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第316話 失策

 リャオの陣営から一斉に鷲たちが飛び立ち、砲台の支援に向かうのが見えた。


「……馬鹿が」


 俺は苦々しい気分で独り言をつぶやいた。

 この程度の判断しかできないなら、最初から反旗など翻すな。つきあわされる兵、巻き込まれる民。どちらも大迷惑だ。

 救いようがない。


 あそこに鷲を全部投入してしまったら、火力支援の手段がなくなってしまうだろうに。


 こちらが攻勢に出て一点突破を図ったら即座に派遣され、その突撃の鼻っ面に轟炎を叩き込む。そうやってカケドリを止めてくれる存在を、奴は自分から手放してしまった。

 この行動に、一体なんの意味がある。仮に一時間後に砲台が息を吹き返すとしても、それまで敵が待ってくれるとでも思うのか。

 砲台に頼りきりで縮こまっている間に、こちらは包囲を完成させている。リャオは今この瞬間、一刻でも早く状況を打開しなければならないのだ。なのに奴は、一時間後の砲台のために鷲を手放してしまった。

 間抜けめ。


「ドッラに伝令を。金床に槌を叩き込め、と」

「ハッ!」


 連絡役がすぐさま応じて、少し離れたところで信号弾を発射した。

 こちらは金床役だ。陣形を伸ばして、ドッラ率いる騎兵集団がルベ家軍と教皇領軍の境目を割ったあと、教皇領軍が逃げ場をなくすよう機動しなくてはならない。


 一分もしないうちに信号弾が打ち上げられ、次の一分が経たない間に、騎兵団は動き出した。

 しかし、そのとき教皇領軍は奇妙な動きをはじめた。

 こちらと戦う前に後退しはじめたのだ。


 背後に間隙を空けたくないのだろうか。確かに、砲台となっている丘を背にしておけば、打通されたとしても背後を取られるよりは被害を抑えられる。カケドリは樹木が密生した丘を駆け上がって、背後から無理に強襲することはできない。できないことはないが、突撃の勢いが削がれてしまうので、やる意味がない。

 すると、側面で騎兵を受け止め、正面ではこちらと戦うという展開になる。

 それを狙っているのか?


「前進しつつ、西に軍を伸ばして退路を断つ。伝令、急いで伝えろ」


 あらかじめしておいた打ち合わせ通り動け、という命令であれば先程のように信号弾で事足りるが、こういった難しい指令は伝令を介す必要がある。込み入った情報を伝えられないのが弱みだ。

 各部隊に伝令を飛ばしてからしばらくすると、あらぬ方向から奇妙な音が聞こえた気がした。

 それは遠雷のような重低音で、戦争の喧騒にかき消され、わずかにしか聞こえなかった。


 気のせいか?


 いいや、考えてみれば、ガートルート・エヴァンス……俺を嵌めた手口から考えてみれば、あまりに容易(たやす)すぎる。リャオの馬鹿野郎ならともかく、計略を好むあの男が、砲台を頼りにするだけの単純な戦争を好むだろうか?

 しかし、なにか計略を考えていたとして、砲台が機能停止するという状況を予見していたとは考えにくい。この状況で初めて機能する計略とはなんだ?


 そう考えていたとき、音がした方向から、ドドドッ……という騎兵の大群が地面を踏むような音が聞こえた気がした。

 そちらを見てみると、森の切れ目からなにか茶色い水のようなものが湧き出している。


「進軍停止! 全軍後退! 急げ、間に合わなくなるぞ!」


 そういえば、戦争なのに今日初めて声を張り上げたな。見当違いのことを考えながら、俺は軍の前進を止めるためにカケドリに跨った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 眼の前には濁流と化した川が流れている。大した川幅ではないが、岩を転がすほど勢いが強く、カケドリの足でも渡れそうにない。橋も、土管を並べて作ったような簡易な橋だったため、あっという間に流されてしまった。

 戦いそのものには勝った。ルベ家軍は総崩れになっているし、教皇領軍も既に渡河を完了していたドッラの騎兵団に側面を突かれ、川の向こう側で撤退戦をしている。

 しかし、金床の上の敵軍をハンマーで打ち据えるような大打撃を食らわせることはできなかった。

 ルベ家軍はまんまとその形に嵌まったが、教皇領軍が指揮を保ったまま追撃に対応できているのは、本来は覆い包むようにして逃げ場をなくす、ホウ家の主力が川を渡れないからだ。

 もちろんドッラには追撃を指示してある。しかし、全軍でそれにかかりきりになるわけにはいかない。こちらは王都シビャクを奪還するという大目標があり、それを放り投げてまで追撃することはできない。

 ルベ家に立て籠もられ、王都で焦土作戦でもやられたら、そちらのほうが大問題だ。


「いいな、お前らは川上に向かって移動して、渡河できるようなら追撃戦に移れ」

「閣下、お気をつけて」

「……ああ、そちらもな」


 俺は苦々しい思いを抱えながら、白暮を羽ばたかせた。

 もちろん、教皇領軍は追撃戦で出血を強いられるだろう。酷い目に遭うはずだ。しかし、敵軍を二つに割った騎兵団は、その半分はルベ家の方に向かっている。

 もう半分によって繰り返される騎兵突撃を、教皇領軍は余力を残して耐えているように見えた。もし川を渡れていたら、こうはならなかっただろう。

 ガートルートを、ここで仕留めるのは難しいかもしれない。俺は苦々しい予感を抱えながら、地面を離れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


挿絵(By みてみん)


 この戦争の趨勢を担うと思われていた砲台は、既にガッラ率いる近衛軍によって占領されていた。丘を登る道に、土嚢による胸壁のような簡素な防衛設備をいくつか作っていたようだが、多勢に無勢で蹴散らされたようだ。


 結局、わずかにしか機能することがなかった砲台に降りる。

 砲台の一つは、周囲を巻き込む形で真っ黒に焼け焦げていた。中には焼死体が無数に転がっているだろう。


「ユーリくん」


 声をかけてきたのは、ドッラの父親、ガッラだった。元々は騎兵畑の軍人だが、今は近衛兵団を率いている。


「大砲を教皇領軍に向けられないかと思ったのですが、無理そうですね」

「ああ。奪取する前に火薬を燃やされてしまった。こちらに使われるのを恐れたのだろう」

「まあ、壊されなかっただけ良しとしましょう」


 リャオは砲を鹵獲されることは恐れていなかったようで、自爆装薬の配備はしなかったらしい。急ごしらえの砲兵が誤用して、砲を壊してしまうことの方を恐れたのだろう。


「しかし、またとんでもない兵器を作ったものだ」

 ガッラは、真っ黒に焼け焦げ機能停止した砲台を見ながら言った。

「新兵器ではありませんよ。黒色火薬の詰まった壺を投下しただけです」


 最初に爆破された砲台は、点火を待たずして自爆した。おそらく初弾を発砲した時点で大量の粉塵を巻き込んでいて、次弾を発砲した際、砲口から生じた火焔で点火してしまったのだろう。

 黒色火薬は、指先ほどの量でも直に点火するのは危険だ。ライターで着火でもすれば、燃焼によって生じた熱でライターを持った手は火傷するし、離れた顔にもかなりの熱を感じる。

 全周囲で同時に発生した燃焼で、中の兵たちは一瞬にして全身を焼かれ即死したはずだ。

 他の砲台の監督者たちは、発砲と同時に爆死した同僚を見て、なにを思っただろう。少なくとも、次弾の発砲は躊躇したに違いない。


「限られた状況でしか使えません。砂埃が舞う程度の風が吹いていると、舞い散らされてしまって機能しないので」


 実験では、風に飛ばされないようペレット状にした黒色火薬では、燃焼がうまく伝播しないことがわかっていた。かなり粒度を細かくした火薬でないと上手くいかず、そうなると風があると舞い散ってしまう。

 だから、今回は情報を徹底的に秘匿する必要があった。対策を取ろうと思えば、風を起こす方法は幾通りも考えられる。だから俺は意図を誰にも伝えず、誰にとっても意味不明な理由で軍を停滞させていた。


「そうか。まあ、今回は勝てたのだからよかった。最初はどうなることかと思ったが、これで全ては元通りだな」


 元通り……?


「……ええ、まあ、そうですね」


 この人にとってはそうなのだろう。王都を取り返し、国土を復旧し、幼き女王は王城に戻る。それは、全てが元に戻ったと形容しても、なにも間違いではない解釈だ。

 あるいは、ルベ家という国内に潜んでいた反乱分子を炙り出し、支配が行き届いていなかった地域を吸収できたという面では、前進とさえ言えるのかもしれない。

 だが、俺にとってはそうではない。俺は、かけがえのない大切な人間を失ってしまった。

 それは取り返しのつかない喪失だ。


 リャオをなぶり殺しにしようが、教皇領軍を何万人殺そうが、ミャロが帰ってくることはない。

 その愛情と献身に一度も報いることなく、俺は彼女を逝かせてしまった。


「浮かない顔だな。これから凱旋だ。王都の民衆の大歓喜に迎えられるのに、それでは格好がつかないぞ」

「……そうですね。それでは、王都攻略の指揮がありますので、これで失礼します」

「ああ。こちらはルベ家の敗残兵を捕虜にしながら、北上していく。それでいいんだな」

「ええ。よろしくお願いします」

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― 新着の感想 ―
ルベ家軍と教皇軍の包囲殲滅には失敗したけど、川の氾濫による水責めによる損害は回避できた。どっちかといえば、ユーリくん側に有利に働いた結果か。 ルベ家幹部たち「若様! 首都シビャクに籠城しましょう! …
普通に王都は虐殺とか食料全徴発とか水源汚染ぐらいはされてそうだなぁ…
ルベ家本当に哀れだなぁ 折角親の代で国の消滅と人種の離散回避できた大勲功だったのに代替わりで即国家に大ダメージ与えて破滅とは
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