旅立ち
ヴィルの厚意により乗船の許可を得て、船から街に別れを告げる。
「船が出るぞぉ」
乗組員の合図でゆっくり船が動き出す。
「ロッティ、あっち」
「ん? あっ……綺麗」
ヴィルの指し示す方向には大きな虹が掛かっていた。
「虹なんて幸先がいいな」
虹なんて見たのはいつぶりだろうか。
「気候は暖かくても船の上は肌寒いだろう? あまり長居はせず船内に入った方が良い」
私なんかを誰かが心配して探しに来るなんてこと、期待していない。
いつまでも埠頭を眺めているのも未練がましい。
「……はい、そうします」
先にヴィルが船内に戻り、私もザッカリーニ王国に決別し船内へ。
「出発前は忙しくて悪かったな。紹介する。こっちがエディ。ここで一番の若手」
「エディです」
若手というエディは十代後半という見た目。
クルクルしている髪の毛が印象的。
「こっちがターナム。船内の事は一番よく知っている」
「ターナムです」
彼は、二メートル近い高身長でがっちりとした体格。
まさに船乗りという感じ。
「んで、こっちがコンフィ」
「コンフィです」
彼はこの船の総責任者であるヴィルの右腕のような存在。
「私はカ……ロッティです。お世話になります、よろしくお願いいたします」
「ロッティかぁ……よろしくなっ」
「よろしくお願いいたします」
三人との挨拶を終え、全員で食堂に向かう。
船内では交代で食事を取るので、満席ではないが混雑している。
「食事だが、腕のいい料理人を雇っているから味は保証する」
食堂に足を踏み入れた瞬間から、香りが空腹を誘う。
一列に並び、トレイを手にしたヴィルの後を追う。
「……ん? どうした?」
皆で同じものを頂くのだが、基本量が男性基準。
少なく盛られたようだが、普段食べている量より断然多い。
「……多いですね」
「え? それ、かなり少ないよ」
私に配膳された量を覗き込みエディが告げる。
エディだけでなく彼等に配膳された量は私の倍はある。
「ロッティは見た目通り、小食だな。分かった」
ヴィルが船員に伝え量を減らしてくれた。
「このくらいで平気か?」
「はい、ありがとうございます」
『はい』と言ったが、本当は普段食べている量より多い。
手間をかけて減らしてもらったので、この量だけは必ず食べきらないと。
全員席に着き、食事を始める。
「んんっ、美味しい」
初めて食べる料理で不安はあったが、予想以上に美味しい。
「だろ? 食事だけは妥協したくなくて料理人には拘ったからな」
私の反応の確認を終えると、彼等も食事を始める。
会話しながらの食事であるのに、彼らの料理は気持ちいいくらいテンポよく消えていく。
少量の私の方が先に食べ終わってもいいはずなのに、まだまだ残っている。
「それじゃ、俺達は交代してくるか」
エディとターナムが先を立つ。
「行ってらっしゃい」
「おぉ。ロッティはゆっくり」
食堂にはヴィルとコンフィと私が残った。
「ロッティはこれからどうする?」
「どう……する?」
あの場所から逃げ出したいという思いで、勢いで来てしまったが目的もない私はこの先どうすればいいのか分からない。
どうしよう……
「俺達はこの後、ルーメルティーニア国に向かう予定だ」
「ルーメルティーニア国……ですか?」
聞いたことはある。
当然だが訪れたことは無いので、前回聖女として教会で教えられた知識のみ。
その中で覚えているのは、ルーメルティーニア国は戦闘を好む国で国民の気性が荒い。
些細なことでもいいので、他国との戦争の火だねを求めているとか……
「あぁ。知り合いに会いに行く」
「そう……なんですね……」
私は……どうしよう……
「決まっていないなら、一緒に来るか?」
「私もご一緒してよろしいのですか?」
「あぁ、問題ない」
「……行って……みたいです……」
戦闘を好み、気性が荒い国民性。
怖いという思いはある。
それでも、新しいものを見てみたいという好奇心。
長年一緒にいた家族より、会って数日だがヴィルの方が信頼できる。
ヴィルと一緒なら……というよくわからない自信もあった。
「そうか。到着まで数日は掛かる。それまではゆっくりするといい」
「はい、ありがとうございます」
無計画だった私の行き先が決まった。




