ディアナside①
学園が休みの今日。
わたしはブルーバーグ邸を訪れていた。
フローラに会いに来たわけではなく、約束の相手はシャロン様。
ちなみにフローラは王宮にいる。今頃はレイニーと仲良くやっている頃だと思うわ。
わたしが訪問することを彼女は知らない。内緒の密会だから。
日差しが降り注ぐサロンに案内されたわたしは、用意されたテーブルについてシャロン様の到着を待った。
開け放たれた窓からは乾いた清々しい風が通り抜けていく。心地よい風にうっとりとしてるとメイドとともにシャロン様が部屋へと入ってくる。
サイドテーブルに茶器などを並び終えたメイドは一礼すると退出していった。
「ディアナちゃん。いらっしゃい。待ってたわ」
「シャロン様、お久しぶりでございます。今日は時間を作っていただきありがとうございます」
「堅苦しい挨拶は抜きね。座ってちょうだい」
シャロン様は立ち上がって礼を取ろうとしたわたしを制すると椅子に座るように促した。
皿に盛ってあったドライフルーツをミニトングでティーカップに入れてシャロン様が手ずから紅茶を注いでいる。初めて見る光景に目を丸くしているうちに運ばれてきた紅茶。
「まずは、一口飲んでみてちょうだい」
甘酸っぱい香りと紅茶の瑞々しい香りが胸いっぱいに広がって、体の中に染み渡るよう。
ティーカップの中には数種類のドライフルー入っている。フルーティーな紅茶は飲んだことはあるけれど、果物が入っているものは初めて。
「この紅茶、見たこともない斬新なアイデアでビックリしましたが、とても美味しいですわ」
「ふふっ。これはフルーツティーと呼ばれるものよ。今日はアプリコット、イチジク、オレンジ、クランベリーにブルーベリーのドライフルーツをブレンドしてみたのよ」
わたしの驚く顔が予想通りだったのかシャロン様が、満足そうに目を細めて説明をしてくれる。
「紅茶にフルーツの味が染みて爽やかな味わいですわ。このフルーツは食べてもいいのかしら」
「もちろんよ。小さいものはスプーンですくって、大ぶりのフルーツは小皿に移して、切り分けて食べた方がいいわね」
干したフルーツが紅茶の水分を吸って、大きくなって瑞々しさを取り戻している。ブルーベリーを口の中に入れて味わう。紅茶と溶けあった果物もなかなかいけるわ。
「美味しい。フルーツだけでもお腹いっぱいになりそう」
「ちょっと、小腹がすいた時や休憩時に頂くのもよいかもしれないわね。今、アトリエの方でも流行っているのよ。その日の気分でブレンドするフルーツを決めたりして楽しんでいるわ」
「それにしても、このアイディアはどこから?」
ある程度、流行は把握していたつもりだけれど、これは初めてだった。
フルーツをドライにして混ぜ合わせたフルーティー紅茶は知っているけれど、ドライフルーツを丸々紅茶に入れたものは見たことなかったわ。
「これは、チェント男爵卿から教えてもらったのよ」
「チェント男爵……」
「ええ。チェント男爵が経営するチェスター貿易商会と取引をすることになったでしょ。そこの紹介よ。外国で流行っているお茶を教えてもらったのよ。作り方はいたって簡単で材料もすぐに揃えられるし、それに数種類のフルーツが一度に取れるし、高級なフルーツも取り入れれば、ちょっとした贅沢気分も味わえる優れた飲み物よね」
シャロン様は喜々とした表情で話を続ける。
「実はね、カフェのメニューに加えようと思ってるの。どうしたの? どこかおかしかったかしら?」
思わずふふっと笑いを漏らしたわたしに、首を傾げて問いかけるシャロン様に
「いいえ。随分と信頼していらっしゃるのだと思って」
事前に手紙で把握はしていたけれど、思っていたよりも好感触な様子に驚きつつも面白くなりそうな展開に、気持ちが高揚してしまったわ。
「初めての取引だったから多少は警戒はしていたけれど、何度か会ううちに人となりを知って主人共々、信用するに足る人物だと判断したの。外国を回っているだけあって、見聞も広くて参考になることばかりだったわ」
なんとも楽しそうなこと。シャロン様ってば、よっぽど気に入ったのね。
「チェント男爵家には、わだかまりはないのですね」
再度聞く。これは大事なこと。
「ええ。ないわね。感謝しかないわ。テンネル家の嫡男と縁が切れたのですもの」
こうして会うようになったのも、フローラから聞くエドガーの所業の悪さをシャロン様に手紙で伝えたのがきっかけ。シャロン様も最初は信じられないようだったけれど、独自で調べた証拠を見せると納得してくれた。それから、密かに手紙のやり取りや話し合いをして、どうすればよいか策を練るようになったのよね。
どう見ても幸せになる見込みのない結婚。
そんな不幸な立場にフローラを置きたくなかったから、なるべく穏便に解消できる方法を模索していた。フローラが不利な立場にならないように、瑕疵にならないように、慎重にね。
うまいこと、リリア嬢に引っかかってくれて、暴走してくれてよかったわ。こちらが手を下すことなく事を終えたことが何よりも幸いな事。僥倖と言ってもいいかもしれないわね。




