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第297話 ジーノ・トガ

 工兵部隊を送り出したあと、俺はその足でキルヒナ方面軍の陣営へ向かった。


「――よう、ジーノ」

「ユーリ・ホウ閣下!」


 司令部の天幕に入った俺を見ると、ジーノはすかさず地面に膝をつき、状況に不釣り合いなほど重い敬礼をした。

 自分たちの指揮官が、やおら行った大げさな所作を見た部下たちは、大慌てで追従して膝をついた。


 正直、面食らうような感じがした。本来なら、戦争中はこんな礼は求められない。まるで、王城の式典でやるような厳粛な敬礼だった。

 しかし、次に自分が口にしようとしていた言葉に考えが至ると、ジーノはその言葉を待ち受けるために、わざわざそれをしたのだと理解した。


「ジーノ、総退却の話は聞いているな」

「ハッ! どうぞなんなりと御下命を!」

「誠に心苦しいが、貴殿の率いるキルヒナ方面軍に、殿(しんがり)の役目を頼みたい。引き受けてくれるか」

「光栄至極ッ! 閣下に祖国を解放していただいた我らが恩義、今こそお返しする時なれば!!」


 天幕の中に、演劇の一シーンのような光景が現れた。


 ここで、ジーノが俺の命令に渋ったり困ったりする態度を見せれば、部下は「この仕事は、本来はホウ家軍が担うべき役目ではないのか」と疑問を持ちながら、不承不承、損な役回りをこなすことになるだろう。

 しかし、将たる者が恩義を持ち出し、光栄な役目だと嬉々として引き受けたのならば、まったく話が違ってくる。ここに居並んでいる配下たちは喜んで命を捨てて戦うはずだ。

 まさに、ジーノは今この時に将たる者が行うべき態度として、完璧といえる行動をとったのだ。

 俺は、このような将を持てて幸運だ。あの森の中の出会いは、この時のためにあったのだ。そんな感動が、沸くように心を満たした。


「よろしい。では、少し二人で話をさせてくれ。三分以内に済む」

「ハッ! 総員天幕を退出し、待機!」


 ジーノは立ち上がると、すぐさま腕を振って指示を飛ばした。部下たちは命令に従い、俺の横を早足で通って天幕から出る。無駄のない、素早い行動だった。

 俺は二人きりとなった大きな天幕で、歩みを進めると、真ん中のテーブルに手をついた。


「すまんな……リャオの馬鹿野郎をブチのめすために、ホウ家の軍は温存しときたい。ホウ家本領や王都周辺に土地勘がある連中だ。本領を発揮できる」


 嘘だった。正確に言えば、それはほんの小さな要素にすぎない。


 これから始まる戦いは、ホウ家領や王家天領を奪い返し、ルベ家領に駆け上がっていく戦いだ。ジーノが率いているキルヒナ兵にとっては、どちらも外国という意識でしかない。

 にっくき簒奪者から、故郷や首都を取り返す戦いではないのだ。

 だから、ここはキルヒナ兵を使い、ホウ家軍や近衛軍は温存しておきたかった。

 だが、それは口に出すべきではない本音だ。ジーノは言わずとも理解しているだろうが、口にしてはいけない。


「そうなると思っていましたよ」ジーノはにやりと、口端に諧謔的な笑みを作った。「いいでしょう。後の世まで語り草になる殿(しんがり)を演じてみせます」

「お前が粘るのは、ここだ」


 俺はテーブルにある地図に退却路を引き、その間にある隘路にバツ印をつけた。


「閣下、アンジェリカの領を戦いながら貫いてゆくのですか……?」

「そうはならない。やつの陣営に直接行って、通れるよう話をつけてきた」


 俺がそう言うと、ジーノはさすがに正気を疑うような目で俺を見てきた。


「……勇気がおありですね。殺されてもおかしくなかった」

「戦争だ。指揮官とはいえ、死にかねない冒険をする時もあるさ。それで……この橋が落ちているという報告が、今あった」


 俺は、ジーノが守るべき隘路のまさに先にある橋を指さした。


「では、我々は無駄死にですね」


 ジーノの顔を見ると、そうなるとは思っていない顔をしている。俺が策を述べるのを待っているようだ。


「応急架橋の工兵がすでに出発している。心配するな」

「ならば、私はその架橋が終わるまで時を稼げばよいわけですか」

 話が早い。

「……敵は、俺達をこの地で仕留めようと必死だ。激戦になるぞ。間違いなく」


 俺は当たり前のことを言った。

 防衛を命じた場所は、丘陵がわずかに低くなった部分を走る道だ。先んじて高所を取れるため、敵より有利な状態で戦えはするが、とてつもなく有利というわけではない。軍量差と敵の必死さを考えれば、厳しい戦いになるだろう。


「激戦でなければ、将が歴史に名を刻むこともできません。むしろ好都合というもの」


 ジーノは劇の主役のように、大げさな身振りで敬礼をした。


「……分かった。なら、頼んだぞ」


 俺は頭を下げるジーノの肩に手を置いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 八時間後、俺の眼の前には、川岸で架橋を待つ大軍と、川の中でびしゃびしゃに濡れながら必死に架橋の最終工程を急ぐ、工兵の姿があった。


 午前中、超特急でここに辿り着いた工兵たちは、対岸を確保するため無理やりに渡河をするカケドリ隊に、天幕を解体して作った長いロープを渡した。

 そうやって三十から四十メートルほどある川の両岸にロープを張ると、男たちはそれを手がかりに川に入り、浅い川床に杭をうち始めた。その工程が半ばまで進んだ頃、上流から船が流れてきた。


 それは、上流の村々に送り込んだ鷲兵たちが、川に流した船だった。


 今回、アルフレッドと教皇領が連携しておこなった策謀は、こちらへの情報の秘匿が絶対条件になる。道中の村長や領主たちが、一人でもこちらに口を滑らせたら破綻するような計画では、お話にならない。なので、アルフレッドは彼らに「シャン人は実は敵である」とまどろっこしい通達を出したわけではなく、真意は隠したままで「シャン人は味方である」という通達を出したはずだ。

 つまり、上流の村長や領主は、本当の目論見を知らされていない。

 だから、鷲に乗った兵が降り立ち、”シャン人の軍事行動に最大限の配慮をするように”と書いてある指令書を見せられれば、どの村も簡単に従う。

 彼らからしてみれば、従わなければアルフレッドによる情け容赦のない処罰が待っている。従わないという選択はない。


 そうやって()()()を切られた船がここまで流れ着くと、縄に引っかかる。工兵はそれを杭に繋ぎ、杭が打てない川の中央部では、大きな石を縛り付けた錨で固定した。大小さまざまな船が結わえられ、板をかけられ、大急ぎで一つの舟橋(ポンツーン)ができてゆく。


「閣下!」


 駆けつけてきたディミトリが、カケドリから降りて敬礼をした。


「渡河の準備が完了しました。部隊ごとの二列整列が終わり、順番も徹底しました。これで迅速に渡れるはずです」

「そうか。ならいい」


 俺は応急架橋の現場を睨みながら言った。

 彼らも全力で仕事をしている。それが分かっていながら、作業は遅々としているように感じられた。

 時間がかかればかかるほど、キルヒナ兵が死ぬ。先程も空から見てきたが、ジーノ率いるキルヒナ方面軍の奮戦は素晴らしい。だが、いつまでも持ちこたえられるものではない。


「閣下、怒りを抱いているのは我々もです。必ずや、ルベ家に鉄槌を下しましょう」

 俺のしかめっつらが、怒っているように見えたのだろうか。ディミトリが言った。

「いいや、俺が怒っているのは、俺自身だ。あの馬鹿を放置して、我が家をガラ空きにしてしまった」


 俺は、内心でリャオを信じていたのだろうか?

 今となっては、良くわからない。信じていたような気もするし、信じていなかったような気もする。信じるべきでなかった、というのは事が起こってからの結果論にすぎない。

 ただ、確実に言えるのは、俺はキエンが死んだ際に、ルベ家という組織の評価を更新すべきだった。当主が変われば、当然組織の色彩は変化するのだから。リャオが当主に就任した時点で危険だという判断はできなくても、再評価はすべきだった。


「俺の失敗のツケを、今、キルヒナ兵が血と命で贖っている」

「戦争というのは、天才が最善を期しても人は死ぬものです」

「そうだな。だが……」

 死に方というものがある。こんな異国の地で殿軍を務めての死など、誰も望むまい。

「閣下……恐れながら、失敗を悔やむ時間があるなら、シビャク奪還の策を考えるほうが有益かと。今悔やんでも、戦死するキルヒナ兵が減るわけではありません。すぐ後に控えた、次の戦争で発生する死を、少しでも減らすことのほうが建設的です」

 ディミトリがひどく真っ当な指摘をした。

「そうだな。まったく、その通りだ」

 まったく、俺は部下に恵まれている。

「不安なのですか?」

「なにがだ」

「ふっ、珍しく失敗をして、部下から疎んじられるのが、です。私などは慣れっこですが、閣下は不慣れでしょう」

「……まあ、そうかもしれん。俺は、お前らに酷い仕打ちをしている」


 もし察知できていれば、一滴も流さずに済んだ血を、今は濁流の川のように流させている。それは、無駄な血だ。かつてのように、祖国を守るために嬉々として流す血ではない。


「ルベ家の裏切りを察知できなかったのは、我々もです」

「お前らは戦争のことだけ考えていればいい。政治に目を光らせるのは、俺の仕事だ」

「だとしても、人間の能力には限界があります。我々は、閣下が神の如き神算を巡らせなくても、責めはしませんよ。初陣から轡を並べて戦ってきた、(とし)の近い戦友を信じてしまった。なんだか、人間くさくて好感が持てますね。逆に少しも信じていなかったら、部下は怖がりますよ」

「まあ、それはそうかもな」


 初陣から轡を並べて戦ってきた、齢の近い戦友。

 たしかにそれは一字一句その通り、異論を挟む余地のない、紛れもない事実だった。キルヒナに観戦部隊として派遣されたときから、あいつはずっと俺の下にいた。


「さて、そろそろ行きます。順番は騎兵部隊が渡り終えた後、ですね」

「ああ。先行して周辺集落から食料を徴発させる。協力的なうちにな」

「了解しました。それでは」


 ディミトリは軽い敬礼をして、陣幕から去っていった。

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喜んで命を捨ててくれる将兵たち。 読者としては「できておる喃」とか「よか。じゃっどん、よか」とか「狂っている。だがそれがいい」とか言ってりゃいいんですが 仮に自分がそういう人たちを死なせなければいけな…
まー流石に、まだお熱拗らせて勢いで烏合の衆集めて蜂起するとは思わんよなぁ。
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