38話
『ほわ〜』
幼い自分が今の家で一人、本棚から取った一冊の漫画を見て目を輝かせている。
これは初めて夢という願望を持った日。
確かこの後に、夜遅くに帰ってきた両親にあれを聞いたんだった。
『おれにも、おさななじみってこはいるのかな!?』
あ〜聞いた聞いた。これは今でも覚えている。
今になって思えばそれ以前に仲の良かった友達がいた事すらあやふやだから、多分居なかったんだろう。
だから俺のこの言葉に対して両親はこう言ったんだ。
『残念ながら、居ないんじゃないかな』
『え〜!!』
そう言われ、いじける俺の頭を二人は宥めるように順に優しく撫でていく。そして落ち着いた俺を見て夕飯の準備を始めた母さん、俺が準備しておいた風呂へ向かった親父。
『おさななじみかぁ……』
そして、夢は叶わないと知りつつも、より一層幼馴染みというものに憧れを持った。
懐かしいなこれ。この時から頭を撫でられる感覚が好きになったんだったか。
どうやったら頭を撫でて貰えるんだろうか、と我ながら考えた結果、テストでいい点数を取るか若しくは……あれ、何だったっけか。
まぁ細かい事は置いといて、幼き頃から俺は策士のようだった。
その思い出を俯瞰的に見ていたからか、今し方幼い自分がされたように同じ様に頭に温もりを感じて……ん?あれ、なんかやけに塗料に似た匂いがする……?
☆☆☆☆☆☆
「……んあ?」
いつの間にか眠っていたのだろう。辺りは既に日が沈んでおり開いている校門先から覗く道路に立つ電柱や付近の家屋からは電灯が灯っていた。
ベンチに横たわって寝ていたのか視界は横になっており、無意識にやけに柔らかい鞄の様な物を枕替わりにしていたのか頭の位置が少し高かった。
「……あ、ヤベ財布っ」
「あ、起きた」
「……は?え?」
頭が覚醒した頃に防犯意識の無かった自分に焦り急いで枕から頭を起こそうとしたのだが、ふと上から声が掛けられた。
一体誰だと声の正体を見ようとそのまま顔を向けると、視界一杯に横になった朱音の顔が映った。
突然の事に疑問の声しか上がらず固まってしまった。
「起きた、んだけど。え?」
「どうしたの?」
「いや、何を?」
「ぐっすり寝てたから起こしちゃいけないなって思ってね〜。ちょちょいっと膝枕を」
今にも頭を乗せている枕替りの鞄は実は朱音の太腿で、頭に感じる温もりは朱音の手だった。先程見た夢はこれをされていた影響だったのだろうか。そして気になっていた鞄は抱き枕のように自分で抱き込んでいた。
……ていうかやっば!めっちゃ危なかった!声を掛けてくれなかったら朱音の太腿をベタベタと触ってしまうトコだったぞ!!
「本当にありがとな!!」
「うわビックリした!?ど、どういたしまして?」
『そんなに気持ちよかった〜?』と質問をしながらにへらと笑う朱音。それに対して俺は危機感を抱いていた。
こんな姿を他人に見られでもしたら、瞬く間にあらぬ噂が広がってしまう。佑がされているなら兎も角、何故俺なんかにしてしまうのだろうか。
焦り急いで身体を起こそうと頭を浮かしたが、朱音は撫でていた手を離し俺の額に手を置いてきた。そのせいで上手く力が入らず、ぽすっとそのまま頭を元の位置に戻される。
「……起きたいんだけど?」
「よいではないかよいではないか〜」
「使い方違うから」
何処ぞの悪代官のような台詞を言う朱音に突っ込んでみたが、何が楽しのかニコニコ笑って子供をあやすような手付きで再度頭を撫でてくる。
無理にでも、と思ったがちらりと見えた絆創膏を見て抵抗する気が失せてしまった。もう神に祈って佑が来るのを待つしかない。
「膝枕は初めてだけど、前はこうやってヒロくんの寝癖直してあげてたね〜」
「あ?あ〜そういえばそうだったな」
中学初期、身嗜みを整えればいいのだがまぁ俺だしいいか、と面倒に思った俺は寝癖が残った状態でよく登校していた。その度にそれを見た朱音は俺が眠気で机に蹲る度に髪に触れてきた。撫で心地が良くて寝落ちする事が度々あったがそれを許していた事を思い出す。
途中からはこんな事をさせないように気をつけていたのだが、まさか今になってされるとは思わなかった。
「佑にも……」
「たすくんは毎朝身嗜みを整えてるから私の手は要らないもん。どこかの誰かさんとは違ってね〜」
「さいで」
佑にもと提案を持ち掛けてみたが朱音は俺をジトッとした目付きで見ながらそう言ってくる。佑も癖毛は有るものの確かに、思い返せば寝癖を指摘した記憶が無い。
「私は、昔からこうして欲しいのかなぁって思ってやってたけどね〜」
「そんな子供みたいなこ……と」
そう言い掛けて、先程見た夢の記憶がフラッシュバックしてしまい口籠ってしまった。
そうだ。この間母さんも言っていたな。良く寝癖を直してあげていたと。
俺は、この感覚が好きだったから、整えるのが面倒半分、もう半分が構ってほしくてこんな子供っぽい事を今にもしていたのだろうか。
そう思うと途端に恥ずかしさで頬が赤くなっていく感覚が来る。
「……」
「ん?どうしたの?あ、ちょっと!」
急に黙り込んだ俺を見て不思議そうな表情で朱音は覗いて来る。その表情を見て、俺は足に力を入れて背中を引きづる形で朱音の太腿から頭を脱出させた。もしかしたら俺の顔は真っ赤になっているのだろうが、周りが暗いお陰か今の顔は朱音には見えていだろう。
そして最初からこうするべきだったな、と若干抜け出すのに遅れた事を後悔しながら朱音の横に改めて座り直す。
俺の行動を訝しげに見る朱音を横目に、俺はスマホの画面を点けて時間を確認する。
今現在六時半。もう少し経てば佑も部活が終わり此処へやってくるだろう。それまでに朱音の護衛を務めるとしよう。
「あ、そうだ朱音」
「ん?な〜に〜?」
「スカートについてる塗料が臭うからちゃんと洗ったほうがいいぞ」
「……おおおおお女の子のに、ににに匂い嗅ぐなんて!デリカシーの欠片もないの!!?」
「いやだって寝てる時は鼻で息するじゃん。しかも塗料って落ちにくいし注意をと思っででで」
朝の様にネクタイを掴みブンブンと揺らしてきた朱音。朱音が言った通りデリカシーの無い発言だと自覚していたがこうでもしないと俺は自分に抱いた恥ずかしさを誤魔化しきれなかった。
だがこうして激しく揺さぶられるお陰で羞恥心も無くなり頭もすっと冴え冷静になる事が出来た。ほら今にも眠たく……
「うわああぁぁ!!」
「あ、やねさん……首しまっってます」
「お待たせー……またヒロが何かやらかしたの?」
「ヒロくんに汚された!!」
「こ、こんな公の場で破廉恥な……」
「ご……誤解だ佑」
冴えてきたのではなく首が閉まり頭に血が登らなくなってきていた所で佑がやって来たのだがタイミング悪く、朱音は興奮しているせいか要らぬことを口走る。それを真に受けた佑は目を見開き俺達を交互に見やりだす。
弁明をと思ったがしかし揺れは留まることを知らなかった。
下校の放送が鳴った事で朱音も落ち着き、帰路につく事になったが道中コンビニで朱音のご機嫌取りをすることに。
財布の中身が寂しくなったが、結果として朝の件は有耶無耶になったので……一応、高垣との約束は守ることが出来たと言えるだろう。
……多分、きっと、メイビー。
※思い付きと勢いで書いているため、今後話の内容、矛盾点等を少し訂正する場合もありますが、流れは変えないようにします。
ブックマーク、評価、いいね、感想、誤字報告ありがとうございます。
感想で高垣さんが気になる方多いですね。
自分としてはニチャァといった表現しか返せません。(ニチャァ)




