43話
『○○前へ停車致します―――』
緊張と不安の中、目的地近くに辿り着き事前に財布から取り出し握っていた小銭を持って、顔を二人の方へ向かせないよう注意しながら颯爽と支払いを済ませバスを降りる。
俺以外に何人か降りた人はいれど、二人の声が聞こえないことから上手く別れられたのだろう。最後まで顔は見せないようにこれまた警戒を行う。
バスを背に少し離れ、扉が閉まる音と走り出した音を聞き届け一先ずその場でほっと一息き待ち合わせの所へ歩を進める。
歩く際に思考を今日の予定について切り替える。
映画を見るとは言ったが何を見るのか教えて貰っていない。どんなジャンルを高垣は好んで見るのか気になるところ。
はてさて、今日の高垣はどんな一面を拝ませてくれるのだろうか。実に楽しみだ。
☆☆☆☆☆☆
「おはよう。待ったかしら」
「うっす。うーん十分くらいか?」
「そこは待ってない、と答えるのが正しいわ。覚えておきなさい」
「いや知ってるけど。それカップル同士で言うやつだろ」
喫茶店近くの自販機の隣でボケっとしながら時間を潰していた俺の元へ、小走りで挨拶をしながら高垣はやって来た。
今の高垣は黒の帽子を深めに被り、以前遊びに来た際と同じ黒緑の眼鏡。白のダボダボで大きめのTシャツにより浅い鎖骨と中に着ているのだろう黒のネックホールが露わに。そしてシャツにより殆ど隠れぎりぎり見える短いデニムパンツによって大胆にも太腿の半分下から綺麗な細足が伸びていた。そして今日も同じ目線の位置からして厚底であろう黒のブーツ。
全体的に見れば白と黒のみのコーディネート。
しかしそんな私服よりも気になる点が一つ。
「髪結ってんのな」
「夏だし偶にはね」
横を向き高垣は普段見る肩まで伸びたボブカットを後ろで結って作った小さいポニーテールを見せてきた。
普段の高垣と見比べれば気付かずスルーしてしまいかねない、そんな格好に見えた。反対に俺は……気にしない事にしよう。
「めっちゃ似合ってんじゃん」
「どうも」
俺の褒め言葉にしかし高垣は動じない。少しの反応も見せない高垣を見てほんのちょっと、いや米ぐらいのサイズ分悔しいが取り敢えず声を掛けてみる。
「俺を見てどう思う」
「少し服に着せられてるといった所かしら」
「慈悲は無いのか」
言っては為らないことを高垣ははっきりと、そう言ってきた。
くそ!似合ってるからって調子乗るなよ高垣ぃ。お陰でお前のクールな表情を今すぐ崩す言葉を思いついたぞ。
「眼鏡」
「?」
「お揃いだな」
形は違えど今俺達は共通して似たような色の眼鏡を掛けている。
そこを指摘してみればあら不思議。ぽかんとした表情に変わった高垣を見て俺は内心ほくそ笑んだ。
「あら。あらあらまぁまぁ!高垣さん、動揺してどうしましたか?」
「うっさいわね」
俺の煽りの言葉に高垣は身を寄せ俺の整えられた髪をぐしゃりと潰してきた。
「ふああああ!?何すんのお前!折角整えて貰ったのに!」
「うっさいわね」
「うっさいわねbotか貴様!」
「そういえば何か前にも似たような遣り取りしたわね」
「話を逸らすな高垣ぃ!」
「ほら、早く喫茶店行くわよ」
「くぅっ……はぁ。中に入ったらトイレで髪直し―――」
「その必要は無いわ」
高垣の突然の行動により驚き何故こんな事をしてきたのか問い詰めたが、高垣はくるりと踵を返し喫茶店の方へ体を向け聞く姿勢を取ろうとしない。その背中を見て店の中で崩れた髪を直そうと言えば今度は言葉を遮ってきた。
もしやこのまま今日を過ごせという事だろうか。何と無慈悲な!誰かこの荒ぶる神を鎮めたもうれ!……髪だけに。
「仕方無いから後で私が直してあげるわ」
体はそのままに、その細い首を曲げ横顔を此方へ向けそう言った高垣。心做しか何処か楽しそうに見えるのは気の所為だろうか。
「今日は、お忍びデートだからね」
人差し指を立てその綺麗な唇へくっつけ静かにと言うようなジェスチャーを作った高垣は、顔を喫茶店へ向き直しその短い距離を歩き出していく。
「……ホント、高垣はプライベートだと大分変わるな」
仮に前の遊びをデートと呼ぶのなら、デートをする度に俺は高垣の新しい一面に振り回されていると言える。
女は生まれながらに女優であるという有名な言葉を思い出す。普段の高垣と俺の目に映る今の高垣を重ねて見れば、そう例えるのにピッタリと言えるだろう。
「早く来なさい」
「へいへい。女王様」
「何馬鹿な事いってんの」
今は、こんな成りだが楽しそうに見える高垣の隣で似合う様な男を演じてみせよう。
そうしなければ恥をかくのは高垣になってしまうからな。
現在、丁度九時になった頃。
今だ胸に残る不安とは違い空からは強い日差しがさんさんと俺を照らす。何故だか今日は、とても疲れそうな気がするなー。
☆☆☆☆☆☆
「んで、何を観に行きたいんだ?」
「これ」
以前来高垣と来た喫茶店の中へ入り、これまた前と同じ様に外のテーブルへと案内された。休日という事もあって開店直後なのに既に客足は絶えず店員も注文を取るのに忙しそうであった。外でゆっくりしてたら誰かに見つかる、そう高垣へ言ってみれば堂々としておけば問題ない、むしろキョロキョロと不安そうにしている方が却って注目を浴びると諭され大人しく指示に従う事に。
席に付き注文を取って品物が来るのを待っている間の事。俺に尋ねられた高垣はスマホを取り出し少し操作したのち、タイトルの載ったそれを俺に見せてくる。
「んー?『紫煙を絶やさない探偵』?洋画……ミステリーか?」
「そ。面白いのかなって気になってね」
「……アプリで見るとかしないのか?」
「私、気になった映画はじかに観に行く派なの。これもうすぐで公開期限終わるし」
「それで何で俺……あぁお前もしかして友だ―――」
「うっさいわね」
「ちだっ!す、脛!」
「お待たせしましたー」
会話の中、俺の発言に図星なのかは置いといて癇に障ったのかテーブルの下で脛を蹴られた。鋭い痛みに苦悶の表情になったタイミングで運悪く注文した物を届けに女性店員が店内からやってきた。
二つの皿に載ったカップを置いて、何故か一瞬だけ俺の頭を見てから『ごゆっくり』と去っていった。
フッ、モテる男は……というのは冗談で店員が見てきた原因絶対にこれだろ。
「おい高垣」
「何かしら」
届いたカップを今正に手にとって飲もうとした高垣を見て声を掛ける。そんな高垣は俺が何故声を掛けたのか分からないのかどうしたのといった表情をする。
「髪直してくれんじゃねーのかよ」
「あ……」
すっかり忘れていた、といった表情の高垣を見て俺は呆れた目で高垣を見てしまう。このままでは周りに高垣がダサい男を連れてると思われかねないと思いトイレに向かおうと席を立とうとした。
「座って」
「は?いや、自分で直してくるから」
「いいから座りなさい」
「お、おう」
少し凄みを聞かせて高垣がそう言ってきたので何をされるのだろうかと怯えながら伸ばしかけた腰を降ろす。
「頭、こっちに寄せなさい」
「え?は、はぁ」
突然の注文に狼狽えながら、テーブルに乗ったカップに当たらないように身を乗り出し頭を高垣の方へ。
もしかしてこの状態で治すとでもいうのだろうか。
「結構崩れたわね」
「お前のせいだぞ。反省しろよ」
「はいはい」
俺が思った通り、その状態で高垣は俺の髪を弄り始めた。少し擽ったくはあるが下手に動けば更に崩れ最悪大惨事に成りかねない。仕方無く俺は自信あり気な高垣に任せることにした。
「こんなの初めてだから結構難しいわね」
「おい大丈夫か?大丈夫なんだろうな!?」
「ま、任せなさい。……多分大丈夫よ」
さっきの凛々しい姿は何処にいったんだ高垣。今のお前はポンコツと呼べるに相応しい姿になっているぞ!
そして早く直してくれ。この体勢、腹筋に滅茶苦茶負荷がかかってるんだからな!?
何だこの二人は
二人のコーデは適当ですのでご想像で補正下さい。




