第315話 沈黙の丘*
来た。
リャオ・ルベは、ユーリが軍を押し出してきたのを見て、感じた。こちらの予想に反して、軍を北に運動させたユーリは、大砲の射程圏を押し包むように全軍を同時に前進させている。
問題ない。砲台に指令も伝えてある。教皇領のほうを支援する必要はない。どうせ堰を壊す例の作戦を実行するために、川のこちらまで退き下がる作戦だ。包囲陣形を敷いてきたのは当初の想定から外れた行動だったが、堰を決壊させる作戦が破綻したわけではない。
問題ない。問題ないはずだ。
敵陣から鷲が飛び立ち、こちらに向かってくる。やはり空から攻撃をしかけてくるつもりだ。
これも想定通りだった。
大砲は鎧ってあるため、投下自体に問題はない。ただ、無防備にやられっぱなしだと、そこら中が火の海では発砲が滞ってしまう。野放しにするわけにもいかない。
「敵は、焼夷弾を使うつもりだ。天騎士を飛び立たせて、投下を妨害させろ!」
「ハッ!」
命令を受けた伝令がすぐに手旗で合図を送る。ルベ家では伝統の方法だ。
命令下達から一分も経たないうちに、鷲たちが飛び立つ。リャオは、思わず誇らしくなった。将の手足のように動く我が兵たち。素晴らしい練度だ。
鷲たちが空中戦を演じ、地上では敵兵たちの銃砲が轟きはじめる。パパパパパッ――と、不規則な破裂音が断続的に鳴り響く。
奏でられる戦場音楽の中、リャオは頭に疑問符を浮かべていた。
撃つのが早すぎる。あの距離では狙いなどつけられないし、もし届いたとしても殺傷能力がない。
どういう作戦だ? 単純に、新兵が多く混ざっているせいで、統制が取れていないのか。
だとしたら。
だとしたら、こちらから打って出れば敵を突き崩せるかもしれない。リャオは、兵を前進させるか迷った。ここで檄を飛ばして攻勢を指示すれば、士気も上がるだろう。しかし、こちらから打って出れば、砲の有利を自ら捨てることになる。
できれば、敵軍の攻勢を一度打ち破ってから、逆襲に転じる形で攻めたかった。
その時、戦場音楽の中でひときわ大きな轟音が響いた。背後から、ドォン――と、肌に伝わるような重低音が戦場にこだまする。発射された巨大な鉄の塊は、約五秒後に敵陣の中に落着すると、爆発した。飛び散る敵兵の血肉が想像できるような有り様だった。
それから数分して、二発目の轟音が戦場にとどろく。その音は、凱歌のように一際大きく聞こえた。
再び着弾し、ホウ家の兵どもが肉塊になる。どのような軍であれ、こんな状況で猛烈な攻勢を続けることなどできない。
この戦い、もらった。
リャオは思わず握った拳に、勝利を掴んだ感触を生々しく感じた。
その瞬間、頭の上から尾を引くような「アーーーー」という声が聞こえた。それは、リャオが頭を上空に向けるより前に、風切り音と共に耳の横を通り過ぎ、頭より下からの音に変化した。
ぐしゃ、という地面に肉を叩きつけた音がした。
そちらを見てみると、鷲に乗ったルベ家の天騎士の姿があった。地面に叩きつけられた天騎士は、鷲がクッションになった様子で、即死した鷲に乗ったまま激痛に悶えている。
様子がおかしかった。鷲から離れようにも、なにかに絡まって動けない様子だ。まるで、蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のように、もがけばもがくほど状況が悪化してゆく。
よく見ると、漁網のような細い糸が絡みついているようだった。
これは、鷲を潰す兵器だ。
まさか。やつに、準備する時間は一ヶ月もなかった。同じ鷲を扱う敵と戦うことになってから、一ヶ月未満の期間で新たな兵器を開発したのか。
そんな馬鹿な。やつの能力がいくら高くても、そんなことは不可能だ。
いや、違う。
竜か。
そうか。再び竜と戦場で相まみえたとき、それを空中で潰す方法を、やつは探っていたのだ。
そして今、その一つの回答が、竜より先に同胞に対して使われている。
上空を見ると、曇天の下に舞う鷲たちが、はらり、はらりと交錯している。ときたま、重力に抗うことをやめたように、鷲は地面に向けて落下していった。
用意した数が少ないのか、それとも、そこまで絶対的な制圧兵器ではないのか、ルベ家の天騎士たちは健闘している。
「おい」
「ハッ! なんでしょう」
「砲台からの信号は? 一体、何をしている。ずっと、砲が止んでいるぞ」
大砲は、最初の二発を撃って以来、発砲を停止していた。本来であれば、ドカドカと可能な限りの速度で発砲してほしいところだ。
「ありません」
「なら、伝令に多少狙いがずれてもいいから発射しろと伝えろ。音だけでも敵軍を威圧できる」
現在、敵陣はさらに接近し、本格的な発砲をはじめている。こちらも応射を開始したため、黒色火薬が燃える煙で、戦場は白く包まれつつあった。
それにしても、煙が濃い。ああいった発砲煙は、風があれば吹き流されるものだが、今日は風が止んでいる。そのせいで、いつまでも煙が前線に停滞して、陣容を包み隠す煙幕のようになってしまっていた。
砲台はそのせいで前線の正確な観測ができず、発砲をためらっているのかもしれない。しかし、正確に狙いがつけられずとも、発射してもらわなければ困る。
「応答、ありません!」
「なんだと?」
衝突中は、常に密に連絡を取り合うことになっていた。手旗の信号手が常に櫓の上に控えていて、いつでも連絡を取り合える手筈を整えている。
砲台を任せたのは、配下の中でも特に有能な人材なので、連絡を軽視して信号手を離れさせるなどということもありえなかった。
ということは、なにか異常事態が起こっているのだ。
「指揮権を臨時で委譲する。お前が指揮を取れ」
リャオは、側に控えている配下の将軍に言った。
「御曹司、まさか砲台に向かわれるおつもりでは」
「行かなきゃならんだろう。あれは今回の戦争の要だ」
「私が代わりに」
「駄目だ。俺が向かう。砲台が機能しないとなったら、反撃に打って出ねばならん。その判断は重要だ」
リャオは飛行用の上着を羽織った。
「十五分経って帰ってこなかったら、お前の判断で反撃に打って出ろ。わかったな」
「了解しました。お気をつけて」
リャオは愛鷲のところに早足で向かった。こんなときでも、将たる者は走るべきでない。それが父の教えだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
上空に舞い上がると、一つの砲塁が黒焦げになっているのが見えた。よほどの猛爆を加えられたのか、真っ白く立ち込めた煙の向こうで、あたり一面が真っ黒に焼け焦げているのが見て取れた。砲は沈黙している。
上空には鷲が群がっていた。
一体、何をした。
飛んでいるリャオのすぐ近くを、高速で急降下した鷲が掠めていった。何かを投下し、山の斜面に沿って脱出してゆく。落ちたものは投下弾に似ていたが、砲塁の屋根に当たった瞬間に砕け散り、黒い粉塵を撒き散らした。既に同じものを何度も投下されているらしく、辺りは煤をぶちまけたように黒くなっていた。
そして、次に来た鷲が落とした火炎瓶が割れ、屋根の端から舐めるように炎が出現する。その瞬間、砲塁全体が太陽のように輝いた。
目が眩むような激しい光と同時に、分厚いジャケットの上からでも感じる熱波がリャオを襲った。自身が乗っている鷲は突然浴びた熱に混乱し、リャオは反射的に手綱を繰って鷲を抑え込んだ。
購入してから四年、十分に慣れた鷲は地上スレスレといってよい高度でどうにか落ち着きを取り戻し、地面との激突を避けて再び高度を上げた。
落ち着いてから改めて砲塁を見ると、砲塁があったはずの場所は、ミルクのように濃い霧で包まれていた。それは、リャオにとって何度も目の当たりにした慣れ親しんだ霧だった。
銃兵の戦列が一斉発砲をすると、あのような霧が出現する。
つまり、ぶちまけられた黒いなにかは、火薬だ。
大量の火薬を辺りにぶちまけ、燃焼させる。それで中の兵員を焼き殺す。
他の砲塁を見る。まだ十分な量に達していないためか、点火はされていないが、火薬は周囲に降り積もっていた。
騎士たちは、箒を持って火薬を除去しようとしている。発砲によって点火することを恐れているのだろう。
リャオはすぐに、この戦法の厄介な点を頭の中で整理しはじめた。一撃で潰せないなら、火力を積めばいい。ユーリの発想は、そういうことだ。
火薬の形で周囲に火力を集めておけば、一気に点火した際に砲塁を潰す火力にもなりうる。
ならば、その火薬を除去しなければならない。
リャオは、状況をさらによく観察するため、鷲を砲塁に近づけた。すると、黒い粉のような火薬が派手に舞ったのが見て取れた。
それがなんの現象によるものか、リャオはすぐに理解できた。細かく挽いた小麦粉を息で吹き散らすように、羽ばたきが生む風圧で舞い散っているのだ。
火薬は、鷲の羽ばたきで吹き飛ばせるほど軽いらしい。
ならば、やることは一つしかない。
鷲を集中的に投入して、そこで優位を取れば、砲は機能を回復するかもしれない。多少の量に引火したところで、兵は死傷したりはしないだろう。
急ぎ本陣に戻らなければ。
そう考えて鷲の手綱を操ったとき、上空から接近したホウ家の天騎士が、こちらに向けて筒のようなものを構えているのが見えた。
リャオは、あらかじめ解いておいたヘルメットの紐を掴んで、上半身を捻って投擲した。
投網のように広がるのなら、自分に届く前に閉じさせてしまえばいい。
狙い通り、射出された投網は発射されてすぐ、飛び込んできたヘルメットを包み込む形でしぼんだ。
厄介な兵器を考えてくれる。
だが、こんな兵器、風があったら流されてしまって使い物にならない。狙って当てるだけでも十分すぎるほど難しいだろうに、お互い激しく交錯する空中戦で風向きまで把握するのは不可能だ。
それをいったら、火薬だってそうだ。鷲の羽ばたきで舞い散るなら、強風下では自然に舞い散ってしまい成り立たない作戦だ。
しかし、運の悪いことに、今日は無風だった。昨日まで吹いていた強風は、まったく止んでいた。
なぜ、天はやつに味方する。運のいい野郎だ。憎々しい感情が頭を満たした瞬間、リャオの脳裏に一つの気づきが走った。
やつは、これを待っていたのだ。風が止むときを。
ユーリがなぜ攻めてこないのか、考え続けた。分かるはずがなかったのだ。風が止む、ただそれだけのことを待っていたのだから。
風が吹かないなら、風を作るしかない。リャオは、本陣に向けて鷲を操った。
久しぶりの週刊連載で、危うく更新を忘れるところでした。
次話は21日の更新になります。
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