。
てっきり二人で来るのかと身構えていたが、何故その場に居ないのだろうか。
此方へニコニコと先程と同じ様に笑顔を崩さない朱音。
もはやこの雑踏の中、不思議と朱音の足音のみが強調して聴こえてくる程に俺の感覚は鋭くなっている。
そして遂に、朱音は俺の目の前でそのゆったりとした歩みを止めた。
「奇遇だね〜ヒ・ロ・く・ん。何か言う事は?」
「……」
これあかんやつや。
まるで母が悪戯をした子に聞かせる様な穏やかな声でそう尋ねてくる朱音。
恐らく朱音の今の胸中は、俺が嘘をついていたと思っているからだろう。誘われた日に行けないと言っておきながらこの場に俺がいた事に、二人は断っておきながら一体何用だと思うのも不思議では無い。
「今日はお泊りがあるから行けないって、そう言ってなかったかな〜?」
「……ハイ」
「ヒロくんも居たらもっと楽しいのにな〜って私思ってたんだよ〜」
「……ハイ。スイマセン」
「今日は何してたの?」
「……今日は急遽お呼ばれしたのでこの場に向かう事になった次第です」
「うんうん。それで、隣に居た女の子は誰かな?」
「……」
言えない。高垣と映画館観に来てました〜なんて正直に言ってしまえば俺はまだしも高垣にまで被害が被ってしまう。今の朱音からどんな要求が飛んでくるのかは未知数であるため迂闊に口を開けない。
何かいい案を考えろ新藤!高垣も考えてから言葉にと、そう言っていたじゃないか。今この場でそれを出来ないで何時するんだ!
「ほら、怒らないから教えてごらん?」
中々いい案が出せず黙り込む俺を見て、朱音は慈愛の眼差しとでも言えるほどの優しい表情になってそう言ってくる。思わず正直な事を言ってしまいそうになるが絆されないようそれを我慢する。
―――誰か、誰かこの怒れる神を沈めたもうれ!
「そこまでだよ朱音」
「わわ!真っ暗!?」
今度こそ俺の祈りが通じたのか、朱音を宥めるように佑の落ち着いた声が聞こえた。おぉ佑こそが神であったか!
何時の間にか朱音の背後に居た佑はそのまま手を朱音の目の位置に持ってきて目隠しをする。不意な事に驚いた朱音は肩を勢いよく揺らす。
「ヒロ」
「これはだな佑―――」
「行っていいよ」
「え?」
「ほら」
名前を呼ばれた事で、急いでこの場に居る事の言い訳を言おうとしたのだが、それを遮られ目線だけである場所を見ろとでも言うように合図を送る。
視線を追ってみれば、少し離れた所、休憩するために選んだその場で、高垣と知らない男女二人が話し合っている。同じ高校で見たことがないので中学の同級生とかだろうか。
しかし気になるのは、懐かしさ故に話し合っているのならいいのだが、何処か雰囲気が悪いように見えること。
「むむっ!たすくんこの手を―――」
「今は、我慢して」
「……たすくん?」
「……取り敢えず、訳はちゃんとお前たちには話すから今日はここでお別れだ。また連絡する」
抵抗を始めた朱音に少し強めの言葉で遮る佑。初めて見る二人の雰囲気に違和感を感じつつも、一先ずは佑がくれた救いの手を掴むため、横を通り過ぎる際に佑にだけ聞こえるよう感謝を伝えてからその場を後にした。
☆☆☆☆☆☆
「話さなくなってからもう二年も経ったんだね〜」
「そうね。その節は謝るわ」
「元気にしてた〜?」
「えぇ。特に問題は無かったわ」
いきなり会話に入れる訳でも無いため、近くに寄って会話が聞こえる場所で聞き耳を立てて待機する。
何処かのんびりとした、ほわほわと表現出来るおっとり系?女子と普段通りに見える高垣、そしてその二人を申し訳無さそうな表情で交互に見やる顔立ちの整った短髪のイケメン男子。
先程は雰囲気が悪いかもと思ったのは、おっとり女子以外の二人、高垣と男子の態度が原因であった。
簡単に言うなれば気まずい間柄?のように見えるが。
「詩織ちゃんお洒落になったね〜」
「見間違えたよ。一瞬誰か分からなかった」
「私だってこういった事に興味はあるもの。二人には話さなかったけど」
先程はおっとり女子が会話をしなくなってから二年もと言っていたが、一体何があったんだろうか。
高垣が以前俺に言った、関係が崩れる云々に関するものだろうか。
「貴方達は色々話したい事もあるでしょうけれど、私からは特に無いわ。それに、連れを待たせてるからお別れね」
考察していると、高垣は会話を切り上げるように、ベンチに置いていた小さなバッグを取って踵を返す。丁度俺が今居る位置の方角へ体勢を向けた。
「待ってくれ詩織!僕はまだ―――」
背中を向け今にもその場を離れようとした高垣の手首を、イケメン君が掴み高垣をその場に留める。
その焦りようと言葉を聞くに、イケメン君の方が高垣へ好意を寄せている?そしてそれを見たおっとり女子は眉尻を下げ困った表情をしている。
ならば高垣は―――
―――何黙って見てんのよ。
「あ」
口を閉ざしたままの高垣から、そんな幻聴が聴こえた。
聞き耳を立てている俺の姿を見た高垣は、それはもう射殺す様な視線を向けてきた。
そこで俺は見つかった事による焦りを隠すため、三人の間へ入り込む事を決意する。
普段の俺が行っても誰こいつ?と相手にされないことは予想がつく。ならばここは俺が最も頼れる、格好良い身近な男子を真似る事に。
高垣の元へいざゆかん!!
「おほん。オレノツレカラテヲハナシテクレナイカ」
「何で棒読みなのよ」
「き、君は?」
決まった。
佑の様に背筋を伸ばした目を細め、落ち着いた雰囲気を出して寄ってみれば高垣は俺の様子に茶々を入れイケメン君は困惑していた。
今は場を掻き乱して分断する方がいいだろう、そう思ってのことだったがそうは上手くいかないようだ。現に引き止める手はそのままだ。
「んんっ、新藤だ。高垣とは……何だろうか?」
「アンタの好きな様に言いなさい」
名乗りあげてから高垣との関係性を言おうとしたのだが、高垣に聞いてみれば素っ気ない反応のみ。しかし小声で『いいから今はこの場を何とかして』と頼んできたため、今に思いついたピッタリな言葉を言う事にした。
「高垣とは……そうだな。将来に約束を交わした相棒だな」
「……そ、うなんだ。……二人は付き合ってるんだね」
「いや違うけど」
「え?」
「え?」
「「……?」」
「誤解を招く言い方に言いたいことは色々あるけど、そういうことだから。じゃ」
「ぐぇっ!ちょ、高垣さん強引過ぎぃ」
「うるさい。いいから行くわよ」
強引に腕を組まされ、力強く引っ張られるままにその場を後にした。
横の高垣は怖くて見えないので後ろをちらりと見てみれば、呆気に取られた高垣の友達二人がぽつんとその場に立ちすくんでいた。
☆☆☆☆☆☆
高垣のなすがままに、俺達は足早にショッピングモールの外へ出る。中と違って生温い風が身体吹きかかり急な環境の違いに思わず顔を顰めてしまう。
道中、組まされた腕は外されており、今は無言の高垣の横を俺も黙ってついて行っている状態。
両手に購入した飲み物を持ちながら少し歩いて、広場の様な所で歩みを止めた。ここでも木製のベンチがあったため、空いていた所へ一緒に座りそれぞれ手に取りやすいように飲み物も置く。
何かしらの会話をした方がいいのか、そう思いながら風に流れる雲を見上げていると、先に口を開いたのは無言を貫き通していた高垣からだった。
「何か聞きたいことはあるかしら」
どうやら三人の関係性の事での受け答えらしき言葉だった。
まぁ部外者の俺としてはあの会話や態度やら聞きたいことは山程あるのだが、今じゃなくていいかなと、そんな気がした。
「特には」
「ふーん。アンタならズケズケと聞いてきそうだと思ったんだけど」
「俺そんな非常識なやつだと思われてたの?喜浩超ショックー」
「はいはい」
悲報。俺氏、高垣からそんな印象を与えられていたらしい。
俺ってそんな感じで思われてるのか?ま、まぁ高垣と出会ってからまだ数ヶ月程度。いまから印象を変えてもらえる様に努力しよう。
「因みに、あの二人は幼馴染みよ」
「是非詳しく!!」
「どっちよ」
「……というのは冗談で。高垣が話したいんなら聞いてやらんこともないぞ」
「……保留で」
「りょーかい」
何と、高垣と相対していた二人は幼馴染みとの事。先程の返事と違って勢い良く話の続きを、とも思って言葉にしてしまったがまぁそれはいつか高垣の方から教えてくれるのを待つことに。
そして、それとなく高垣に話す気があるのならと促してみればやはり今は話す様子は無いようで首を左右に振り、再び俺達の間に沈黙が戻ってきた。
それにしても……あの幼馴染みらしき二人と高垣。
まるで幼馴染みの佑と朱音、そして親友の俺。この関係性に近いものがある。それを高垣が壊したというのが言葉通り事実ならば、高垣はそれ以降どんな思いで過ごしてきたのだろうか。
俺がその立場だったら、どうなるのだろうか。出来るだけそのような事は考えたくは無かったが、俺がもし、二人と仲違いのような関係になってしまえばそうなるのも仕方ないのかもしれない。
「あーそうだな」
「……?何よ?」
そんな事を考えていると、高垣はこう思っているのかなという一つの答えのようなモノが出てきた。
合っているかは勿論不明で、もしかしたら高垣はコレを聞いて不快に思うかもしれないが、高垣には今から言う言葉を聞いてみて欲しくなった。
「……高垣は、寂しがりなのかなーって。あ、これ俺の独り言な」
「……」
「何があったのか知らんが、それに耐えきれない所があって入学初日に朱音の手を払い除けなかったんだろうなって思ってな」
過去に関係性を壊してしまったことによる、トラウマに似た何かを持つ高垣が普段友人を作らないのもその影響なのかもしれない。
誘われれば朱音の時のようにその手を取る事もあるだろうが、内心では期待と不安が入り混じっているのかもしれない。
全部が全部憶測ではあるが、すぐさま否定をしない所を見るに案外的外れじゃないかもしれない。
ならばそれを前提に、ここのフォローは俺が努めようではないか。何せ高垣は俺の相棒だからな。
「高垣、青春しようぜ」
「はぁ?」
「あ、これは独り言じゃないぞ」
突拍子も無い俺の言葉に、高垣は心底意味が解らないという表情で俺を見る。
「青春だよ青春。我ら若人の特権」
「それが何よ?」
「今日の事を見て高垣が過去の事を引き摺っているのは確信した。ならこの先、それが気にならないくらい今は笑顔で楽しもう。仲のいい友達も沢山作ってな」
「随分ふわふわした内容ね。それに友達なんて今以上に作る必要は無いわ」
「まぁそう言うなよ。いつかは高垣が過去の事を清算する時が来るかもしれない」
「そうね」
「どんな結果になるかは分からない。笑顔で終わりならそれでよし。そうでなかったのなら、ふふん。俺が高垣を笑わせてやろう。そんで周りの奴らに頑張ったなと笑いながら肩を叩き合って言われるようになればいい。ほら、想像するだけで青春してるように見えないか?」
「……最後の最後で何言ってんの?それ、まるで男子がやるよう遣り取りじゃない。私女子なんだけど」
俺の言葉を聞いて、はぁ、と溜息をつく高垣。まぁ高垣の言う通り荒唐無稽に聞こえるような事を言っているのは理解している。
しかし俺はこう思う。高垣はもっと感情任せに動いてもいい筈だ。今日の事を振り返るとなおそう思う。それが後に若気の至りとなろうが、人生楽しめるようにならなきゃ損だろう。
「それと俺はな、周りが笑顔になれるそんな環境が好きだ。ほら、笑顔を見たり自分が浮かべると自然と心が暖かくなるだろ?」
「そうかしら」
最近は表情が変わることが増えた佑や普段から明るい笑顔を浮かべる朱音を見て俺は何度癒やされたことか。しかし高垣には同意を得られなかった。
「……ま、まぁ高垣がどう思うかは置いといて俺にとってはそうなんだ。前に高垣にも伝えたように、特別な関係の奴らには特にな」
「へぇ」
「だからまずは、今のお前を無理にでも笑顔にしてやる」
「へ?」
適当な返事で済ます高垣へ、俺はベンチから立ち上がり高垣の正面に移動してから両手を、仏頂面を続けていた高垣の頬を伸ばすように触れる。
柔らかい肌だなと思いながらも親指でぐっと頬を押し上げ無理矢理笑顔を作らせた。
「……」
「……はによ」
無理矢理作ったからなのか、思っていたような、自然に浮かべた笑顔には程遠いモノが出来上がった。それを見て冷静になった俺は何ということを、と恐る恐る手を離した。
「なんか……無理矢理やってすいません」
「ねぇ新藤君」
「はい」
「前を向いて」
「はい」
俺が手を離したタイミングで高垣は被っておる帽子のツバを掴みぐっと顔を隠すように下げ、今までに聞いたことのないような氷を纏った様な声を出す。
俺は直ぐ様その指示に従い、正反対へ体を向けた。
「このっ!」
「ふぐっ……首っめっちゃ締まってます」
「黙りなさい」
「体重を、かけないで……」
「何、私が重いとでも言うの?」
「いえ、このままでは背中が折れ、てしまいっます」
首元へ温かい感触がきたと思ったら次いで首を締め付けるような圧迫感が襲い始める。
背中は触れてないことから首締めだけをされていると気付いた瞬間には高垣は後ろから地面へ力の向きを変え、俺の背中を向いてはいけない方向へ、くの字へ折り曲げようとしている。
このままでは高垣に畳まれる!あ、語呂が良い。
そんなしょうもない思考になりながらひたすら高垣の腕にタップするばかりだった。
「お茶、買ってますのでお許しを……」
「温くなってるじゃない」
※ブックマーク、評価、いいね、感想、誤字報告ありがとうございます。
このままゆるりとした作品を書き続けて参ります。
高垣さんの件は然るべきタイミングまでお待ちを。




