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第317話 執務室

 王都シビャクは、かつての姿のままそこにあった。

 俺は、カケドリに跨って大通りを進んでゆく。通りには血痕の一つもなく、死体はどこにも落ちていない。つまり戦闘の形跡はまったくなく、大通りの脇には、あたかも凱旋式のように市民が溢れ、(あるじ)の帰還を祝福していた。

 どうやら、リャオはシビャクで戦闘をするつもりはなかったらしい。ルベ家の本隊は既に北に逃れたことが確認されている。

 この場合、普通であれば、リャオはシビャクにかかる橋梁を破壊し、王城島の跳ね橋を上げて立て籠もるべきだ。

 そうなれば、こちらは王城島の攻略にいくらか時間を要し、リャオは時間を稼ぐことができただろう。ルベ家は、主家に忠実な部下に事欠かない。敗戦で求心力が落ちたといっても、捨て駒になる部下には困らなかったはずだ。


 しかし、リャオはそれをしなかった。橋は落ちていないし、王城島は跳ね橋すら上げられていない。

 素通りして追ってこいと言わんばかりに、王都を明け渡した格好になる。


 それが意味することは、つまり――。


「ユーリ閣下!」


 進行方向から一羽のカケドリに乗った、白い服を着た伝令が駆けてきて、俺の横で急停止して嘴を切り返した。

 横に並んでトリを歩かせる。


「王城島から重大な連絡が」

「ああ、言ってみろ」


 その伝令が吐いた言葉は、予想ができていた内容だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「こちらです」


 ホウ家の騎士たちが武器を持って並ぶ廊下を歩き、案内された部屋に向かう。

 王城勤務ではない彼らにとっては知る由もないが、その部屋は久方ぶりに帰ってくる、俺の執務室だった。


「中にいるんだな」

「はい。武装は解除してあります」


 部隊の責任者らしき男が言い、立派な拵えが施された短刀を見せた。

 俺はその短刀を受け取ると、部屋のドアを開ける。


「お前ら、外に出てろ」


 俺は中にいた騎士たちにそう言った。


「しかし」

「命令だ。外に出て、奴と二人きりにしてくれ」

「ハッ!」


 騎士たちが外に出ていく。最後に自分でドアを締めると、俺は内鍵を掛けた。


「よう、久しぶりだな。俺に会いたがっていたそうじゃないか」


 俺はリャオの前のソファに座ると、そう言った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「どんな気分なんだ? 叛逆して、鎮圧され、歴史に大逆者として名を残し、家名に永劫消えない泥を塗った気分ってのは」


 俺が煽ると、リャオは開き直ったように平然としていた。


「後悔はしていない。俺は、お前の治める国には居場所がなかったからな。選択の余地などなかった」


 それは、俺を逆に責めるような口調だった。

 お前がそうさせたのだ。自分をそこまで追い詰めたお前が悪いのだ、と。

 普通に考えれば、そんな理屈は破綻している。リャオはどう考えても恵まれた身の上だったし、何不自由ない生活が保証された身の上だった。

 しかし、恵まれた環境は、不満を消滅させるわけではない。リャオにはどうしても消せない、わだかまりのような不満があったのだろうし、「選択の余地がない」という言い訳は、決意が必要な自分に対して何百回、何千回も言い聞かせてきた言葉だったのだろう。


「まあいいさ。すべて終わったことだ。お前も助命が成るとは思っていないんだろ?」


 リャオがここに単身いるのは、戦争を終わらせるためだ。

 戦争の趨勢が決まった今、これ以上戦うのなら、王都とルベ家領を戦災に巻き込みながらの徹底抗戦という形になる。

 仮にそれをやったところで、最終的には万に一つの勝ち目もない。どんなに善戦しても、キルヒナにいるジーノが軍を再編して北から侵攻を開始した瞬間、すべての戦略が破綻するからだ。

 リャオにはそれくらいの想像力はある。ここで死に、ルベ家領には無条件降伏をさせることで、故郷を無傷で残そうと考えたのだろう。


「フンッ……お前こそ、なぜここに来た。こうやって会わなくとも、部下に殺せと命令すれば、それで済んだはずだ」

「決まってるだろ。ミャロの最後を聞くためだ」


 なぜ、こいつはミャロを殺した。

 殺してしまう前に、どうしてもそれが知りたかった。こいつはミャロの仇だが、おそらくは理由を知っている唯一の人間だ。

 ミャロは、なぜ死ななければならなかった。こいつは、ミャロに惚れていたんじゃないのか。


「……まあ、いいだろ。話してやる」


 リャオはあっさりと承諾した。


「教皇領は軍を出す条件として、俺にミャロの死を求めてきた。確実な戦果が欲しいとな。俺がそれを断ると、ならば妻にして、大々的に結婚式をしろと言ってきたんだ」


 妻に? 一体どういう……そうなったら、俺が勝ったとしてもミャロを信用しなくなるとでも思ったのか?

 そんなわけないのに。馬鹿な奴らだ。

 だが……もしそれが本当なら、なぜミャロは死ぬことになった。結婚式というくだらない茶番劇に、一回付き合ってやるだけで命が助かったはずだ。

 それをしない理由がない。


「あいつには、形だけの婚姻でいいと言ったんだ。関係も求めなかった。しかし、あいつはそれも断った」


 断った。ミャロは、茶番劇を演じることを断って殺されたのか。


「この期に及んで、嘘を吐くな!」俺は思わず怒号を上げていた。「なんで断る必要がある。そんなもん、百回でも一万回でも、好きにやればいいじゃねえか」


 その状況、ミャロが従わなければ、リャオには殺すか教皇領軍と自力で戦うか、二者択一の選択肢しかない。

 そんなこと、ミャロには百も承知だったはずだ。

 リャオの言うことが本当だとするなら、ミャロは、リャオに殺されたというより、自ら死を選んだことになる。

 そんな馬鹿なこと、ありえるはずがない。


「死ぬ直前……あいつは、自分は、自分のために生きている。と言っていた。自分の在りたい形でお前の側にいられないなら、死んでしまったほうがマシだとな。それでお前がいくら嘆き悲しもうとも、その慟哭が自分に向けられたものなら、構わないと言っていた」


 じゃあ、ミャロはリャオと形ばかりの結婚式を挙げて、そのあと元の鞘に収まるようにして俺のところに戻って来るより、死んで俺の記憶に刻まれることを望んだというのか。


「フラれたな。あいつは、今までのようにお前に使われる人生を拒んだんだ」


 ……こいつのいうことは、何一つ信頼できない。

 しかし、俺にはリャオがミャロのことを殺したくて殺したとは、どうしても思えなかった。こいつはミャロに惚れていた。なら、少なくとも苦渋の決断ではあったはずだ。

 こいつの言っていることは、本当なのか? ミャロは本当に、自ら死を選んだのか?

 その答えを知るミャロはもういない。

 残ったのは、ここにいる男二人だけだ。


「話の褒美に、こいつを返してやるよ」


 と、俺はリャオの短刀を間にあるローテーブルの上に投げた。

 丁寧にニスを塗られたテーブルの上を滑り、短刀がリャオの前で止まる。


「――なんのつもりだ。これで、この城から逃げ出してみろと? 俺がここに残った意味を、理解できないほど間抜けじゃあるまい」

「だからお前は駄目なんだ」


 自分で道を切り拓くには、こいつはあまりに弱かった。

 誰かに(そそのか)されてようやく動き出す人間なんていうのは、そんなものなのかもしれないが……こいつは、計画の実現を信じられる程度には自信家で、過ちを犯す程度には経験が浅く、そして己の身の程を知る機会を与えられなかった。


「俺に不満があって、どうしても一戦交えてみたかったんだろう。なら、この状況でやることなんて一つじゃねえのか」

「……戦争好きのお前が考えそうなことだ」


 俺が懐に手を入れ、腰を浮かせたとき、リャオはようやく動き始めた。

 短刀を右手で掴むと、ローテーブルを踏み台にして身を乗り出した俺の刺突を、鞘がついたままの短刀で受ける。

 そして、都合よく鞘に刃が食い込んだのを利用して、短刀を一閃させて鞘から抜いた。

 短刀を振ると、鞘が飛んで壁に当たった。


「やるじゃねえか」

「理解できんな。なぜ、こんな意味のない戦いをする」

「さあ、自棄(やけ)になっているのかもな」


 そう言った瞬間、軸足を乗せているローテーブルが蹴り込まれた。

 予見できていた攻撃に、軸足を折ることで対応する。机に乗せていた体重が抜け、腰が下がり、スライドするテーブルを滑り越えるように床に着地した。

 至近距離にいるリャオは、ソファに座っている状態が不利と直感的に感じたのだろう。着地した俺の体勢が整う前に、短刀を大きく薙いで防御をさせると、体を転回させてソファから立った。


「学生の時分に、こんな喧嘩をやっておけばよかったのかもな」

 リャオは、中腰になって短刀を構えながら言った。確かに、そこで一つの格付けが済んでいれば、それからの関係は変わっていたのかもしれない。

 だが、リャオとはそんな関係ではなかった。

「ドッラならともかく、お前と――」


 喋り終わる前に、リャオは飛びかかってきた。

 迎え撃つように突きを繰り出すと、短刀を持っていない左腕で防御される。鉄が仕込んであるのか? という考えが頭をよぎるが、こちらの短刀はあっさりとリャオの左前腕を貫いた。

 ずっぷりと鍔まで突き刺さり、とっさに短刀を手放す。リャオの短刀に対処するには、両手が必要だからだ。

 突き出されてきた短刀の握り手を掴み、もう片手で肘を掴んで突きを止める。力づくで肘を屈折させ、切っ先を反転させてリャオ自身に突き刺す力比べがはじまる。

 力が拮抗したのを見て、俺は肘から手を離して短刀の峰を挟むように掴もうとした。そうすればテコの原理を使って、簡単に刃の方向を変えられる。

 しかし、その前にリャオの力が抜けた。向きの変わった短剣は、あっという間にリャオの胸に沈み込む。

 リャオはそのまま、傍らにあったソファに倒れ込むように座った。


 ――拍子抜けだ。自分から降りやがった。


「……馬鹿野郎。それなら、最初から叛乱なんて起こすな」


 俺がそう言うと、リャオはなぜか満足げな笑みをわずかに浮かべ、生きるのに飽いたかのように目を閉じた。

リャオくん˚‧º·(˚ ˃̣̣̥᷄⌓˂̣̣̥᷅ )‧º·˚


PIXIV FANBOXにて四話分の先行連載を行っております。

もしお金に余裕がある人は、ご支援いただけると幸いです。作者の活動資金になります!!

(一ヶ月読めて350円です)

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合理的に考えればユーリの片腕、いや半身として泥を啜ってでも生きなければならない場面で綺麗なまま記憶に残りたいと女の感情丸出ししてタヒを望んだんだ。これで「実は生きてました。テヘペロ」しても、もうヒロイ…
ミャロの後継者が育ってない状態でミャロがいなくなったら国の運営がかなりマズイ事になるのでは? 今後が心配です
今回の出来事は終始特に目立った面白さも無く内容も呆れるばかりで、結果的にまたヒロインが死んだだけのエピソードで終わりましたがまた一歩魔王に近付いたのでここから面白くなるのかどうか...
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