異世界産聖女の悪気の有無
休日の朝、特に予定もないけれど着替えて外出しようかどうしようかと考えながらぼーっとしていた。
――ら、異世界に召喚されていた。
何を言っているのかわけがわからないが、実際そうなったのだから仕方がない。
聖女様。
そんな風に言われて、救いを求められた。
一般人にそんな御大層な、と思ったがどうやら聖女というのはこの国に溢れる瘴気とやらを浄化できる存在らしく、とりあえずいてくれれば徐々に浄化が進むのでこれといって危険な事をしなくても良いとの事。
イージーモードで助かった。
だって異世界系作品の中には、戦った事もない聖女に魔王討伐へ赴かせるようなのとかもあったからね。
ところでそんな異世界に召喚されてしまった聖女の名を、杉宮真理と言うのだが、こちらの世界では家名は後、名前が先、という日本式ではなく海外式だった。
なのでマリ・スギミヤと名乗ったのだが、どうにもこちらの国の人たちにはそれが発音しにくかったらしく。
聖女の名はマリス・イーミヤとなってしまったのである。
もうちょっと頑張ったらちゃんと発音できそうじゃね? と内心で思ったものの、まぁいっかと雑に聖女はぶん投げた。妙ちきりんなあだ名をつけられたわけでもない。仮にこちらの世界では偉大な名ですと言われても自分が許容できないような言葉だった、なんて事もない。
召喚された時にこの世界の言葉も文字もわかる仕様だったのも、マリにとっては助かるものだった。
浄化装置として滞在するだけ。危険な事は何もない。
つまりそれは、暇を持て余す事になりかねない。
だからこそ、本を読んだり人と話をしたり、というのは欠かせない暇つぶしとなったのである。
元の世界では本なんて紙媒体じゃなくて電子でいいじゃん、とか人と話すのとか面倒、なんて思っていたのが嘘みたいだった。だがこちらの世界には電子書籍もなければ人と関わらなければ情報もロクに入ってこないのだから仕方がない。大半は聖女に対して好意的だったのもあって、人と関わるのも苦じゃなかったというのも大きい。
だが、全員が全員仲良くできそうか、となると話は別だった。
マリの事を良く思わない者も中にはいたのである。
瘴気を浄化する聖女を良く思わないなんて、魔王の手下か何かか? と思わないでもなかったが、別にそんな事はない。
マリの事を良く思っていない一部というのは、マリと近しい年齢の娘たちだ。
彼女は生まれながらに貴族令嬢として蝶よ花よと大切に育てられ、気位が高く己に絶対の自信を持つような、そんな者たちであった。
聖女が注目されているから、という理由で彼女らもマリを嫌っているわけではない。
あわよくばこのまま聖女にはこの世界に滞在してくれないかなー、なんて思惑で、いくつかの家の令息たちがマリを懐柔しようとしているのが気に食わないのだ。
マリも薄々そういったものを感じ取ってはいた。
あ、確かに私がここに残ったら、この先も私が生きてる間は瘴気に関しては考えなくてもいい問題になるものね……と。
マリに子供ができたとして、その子にも浄化能力があるかはわからないが、あったらラッキー、そんな思惑もあるのではなかろうか。
それくらいは、マリにだって簡単に想像ができた。
マリの容姿はこの国の娘たちと比べれば控えめかもしれない。髪の毛と目の色という意味では。
けれども別に不細工というわけでもないので、着飾れば周囲の令嬢たちと毛色の違う魅力を発揮できていた。
マリを保護していたのはこの国の王家だが、王子様が言い寄ってきた事は一度もない。
何故なら王子様には既に美しい婚約者がいたので。
マリを留め置こうとして動いているのは、身分様々な貴族家の令息たちである。
仮に聖女がこの世界に残って、子供が産まれたとして。
その子にも浄化の力があったなら、その子を王家に嫁入りなり婿入りなりできるのではないか。
捕らぬ狸の皮算用でしかないが、そんな妄想もあるのだろう。
王家としても王子の婚約を解消してまで聖女を留めるつもりはないが、次の世代の婚姻ならば考えようもある、と思っているのか、王家は特にマリに言い寄る事を咎めたりはしていなかった。
勿論、マリが嫌がるようならやんわりと助けにはいりはしたが、言い寄るのを禁止まではしなかったのである。
日本でのびのびだらだら過ごしてきたマリにとって、お城での礼儀作法というのは慣れないものだった。
海外のテーブルマナーだとか、ちらっと知識の片隅にありはしたけれどいざ実践しろとなると、中々に難しいのだ。
まぁ、中世ヨーロッパの衛生観念? 何それ美味しいの? みたいなレベルのものじゃないだけマシだったが、ナイフとフォークでの食事は慣れるまで少しばかりの時間がかかった。箸がないのが悔やまれた。
王子様とその婚約者がマリに親切に教えてくれたのもあって、マリはすっかり二人と仲良くなったのは良い事であったのかもしれない。まぁ向こうは打算もあったとわかってはいるけれど。
それでもマリは別に王子様を婚約者から奪ってやろうなんて考えもしなかったし、であればマリという存在は王子と婚約者にとっては自分たちにとって害のないものである。
多少の不作法が目についても、それをどうにか正そうとして努力している様は好ましいし、二人はマリの事を聖女であり、同時に愛玩動物のような認識でもって接していた。
後ろ盾が王家と王子の婚約者の家というのもあって、マリを良く思っていない令嬢たちも堂々と嫌がらせはできなかったが、それでもマリに嫌だなぁ、と思わせるような事はしていた。
そんなところでチキンレースを開催しなくても……とマリは思ったが、王子の婚約者――エリズィッタのお友達候補としてむしろこっちが見極めてやんよ、という気概でマリは彼女たちと接していたのである。
生まれた時から高貴な存在で、教育もしっかりと行われ、淑女の鑑と言われるエリズィッタ――マリにとってはとても言いにくいのでエリィと呼ばせてもらっている――が令嬢たちにしてやられるとは思わないが、猫をかぶって親友の振りをして擦り寄ってくる可能性はゼロではない。誰にだって裏の顔は存在するとマリだってわかってはいるが、むしろマリを侮るようならその裏の顔を遠慮なくエリィに暴露しちゃろ、くらいの気持ちで――要は、スパイごっこを楽しんでいたのである。
マリをこの世界に留めようとしてあの手この手で言い寄ってくる令息たちの情報も王子様やエリィからもらい、のらりくらりと躱していく。王子様とエリィはマリに残ってほしくはあるが、無理に残ってほしいとは思っていないようだった。それもあってマリはストレスでやさぐれるようなところまではいかなかったのである。
だが、それはそれとして喧嘩を売ってくる令嬢にムカつかないわけではない。
マリの生まれ育った場所とここのマナーは異なるものが多いので、慣れない生活でそれなりに苦労しているとわかった上で、マリの事が気に食わない令嬢たちはそんなマリの不作法を嘲るのだ。
親切にマナーを教えてあげる、なんて言って、その実そのマナーは決して正しいものではない。
最初はうっかり信じてしまったが、しかしそれはすぐ、エリィによって正された。
令嬢たちはマリとエリィが仲良しである、という事実を知らない。
普通に考えたらわかりそうなものなのにね、とマリは思うも、あえてそれを公言していないのは中途半端なところで改心したように手の平を返されても面倒だからだ。
マリを通してエリィに擦り寄ってこられても、エリィだって面倒だろうし。
マリの方からエリィとこの人なら絶対仲良くできそう、と思って仲介するならともかく、そうでもないのに取り持ってとか言われたら面倒極まりないではないか。
将来は王子様の妻になるエリィの友人には、同年代の令嬢がいないわけでもないがその数は限られている。誰彼構わず、とはいかないので、そちらとお近づきになれれば家に利があるかも、と思うのもマリとしてはわからなくもないけれども。
打算まみれすぎてそんなのに関わったら面倒事に巻き込まれるとわかりきっているので、マリとしてはエリィとお城で仲良くしているなんて一言たりとも漏らさなかった。言えば多分表向きの嫌味とかはおさまるとわかってはいるけれども。
親切な振りをして微妙に間違ったマナーを教えてくるような意地悪令嬢たちに関して、中途半端に引き返せる道をマリも与えてやる気はなかったのである。
言ってしまえば。
売られた喧嘩は買う、というやつだ。
エリィの派閥に属する令嬢たちにも一部、マリを良く思っていない者はいたけれど、それだってマリに言い寄ってくる令息に想いを寄せていて、もしマリがそんな彼を選んだら……と思ったが故の事だ。
それは意地悪令嬢たちと同じであるけれど、しかしエリィの派閥に属している令嬢たちはわざわざ意地悪をするような事はしてこなかった。
お茶会に呼び出して、それとなく彼の事はどう思っていらっしゃるの……? と窺うだけで、彼に近づかないでだとか、聖女って言っても平民のくせに、だとか、そんな言いがかりをつけてはこなかった。
自分の好きな人が別の女に言い寄ってるのを見れば、そりゃあいい気分はしない、とマリもそれに共感はできる。
令息たちも別にマリの事が心底好きというわけでもないのもマリはわかっている。
聖女を自分の家に迎え入れて、もしその子にも聖女と同じような力が備わっているのなら。
その子が王家に嫁ぐような事になれば王家と縁付く事もできる。そんな考えから、令息たちも親に言われて家の利を考えた上で行動に出ているに過ぎないのだ。
無理矢理マリを従えよう、とするようなところはないので、距離の詰め方もおかしなものでもない。
勿論最初の頃にちょっとだけ強引に事を運ぼうとした家もあったけれど、それは王家によって釘を刺されたので今同じような事をする家はないというだけだが、つまりはそのせいで余計に令嬢たちからすれば誰がマリと結ばれてもおかしくないように思えてしまったのだろう。
なのでそういった、自分に嫌がらせをしてこない令嬢たちに関しては、意中の令息の情報をそれとなくもらって王子様にそれとなくあの家とこの家とで結ばれた方が将来的にもいい感じですよねぇ? と聖女の力を持って子供が産まれてくる確証も無い以上は、夢を見すぎるのもさぁ、ねぇ? みたいな感じで話を振って、令息の家の当主に王家から聖女狙いじゃなくてもそっちの家の令嬢と婚約した方が長い目で見ていいと思うよ、というような話をしてもらって、取り持てそうなところは取り持ってもらった。
結果として上手くいった者たちはマリに対して友好的な感情を持つようになった。
けれどもマリに対して良く思っていない令嬢たちからすれば、一部の言い寄っていた令息たちをそちらに押し付けたのではないか、と穿った見方をした様子だった。
言い寄っていた令息の数名がいなくなったとはいえ、意地悪令嬢たちが想いを寄せている相手はそこに含まれてはいない。なので邪魔者を排除した上で、自分たちのお目当てを狙っていると勘違いしたようでもあった。
聖女ってだけで何の権力も持っていないあの女、思い知らせてやるわ……!
とばかりに意地悪令嬢たちはせっせとマリをお茶会に招待しては、そのたび嫌味や皮肉を織り交ぜてマリの心をへし折ろうと躍起になっていたけれど。
「――なんていうか、嫌なら関わらなきゃいいのになんで関わってくるんですかね?」
「そうしないと自分を保てないからでしょう」
お城で今日も今日とてマナーの勉強を終えて、マリはエリィと王子様と三人でお茶会をしている中で、意地悪令嬢たちの事を話題にした。それに対してエリィの返答はとてもさらっとしている。
令息たちだって自分たちの意思で言い寄ってるわけじゃないんだから、マリが靡いて結果としてお目当ての令息がとられる、なんて不安に陥っているわけでもなさそうなのに、毎度のように茶会の招待状を出してくるの、ホントなんなんだろう。靡くと思われてるからだろうか?
そこら辺マリも一応意地悪令嬢たちに質問したけれど、彼が貴方の事を本気で好きなわけないでしょう、とわかりきった事しか言われなかった。
じゃあ自分がその彼に恋におちるとでも本気で思っているのだろうか?
もしそうだったら今頃とっととくっついてるわ。
そんな正論砲が通じない相手なのは既にわかりきっているので、火に油を自分から注ぐつもりはないので言ってはいないが。
エリィの方もマリの言う意地悪令嬢たちの事は自分と異なる派閥で、なんだったら自分が王子と婚約した時も何やら言っていた相手だったので擁護をしようとは思っていない。
エリィとその意地悪令嬢たちのリーダーとの家柄もそこまで違わないから余計に気に食わないのだろう。
だからといって、王家で保護している聖女相手に色々と言えば、それがこちらに伝わるとわかっていない時点で、何故今まで自分が選ばれる事がなかったかなんて明白なのに。それすら気付いていない時点でお察しである。
「一日の時間なんて延長されるわけじゃないんだから、もっと有意義な事に時間を使えばいいのにね。
なんかあれだな、道端に落ちてる犬のう●こみつけて喜んで触りにいくガキンチョみたいなメンタルですよね」
ぶっ、という音がすぐ近くて聞こえたので何事かと思ってみれば、王子が盛大に茶を吹き出していた。
「す、すまない」
「いえ、すいませんこっちもう●ことか突然言っちゃって。言うべきじゃなかったですよね。でもそう思っちゃったんですものどうしたって」
マリからすれば、嫌な人と率先して関わりにいくというのがまず理解できない。
それがお仕事でどうしても付き合わなきゃいけないだとか、学校で嫌でも顔を合わせるだとかの、避けられない状況なら我慢しないといけないと思いもするが、あの意地悪令嬢たちは嬉々として自分が嫌っているマリへお茶会の招待状を送り、マリを呼び寄せているのだ。
その上で自分が優位に立ちたいからか、色んなマウントをとってきたりもしたけれど、マリからすればそんなものはどうでもいいの一言に尽きる。
だってマリは別にここに残るつもりはないのだ。
ある程度瘴気とやらの浄化が済んだらとっとと元の世界に帰るつもりでいる。帰る事ができるのだから、であれば帰るのが筋であろう。勿論残ってはいけない、というわけでもないので、残りたければ残るけれど、マリの中では帰る方に天秤が傾いている。
自分は役目が終われば帰るつもりですよ、というのは別に隠しているわけでもない。
だから、どうにかして留めようと令息たちが言い寄る状況が生まれているが、帰るって言ってるんだから放っておけばマリはいずれ帰るのだから、意地悪令嬢たちもそれまでの間に目当ての令息と恋の発展を望まずとも、友人として近しい立場にいてマリが帰った後で落とせばいいだろうに……とマリは思うわけで。
そもそもの話、マリとて別に意地悪令嬢のお茶会に招待されたからとて、必ずしも行かなければならないというわけではないのだ。けれどもまぁ、暇であるのは確かだし、断り続けたらそれはそれで聖女様と仲良くしたい気持ちが踏みにじられただのなんだのと被害者ぶって周囲を味方につける可能性もあるし、そうなれば最終的に後ろ盾になってる王家に面倒が降りかからないとも限らないし……とか、要するにしがらみ的な物を考えた結果である。
直接的な暴力を振るわれただとか、お茶やお菓子に毒を混ぜられたなんて事にでもなれば話はもっと手っ取り早く解決できるかもしれないが、そもそも聖女を害した時点でどうなるかくらいはわかっているようなので、向こうもそこまで大それた事はやってこない。
せっせとちまちまみみっちぃ嫌味や嫌がらせ程度で留飲を下げようと必死なのだ。
相手のそんな嫌がらせの中に、確固たる信念だとかそんなものが感じ取れたならマリもそれなりに相手と向き合おうくらいに思ってはいたけれど。
好きな男の子がマリに言い寄っててムカつきますわー! とかそんな理由でしかないので。
メンタル幼稚園児かよ……としかマリは思っていないのだ。
そしてそれが、ふと道端に落ちてる犬のう●こをきったねーとか言いながらキャッキャしてるジャリボーイを連想させてしまっただけ。
身も蓋もなく言えば、それでしかなかった。
向こうは何とかしてマリをやり込めてやろうと思っているのかもしれない。だが――
「争いって、同じレベルの相手同士じゃないと発生しないって私の国では言われてるんですよ」
ネットでなんかカンガルーっぽいアスキーアートとセットで。とまでは言わない。
向こうはマリの事をどうにかして見下そうと必死だが、マリからすればこっちの生活水準は自分のところよりも少し下で、思い切り見下した言い方をすれば未開の地の原住人と見れなくもない。テーブルマナーとか確かにちゃんとしたものもあるけれど、意地悪令嬢たちのメンタルだけを見れば原住民でいいやもう、といったところか。
「でも生憎私、道端に落ちてる犬のう●こに嬉々として触りに行く事はしないので」
「ちょっ、もうやめてくれないかマリス……笑いすぎてお腹が痛くなってきた……」
ヒィ、と小さな悲鳴みたいな声が王子の口から出ている。
むしろ笑いすぎて酸素不足に陥って、挙句その目からは涙も零れていて傍から見れば一体どういう状況? と首を傾げられそうな事態ができあがっていた。
エリィは犬のう●こという単語に若干眉間に皺を寄せていたけれど、それだけ――いや、こちらはこちらで笑いを必死に堪えている。
普段は優雅に一切の乱れなく手にしているであろうティーカップが、よく見れば小刻みに震えていた。
犬のう●こネタが刺さるのはやはり女子ではなく男子かー……と果てしなくどうでもいい事を考えながら、マリは「でも、やってる事って大体それじゃないですか」とだけ言っておいた。
そんな日々を過ごした後、マリは瘴気も大分薄れたという報告を受けたので、サクッと元の世界に帰っていった。
王子にとっては面白い生き物。エリィにとっても面白可愛い友人がいなくなったことで少しばかり寂しくはあったが、帰るという本人の意思を無視して留めるつもりもなかったので、最後は笑顔でお別れをした。
した、上で。
邪魔者がいなくなったとばかりにイキイキしだした件の意地悪令嬢たちの噂を二人は流したのである。
聖女が以前言っていたけれど、と前置いて。
意地悪令嬢たちは犬のう●こを嬉々として触りにいくタイプらしいよ、と。
不名誉と言えば不名誉なのだが、今から否定しようにも聖女から聞いた話として今まで聖女に意地悪をしていた事実は消しようがない。誤解だとか行き違いだとかで済ませようとしても、本人が既に元の世界に帰っているので和解のしようもないとなれば。
既に打つ手はなかったのである。
何せその噂を流しているのは王子であり、その婚約者でもあるエリズィッタだ。
王族と準王族。
そんな二人がわざわざ他家の名誉を貶める理由は特にない。エリズィッタの家と派閥的に対立している家も確かにあるが、家の名を貶めるにしてもあまりにも低レベルな話題すぎて、陥れようとしているなんて言う方が常識を疑われかねない。
実際に意地悪をしていた令嬢たちがせっせと聖女をお茶会に誘っていた事は多くの者が知っている。そのお茶会の内容を詳しく知る者は限られているけれど、何も知らない者たちからすればそれだけ聖女と親しくなろうとしていたのだろうな、と思われていたのだが。
聖女が保護を受けていたお城へ戻ってからその内容を事細かに王子やエリズィッタに話していたなんて、意地悪令嬢たちは思いもしなかったのである。
そんな自分の惨めさをあからさまに言うような真似をする、なんて令嬢たちからすると思いもよらなかったので。
招待して毎回聖女の礼儀作法の拙さをちくちく突いていたけれど、それでもへこたれた様子がなかったので平民メンタルは図太いわね……と内心苛立って口調のキツさがエスカレートしていた自覚も令嬢たちにはあったのだけれど。
まさか弱みになるであろう事を他者に漏らすなんて。令嬢たちにとっては考えてもいない展開だった。
そして遅れて聖女の後ろ盾の事を思い出したのだ。
不出来な部分を教えてさしあげていたのです、と言い繕おうにも聖女はその教わったマナーに関しても王子やエリズィッタに話していた。そしてそれが微妙に間違っていると二人は指摘していたのだ。
これで教えて差し上げたのです、は通用しない。わざと間違ったものを教えましたと思われても仕方がないし、そうでなければ彼女たちもマトモにマナーを理解していないという事になってしまう。
嫌いな相手にわざわざ関わるなんて暇人だとか、わざわざちょっかいかけにいくのが道端に落ちてる犬のう●こに騒ぐ子供みたいだとか。
聖女がそういう風に言っていた、という話は意地悪令嬢たちが手を打つこともできないうちにあっという間に社交界に広まった。
よりにもよって聖女にそんな嫌がらせのような事をしていた……というので彼女たちの評判は下がったし、そうでなくとも犬のう●このインパクトが凄すぎて彼女たちを見るたびその単語が頭の中に浮かぶせいで、彼女たちをマトモに見れなくなった者たちが増えた。
意地悪令嬢たちが想いを寄せていた令息たちはといえば、聖女がいなくなった事で令嬢たちがアピールする事もできるようになったはずだが、しかし犬のう●このせいで令息たちに「あぁ、貴方が、あの」と言われてしまったせいで結局マトモにアピールもできなくなってしまった。
そうでなくとも、王子とエリズィッタの評判がとても低くなっている令嬢たちと婚約を結んで結婚したとして。
次代の王家からの覚えが良くはならないとわかっているのだ。
結局彼女たちは誰も想いを寄せていた相手と結ばれる事はなかったのである。
女当主として家を継がせるには評判が最低値だし、嫁がせるにしても貰い手がいない。
結局意地悪をしていた令嬢たちは国内での結婚は絶望的になり、ある者は修道院へ送られ、ある者は他国に売られるように嫁がされる形となった。
その嫁ぎ先も、あまり条件のいいところではないために、彼女たちの未来はどう考えても明るさからは程遠くなってしまった。
「……そういえば、こっちだと確かマリスって悪意って意味があったような気がするけど……あっちの世界って名は体を表すとかそういうのあったのかなぁ……」
元の世界に戻ってきたマリがふと向こうの世界を思い出して呟いた言葉は。
自分以外誰もいないリビングに吸い込まれ消えていったのであった。
脳内BGM モーツァルト 俺の尻をなめろ
次回短編予告
男は親に決められた結婚に憤っていた。何故なら自分には他に愛する人がいたから。
だからこそ妻になった女に言ってやるつもりだったのだ。君を愛する事はない、と。
そうして白い結婚を貫いて、いずれ離縁してやろうと。
ところがそんな男の思惑は最初から外れていて……!?
次回 最初から最後まで白い結婚でしてよ
安定のテンプレものです。そして毎度のことながら恋愛要素はゼロです。




