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聖女から逃げても、王子の婚約者という立場から逃げられない。
このまま……バルコニーから飛び降りたら……
「おっとこれは失礼、先客がいたとは」
「いえ……」
現れたのは初めて見る人。
私がここから飛び降りようとしていたとは悟られないだろう。
「自由になりたいのか? それとも、終わらせたいのか?」
「……両方」
「なら知らない国に行くのを勧める」
「知らない国……」
「国を離れたことはあるのか?」
「ありません」
「なら何もかも未知の世界だ」
「未知の世界……」
「悩んでいる暇はない」
「行ってみたい……かも」
「俺と一緒に来るか?」
「貴方と? 」
「そっ、俺と」
「私、貴方の名前も知らないのに?」
「そんなものは旅の途中で知ればいい。今は未知の世界に飛び出すかどうかだ」
「……っ……」
行きたい、怖い、この国から離れたい。
なら旅に出る? 出てどうなる? 目の前の男は? 信じていいの?
行きたい気持ちをかき消すように悪い言葉ばかりが頭に浮かぶ。
「すぐに返事ができないようなら……十日後、船で出発する。正午まで待つ。目印は……緑の旗を結んでおくよ」
名前も知らない男は去って行った。
彼は犯罪者ではないだろう。
王族のパーティーに招待されるくらいだから。
だからと言って、犯罪に関わっていないとも限らない……
「カルロッタ公爵令嬢、こちらにいらしたんですね」
訪れたのはミシェルだった。
「ミシェル・スカルキー令嬢。少し気分転換をしたくて、外の空気に触れておりました」
「そうですか。私、令嬢とお話したいと思いまして。よろしいかしら?」
「……えぇ、構いませんわ」
「本日は王子のファーストダンスをされるとは驚きでした」
「私もまさかお誘いを受けるとは思いませんでした」
「お二人は以前から親しいのかしら?」
「いえ。ソレーヌに会いに来た時一緒にご挨拶しただけです」
「王子自ら公爵家に出向き挨拶ですか?」
「……ソレーヌに直接確認したい事があったそうです」
「それは聖女に関する事でしょうか?」
「王族の方の公表が無い限り私からお話するわけにはいきません」
「そうですか……令嬢から見て、ソレーヌ様には聖女様の能力をお持ちだと思いますか?」
「私にはお答えできませんが、信じておりますよ」
「それは家門から聖女誕生を願いたいだけではありませんか?」
「そのような事はありません。現にソレーヌは、ラウーレン地方の魔獣について祈り、王妃様と対面後には体調が回復されたと聞き、ミラルディー地方の失踪事件も解決したと報告がありました」
「……他の方が聖女である可能性は考えたことはありませんか?」
「……ミシェル様が聖女だと?」
「私でしたら、領地の日照りを解決しています」
「そうでしたわね……領地は今でも?」
「えぇ。今でも日照りは深刻です」
「もし我が家に出来ることがあれば、私から父に報告いたします。何かあれば仰ってください」
「ありがとうございます……本日のパーティーで王族から報告があると思ったのですが、思ったような公表はなく別の報告があるのかと思ったのですが……それも無いようだったので直接お伺いしました」
「私からはなんとも……」
「聖女や次期王妃と言うのは貴族にとってとても重要な案件ですよ」
「そうですわね」
「違うのなら違うと公表するべきよ。でないと皆勘違いしてしまうわ」
「私は聖女でも王子の婚約者でもないわ。王族や教会の判断は私には分かりません。私が言えるのはこれだけなんです」
「……そうですか。ではこれだけソレーヌ様に伝えてもらえます? 本物でないならフリをするのはおやめくださいと……」
「分かったわ」
逃げた先でも色んな人に掴まるので、パーティーに戻ることに。
「カルロッタ嬢、私とダンスを……」
「いや、私と……」
「カルロッタ嬢、お時間を頂けないでしょうか?」
令息達からダンスに誘われ逃げるも……
「カルロッタ様、少しお話しませんか?」
「カルロッタ様、王子とはどんな関係なんです?」
「カルロッタ様、今度私のお茶会に……」
令嬢達に捕まり尋問される。
彼らの行きつく質問は……
「やはりソレーヌ令嬢が聖女様なんでしょうか?」
「カルロッタ嬢がシュルベステル王子と婚約を?」
両方『違う』と否定したいが、私には答えられない質問。
誤魔化しても誤魔化しても逃がしてもらえない。
私はパーティーが嫌い。
輪の中心も……
彼らも……
『聖女様』と崇め、祈ってほしいと懇願。
私は彼らの願い通り祈った。
だけど、私の聖女が間違いだと分かると去って行った。
仕方がないことだと分かっていても、もう捨てられるのは……




