31話
午後に入り次第に日差しが強くなる中、とうとう待望の一年生対抗リレーの順番が来てしまった。練習の時の緩い感じとは違い、グラウンドに集まる一年生達は緊張が走っている。理由としてはやはり観に来てくれている親御さん、もしくは友達に良いところを見せたい、といった気持ちが強くなっているからだろうか。
そしてその例に埋もれず今回に限っては俺も緊張している。なにせ今、母さんが観に来ているからだ。今までなら仕事で忙しいと言って観に来ることが出来なかったくせに、今回に限っては半休を使ってまで来ている。面白いものが見れると稔さんに密告されたからか?帰ったら聞かねばなるまい。
「あ、靴紐結んどかなきゃな」
中学時代、ある種目で靴紐の緩みが原因で初っ端から転倒してしまい、結果ビリになってしまったことがある。同じ選手だった奴らからは笑われた程度で済んだが、あの時一瞬注目の的になってしまいとても恥ずかしかったものだ。同じ轍を踏むことはしない。
始まるまでの空き時間を使って靴紐を固く縛る。
「よし、これで転ぶことは無いだろ」
「一番目だけど準備は大丈夫そう?新藤君」
声を掛けられ振り向くと、俺の後ろで待機していた3走目の宮本君が膝に手を当て腰を屈めながら俺を見下ろしていた。
「オッケーだよ、宮本君。そっちは?」
「勿論!こんな場面で転んだりしたら恥ずかしいからねー!!」
「……ウン。ソウダネ、ハズカシイヨネ」
やはり衆目の中で転んでしまうことは宮本君にとっても恥ずかしいものらしい。悪気のない笑みが俺の心を抉る。
いや、こう考えるんだ。過去の事は水に流せばいいのだと。
「遠い目をして何処を見てるの?」
「いや何でもないよ。いつかの日の俺を封印しただけのことさ」
「暑さで頭やられた?大丈夫?」
ここ数日で仲良くなった宮本君も大分遠慮なくなってきたな。今のようにさり気なく毒を吐いてきやがる。少しムカッとしたから頬を抓っとこう。
「ヒロくーん。靴紐は大丈夫〜?開始直ぐに転けないようにね〜」
アンカー前の、29走目である朱音が後ろの方から手を振りながら声を掛けてきた。心配してくれるのはありがたいが何故このタイミングなのだろうか。周りもクスクス笑ってますがな。
封印した記憶が早速顔を覗かせたぞ。
「……フッ」
俺の先程の態度で何かしらの事情を把握したであろう宮本君は俺に頬を抓られながら鼻で笑ってきた。今度はイラッときたから強めに抓る。仲良き事は美しきかな、というやつだ。
そんなやり取りをしていると遠くの偶数組の準備も終わり、バトンを手に頬を抑える宮本君に頑張る、と一言告げて所定の位置に着く。
1走目のメンバーで白線の前に揃い、スタートの合図があるまで各自柔軟をする。無常にも俺以外の1走目の選手は皆男子、しかもスポーツ部組(蔵元談)。練習では皆本気ではないにしろビリを取る事が多かった俺だったが、今日は違う。
これから見られる光景がある事で心が昂ぶっているのだ。今にも口から鼓動の音が聞こえる程脈を打っている。決して緊張とかでは無いのだ。うん。
〈1走目準備は宜しいでしょうか〉
放送が鳴った事により、1走目皆で手を上げて準備完了を伝える。そして傍に居た合図係のよーい、の言葉で構えを取り耳を澄ませピストルの音と同時に前を取れるよう集中する。
パアンッと、静かになっていたグラウンドに開始の音が鳴り響いた。
集中していたおかげか、奇跡的に初動で運動部組を抜かし先頭を取る事が出来た。本気を出している影響か普段使わない筋肉が悲鳴を上げている感覚が全身を襲っているが、今は前に進むのみ。
―――この勝負、勝てる!!
☆☆☆☆☆☆
「すまーん!後宜しく!!」
「全く、情けないわね」
俺の気持ちも虚しく、後半でスピードを出してきた運動部組に最後尾へと降ろされたまま一人残っていた高垣へとバトン繋ぐ。やっぱ運動部には勝てないわ。
バトンを受け取った高垣もやはり練習以上に速く走っており、前を走る他クラスの女子との距離を徐々に縮めている。カッコイイっす高垣さん。
その光景を見届け自分のクラスの列、アンカーである佑の後ろへ移動する。
「お疲れ様、ヒロ。最初よく先頭取れたね」
「新藤って瞬発力だけはあるのな」
アンカーの佑と朱音にバトンを渡す為にここだけ女子と順番を入れ替わった新井が労いの言葉を口にしてくれたが、よくよく思い返せば俺の状況は恥ずかしいものだ。初めて見る観客からしたらあの子が一番速いのかな、と思わせた後にいや、ビリじゃんといった構図になる。うん、母さんにも見られた。帰ったら絶対おちょくられるやつだなぁ。
「気合だけじゃどうにもならなかったよ……」
「まぁまぁ、高垣が今一人越したからまだ何とかなるだろ」
「新井の言う通りだよ。俺も居るしね。ヒロの仇はうってあげる」
「いやいや俺死んでねぇよ」
むんっと力瘤を作る佑の様子に苦笑しながらツッコミを入れ、件の高垣を見る。既に次の走順である宮本君にバトンを渡しており、すぐ後ろには女子が二人居ることから上手く二人抜きしたのだろう。俺の立つ瀬がないですねこれは。
耳に掛かる髪を後ろにかきあげながら高垣が向こうの列の後ろに合流した途端、満面の笑みを浮かべてた朱音に何かしら話し掛けられている。周りの応援や歓声で聴こえないが恐らく褒めちぎっている事だろう。
それを尻目に今走っている3走目の宮本君を見てみる。すると、怒涛の勢いで他の選手を抜き始めあっという間に2位に上り詰めていた。
「え、宮本君の本気めっちゃ速いじゃん。顔に似合わず」
「あぁ、やはり身体能力は俺と同レベルだな。顔に似合わず」
「可愛い顔してるよね宮本は」
ある意味驚愕している俺、新井とは違い、言葉をそのままの意味で受け取ってる佑を取り敢えずは放っといて、宮本君の勇姿を見続ける。そのまま次の女子へとバトンを繋いで宮本君は勢い良く俺達の元に走ってきた。
「どうだった!?僕速かったでしょ!皆を驚かせたくて隠してたんだよ!」
まるで褒めて褒めてと言わんばかりに期待を込めた視線を送ってくる宮本君。あれだ、近所の家が飼ってる犬が散歩中にばったり会った俺に飛びかかってきた時の表情とそっくりだ。
無様な姿を見せた俺が宮本君に出来る事は唯一つのみ。
「あぁ、思わず顎が外れそうな程ビックリしたよ……これからは宮本さんと呼ぶよ」
「さん!?何で君からランクダウンしたの新藤君!!」
「いや、尊敬を込めてという意味でだな」
「なら尚更呼び捨てで呼んでよ!尊敬してるんでしょ!」
さん呼びに不服な宮本さんは俺の服を掴んで物凄い勢いで揺らしてきた。
ちょっとこのやり取りが楽しいな、と思い始めている俺がいるが一先ずは君呼びに戻しておこう。
「あまり宮本さんをからかうなよ新藤。もしかしたら泣くかもしれないぞ」
「そうだよヒロ。宮本さん物凄く必死になってるよ」
「二人も何でさん付け!?なんかさんだと女子みたいで嫌なんだよ!?はっ、皆してからかってるんだね?」
成程、中性的な顔立ちの宮本君はもっと男らしくなりたいが故に俺に呼び捨てで懇願してきたといった事なのだろうな。身体を鍛えてるのもそれが理由なのだろうか。いつか理由を聞いてみよう。
まぁ、今はリレー中だし応援しなければな。
「はいはい、静かに静かに。応援しようね」
「ふんっ。目に物見せるからね」
拗ねた宮本君を宥め皆で今の走者を見る。今は3位。それを確認して少しほっと安堵する。このまま上位で完走はつまらない。最後の最後で朱音と、佑による挽回劇が繰り広げられる展開になれば俺にとっては万々歳だ。
果たして、俺の想像した情景を見ることが出来るだろうか。横目で朱音を、次に佑を見てそう切実に祈る。
※思い付きと勢いで書いているため、今後話の内容、矛盾点等を少し訂正する場合もありますが、流れは変えないようにします。申し訳ありません。
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