42話
「起きて喜浩、遅刻しちゃうよ」
「……ん。今日は休みだろ」
「早く起きなさい!」
軽く揺さぶられながら昔何度も聞いたまるで母さんのように少し声高の起きなさいという言葉が頭の中で木霊していく。お陰で意識は少しずつ覚醒していくのだが、それでも体が起きたくないと拒絶する。
禄に回らない頭で返事をすれば今度は頬をペチペチと音が鳴る程度に叩かれた。
「……今何時?」
「六時半だよ。ほら早く立って。あーもう寝癖が凄いなぁ」
重たい瞼を必死に開けて声を掛けてきた正体を見てみれば、目が少し晴れている宮本君。
そうだ。確か此処は蔵元の家で、三人で寝泊まりしたんだ。
今この場に蔵元は居ないが、何やら部屋の外の方で忙しなく足音が響いていた。足音の人物は蔵元か、それとも親御さんなのだろうか。
「何か慌ただしくない?」
「君の為だよ!?……もしかして忘れてるの?」
「忘れてる?何が?」
はて、何かあっただろうか。不思議そうにする俺を見て馬鹿を見る表情で此方を見る宮本君。何なんだその顔は。
改めて頭を整理しよう。ふむ、今日は日曜日。確か今日は―――。
「高垣ぃ!!」
「ほら、思い出したんなら支度するよ」
「馬鹿は起きたかー!?」
「馬鹿は今起きたよー!」
扉越しに俺を馬鹿馬鹿と言い合う蔵元と宮本君。
というか何故俺の予定を二人は知っているのだろうか。取り敢えずスマホを取って待ち合わせ等のメッセージが飛んでないか確認する。
『申し訳ないけど、よろしく』
『任せとけ!バッチリ決めてやるぜ』
『程々にね』
スマホを開けば寝る前にメッセージアプリを開いていたのか、そんな会話の遣り取りが目に映る。どうやら相手は高垣で、そして見に覚えのない文字の羅列。はて、俺はこんな会話をしただろうか。
何の会話をしていたのか、そう確認しようとした時、蔵元が扉を開けて何やら小さい容器を持って俺を見てきた。
「イケイケ男子を作ってやるぜ!」
「頑張るぞ〜」
朝からテンションの高い二人を見て、俺は今だ状況に追いついて行けなかった。
☆☆☆☆☆☆
バスの揺れが心地よく油断をすれば眠りに落ちてしまう、そんな状況を腕を摘んで自身に痛みを与えながら我慢する。
目的地に着くまでの間に朝の顛末を振り返る。
どうやら俺が眠った後に高垣から待ち合わせの場所等のメッセージが届いていたらしくそれを見た二人は俺が寝坊しないよう起きていてくれたとの事。
しかも普段と違うような格好で、との達しを受け念の為と徹夜した二人は意気込んで俺が寝ている間に準備を始めてくれていた。
俺は何て優しい友達を持てたのだろうか。油断するとバスの中で涙が零れ落ちてしまいそうになるがこれも痛みをもって我慢する。
あの時蔵元が持っていた容器はワックスであり、今俺の髪型は普段のボサボサ頭とは違い綺麗に整えられている。これは蔵元がセッティングしてくれたものであり整った俺の姿を鏡で見れば普段の俺とは少し違った印象になっていた。髪型で此処まで変わるものなんか。あまり自分でこういった事に意識を向けてこなかったが今後は少し勉強してみようと意気込んだ。
その際、『こいつ刺されねぇかな』と物騒な事を言ってきた蔵元には取り敢えずありがとうと感謝の意を込めて頭を下げた。しかし悔しそうな顔をしていたのは何故だろうか。たかだか女子と映画館見に行くだけだろうに。
取り敢えず家からは親父がお洒落様に使う黒の伊達メガネと白が基調の下半分から黒で縞々となっているTシャツ、膝下までのジーンズに紺色のスニーカーを持ってきていたのでそれを着込んで二人に見てもらった。
群衆に紛れればまぁバレないんじゃない?との事で取り敢えずOKが出た。こうして蔵元&宮本君命名イケイケよっぴーの完成である。よっぴー呼び気に入ったのかね。
そして蔵元が簡単に作ってくれた朝食を皆で食べながら、俺は無事見送られた。その際、『うちの子が……』『よしよし』何てまるで子供の旅立ちに感無量の夫婦の様な遣り取りをしていたが、此処までしてもらった俺は『行ってきます』と告げておいた。二人は崩れ落ちた。徹夜とは恐ろしきことなり。
そんな二人には早く寝てくれるのを祈るばかりである。
そうして二人からの集合は男子から待っとくものだと再三忠告されたため時間は少し早いが近くのモール方面行きのバス停で待機。そして少し埋まっていたバス停に乗り込み乗車側の反対の空いていた前方の一人席へと座り込んだ。
そして今、見覚えのある風景を見ながらこのまま何事も無く以前高垣と行った喫茶店前に行ければ―――。そう切実に祈る。
「いっぱいだね」
「そうだね」
だがしかし、たった今停車したこのバス停へ、静かなバス内の中へ聞き間違えようのない二人の短い会話を耳が拾ってしまった。
そう、佑と朱音が乗り込んで来た。俺の祈りは通じなかったらしい。
二人が今日はどんな格好をして来ているのか見たいが、ここで顔を向けてしまえば馬鹿の極み。首を振ってしまわぬよう耐えるのみだ。
もし俺がこの場に居ると気付かれてしまえば、絶対に二人は拗ねる。そうなればあの手この手で機嫌を取らなければならず大変なのだ。
―――絶対バレませんようにバレませんように!
此処まで来てしまえば一度は見放された俺だが再度神へと祈る。
今日は祈る事が多い日になりそうな、そんな不安が芽生えた。
「ねぇ、あれもしかしてさ……」
「ヒロはあんな髪整えたりしないでしょ」
「だよね。でも背格好が少しにてるなぁ」
近くに居るのかそんな囁き声が聞こえた。
ありがとう蔵元。お前のお陰で俺の首一枚は繋がった。二人には何かお土産を買ってくる。
あと念の為身を縮こませて下を向いておこう。
ヤバいねぇ。




