37話
「それで、今朝の事教えてくれないかしら。当事者からしたら気になって仕方ないのだけれど」
「いや、朝はホント迷惑をお掛け致しました。でも脛蹴ったことは許さないからな。もう痛みは無いけど!!」
「あの時はぐらかした罰よ。男の子なんだから我慢なさい」
「ぐぬぬぬ!」
朝のちょっとした騒動から時間も経ち、今は放課後。
あの後の高垣は苛立ちの収まったらしく普段通りに、いきなり豹変した朱音は時間が経ってから顔を青くしだし何処かソワソワと落ち着かない様子になって、佑は特に変わらずいつも通りの態度で各々時間を過ごした。
「なぁ。あん時の朱音めっちゃ怖かったんだけど。あれは何だったのか高垣はわかるか?」
「何かあったんでしょうね」
「……いやいや。その顔どう見ても知ってる表情じゃんか。なー教えてくれよ〜」
「はぁ。……色々抑えつけてたものがあったらしいわよ。その反動じゃないかしら」
「抑えつけてたぁ?一体何を」
「それはアンタが考えなさい」
今朝の朱音の様子に違和感を覚えた俺は高垣へそれを聞いてみるが、何か知っているのにも関わらず俺に答えを提示して来なかった。取り敢えずは前の様に高垣からの助言として心に仕舞う。
「それにしても、朱音も残念ね。美術部にお呼ばれするなんて」
「部活仲間に引き摺られていったな。というよりよく朱音が放課後来ないかも、なんて察知できたな」
「同じクラスにあの美術部の子と友達の人が居るんじゃない?」
放課後になった時、朝に朱音が言った通りに弁明をする為に高垣の元へ集まったのだが、教室へ入ってきた美術部員らしき女子にドナドナの如く連れ去られた。
何やら途中まで仕上げていた作品を最後まで完成させなさい、と言われていた様だったが体育祭などの行事もあって中途半端になっていたのだろう。
連れ去られる瞬間、『助けてー』と涙目で此方へ手を差し伸べた朱音と目が合った時は思わずその手を掴みそうになったのだが、まぁ部員生の呟きを聞いて結局手を戻すことにした。
すまんな朱音。お前の成長を見届けるためにその手を掴まなかったんだ。それに佑もお前に付いていく様に部活に行ったから途中でアフターケアはしてくれるだろう。
「あの様子だと反省してるから大丈夫よ。それより」
「わかってるわかってる。それに、高垣と二人きりの時の方が言いやすい事なんだ」
「……私と二人きりで?……あーもしかして」
俺の言葉に何やら思い付いた素振りを見せ始めた高垣。その表情を見るに内容を察した様子。
「ごめんなさいね。あれはそんな重い話じゃないわ」
「いやめっちゃ重い話だったろ」
「気にしないでくれると助かるわ」
「……自分で壊して―――」
「止めなさい」
あんな内容を口にしたのにも関わらず、今の高垣は気にしなくていいと口にしそっぽを向き始めた。その様子を見て無意識に高垣のあの言葉を発してしまった俺に高垣は慌てた様子で遮ってきた。そして赤茶色の髪から見えるほんのりと紅くなった耳を見るにあの台詞は自分でも恥ずかしかったのだろうか。
「ほ〜れみろ。今のお前の様に、あの言葉で俺は心を乱されたんだ」
「……それは素直に謝るわ。ごめんなさい。でもそれがどうしてあんな態度になるわけよ」
「そ、それは。まぁ……いや何でも無いっすね。はいこの話はおしまい!閉廷!解散!さらばだ!」
「待ちなさい。気になってるのはそこなのよ。今も変に慌ててる様に見えるし」
高垣のその様子をややからかい気味に反論した俺だったが、謝罪と共に朝の態度を聞かれるという俺にとっては手痛いしっぺ返しの様な事を聞かれた為に難を逃れようと急いでこの場を去ろうと席を立った……のだが、俺の行動を予知していたのか立つために机に着いていた手を逃げられない様にがっしりと掴んできた。
「今度は逃さないわよ」
「どうしてもか?」
「どうしてもよ」
「「……」」
お互い黙り込む。さながら緊迫した場面での一騎打ち勝負のように俺達は相見える。
そして目を離したら負けの様な時間がそのまま少し経ち、このまま朝のように後に引き摺って今のようにややこしい事になったら面倒だと思い、ため息を付きながら席に付いた。
「笑ないでくれるか?」
「笑わないと保証するわ」
「それなら」
本当は、高垣から教えてくれるまでこのような事を言ったり聞く気は無かったのだが、これは俺の失態のせいだ。あの場でポーカーフェイスを貫けば俺がただただ独りで恥を知るだけで済んだだけの話。今度からは考えて言葉を発しようと心に強く刻み込む。
☆☆☆☆☆☆
「ふっ……くふっ」
「あー笑った!笑わないと言ったのに!あーもう怒った怒っちゃった怒った俺は怖いぞ!!」
「その時点で微塵も怖くはないわね」
結局、高垣にはあの時思ったことと休日の間に思ったことまで包み隠さず伝えた。話の途中で『そんな顔してたかしら』と呟いた後に次第に肩が震えたからおや?と嫌な予感はしていたのだが、話の最後でとうとう高垣は、吹き出し始め耐えきれないといったように息を漏らした。
「まさか、私に対してそこまで思ってるなんて意外だったわ」
「意外だぁ?それまた何で?」
「アンタは、あの二人しか目に入っていないものだと思っていたから」
「失敬な。ちゃんと高垣の事も見てるぞ」
「あら、例えば?」
「クールぶってる癖に意外と負けず嫌いな所とか、大人っぽい雰囲気を出す所とかあとは……お母さんの事をマ―――」
「それは忘れなさい」
一頻り笑った後、高垣は表情を戻して意外といった言葉を口にした。それに対して俺は否定するために過去の高垣との遣り取りを思い出しながら指一本ずつ立てて親切丁寧に教えようとしたのだが、やはり記憶に一番残っているママさんの件だけは食い気味に遮った。
けどこんなの忘れたくても忘れられないよなぁ。あの高垣がお母さんの事をママだなんて。
「後はそうだな……笑顔が綺麗」
「……そ、そう」
「って宮本君が言ってたな。ほら高垣にもあの時教え―――」
「折るわよ」
そういえば体育祭の時に宮本君が高垣の笑顔の件についてそんな事を言っていたなと思い出して言葉に出したが、何故か高垣は俺の人差し指を掴み曲がらない方へ小さくぐぐっと力を入れてきた。
「ちょちょ待てい!俺もそう思ったんだから!朱音の可愛らしい笑顔とは違ってさ、こう画になるっていうか。ほら、ゲーセン行った時にさ……」
「もう止めてちょうだい」
「後は……」
「もういいから。わかったから。それ以上は言わないで」
普段と笑った時のギャップの差が凄いんだぞと言おうとしたが高垣が顔を俯かせた事により俺の見ている証明は敢え無く終了となった。
「そうだな、後これだけは言わしてくれ」
「……何?」
俯かせた高垣の頭をぼーっと見ながら少し経ち、俺はこれは言っておこうと思い高垣に声を掛けた。ほんの少し顔を上げた高垣は上目遣いで此方を伺う。
「俺は、少なからずお前の事を特別に思っている」
「……」
こうやって二人の事について話し合う異性の相手は居なかった。まぁ自分で何とか出来ると高を括って作らなかった俺にも問題あったのだろうが。
「今までこんな距離感の女子友達は居なかったからな。特に俺の夢を思い出した中学時代は……いや、やっぱ思い出したくねぇわ。まぁ居なかったんだ」
俺の夢を思い出すきっかけとなった輝きしも忌まわしき中学時代。一緒に馬鹿をやっていた男子達と違って今でも忘れられない一部女子達の俺を見る目は異常と言える程だった。
特に、『あんたのせいで私の性癖壊れたんだけど。責任取りなさいよ!!』やら『受けですか?攻めですか?』なんて言われた日には俺に一体どうしろと言うんだと叫んだのを思い出す。それを言った女子の目は……そう、とにかくヤバかった。あれは獲物を追いかける猛獣の如き目だった。
まぁそういうわけでそんな相手を作ることも無く、今は佑と朱音の次に高垣のことはそう思っている自分が居るのが現状だ。
「さっきも言った様に、いつか高垣が何かしらで俺に助けを求める日が来るのなら、遠慮無くその手を取るつもりだ。いつもお世話になってるし、これからもお世話になるつもりだしな。こういう関係を、持ちつ持たれつって言うんだっけか」
過去に耽っていれば、視界が少し眩しいなと思った俺は高垣から視線を外して曇り空から射し込む陽の光を見ていた。
はていつの間に、と思いながら視線を高垣へと戻したが、高垣は鞄を手に取って既に立ち上がっていた。
「暑くなりそうだから帰るわよ」
「りょーかい。んじゃ帰りに詫びも含めて紅茶奢ってやるぜ」
「明日でいいわ」
「あ、待てって。途中まで一緒に」
「一人で帰るからアンタは何時ものように二人を待ってなさい」
俺が立ち上がるのを待つことなく高垣は挨拶を済ませ扉へと歩を進める。その様子を見て俺も自分の席に鞄を取り一緒に玄関まで行こうとしたのだが、高垣は一人で帰ると言い張り扉を横に引いた。
「それと」
「おん?」
何か言い残した事があったのだろう、高垣は後ろ姿を見せたまま、俺に声を掛け始めた。そのまま直に出ていくのだろうと思っていた俺は変な返事が出てしまった。
「今日の事だけど、二人に聞かれたら上手くはぐらかしときなさい」
「え?何で?もうこの際だから―――」
「私の事は、朱音には何も話してないから」
「え?そうか。いや言えば朱音も佑も力になると思うぞ」
一向に顔を振り向かせない高垣は何を思ってそんな事を口にしているのか分からないが、それに対して俺は思ったことを素直に返す。きっとあの二人もを貸してくれるはずだと思ったから。
「いいのよ。自分の事は自分でするから」
「そ、そうか。えーっと、頑張れ?」
まさかの自分で解決する発言。よもや俺の手助け等要らないという事か。高垣なら一人でも問題事を難無くこなせるような気もして残念な気持ちと思わず気の抜けた返事で応援する形になったが、高垣は振り向いて俺の目を見てきた。
「……そうね。もしもの時は、遠慮無く道連れよ」
文にすれば物騒な事を言い出した高垣は、やはり俺が思った通り何時ものような、クールと言える表情だった。けれど素直に手を借りると言えない当たり、高垣はツンデレさんかな?
「それじゃ今度こそさよなら」
「おう。また明日な〜」
二度目の挨拶になったが今度こそ高垣は出ていった。
その様子を最後まで見送り俺も帰り支度を済ませ教室を出る。玄関で靴に履き替え、何時もの古臭い木製のベンチに腰を降ろしてスマホを見た時だった。
「お?高垣からメールが着てる」
学校では授業中などに鳴らないようマナーモードにして過ごす俺のスマホを見れば、先程別れた高垣から一着のメール。
やっぱ紅茶奢れとかだったら全力で高垣の元へ走らなければと思っていたが全く違う、忠告の内容だった。
『よく考えてから言葉にするようにしなさい』
その内容を見て放課後、高垣との会話を振り返る。
そうして浮かんだ高垣への返信をパパッと送信。
俺が今日言った事は……まぁ恥ずかしい感情は湧くものの概ね伝えたいことはこの際だと伝える事が出来た。満足いくものだと言えるだろう。
というかぶっちゃけた話、言ったら気持ちが楽になったのもあるな。サンキュー高垣、助かったぜ。だが最後の言葉は関心しませんなぁ。
『最後の道連れって言葉は物騒だったぞ』
『くたばれ』
まぁ!即答でそんな言葉を使ってくるなんてやっぱり物騒ですわ高垣さん!
……というかはぐらかす内容考えなきゃ。
※思い付きと勢いで書いているため、今後話の内容、矛盾点等を少し訂正する場合もありますが、流れは変えないようにします。
ブックマーク、評価、いいね、感想ありがとうございます。
(補足)主人公は自分で思ったことを忘れてます。




