40話
「なぁ高垣」
「ん、何?」
「最近、朱音が妙に俺にべったりしてくると思わんか?」
「あら、男の子なら嬉しいものなんじゃないかしら?」
「いや、分かってて言ってるよな」
昼の約束通り、生徒達が去った放課後まで律儀に残った高垣の元へ、もはや定位置と言えるだろう席に御礼と昼間の謝罪を兼ねて自販機で購入した好物だと推測している冷えた紅茶を高垣に渡してから腰を下ろす。
そして静かな教室で、俺の唐突な問いに対してまるで質問の意図が解らないといった表情を浮かべた高垣。
「ここ最近を振り返るとな……やけに身体接触が多いと思ったんだ。具体的には体育祭辺りからか。あん時は怪我もあって仕方なく許したがあれからもう時間も経って怪我も治ったろ?何故今も続くんだ……」
「例えば?」
「前に放課後にベンチで寝ていた俺に膝枕をしてきたし、しかも休日に耳掻きしてあげるから家に来て〜って何故かお誘いの電話が来た」
「行ったの?」
「行くわけ無いでしょうが。佑にしなさいって言っといたけど」
「そう。浅見君にはしたのかしら?」
「したみたいだぞ。練習になったと言ってたけど。あぁけれどそれ自体は今後を思うと良い傾向だなと考える事にした。けどそれを何故俺にもしてこようとしてくるのかが判らん」
内容を聞いて『大胆ね……というか浅見君にしたのね』と小さく呟いた高垣。少し考える素振りを見せてから、高垣は俺の顔をチラチラと見始める。しかし視線が合うというよりは顔の横を見ている様だった。
「ん?どうした?」
「いや、何でも無いわ」
耳を見られてると気付き、あぁ昼間の仕返しでも考えているのかと察する。恍ける高垣は、俺が気付いていることに気付いているのにも関わらずちらりとまた耳周辺を見てくる。
やり返そうとしているのならば、あのことで訴えられない可能性が高いということだ。少し心の中で安堵し、どんな手を使ってくるのか楽しみに待つことに。
「なぁ高垣」
「ん、何?」
「何か案は無い?」
「随分雑な相談ね。ちょっとは自分で考えなさいよ」
「いや、考えては要るんだよ。ただなぁ……」
俺の直球な相談内容にやはり高垣は何時ものような表情で俺を見る。もはや高垣=呆れるといった印象が結び付けられていると言っていいだろう。いや、そのままの意味だったら高垣が呆れられる人みたいな意味になってしまうな。
そんな下らない考えはさて置いて、高垣にも言われたように案自体は既に考えている。しかしこれを実行したことによって今後俺達がどう変わっていくのかが不透明であるため口にしにくいモノだった。
「教えてくれれば内容によっては一緒に考えてあげるわ」
「ん〜」
「……まぁ、言い難いならいいわ。これ、ありがと」
高垣から折角の有り難い申し出にそれでも言い淀む俺を気遣ってか一つ返事をしてから俺が買ってきた紅茶を手に持ち蓋を開けてから飲み始める。
少し飲み蓋を閉めた紅茶を机に置いてから、高垣は口を開く。
「それじゃ何で今日は集まったのかしら?無ければもう終わりになるけど」
「いや、俺の考えていたものは置いといて、最初に言った事に関して聞いてみたい事があるんだ」
「そ。何かしら」
「例えば高垣が……好きな人が居るとする。なら他の異性の相手に積極的に話しかけたり触ったりする場合、その相手にどんな気持ちを抱いて接すると思う?」
「それって朱音の事よね」
「まぁ端的に言えばそうだな。例えばでいいから高垣の意見を聞かせてくれると助かる」
「……」
ここ最近の朱音の動きは顕著だ。佑が近くに居るのにも関わらず、佑では無く俺の近くに居ようとする節が見受けられる。別に嫌って訳では無いのだが、俺としては非常に困っている。
高々親友程度の俺が、二人の仲に割って入るというのは甚だおかしい話なのだ。幼馴染みの二人と、その親友である俺との間には小さくとも壁が無くてはならない。
今の高垣のように、程よい距離感の相手みたいな関係を築きたいと思っているのだが。中学ではそれが叶っていた筈なのに、今ではそれが中々上手くいかない。
口元を触りながら視線を落とし、考える仕草を取ってから高垣は、考えが纏まったのか視線を上げる。
「そうね。私だったら親愛……かしら?」
「おぉ。高垣から愛なんて言葉出ると……あーごめん!ごめんて!帰ろうとしないで!」
「全く、折角真面目に答えてあげようと思ったのに。帰っていいかしら」
「すまん!ちゃんと聞くから!」
思わず口にした俺の言葉に反応した高垣は鞄を取って帰ろうとしたので慌ててその手を掴みその場に繋ぎ止める。何故か既視感を感じ、少し前にこんな遣り取りを高垣とこの場でしたことを思い出した。最もその時とは立場は逆であったが。
「続きをお願いします」
「はぁ。まず何をもって親愛と言ったか分かる?」
「……親しい者に対する愛情、だろ?例えるなら俺が二人に抱く想いと同じ」
「その例えが真に正しいかは置いといて概ねそうよ。家族や友人といった身近な存在に対する感情」
「そんな事細かく言われなくても俺だって分かってる。子供じゃ―――」
「黙って聞きなさい」
口答えは許さない。そんな表情をした高垣によって俺の言葉は遮られた。そして俺は口を固く結び改めて聞く姿勢を取る。
「愛は人によって千差万別。よく聞く言葉ではあるけれど実際その通りなのよ。親愛、恋愛、友愛といったね。親が子供に愛情を持つように。夫が妻へ愛してると呟くように。兄弟または気の合う友人に対してそう感じるように」
「……」
「アンタが二人に親愛といった感情を向けてるように、二人もアンタと同じ気持ちを貴方へ抱いてるかもしれない。けどもしかしたら友愛や、もっと違うものを向けてるかも知れない」
「……」
「アンタがこの間私の事をと……特別な存在だと言ったのは親愛の顕れかもしれない。そして私も、アンタと同じ想いを貴方へ抱いてるかもしれない。けどね、それは不変なものもあれば変わりゆくものでもある移ろいやすい感情よ」
「例えばどんな?」
「いいから黙って聞きなさい」
高垣の例えに少し気になる事があって質問を投げ掛けてみたが、バッサリ切り捨てられる。こうなれば話し終えるまで質問は控えるようにしよう。
「アンタが好きな幼馴染みというモノ。解りやすいように漫画で言うなら最初はどちらかが親愛を、どちらかが恋愛感情を抱いているとするわ。そこからすれ違いが生まれたり、展開が変わって親愛からそれが『恋愛』に変わる。そして時を経て晴れて二人は結ばれハッピーエンド、ちゃんちゃんってね」
高垣のその言葉に、俺の夢の原点たる漫画の内容を掘り起こす。確かに、その物語初期は男子側は恋愛の感情を、女子側は親愛の感情を抱いて接していた描写だった。
様々な展開を通して互いをより意識するようになって、至る所で互いが好きと伝えようとして、しかし相手は違うのかもしれない、それによって仲が悪くなり最悪な展開を迎えるかもしれない。そんなもどかしい気持ちを持って、それでも色んな手助けを持って決意して結ばれた。
ならば二人はまだ初期段階、という事なのだろうか。だから二人は………。
「親しい者に愛を抱くのが親愛、恋をして愛を抱くのが恋愛。なら、その違いは何だと思う?」
「それは……」
「『好き』という感情の違いよ」
それを問われ考え込む俺に、高垣は答えを持っていたのかそう断言する。
「親しいから抱く好きが親愛、恋をして抱く好きが恋愛。いずれにしてもそこには好きという感情を通して愛を抱く。なら好きってそもそも何だと思う?」
「……」
その問いに俺は咄嗟に返す言葉が出てこなかった。
これだと思う言葉は持っている筈なのに。
「貴方には難しいかしら?例えばそうね……恋愛関係で言うなれば一目惚れなら相手の容姿を見て好きに、気が合うから好きに。優しくされてから好きになっていた。特殊なものを除いても色々な意味を含むわ」
「それは、まぁそうだな」
「好きという感情も愛に等しく千差万別よ。そしてそこから別々の愛に繋がる可能性もある。それこそ友愛から親愛へ、親愛から恋愛といったものにね」
長く語っていたせいで喉が乾いたのか時間が経ちペットボトルの表面に浮いた水滴を気にすることなくそれを手にとって飲み始める。
その姿を眺めながら俺も高垣の言葉の意味を考えてみる。
最近の朱音の行動は、何かの切っ掛けがあって友愛から親愛に変わり俺に接してきているという事で合っているのだろうか。
だが、今に高垣が言ったように変わりゆく感情なら、このままでは朱音が―――いや、そんな可能性は有り得ない。これは高垣が言うように不変な感情の類だな。先程の考えは訂正しなければ。
―――だが、もしこれ以上、今の状態が続くというのであれば。
「所で、今の話を聞いてアンタは好きというものは何だと思ってる?ぼんやりでいいわ」
いつの間にか紅茶を飲み終わっていた高垣からふとそんな事を聞かれた。考えていた事を中断して、答えを纏める。
「そうだな。親しい、という意味でなら言葉にするのは難しいけど、恋愛で言うなら相手に自分を知ってほしい……かな」
「へぇ。意外ね。さっきは返事しなかったからてっきり知らないって言葉が返ってくるかと思ってたのに」
俺の持論に目を丸く開いて如何にも驚いたといった表情になった高垣。まぁ確かに先程は返事が出来なかったからそう思われても仕方ないだろう。
というより、この持論はそもそも―――
「漫画の受け売り」
「感心した私が馬鹿だったわ」
「何かすまん。まぁ確かにそうかもって思ったんだ。こんな自分を受け入れてほしい、自分だけを見てほしい。恋ってそんなものなのかなって」
目を閉じて、その場面を鮮明に思い出す。
ハッピーエンド直前、告白の場面でそれを相手に伝えた主人公の言葉。俺にとっては心にぐっと来た台詞だった。
「まぁ、これが私の持論だけど人によって本当に答えは様々よ。皆が全く同じ、という訳ではないもの。似たような事を言う人なら居るかもだけど」
「そうか」
目を開くと『はいお終い』、と手を叩き空になったペットボトルを差し出してきた高垣。それを受け取り後で捨てようと自分の鞄の中へ仕舞う。
「あら、新藤君。髪が跳ねてるわよ、直してあげる」
その最中だった。高垣がそう言ってきた。
朝に寝癖を直した筈なので今日は跳ねてる筈が無いのだが、何時の間にか付いたのだろうか。自分で直そうとしたのだが丁度両手も塞がっており、何より横目で見れば既に高垣は机から見を乗り出し手を頭の方へ伸ばしていた。
「私は、アンタとは反対に相手を知りたいと、そう思う欲求こそが好きという気持ちだと思っているわ」
髪を触るのではなく、そんな事を耳元で囁いてきた。
高垣はそんな事を思っているのか、何て思いながら顔を向けると、体制を戻し頬杖をついて此方を見ている高垣を見て固まった。
先程まで淡々と話していた表情とは違って、俺を見ながら微笑んでいる。開けていた窓から少しの風が吹き、その艷やかな髪をふわりと揺らす。その光景が、何処か幻想的に見えてしまった。
「いつかアンタが……いや、やっぱり何でも無いわ」
固まったままの俺を見て満足そうにそう言った後、鞄を手にとって別れの挨拶をしながら教室を出ていった。
暫くぼうっと扉を見続け……
「くそっ油断した!!」
高垣は意外とロマンチックな事言うんだ、と思いながら仕返しをされたことにやっと気付いて高垣の机へ突っ伏した。
★★★★★★
「はぁ〜顔あっつ。私らしくないわね」
「……」
「あら、お疲れ様。新藤君には気を付けなさい。あんまり放ったらかしにしたら取り返しの付かないことになるわよ」
「……」
「だんまりね。まぁ忠告はしといたわ。じゃあね」
※思い付きと勢いで書いているため、今後話の内容、矛盾点等を少し訂正する場合もありますが、流れは変えないようにします。
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愛って何だろうか(ゲシュタルト崩壊)
話の内容が変でしたら指摘下さると助かります。難しいんじゃぁ




