年上の美人を泣かせてしまった
詰め所に置き去りにさらたオレが椅子を並べて寝ながら待つこと3時間。途中ギルドで証言をとった衛兵のお兄さんが帰ってきた以外、何事もなく惰眠を貪った。
もう夜の7時だ。衛兵は夜勤と交代の時間だろうし、腹も減ったし……やはりカツ丼でも頼むか!
と起き上がったところに、なんとマリーが帰ってきた。加護で馬を強化して早駆けしたらしくボロボロになってるけど。
しかし半分の時間で往復できるってのはすげえ! 剣神サンジョルジュの加護って格好いいな!
「……証言がとれた。神託の記憶は消えていたが、きさ……いや、あなたのことは覚えているそうだ」
「そうだろうとも。それでどうだったのかね、マリー君?」
「確かに奇行……いや、外壁を駆け上がっていったし、記憶の空白があるから神託が降りたのも間違いないと。他に誰もおらず、すぐに出てきて食事をとって帰ったという証言も一致した……」
「そうだろうとも。奇行は余計なお世話だよ、マリー君」
「この度は罪なき国民を長時間拘束してしまい……申し訳……ない……ご協力に感謝する」
「そうだろうとも。それでどうするのかね、マリー君?」
「上司に報告し……厳正な罰を受ける所存……」
「わかってなぁぁいっ! 君はなにもわかってない! いいかね、君が上司や同僚からどんなエロいお仕置きを受けようと、オレは何一つ得しないのだよっ! そこのところをどう考えているのかね、マリー君!」
「んなっなにを言っているのだ、兵士にそんな……ハ、ハレンチな罰はないぞ!?」
「ほう、どんなハレンチな罰を想像したのかね? 言ってみたまえ、マリー君! なんだ、言えないようなすごいことを想像したのかね?」
「にゃ、にゃにおう!?」
噛んだ。
「大方憲兵隊でも勘違いで罪をでっち上げでもして左遷されたんだろう? どうなんだ、言ってみたまえ、マリー君!」
「ふぇ……」
ふえ?
「……うっ、ひぐっ……だってぇ、悪そうな顔してたんだもん……あいつ絶対悪いことしてるもん! ぐすっ……でも貴族だし証拠もないからって……うぅぇぇんんっ」
どどどうしよう。年上の美人を泣かせてしまった。
しかも夜勤への引き継ぎ時間なので、戸口に兵士たちが集まってオレを睨んでる。マリーは衛兵隊で愛されてるんだなぁ。
オレ生きてギルドに戻れたら、馬返却するんだぁ。
「ごめんなさいマリー隊長は何も悪くないであります!」
まだ死にたくないから態度を改めました。具体的には土下座で。
そそくさと自分の荷物をまとめると、今日のお宝の中から適当に一つ、マリーに押しつけた。泣く子には飴ちゃん(常識)。
「これからもビシバシ悪人どもを引っ捕らえてほしいであります! これほんの気持ちであります!」
「ぐすっ……鍵?……そんな……」
あ、セーフゾーンの鍵だった。なんの値打ちもないじゃん。
もうちょい、いいものを……。
「気持ちは嬉しいが、私たちにはまだ早いのではないだろうか……アパルトマンの鍵なんて」
うん、オレは遺跡に住んでるわけじゃないよ?
あと周りの兵士たちの殺気が一段増したね。オレ生きて帰れたら自腹でカツ丼食うんだぁ。
「おっと、間違えた。ほんとはこっち」
と、もじもじしているマリーに適当な宝石を渡そうとするが、
ひょい。
ん? 躱された。もう一回。
ひょいひょい。
んん? 野次馬たちも「んー?」と首を傾げている。
マリーは泣いたせいか赤い顔で、
「だがせっかくだから気持ちはもらっておこう……くすん」
ちょろいかよ! 兵士たちも歯を食いしばって泣いてないで、なんとかしろよ!
てか仕事しろ、衛兵。
「ま、まあ喜んでもらえたならいいか。じゃオレはこれで! 衛兵隊バンザイ! 神のご加護を!」
「た、正しき心に、剣を……」
え、行っちゃうの? と目で訴えるマリーを残して退散する。
挨拶にはやはり剣神の信徒らしい返答があった。
軍属は剣神サンジョルジュか軍神マルテル、または英雄神ダルクと選択肢が多い。しかし騎士や憲兵などは、公正・剣術・忠義に関する加護を持つ剣神と決まっている。
なんだろう、この開放感。
オレは今、自由を手に入れた――!




