36話
「それで、何故朝っぱらから廊下を爆走してたんだ?」
「あー何ていうかその……」
早朝に廊下を走っていた俺は運悪く担任の前川先生に見つかり職員室への呼び出しに言われた通りに鞄を教室に置いてから応じていた。
朝から問題を起こした俺を呆れた目で見ながら片手にペンを携え机へトントンと一定のリズムを取りながら叩き出す。そんな強面の前川先生と先生の前に肩を落としながら事情聴取を受ける風景は、さながらヤ……いや、止めておこう。
そんな前川先生に対して俺はまさか羞恥心による行動と正直に言っていいか悩み言い淀む。何より恥ずかしい。
此処は無難に適当な言い訳でもしておこうか。
「えっと、高校生なので青春を―――」
「バカが。そんな巫山戯た言い訳なら反省文だな」
「うぇっ!?いや冗談ですってジョーダン!」
俺の言葉をバッサリと切り捨てた前川先生。残念ながら今の言い訳は担任には通じない様だった。
このままでは前川先生が言った通り反省文を書かされてしまうかもしれない。面倒事をわざわざ増やすのは御免被るので簡潔に白状しよう。
「先生は……カッコつけた自分を想像した事がありますか」
「はぁ?……え、え?まぁ、若い頃なら沢山あったが」
俺の今の気持ちを吐露したのだが、前川先生は一瞬呆けた顔をした後、俺の言葉の意味を理解出来なかったのか渋めの声色が上擦っていた。そんな先生の似つかわしく無い様子を眺めながら俺は自分の心情を思い出しながら口を開く。
「こう、お前を助けてやるぜ〜とか調子こいた事を。それをある生徒に対して言葉にはしてませんがその感情を向けてしまいました」
「そうか……いい事じゃないのか?」
「いいえ。自分自身の行いを振り返り鳥肌が立つぐらいです。ほら」
「そうか」
「はい」
「……お前はその生徒に対して何を思ったんだ?」
少し興味を唆られたのか片耳の裏へ左手を添え此方に差し出す前川先生。その際に薬指に嵌めてある指輪がキラリと俺の目を刺激した。今まで気付かなかったが結婚してるんですね。
そしてこれはこっそり教えてくれというアピールだろうか。意外とノリが良いのか、それとも先生として相談を受けてくれると言う事なのか。その心は分からないが、その行動に対して前川先生へと内容を端折りながら話そうと口に左手を添え少し腰を屈める。
その時、『教えてくれるのか』と言いたげな目線をしていたがまぁ気のせいだろう。
「……フッ」
コソコソと話し、俺の言葉に鼻で笑う先生。その反応からしてやはり俺が抱いた思いは他人からすれば恥ずかしい事だったのだ。
やだ!恥ずかしくて今度から先生の顔を見れませんわ!あぁ何故俺は正直に話してしまったんだろうか!……先生の意外なノリに絆されたからだろうか?きっとそうだろう。
「見ろ。俺も同じような事を思い出して鳥肌が立ったぞ」
「ひゃあ」
そう言って前川先生は袖を捲り見事に立った鳥肌を俺に見せつけてくる。それを見て俺は情けない声が出てしまった。
「ま、まぁそれは俺も若い頃に通った道だ。そしてこれも大人になれば先程お前が謳った青春の思い出になる。……多分な」
「まじすか」
「今回は初犯である事、バカ正直な行動に免じて見逃してやる。だが次は今回のように甘くしない。他の生徒にぶつかったりしたら大問題になるからな」
「了解です。今度先生の話教えてくださいね」
「あぁいいぞ。……いつかな」
前川先生は俺に注意を言った後、最後にボソっと何かを呟き此方へ手をひらひらと追い出すような仕草をする。お許しが出てたので緊張で固まった体を解す。
気を緩めながら壁に架かっている時計を見ればSHRまで残り僅かだった。恐らく教室に戻れば俺があの場に残した三人は俺の突拍子もない行動理由を聞いてくる筈なので戻る最中に言い訳を考えねば。
ただ今の会話で気になった事が一つ。若い頃と例えた時の先生の顔が一瞬だけ、誰かに重なって見えた。
教室へと戻る最中、朝と同じ様に妙に見られる感覚が俺を襲う。今になって思ったが恐らくは体育祭で目立った可愛い可愛い朱音を見て仲のいい俺を『何者なんだ奴は』と思っているのかもしれない。似たような感覚を中学時代味わっていたからな。勿論聞かれれば親友ですって答えるが。
まぁそれの対応は追々していくとして今は自分の教室へ一直線に向かう。その間に三人への言い訳は思い付いた。
「ちーっす」
「あ、やっと来た。あれどうにかして」
「あれって?」
教室に辿り着き扉を開けば早速佑が出迎えに来てくれたのだが、何か手に負えない問題でもあったのかあれと言って佑が指を差した方を見てみる。
「……」
「誤解よ。だから元気出しなさいって。ほら、馬鹿が来たわよ」
その正体は、高垣の隣で虚ろな目をしやさぐれた表情をした朱音だった。
今までに見ない朱音のその姿を見て何があったんだろうかと一瞬疑問に思ったが、タイミング的に俺の今朝の行動の影響だと簡単に想像が付いた。
困った表情をしながら朱音を宥めていた高垣が俺が戻った事に気付き、此方へ早く来いと手招きをしてきたので空いていた高垣の前へ、俺に付いてきた佑は朱音の前の椅子へそれぞれ腰を落とす。
というか高垣は俺の事さりげ無く馬鹿って呼んだな。それに反応した俺はやはり馬鹿なのだろうか。
「俺のせいで迷惑掛けたな。すまん」
「ホントよ。今すぐ誤解を解きなさい」
「で、結局何だったの?」
「……」
俺の謝罪にやっと落ち着けると言わんばかりのため息をつく高垣とそれに続き答えを促す佑。そしてじとー、と擬音が付きそうな目で俺を見る朱音。
三人の顔を伺って、一息つく。落ち着いた心は今は平常を保っている。今朝の様な失態を冒してはならない。
「あれはな……」
三人の前に人差し指を立てて俺の言葉を聞き逃さないよう注意を向けさせる。
今から言う事は至って簡単、前川先生の会話で思いついた事だ。三人ともそれならまぁ、と納得することこの上ない。
―――俺も若い頃に通った道だ。
「若気の至りってやつさ」
あらゆる人が過去の行いで口にする言葉であり、思い返せば親父も俺が若い頃の話を聞いたときに頻りに同じ様に表現した時があった。俺もそれを聞いて不思議とほ〜んそうなんだ、と納得してしまった事を思い出す。言えば意外と説得力のある魔法の言葉。
それに今俺って若いし?今の俺にぴったりな言葉だ。自然と頬が吊り上がるのを実感する。
さて、反応や如何に?
「その意味は、私に心を弄ばれた事が恥って事?へぇ?」
「その言い訳は意味を成さないよヒロ」
「ヒロくん。放課後詩織ちゃん交えてちょっとお話ししようよ」
三者三様。
ピキリと眉間に青筋を立てる高垣、苦い顔で俺の言葉を否定する佑、先程とは違って何故か清々しい笑顔を浮かべた朱音。
冷や汗がつうっと俺の頬を滑り落ちた次の瞬間、俺のネクタイを掴みぐいっと顔を近づけさせた朱音と、机の下から俺の足を音を立てる事なく器用に蹴ってくる高垣に、『そろそろホームルーム始まるね』とその場を離れた、否、逃げた佑。
場が混沌としてきた。三人の様子を見るからに納得出来なかったらしく俺は自分の言葉の選択に失敗したと後悔した。
そして俺は思い出す。
そういえば、先程の先生に重なった影は親父だ。その時の二人のあれは……そう、遠い目で昔の記憶を呼び起こしていると表現出来る顔をしていたなと今になってようやく気付けた。
一体、二人は何があってそんな表情をしたのだろうか。それが今は凄く気になった。
※思い付きと勢いで書いているため、今後話の内容、矛盾点等を少し訂正する場合もありますが、流れは変えないようにします。
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