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王族の責任Ⅲ

 私、どこか、おかしいのでは?

 病気とかでは……ないと、思うのですが。

 今まで抱いたことのない不可解な気持ちは、なんと形容すればよいのでしょう?

 深く探るととんでもない結論に至るような気がして、開きかけた謎の扉の前で思考を躊躇していると


「もしかして、まだ足りなかった?」


「えっ?」


 不意に声をかけられた驚きで思考が停止した途端、扉が消えてしまいました。

 解明できなくてなんとなくホッとしたような、答えの見つからない問題を前にしてモヤモヤしているような、相容れない複雑な思いが残りました。

 

「まだ、寒い?」


 気づかわし気に様子を窺うように控え目な声が耳に届きます。

 レイ様をあまりにも見つめるものだから、不満があると勘違いなさったのかしら? 


「いいえ。大丈……」


 

 返事の途中で、膝裏を抱えられたと思ったらレイ様の膝の上にのせられてしまいました。


 素早い動きに抵抗する時間も与えられません。

 最近は要領を掴んだのか動作がスムーズであっという間なのですよね。いつも隙を狙っているような気さえしますが、それはさすがに、私の気のせいかもしれません。

 

 シトラスの爽やかな香りが鼻を掠めます。いつものレイ様の匂いに安心感を覚えて、気持ちが落ち着いてきました。


「十分に温かいのでお気を使われなくてもよろしいですよ。それにこの体勢だと花が見にくくなってしまいます。レイ様の花のかんばせはよく見えますけれど」


 ちょっと、冗談交じりに言ってみるとレイ様はビックリしたように目を見開いたあと、すぐに相好を崩しました。

 

「ハハハッ! 確かにそうだね。俺のところからもローラの顔がよく見える。どちらがきれいな花か迷うほどだよ」


 声を出して笑うレイ様につられて私も笑みが零れます。

 よかった。冗談が通じたみたい。レイ様の花のかんばせは事実ですけれど。


「俺はいつまでもローラを見ていたいけど、今朝の目的は花の観賞だからね。大人しくそれに専念することにしよう」


 茶目っ気たっぷりで片目を瞑って笑いかけて、私を膝の上から下ろしてくれました。

 きれいな花って……ちょっと、いえ、かなり、よいしょ気味な感じもしますが、冗談なのですから真に受けることもないでしょう。

 隣に座った私にショールを着せかけてくださいました。



 白々と夜が明けて、いよいよ朝日が昇り朝がやってきます。



 私たちは座ったベンチから池を眺めました。


 大きく丸みのある葉が青々と茂った中に、細長くのびた茎の上にはふっくらとしたまあるい蕾があちらこちらと顔をのぞかせています。

 スッと伸びた茎は凛として、キャンドルの灯りような丸みを帯びた花は可憐でどこか神秘的。

 蓮という名の水生植物だそう。主に東方で見られる花だとかで、これも桜同様ジュラン皇国から贈られたものだとレイ様が教えてくれました。


 淡いピンク色をした花びらが少しずつ少しずつ開いてゆきます。

 蕾が朝日に照らされて生気を浴びたかのようにゆっくりと膨らみ始め、花を咲かせました。


 その様子はまるで神聖な儀式を目の当たりにしているかのようで、瞬きをするのも忘れて見入っていました。しばらく花が咲く様子を一心に眺めていました。


「音は聞こえましたか?」


 花が咲く時にポンという音がするかもしれない。

 初めて蓮を見た時にレイ様からそんな話を聞いたので、今日は耳を澄まして集中してみたのですけれど。


「いや、聞こえなかったね。残念ながら……」


「やっぱり……」


 花が咲く音を聞く。実は今日の目的の一つでもあったのですが、終ぞ叶うことなく終わってしまったようです。がっくりと肩を落とす私。


「あれはお伽話のようなものだからなあ。たまたま、何かの音が重なって聞こえたのではないかと言われているから、信憑性のない話なんだよ」


「そうなんですか?」


「うん。ごめんね。ローラが楽しみにしているなんて思わなくて、文献に書いてあった逸話で、花が咲く音なんて普通はあり得ないことだとしても、夢のある話だと思ったんだ」


「そうですよね。常識で考えれば音が聞こえるなんて、信じる方がおかしいですものね」


 自分の思慮のなさに気づいて落ち込んでしまいました。


「そんなことはないよ。何事も絶対はないし、この世には人知で計れない不思議なことだっていっぱいあると思うよ。自分が言うのもなんだけど。今日は聞こえなかった、でいいんじゃないかな? お伽話だったとしても、ロマンは残しておきたいなあ」


 レイ様が慰めてくださいます。


 今日は聞こえなかった。きっとそうなのでしょう。レイ様の優しい心遣いに勝手に落ち込んでいた私の心が浮上して、元気が出てきました。



「さあ、宮に戻ろうか。一緒に朝食を取ろう」


 朝日が昇り辺りすっかり明るくなっています。今日もよく晴れた一日になりそうで、心がうきうきとしてきました。


 レイ様はショールを外すと護衛騎士に預けます。


 差し出された手を取り立ち上がると、陽光に照らされて神々しく咲き誇る蓮の花を背に西の宮へと帰りました。



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