第071話 親心子知らず
俺は二人と別れると、別邸に向かった。
呼び出されていたからだ。
別邸の門をくぐると、なんとルークとスズヤは玄関で立って待っていた。
まったく笑っておらず、なごやかな雰囲気ではない。
うあー。
回れ右して引き返したい気分に駆られたが、ここはぐっと我慢して玄関に向かう。
「ユーリ、来なさい」
ルークが言った。
「はい」
ルークは、玄関のドアを開け、家の中に入った。
俺もついていく。
スズヤのほうを見ると、なんだか魂の抜けたような顔をしていた。
***
書斎に通された。
ルークは無言のまま椅子に座る。
「座れ」
俺はおとなしくフカフカの椅子に座った。
ルークはムスッとしてる。
「なんで一言相談しなかった?」
やっぱりー。
王城にお呼ばれしたあと、こっちにくるので会いましょう。という話ではあったけれども。
「いえ……父上を煩わせるような大事ではないと思いまして」
「戦争に行くのが大事じゃないなんて考えてるなら、今からでも行くのをやめさせるぞ」
ぐうの音も出ない正論であった。
「いや……そんなことは」
「出陣するまで、俺たちには隠しておくつもりだったのか?」
「いいえ」
そんなことはない。
ただ、女王陛下が話を通したあとで話せば楽だとは思った。
なにがルークさんには私から話を~だ。
あのやろう。
「女王陛下にはよくよくお願いされた」
と思ったら、話は通してあったようだ。
ルークには、俺の考えはお見通しだったらしい。
「俺は反対はしない。だが、なんで相談しなかった?」
「それは……」
「必要がないと思ったのか?」
まあ、そうです。
「選択の余地はないと思ったので」
「……なんでも自分だけで決めようとするな」
ルークの言うとおりだ。
俺はホウ家の跡取り息子なわけで、なんでも自分で勝手をしていいわけではない。
俺の立場からしてみれば、そんなもん知ったこっちゃねえよ。とも思うが、ルークからしてみたら違うのだろう。
それを考えれば、俺は一度返事を保留して、ルークと相談するべきだったのかもしれない。
「これは家長としての言葉じゃないぞ。親としての言葉だ」
……それを言われると辛い。
「……お母さんが、どれだけ心配したと思ってる」
ルークは、沈痛な面持ちだった。
そうだ、この家族は息子のことを心配しているのだ。
ああ。
そうだ。まっとうな親というのは、子どもを心配するものなのだ。
日本に居た時の、俺の親父は、息子のことなんてどうでもいいという人間だった。
俺より先に死んだので機会はなかったが、俺の訃報を聞いたとしても、涙は流さなかっただろう。
一ヶ月もすれば俺のことなど忘れたはずだ。
そういう人間だった。
「……すいませんでした」
ルークもスズヤも、俺が死んだら泣くだろう。
一ヶ月どころか、死ぬまで俺のことを忘れないだろう。
息子のことを真っ当に愛しているからだ。
そう考えると、俺の行為は、親不孝にもほどがあった。
「わかったら、お母さんのところに行ってやりなさい」
「はい……」
俺は書斎を出た。
***
スズヤがいる部屋にいくと、スズヤは椅子に座って小さい円卓に顔を伏していたようだった。
俺が入ると、顔を上げた。
「ユーリ」
「母上」
スズヤは泣いていたようだ。
「こっちにいらっしゃい」
言われるまま、俺は近づいていった。
スズヤの前までいくと、スズヤは椅子から立って、感極まったように俺を抱きしめた。
もう、俺の背丈はスズヤを追い越している。
それでも、スズヤは背伸びして、俺の首に腕を回して、ぎゅーっと抱きしめた。
「絶対帰ってきてね」
「約束します」
俺はできもしないことを約束した。
「大丈夫ですよ。父上から聞いたでしょう。そんなに心配するような仕事じゃありません」
「……そうなの? じゃあ安心ね」
スズヤは気丈に微笑みを作っている。
安心などしていないことがまるわかりだった。
「はい。絶対無事に帰ってきますから」
「……お母さんは女の子に優しくしなさいって言ったけど、それで死んじゃったら元も子もないんだからね。ユーリには、待っている人が沢山いるんだから」
「わかっています。そんなに危険ではないですから」
俺は、少しでもスズヤを安心させようと、矢継ぎ早に気休めを口にする。
「ほんとに?」
「ほんとにほんとです。絶対に危険な場所には近寄りません」
「そう……それなら少しは安心かしらね」
「はい。安心してください」
心が痛む。
ああ、帰ってこなければならないんだ。と、俺は改めて思った。
***
実家を出て寮に戻り、用意しておいた荷物を持つと、俺は鷲舎へ向かった。
日はもう傾き始めている。
だが、今日のうちに出発しておきたかった。
騎士院の事務室には既に届け出をしてあった。
準備期間中、講義や訓練については出席扱いになるらしい。
鷲舎に入ると、俺は星屑を引き出して、買ってきた獣肉を与えた。
星屑は、肉屋が切った獣肉を、ガツガツと腹に入れてゆく。
「くるるるる……」
九割がた食ったところで、星屑は食うのをやめた。
腹がいっぱいなのだろう。
星屑はかしこいので、これから飛ぶことを知っていて、自分から食べる量を調節したのかもしれない。
余った獣肉を鷲舎の中へ投げこんで処分すると、俺は星屑の背中に鞍をまわした。
家から持ってきた、ホウ家の家紋が入った鞍だ。
ベルトを一つ一つ締めてゆく。
「よし」
最後にぐっぐっと鞍を揺らし、装着具合を確かめた。
良く締まっている。
俺はふわりと星屑に跨った。
すっと手綱を引くと、力をさほどかけずとも、意を得たりとばかりに星屑は離陸体勢に入った。
バッバッと、二、三回力強く羽をはばたかせると、俺を乗せて空へ舞った。







