45話
『紫煙を絶やさない探偵』
高垣が面白そうといったこのミステリー映画のあらすじは、田舎にぽつんと建つ自然に囲まれた一軒家の中で、タイトル通り四六時中葉巻を吹かし酒を飲む屈強な体躯を持つ主役の生活から始まる。…
首に掛けるロケットペンダントの中に挿し込んでいる何かしらの写真を眺めてから閉じてそれを首にかけ、自前の釣り竿を手に持ち外に駐車していた外国人がよく持つ印象の軽トラ……たしかピックアップトラックだったか、へ詰め込んで近くの川へ釣りに出掛ける。
そして一人、釣りをする最中で後ろからコートを羽織りハットを深く被った男性が声を掛ける。
『久しぶりだなマイク。こんな田舎に店を構えた所で、大した仕事は来ないだろう?』
『ジョンじゃないか。久しぶりだな。それと、この川なら大物が年に何回か釣れるぞ。それに、今しがたお前も来た』
『俺は魚か?……まぁいい。ほら、仕事を持ってきた。是非これを。君なら無視出来ないものだ』
『無視出来ない……?』
マイクの横へ座る旧友らしき人物ジョンは一枚の資料を手に持って渡した。そこに写るは、ある高級住宅街で理由なき殺人が起きた事件の内容と主役の影に埋もれ顔の下半分だけが映る犯人らしき一枚の顔写真。それを見たマイクは大きく目を見開き、神妙な顔で依頼を持ってきたジョンへ続きを促す。
『ある一家で銃殺事件が起きた。既に遺体は腐敗が進んでおり、いつ事件が起きたのかを捜査している所だ』
マイクが資料を動かした事により顔写真の顔が鮮明に映る。
『現時点で監視カメラを証拠に判明した、そこに載っている容疑者についてだ』
『どういう事だ。彼女は……』
何の偶然か、マイクの首元からスラリとペンダントがずれ落ち、その衝撃でペンダントが開き写真が鮮明になる。
資料に映る人物と、マイクのペンダントの中にある写真に映る若い女性と瓜二つだった。
『……聞きたいことは移動中に聞こう。今回の依頼内容は、死んだはずの彼女の協力者と名乗る者からだ。そして何故俺にこの話を持ちかけてきたのかも一切不明。今回はきな臭いぞ』
『俺の前で死んだはずだぞ!?何故ここに』
冒頭開始から何時の間にか、瞼を閉じるのを忘れるほど魅入っていたようだった。車にセットした静かなBGMが流れ都市へ移動中の時間、館内に効く冷房によりほんの少し肌寒くなってきたなと思いながら、柔らかい生地の背もたれから一旦体を離し、次に俺と高垣の間にある肘掛けに設置したトレイに当たらぬよう肘を置いて頬杖を付いて体を落ち着かせる。
そのまま横目でちらりと高垣を見れば、当の本人は興味がスクリーンに釘付けの様だった。
今の状態で展開が進まない中、高垣の事について考えてみる。
高垣は、もし俺が同じ高校、または同級生でなかったのなら今日この場に一人でこの映画を観に来ていたのだろうか。過去に何かをやらかしたという事はやんわりと理解はしているが、それが今の高垣に繋がっているのだろうか。
今日の姿を見るかぎり、楽しそうに見えたのだがこれが本来の高垣なら、素を出し合えるような友達をもっと持ってほしいと思う。まぁ俺がそれを力説したとして後は高垣の気持ち次第になるのだが。
「……」
「ぶぇ……」
思考に耽りそのまま高垣を見続けていたせいなのか、ジロジロ見るなと言っているかのように俺の頬に掌をぐっと押しつけ無言の注意をしてくる。
顔が前に戻った所で丁度今のタイミングで物語が進み始めた。
☆☆☆☆☆☆
『はぁ。両手が火傷で使い物にならん。すまんが胸ポケットにある葉巻を口に持ってきてくれ。あと火も貸してくれ。さっきの家から逃げる時お釈迦になっちまった』
『仕方無いなお前は。俺が吸うまで待て』
『ニコチンが切れて干からびちまう。早くしてくれ』
『お前、葉巻にクスリでも入れてんのか?』
『そこまで落ちぶれちゃいないさ』
終盤に差し迫った頃。
両手を負傷した主役、マイクと依頼を持ってきた旧友、ジョンは、今だ判明していない黒幕に嵌められ、炎が燃え盛る家屋に閉じ込められた。が、マイクが腕を重度の火傷を負うほどになりながら二人に嵌められた手錠をマイクが靴底へ隠していたピックを使って命からがら脱出し、近場に停めていた車へ向かう。
腕を火傷したマイクとは違って軽症のジョンに運転して貰う最中、後ろの家屋が黒幕が置いていった一斗缶のガソリンタンクに引火した事により爆発。
それを背景に車を急発進させその場を後にした。
車一つ通らない真夜中の車道で、休憩がてら停車した二人はそんな会話を繰り広げている。マイクの物乞いよりジョンは先に自前の葉巻を咥えマッチを取り出し火を点けた。
その行動を見ていたマイクは今に昇る紫煙を見て口を開く。
『煙が恋しい』
『わかったわかった……あ』
『おい、なんだ今の間抜けな声は』
『つい癖でマッチの火を消してしまった。しかもラストのやつ』
『お前頭大丈夫か?さっきの現場で一酸化炭素中毒にでもなったのかよ!』
『なら俺達はここに来るまでに空で雲の一部になってるな』
このままでは吸えないと分かりグチグチとマイクはジョンに詰め寄る。
何も言えなくなったジョンはマイクの胸ポケットから葉巻の入ったらケースを取り出し無理矢理咥えさせる。
そうして自身の火の点いた葉巻の先端を、マイクが咥える葉巻の先へ押し付けた。
『……ふぅ。しかし野郎とシガーキスか。これが美女なら文句無いんだが』
『喧しい。俺だってこんな事をお前としたくなかった。今回限りだぞ』
『はは、野郎とこんな事をしたなんて天国に居るリリーにバレれば私とはしなかったの癖に!と追いかけ回されるな。俺はコレと共に煙に撒いて逃げ回るが―――』
『リリーは生きている』
『は?どういう―――』
『目を背けるな探偵。あの現場に行き着くまでに、思い当たるものがあっただろう』
『お前は一体何を……』
その会話を最後に、いくつかの記憶がフラッシュバックした後、謎を多く残したままスクリーンは黒く染まりエンドロールが流れ始めた。
徐々に室内が明るくなり始め、それに合わせちらほら客も席を立ち退室し始める。
隣の高垣はふぅっと息をつくが席を立つ様子は無かった。
「エンドロールは最後まで見る派?」
「そうね。何かありそうだし」
そう言って身体を解し始める。俺も高垣に習い同じ様に身体を解して映像が切り替わるのを待つことにした。
☆☆☆☆☆☆
「結局無かったな」
「そうね」
「よく見たらこれ前編って書いてるじゃん」
「そうよ。気付かなかったの?」
「うん」
エンドロールの終わりまで見てみたが、映ったのは他の映画の宣伝動画だった。それを確認してホールから出た俺達は道中トレイに載るゴミを指定の場所に捨ててから返却。
「どうだった?」
「そうだな〜。最後のジョン。最初の方にきな臭いとか言っておきながら最後の言葉。絶対に何か知ってるだろうなって」
「そう。私は―――」
少し前にすれ違った客と同じ様に、高垣と感想を言い合いながら外へ出た。
「あ、後はあれだ、煙草」
「は?……因みに煙草がどうしたの?」
「なんかカッコよくね?」
「……はぁ、男って何であんなのが好きなのかしらね。まるで考えが中学生みたいよ」
「男はいつだって少年って言うだろうが」
観賞中、煙草を美味しそうに吹かす主役を見て格好いいなぁと何度も思い興味を唆られた。
それを高垣に伝えてみたが、まるで馬鹿を見る目だった。ここは男と女では感性が違うので高垣の反応は予想出来ていたが、今回の映画を見てそれに関してちょっとした将来の楽しみが一つ出来た。
「俺、二十歳過ぎたら煙草吸ってみよっかな〜」
「そう、好きにしなさい。女子からは嫌われるかもだけど」
「高垣は嫌いなのか?」
「普通。お父さんが吸ってるしあんまり気にしないわ。匂いが付くからお父さんには一切近づかないけど」
それは何とも、高垣の御父様には申し訳ないが何もフォローが出来なかった。新藤家はどっちも煙草を吸わないし、子供も男の俺だけだから憶測になるが、年頃の娘が居ればそんな反応になるのも已む無しなのだろう。いや、もしかしたら違う意味でも……。
ま、まぁこれ以上家庭の事情に深くは突っ込むまい。
「……」
「ん?何よ?」
「高垣様」
「何よ急に気持ち悪い」
「酷いな」
横を歩く高垣を見て、今の会話からして断られる事は目に見えているのだが、もしかしたらという気持ちもあって聞いてみたい質問をしてみることに。
俺の凄く丁寧な言葉使いに、高垣は一歩身を引いてから俺を見る。ただ様を付けただけなのに……。
「高垣って……将来煙草を吸ってみたいと思ったりは?」
「しないわ」
「デスヨネ」
「何よ。言いたいことがあるなら言いなさい」
「いや、何でも……」
「気になるから言いなさい」
本題は二十歳になったら一緒に煙草吸ってみない?とそう聞きたかったのだが、事前の確認の反応を見るからに可能性はほぼ無いかもなと思った俺は大人しく身を引くつもりだったが、どうやら俺の思わせ振りに見える態度を見て高垣は話の続きを促してきた。
「……笑わない?」
「内容次第ね」
「言ったな?……この先、俺か高垣の誕生日が来てお互い二十歳になったらさ、一緒に煙草吸ってみない?」
「……は?」
潔くそう伝えてみれば、呆気に取られたような表情になった高垣。
高垣としてもまさかこんな事を誘われるとは思いもしなかっただろう。
「……朱音か浅見君に誘えばいいじゃない」
「馬鹿野郎お前朱音や佑に煙草なんて勧めるかよ!勧めるとしたら酒だけだ!」
あの二人に、俺の我儘で百害あって一利なしと言わしめる煙草を誘える訳がない!けれど一緒にお酒は呑みたいなとは思うけど。
「だったら身体に悪い煙草は私なら良いって訳?へぇ……」
「あぁ!違うんです本当の理由があるんで怒らないで聞いてください高垣さん!」
「言ってみなさい」
俺の遠回しに失礼になってしまった言葉で若干機嫌を損ねたらしい高垣に、俺は弁明するために必死になって宥める。
俺がこんな事を聞いてしまった理由は映画の最後の場面にあった。
「シ……シガーキスして……みたいなーなんて」
暗い風景の中で、あの二人が煙草に火を分けるワンシーン。
その浪漫溢れる姿を見て俺もしてみたいなと、そう思ってしまった。それが俺にとっては格好良く映り、魅入ってしまったことによって将来の夢の一つに加わった。
佑か朱音どちらかに誘って……と最初は思ったのだが先程高垣に言った通り誘う事など出来ないので無論却下。
高垣を見て高垣ならもしかしたら、と思っての期待を込めた言葉だった。
「……アンタ馬鹿な事聞いてる自覚はあるの?」
「勿論だ。俺だってそこまで馬鹿じゃない」
「いや……いいわ何でも無い。はぁ……アンタってやつはホントに……はぁ」
―――めっちゃため息つくじゃん。やっぱり嫌という事なのだろう。
「なんかすんません。嫌なら良いんだ。出来なかったら出来なかったで気にしないし俺一人で吸って―――」
「良いわよ」
「へ?」
「だから良いって言ってんのよ」
やはり難しいか、そう思って会話を切り上げようとしたらまさかの高垣から了承の言葉。思いもしない返事に今度は俺が呆気に取られる番となった。
一体、この短い間に高垣の中でどんな答えが出たのだろうか。その変わりようを見て一瞬そんな疑問が浮かんだが、すぐに嬉しさが勝り自分でもわかるほど笑顔になってしまった。
「流石俺の相棒だぜ!!」
「その変わり、その時が来るまで誘われても自分からも絶対に吸わないこと」
「おう。それは勿論だ」
「アンタと仲の良い蔵元君や宮本君、他の男子達に今後誘われても絶対拒否しなさい」
「勿ろ……そ、その手があったか!!映画でも男同士だったし、やっぱ今の―――」
「御予約承ったわ。因みに取り消しは無いから」
先程まで不機嫌気味だった高垣は一転して、俺をからかえてご満悦なのか楽しそうにそう言ってから少し足早に歩き始めた。
そんな高垣とは反対に俺はその手があったなと、感情に任せて口走ってしまった事に若干後悔する事になった。
※ブックマーク、評価、いいね、感想、誤字報告ありがとうございます。
お酒と煙草は二十歳から。高垣さんは何を思って返事をしたのでしょうね。
映画のシーンは適当に考えただけですので伏線などは特に考えてません。




