★春辺 朱音 1
周りの人は皆ビックリするけれど、昔の私は相手に嫌われたくないという思いから人の顔色を伺うような子で、今とは違って内気な子だった。
お話をする友達は居るが、一緒に遊びに出掛けたり誘ったりといった仲まで踏み込む事が出来ない。だから私は物心がついた時からの付き合いである浅見 佑に引っ付くように学校を過ごしていた。そこが私にとって1番安心出来る場所だったから。
そしてそんな日常が過ぎて、小学一年のある夏の頃だった。
『お、おおお俺と、友達になってください!!』
小学生の時、私とたすくんの元へ別クラスの1人の男の子―――新藤 喜浩が駆け寄り、頭を下げ開口一番にそう言ってきた。
知らない男の子から、目の前で綺麗なお辞儀をされ急な事に困惑した私に、たすくんは私を一瞥して何かを考えてから彼へと手を差し伸べた。私もそれに倣って同じ様に手を差し伸べた。
たすくんから『よろしくね』と言われた彼が勢い良く頭を上げ、私達の顔を交互に見て、次に差し出された2つの手を見て、両手を使って力強く私達の手を取ったと同時に嗚咽を鳴らしながら急に泣き始めた。
当然私達は困惑した。彼が何故泣き始めたか分からなかったから。
困惑した私達は、まだ自己紹介してない事から相手の名前も分からず取り敢えずは『どうしたの?』と聞いてみたが彼は泣いているせいか声が上手く出せず、言葉を発しても何を言っているのか分からずでその場で手を取られながら立ち竦んでいた。
近くを通り掛かり、彼の泣き声を聞いたらしい先生が駆け付けた事で私達が事情を話し、その場は解散になり事が済んだ。
初めて私達が出会った日、私が彼に抱いた第一印象は、よくわからない男の子だった。
インパクトのあった初対面の翌日、休み時間を使って別クラスから恥ずかしそうに移動してきた彼と初めて自己紹介。
彼からの矢継ぎ早に来る質問に、その時はまだお互いを知らない事からしどろもどろになっていた私はたすくんに先に答えて貰いそれに続く様に答えた。その時に彼が少し前に来た転校生という事を知って、この学校での最初の友達が私達だと教えてくれた。初めての友達と言われた時はちょっとした優越感を感じた。
けど何故か私達の回答を、持ってきた鉛筆とノートを使ってメモしていた姿を見て思わず不安になったのは内緒だ。
そしてその日以降、休み時間の間に私達の元へ彼が来る頻度が多くなった。
そうしてお互いを知って、次第に三人で集まる事が当たり前の日常に。
学校だけじゃなく休日にも集まる約束をして、三人で色んな所へ遊びに出掛けるように。
『でかいジャングルジムがある公園見つけたんだ!おら、行くぞ!』
『今日はここで鬼ごっこだ!え、かくれんぼがいい?じゃぁそれで!』
私達の手を取って、先導して色んな場所に連れ出す彼。
一日中三人で遊び、日が降り始めて帰る時間になったらまた私達の手を取って、何かの歌を口遊みながら嬉しそうに歩く彼の背中はよく憶えている。
そうして時が過ぎて学年が上がって、それぞれクラスが違っても私達の仲は変わらない。
けれど内気な私にとっては独りぽつんと取り残されたような感覚を味わったが、時間が来ればまた三人で集まって話をする。
安心出来た居場所がたすくんの隣から、陽だまりのように暖かい、そんな時間に変わった。
そして冬休みに入ったある日。暖かい服を着て朝から集まった私達は少し遠くに出掛けてみようということで探検が始まった。
車に注意しながら暫く色んな場所を見て歩き回り、持ってきたお菓子を昼食代わりにしたりして時間が過ぎた頃。
少し離れにあった森林を見つけた彼が、そこへ指差しこう言った。
『あそこ、少し探検しようぜ!』
それを見て好奇心の湧いた私達は注意書きの載った看板を無視して森の中へ入っていった。
森の中は妙な静けさがあって、所々に木漏れ日が差し込んでおりその光景が幻想的に見え私達は目を輝かせた。時折聴こえる鳥の鳴き声や不意に踏んだ小枝の乾いた音に驚きながらもワクワクが止まらず彼、たすくん、私の順で奥の方へと進んだ。
そしてある程度歩き、二人が斜面を下って降りる途中、その様子を上から見下ろしていた私は、森の中へ入った事を後悔する事になった。
ニット帽を被っていた事により気付くことが出来なかった、突如として視界の上から映り込んできた黒光りした虫。それがカサカサと私の前髪をつたり顔に到達したとき、頭が真っ白になった私は前を歩いていた二人とは真反対の方向へ、出口へと叫びながらその場から逃げ出した。後ろから聞こえる二人の大声も無視して、涙を浮かべながらひたすら走って。
―――そして無事森の外へ、とはいかず私は森の中で迷子になった。
頼りになる二人が居ない事にやっと気付いて、不安が私を押し寄せた。
先程まで聞こえていた鳥の鳴き声、小枝を踏む音、風で木が揺れる音、全てが恐怖に塗り換わった。でもその場から離れる事が出来ず、近くに聳え立った大木に背中から寄りかかって座り膝を丸め込んで頭を伏せた。気づけば親から買ってもらったニット帽まで無くしていた。
結構な距離だったのか、時間が経っても二人の歩く音も聞こえない。そして走っていた事によって熱かった体も次第に熱を奪われ普段以上に寒くなっていき、周囲も時間が過ぎる事に暗くなり始める。
そんな環境に耐えきれず、座り込んだままお母さん、お父さん、と声を漏らし泣き続けることしか出来なかった。
『はるべ!!どこにいるー!』
いつの間にか眠っていたのか、私の名前を呼ぶ声で私は目が覚めた。周囲は少し暗い程度なのだがそれでも声の方へと歩きだし、人影が見えた瞬間にはそれに飛びかかる様に走り出した。
『はるっべええぇぇ!?』
私の名前を呼んでいた彼に一目散に抱きつき、そのまま二人してゴロゴロと転がった。怖かった、怖かったと抱き着く私に彼は私を落ち着かせるように背中をぽんぽん、と軽く叩き宥め始めた。それが何故だか嬉しくて、更に泣き始めた。
『俺が行こうっていったばかりにこんなことになってごめん。外であさみが待ってるから。ほら、行こう』
『……あ、足にちからが入んない』
安心したことによってか、腰の抜けた私は立つことが出来ずペタンと座り込んで彼を見た。私を探していた影響か至る所に擦り傷が見える彼は一瞬呆けてからヨシ、と気合いを入れ始め私に背中を向け腰を屈めた。
『おんぶする。目を閉じてればあっという間に外だぞ!!』
『ほんとう?』
『ホントだ!俺はお前達にウソは付かないからな!!』
『そっか。……どうやって私を見つけたの?』
『あぁ、それならほら、これが近くに落ちてたから』
彼はその体勢のままくるりと回転しズボンのポケットから私が無くしたと思っていたニット帽を取り出し、私の頭の上に深く被せる。
そして外に出れると聞いて、彼の指示に従ってなんとか彼の首に手を回し、身を任せた。おんぶされた私は彼の肩に顔を埋めて目を閉じる。
『ここからあと何分?』
『んー3分。いったん外に出てから真っ直ぐこっち来たからたしかそんぐらい』
あの時は視界が狭まっていたせいで気付かなかったが、もしかしたら奥に来たかもと思っていた私は出口付近にいた事に驚いた。途中で来た道から逸れていただけのようだった。
『そっか。たすくんは?』
『さっきも言ったけどあさみには外で待ってもらってる。俺のせいでこんな事になったから俺だけ探しに来た。あさみまで迷子になったらどうしようもないから』
『そっか。……帽子を見つけるまではどこ探してたの?』
『こっちとは逆の所。おかげで時間かかった。ごめん』
『そっか。ううんいいよ。……それより外、暗くなってきちゃったね』
『あぁ。こっぴどくおこられるな。これは』
心に余裕の出来た私と、時折崩れる体勢を整えながら歩く彼で会話をしながら、火照った彼の背中で暖を取りながら少しして。
『あやね、しんどう!!良かった、けがはない?』
『ごめんね、たすくん』
『ふー疲れた。帰ったらはるべのお父さんお母さんにあやまらなきゃな』
彼の言った通り、目を瞑っていたら直ぐに森から出ることが出来た。私達の姿を見たたすくんは直ぐに此方へ駆け寄り、息をついて安堵していた。心配させてしまい迷惑を掛けたと思った私は背負われたまま謝罪をして、次に運んでくれた彼の罪悪感に満ちた顔で放った言葉で私は固まった。
『ありがとうしんどう。俺も一緒にあやまるよ』
『いーや、これは俺のせいだから俺だけでいいの!あさみはドンとかまえていればいいんだ!』
『いやそれはムリだよ』
『……』
『あやね?どうしたの?』
『ん?どうしたはるべ』
周囲は暗くなって来る。どう足掻いてもこのまま帰れば皆、遅い時間まで遊んでいたという事で親に怒られる。
そして今回の件を正直に話した場合、彼は私の両親から私以上に怒られるだろうと簡単に想像出来た。
そして、不安になった私は……。
―――もしかしたら今日のことでしんどう君とは、はなればなれになるかもしれない。そしたら今までのものが、全部なくなってしまう。
そう思った私は胸がキュッと締め付けられ、おぶされた状態のまま回していた腕を少し曲げて彼の服をギュッと強く掴んだ。先程まで孤独を感じた身として離れたくない気持ちで一杯になった。
『……みつ』
『『え?みつ?』』
『今日の事はひみつだから!』
『『お、おう……』』
『今日は私の家でお泊り!!』
感情が昂り自分でも思った以上に声が出てしまい、真横で聞いた彼は仰け反り体勢が崩れ始めたが、私は離さないように更に強く、今度は足も使ってしがみつく。
『おぉぉぉ。み、耳が!キーンって……!』
『うわぁ……』
『返事は!!?』
『『はい!!』』
鬼気迫る私の声に、二人は首を縦に勢いよく振り返事する。
そして、暗くなった道のりを3人で帰り始める。様子のおかしくなった私を心配してか2人はしきりに話し掛けてきたけれど、私は先程と同じ様に彼の肩に顔を埋めて沈黙を通した。
『はるべさん。着替えを取りに行くのでそろそろおろしていいですか』
『……やだ』
『あさみー!助けて!げんかいだ!こしがしぬぅ!!?』
『俺が代わりに取りに行くよ』
結局、秘密は守り通したのだが帰りが遅くなった件で3人してその日は私の両親に、翌日には2人の両親から叱られた。
―――これが、今の私を形作り始めるきっかけになった懐かしき原点。
『親友として鼻が高いぜ。はっはっは!』
『幼馴染みってそういうもんだろ』
『お前達の幸せが、俺にとっての幸せだ。なんつって!』
―――そしてこの先、私はより彼の事が解らなくなっていく。
※思い付きと勢いで書いているため、今後話の内、矛盾点等を少し訂正する場合もありますが、流れは変えないようにします。
ブックマーク、評価、いいね、感想ありがとうございます。
心理描写難しい。話の内容が変に感じたらすいません。
あと、森には不用意に入らないように。マジで危険です。




