23話
本日は空が曇天で覆い隠され、暫くすれば雨が降るだろう。
そんな天気とは関係無く休日の午後の時間を使って、体育館の中で数回目の応援団練習を行う。部活上がりの同級生や先輩達、部活に入ってない俺の様な人達も開始時間前に全員揃い、早速発声練習から始まった。
湿気が多く、風通しを良くする為に体育館の各窓を開放して入るが、練習も合わさって汗が滝の様に流れていく。
そんな環境の中、声援が一番出ているのは予想通り三年生である猪田先輩だ。彼から並々ならぬ熱気を感じるのは、高校最後の体育祭に思い出に残るものにしたいと願っているからなのだろうか。
「フレー!フレー!!白組」
「「「フレ!フレ!!白組!!」」」
団長の掛け声に応じて他全員で腹の底から声を張り上げる。場所が体育館の中なので声が反響し大きく聞こえるのだが、本番はグラウンドで行うため今以上の発声が必要になる筈だ。そしてやはり、今の大きさでは納得いかなかったのか『もう一度だ』、と団長は団員に言い渡し反復練習を行うことになった。
ちらりと隣に居る朱音を見れば、予想以上に真面目な顔をしていた。普段が人懐っこく、周りの雰囲気を和やかにする様子とはかけ離れ、熱心に取り組んでいる事が伺える。
久しぶりに見る顔だな、と思いながら俺も声が出せるように腹に力を込めた。
☆☆☆☆☆☆
俺が危惧していた女装姿での応援合戦、勿論団長以外の男子はそれを実行する事になっている。まぁ合戦内容を団長から聞かされた時は少し安心?した所があったのが救いか。取り敢えずは学ランを準備している訳でも無いので着た前提で練習を行う。他は太鼓の音頭に合わせ、漢らしい演舞を繰り広げる。帰宅部である俺は情けないことに途中から息が切れ始め動きが緩慢になっていた。
これは体力づくりの為に出来る時間に走り込みをしなければ。
一方、女子の方は男子より動きは激しくないが、やはり朱音を含め多数の女子は息を切らしながら体を動かしている。
体育祭までまだ時間はあるが、これが完成した際は見た者は色んな意味で度肝を抜くことになるだろう。これが団長の策略か……、恐れ入ります。
練習内容は初っ端から体力に来るものがあるが、本番が楽しみになってきた。
☆☆☆☆☆☆
「本日は終了!!皆良く頑張った!本番までまだまだだが、これからも皆一丸となって頑張ろう!解散!」
「「「押忍!!」」」
時間も経ち、本日の練習が終了し解散の命を出す団長と自然と声を合わせ力強い返事を返す団員。短い間にここまでに結束力が高まるとは。良きこと良きこと。
ぞろぞろと綺麗な整列が崩れ、一年組で窓を締めに回る。そして帰るために先輩の誰かが玄関口の扉を開けた瞬間、俺達を帰らせまいとするかのように土砂降りが振り始めた。
事前に天気予報で雨が降ることは知っていたが、予想以上の豪雨である。果たして傘は雨の激しさに耐えきれるだろうか。
「すっごい雨降ってきたね〜」
「佑は無事帰ったんだろうか」
「たすくんは部活昼で終わりだしとっくに帰ってるはずだよ」
確かに、よくよく考えれば朱音の言う通りである。携帯の方を見ると佑から俺と朱音で三人のグループトークに『頑張れ。帰るね』と一言書いてあった。こういう時に短い言葉のみを書くのは、実に佑らしい。
「んじゃ、先輩達も皆帰っていったし俺らも帰ろうか」
「お〜帰ろう〜」
ンフフー、と鼻歌を歌いながら鞄を取って傘立てから自分の傘を取る朱音を見て、俺も鞄の中から折り畳み傘を取り出す。持ってくれよ俺の相棒!
「ダーッシュ!」
「あ、おい待て朱音!濡れるぞ!」
「こんだけ降ってたらどの道びしょ濡れになるよー!!」
何が楽しいのか、傘をさした途端笑顔で雨の中を突っ走り始めた朱音を俺も慌てて傘をさして追いかける。取手にも伝わる雨の振動から解るほど、直接肌で当たれば中々痛い思いをする降り方をしていた。
「はぁ、はぁ。お前元気有り過ぎだろう……」
「ふっふーん。花の女子高校生を舐めたらイケないよ〜」
「普通それは男子の方だと思うんだがなぁ」
少しして歩き始めた朱音に追いつき、文句を言ってみるが全く聞く耳を持たない。
「ねぇヒロくん」
「ん?何だ?」
お互い傘を指しながら帰路についている途中、ふと朱音から尋ねられた。何の事かと思い顔を向けるが、朱音は正面を向いており傘も深く下げているためどの様な表情をしているのかは分からなかった。
けれども、何処か真剣な雰囲気を感じてしまい思わず傘の取手を握り締めてしまった。
「ヒロくんは……、いや。やっぱ何でもなーい」
「……いやいや、何だよそれ。めっちゃ気になるじゃん」
「ひーみーつ!!」
そう言って、梯子を外される感覚を味わった俺の前に躍り出てくるりと傘を回しながら朱音自身も回りだす。これまた何が楽しいのか、笑顔を浮かべていた。
「可愛い顔をしても許さんぞ。さぁキリキリ吐けよ」
「いへへへっ!乙女の顔に何するの!」
「頬を軽く抓っただけ」
「十分酷いじゃん!?」
はぐらかされたと思って笑っている朱音の頬を空いてる手で軽く抓ってみた。もちもちの肌をしてるなと思いながら離すとオーバーリアクションを取る朱音。頬が朱くなっていたが思ったより強く抓り過ぎてしまったか?
―――はっ!しまった!俺としたことが!!
あれだけ意識していたサポート術を破って気軽に触れてしまった。無意識ながらそれを実行に移す前の感覚に戻ってしまい触れてしまっていたようだ。くっ反省しなければ!
「ん?どうしたのヒロくん。急に固まっちゃって」
「い、いや。何でもない。自分で自分を許せなくなっただけだ」
「この瞬間に一体何があったの!?」
呆然としていた俺の言葉に頬を擦っていた朱音は良いツッコミを返してきた。
そんなやり取りをしている最中、何か着信があったらしい朱音は携帯を取り出し周りを見始めた。すると『お〜い』と雨の中で途切れながら小さい声が聞こえた。誰だろうか、そう思って見てみると何やら見覚えのある人物が対向車線で停車している車の中でこちらへ声を掛けていた。
「お〜い。あやね〜!こっちこっちー!」
「あ、そっち停まってたんだ」
運転席の窓を開けて、手をメガホン代わりにして声を出していた朱音の母だった。この雨の状況を見て、朱音を迎えに来たのだろう。
「良かったじゃん。おばさん迎えに来て」
「うーん。何というタイミング」
「え?グッドタイミングじゃん。さぁ行った行った。このままだったら風邪引いちまうぞ」
何やら神妙な顔でうむむむと言い始めた朱音。いや朱音さんや。このまま一緒だったらもしかしたら水飛沫とか掛かってあられもない姿をするハメになるぞ。俺は紳士だから言わないけど。まぁ、その時は替えの上着を貸していますがね?
「よし、一緒に送ってもらおう!!」
「うぉ!?ちょっと待て朱音!俺めっちゃ濡れてるから!このまま帰るから!」
「ヒロくんに拒否権はありません!それにこのままだったら風邪引くよ!」
唐突に俺の腕を引きながら、丁度青信号だった歩道を渡って対向車線に停まっていた車の所へ引っ張られた。しかも俺が先程言ったことをそのまま言い返されたので何も言えなかった。
後部座席のドアを開け、俺は仕方無く傘を畳んだ瞬間押し込まれる形で車の中へ、そして隣に朱音が乗り込んできた。
「お母さんよろしくー!」
「は〜い。二名様ご案内しまーす。ヒロ君はお久しぶりだね」
「……お久しぶりです。そんでよろしくお願いします、おばさっ……ママさん」
「えぇおまかせを〜」
俺の呼び方にミラー越しにママさんが鋭い目を向けてきたことを察し急いで訂正する。
朱音のママさんは歳の割に充分若く見えるのだが、やはり女性は何時まで経っても若くありたい、という事だろう。
鳥肌の立った腕を擦りながら俺はそう改めて思った。てか座席めっちゃ濡れるじゃん、と思ったが事前にタオルが敷いており、準備が出来ていることに流石ママさん、と感謝した。
※思い付きと勢いで書いているため、今後話の内容、矛盾点等を少し訂正する場合もありますが、流れは変えないようにします。申し訳ありません。
ブックマーク、いいね、感想、誤字報告ありがとうございます。
まぁラブコメ書いてるつもりですのでね。




