35話
心躍った体育祭も終わり、振替え休日となった月曜日も過ぎて登校日となる今日。
夢から目が醒めて壁をぼうっと見ながら、ふと、あることを思い出していた。
―――お前が弱音を吐くまで根比べといこう。ふっふっふ。俺は諦めの悪い男だからな……。
あの日の高垣に対して、本人には伝えず心の中でそう言った。放って置けないと思ったから、だから熱意の冷めないあの日に、気分の良かった俺は万物の創造すら可能では無いかと言わんばかりの万能感に酔い痴れてそんな事を誓ってしまった。
「……う」
―――後悔先に立たず。
あの出来事が休日の間に何度も何度も脳内で再生され、俺は……その度に寒気にも似た全身の毛が逆立つ感覚と、心臓がグサッと刺さったような感覚を味わう事になった。
「うおおおおぉぉぉぉ……」
―――気分が浮かれていたんだ。
あの日から、体育祭が終わった事で三人の家族と共に晩食を過ごし、帰宅して寝る直前にそういえばとあの場面を思い出して。何故あんな事を思ってしまったんだと思うと同時にこう感じてしまった。
―――なんてクサい台詞(笑)
不肖、この新藤 喜浩。この度自分自身で厨二病もとい、黒歴史を生産してしまいました。
「こんなの俺のキャラじゃねぇよおぉぉぉ!!」
「喜浩アンタうるさいわ!何時だと思ってんの!?」
「はい。すいません。五時半です。はい、二度寝しますちゃんと起きますから」
―――穴があったら入りたい。
しかし実際家の中に穴など無いので足元に被っていた薄めの毛布を掴み、頭が隠れるまで引っ張って全身を包むように被せた。このままでは、高垣と会うたびにその事がリフレインされる。その度にこんな羞恥を味わわないといけないのだろうか。そう思うと学校に行きたくなくなった。
俺の悶える声に対して、我が母は雷の如き怒号を返してきた。
☆☆☆☆☆☆
「お……凄い顔だね」
「まるで犯罪を侵した後の怪しい人物の動きだよ」
「的を射た印象をどうも」
体育祭の日、あの青空とは打って変わって曇天の空。
何時もの、とは少し違う朝。妙に視線を感じるような錯覚に囚われ周囲を時折見回しながら足取り重く合流した俺に対して二人は開口一番そう言ってきた。
少し違うというのは、半袖によって露わになっている朱音の腕、足と見える所に少しの絆創膏が貼られている事。
「そうだ!ふっふーんこれ、待受けにしたんだー」
「どれどれ……皆子供だな」
「あぁ、俺達もう高校生なのにな」
何かを思い付いた朱音は、唐突にスマホを取り出して画面を俺達に見せ付けてきた。そこには、あの日の帰り、騒ぎ立てていた俺達三人の画像が載っていた。恐らくは送迎車の近くで俺達を待っていた稔さんが取ったものだろうか。
「俺はこれ」
「ん〜。ぶっ!あははは」
「ど……何でお前が持ってんのそれ」
見てくれと言わんばかりの速さでスマホを手に取り画面を映した佑。それを見れば朱音は吹き出し、俺は物凄く動揺した。
そこには、応援団直後の暑そうにしている互いに交換した中学の制服を着ていたままの俺と朱音の姿。あの時、俺の母さんが横から撮った写真だった。息子の俺は貰ってませんけど?
というか……
「くっ……黒歴史作りすぎだろあの日の俺ぇ」
二人のお陰で気持ちが落ち着く事が出来たと思った途端、自爆みたいな事によって朝の記憶がぶり返し、過去の俺に恨み言を吐きつつ気付けば校門前へと辿り着いていた。既に多くの生徒達が級友と共に先生に朝の挨拶をしながらその門を潜り抜けていく。
……どうせ、同じクラスの高垣とは会うことになる。今の内に平常心を強く保っておこう。
「あら、奇遇ね。おはよう三人とも」
「あらっせぇぇい!!」
「「え?」」
今、私情により会いたくない人物ナンバーワン。何時もは俺達より早く登校し席に着いている筈の高垣が、偶然にも俺達と同じ時間に登校し剰え声を掛けてきた。
突然の事により息を整えていた最中の俺からは変な声が、それに驚き呆けたような二人の声。
「……どうしたの?」
整った眉間に皺を寄せ、怪訝そうな顔で俺に尋ねる高垣。その反応は至極当然のものだ。俺だって高垣がこんな反応したら引……いや、想像出来ないな。
しかし、此処で挨拶を返さないのは失礼だ。大丈夫。俺はやれば出来る子だから。
そう、ただ無心で挨拶を返すだけでいいんだ。大丈夫だ、問題ない。
「たがかきしゃん」
「誰それ」
「……本日はお日柄も良く」
「今日は曇りだけど?なんなら梅雨入りしてるし湿気が凄いけど」
「……」
「……」
「……えっと?おはよう高垣さん」
「???」
何だコレ。そう言いたくなる程グダグダな挨拶の応酬。
俺達の様子に戸惑いの挨拶をした佑と、未だ困惑の表情で俺と高垣を交互に見やる朱音。
――お前が弱音を吐くまで(キリッ)
あぁ駄目だ。現実逃避した自分の姿が記憶の底から這い上がってくる。心底安心したのは、こんな言葉を直接本人に伝えていない事だろう。いや、やっぱそう思った時点でやっぱつれぇわ。
今の矮小で繊細で、羞恥に苛まれる俺に出来ることはきっとこれぐらいの事だろう。
「……た」
「「「た?」」」
俺の言葉に三人揃って俺と同じ事を口にしながら首を傾げ、次の俺の言葉を聞き逃すまいと発言を待っている。
許せ高垣。俺は今から最低な事をお前にする。
「高垣さんが俺の心を弄ぶんですぅ!」
両手で顔を隠し、さながら乙女が好いた相手から逃げるようその場から即座に退散、そして高垣に俺がこうなった原因を押し付ける。俗に言う責任転嫁。
窮地に陥った事によって思った以上に瞬発力が発揮されそのまま颯爽と玄関へとダッシュする。
後ろからは、慌ただしい声が聞こえていたが気にする余裕は今の俺には無かった。
「新藤、廊下走るな。教室に鞄置いた後に俺の所に来い」
「はい、前川先生。朝から申し訳無いです」
※思い付きと勢いで書いているため、今後話の内容、矛盾点等を少し訂正する場合もありますが、流れは変えないようにします。
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※34話に春辺 朱音2を追加。話題名をずらしています




