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西の宮からの景色Ⅱ

「桜の木は今は国交のないジュラン皇国から贈られた貴重なものなんだ」


「ジュラン皇国ですか?」


 珍しい国名に言葉がつい出てしまいました。

 歴史での授業で、確か五十年ほど前に一か国を除いてすべての国との国交を閉じ鎖国状態の国があると習いました。それがジュラン皇国。

 島国で独自の文化が息づいていてとても華やかな国だといわれています。

 昔は友好国で交流もあったとか。けれど他国との戦争が続き終戦を期にうちの国とも国交断絶したまま、今に至っていると。


「そう。国交が途切れる前に王女が誕生したお祝いに桜の木が贈られたんだよ。いわば記念樹だね」


「そんな、貴重な木がこの国にあるなんて……」


 さらに興味をそそられるじゃないですか。やめてください。興味を煽るのは。


「もしかしたら、こんな貴重な木は他にはないと思うよ。これが贈られた後に国交断絶したからね。どう、見たくなったでしょ」


 レイ様がニヤッと笑います。私の顔を窺うように覗きこまないでください。

 至近距離は心臓に悪いのですから。


「いえ、そんなことはありません」


「そお? 桜の花は一年に一回しか見れないんだよ。天候にも左右されるからすぐに散ってしまうこともあるし……」


 そんなこと言って焦燥感を煽らないでください。見たくなるじゃないですか。


「来年のこととはいえ、レイ様の貴重なお時間を取らせてしまうのは申し訳ないので、お気遣いはいりませんわ」


 そうです。今だって特別に時間を取って下さっているのでしょうし、迷惑をかけてはいけませんもの。


「わかった。そうだね。来年のことだもんね。ちょっと強引すぎたね。ごめん」


 ペコっと頭を下げたレイ様。レイ様が謝ることではないのですけど。


「いえ、私もちょっと意固地になってしまって、レイ様は悪くはありません。私の方こそ申し訳ありません」


 私も頭を下げました。

 シーンとなった静けさになんとも言えない気まずさと罪悪感が徐々に胸に迫ってくるわ。

 どうしたらいいのでしょう? 

 レイ様はショボーンとしおれたようにバルコニーの手すりに手をかけて、桜色の王宮を見つめています。

 会話がなくなってしまって、レイ様の寂しそうな横顔を見ると声をかけることもできません。


 どうしましょう。

 こんな時の対処の仕方がわからなくて心がおろおろするばかりで落ち着きません。何か気の利いたことを言えるといいのに。ディアナに教えてもらおうかしら。


 不安な気持ちを抱えながら口を閉ざしていると、そっと手を握られました。

 気づいた時には背中を包むように抱きしめられていました。


「⁉……」


 初めての出来事にすぐには声が出ません。

 背中? えっ……

 お姫様抱っこにエスコートに、今度は背中からって……レイ様、何パターンあるんですか?

 ドギマギとしている間に両手を重ねられて軽く拘束されてしまいました。少し冷たくなった体が、手がレイ様の体温で温められて心地よくなっていくのがわかります。


「レイ様。そろそろお部屋に戻りましょう」


 危険。この心地よさは危険だわ。心が警鐘を鳴らしている。早く離れなくては……


「そうだね。来年は桜を一緒に見ようね」


「はい」


 はっ?! しまった。

 部屋の中に入りたい一心で何気に返事をしてしまったわ。

 私の背中が揺れています。笑っているんですよね?


「レイ様」


 私は恨めしい気持ちで名前を呼びました。


「俺はローラと桜が見たいんだよ。だからつきあってほしい」


 これは嫌と言っても、最終的には承諾させられるパターンですよね。こう何度も続けば遊ばれている感がしてくるわ。レイ様のかっこうの遊び相手なのでしょう。

 はあ。来年は来年。どうなるかわかりませんよね。


「わかりました。おつきあいさせていただきます」


 半ばあきらめ気味に返事をしました。レイ様は驚いたように目を大きく見開いたものの、やがて満足そうに大きく頷きました。


「その言葉は忘れないように。ローラがOKしたんだからね」


「?」


 念を押すレイ様に何を言っているのかピンと来なくて、疑問符を浮かべつつも頭を縦に振ったのでした。

 

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