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第231話 アルビオ大評議会

 白旗をあげた船がやってきた、翌日。

 俺はアルビオ共和国の宮殿にやってきていた。


 プァルーネ宮殿という非常に発音しにくい名前の場所が、大評議会の、いわゆる国会のような機関がある場所らしい。

 宮殿といっても、アルビオ共和国は王のいない共和制国家なので、王様が住んでいるわけではない。

 ホウ家の精鋭五十名を従えてその宮殿に入った俺は、そこで条約を取り結ぼうとしていた。


「では、第二十四条――小アルビオ島より西においてシヤルタ王国が発見した陸地はシヤルタ王国に属するものとする、という文言(もんごん)についてですが」


 大評議会議長、ブルーノ・リーチが言った。

 どうも話を聞くと、この大評議会議長というのは二年おきくらいにコロコロ変わるものらしいので、次に来ることがあれば同じ立場の人間は別の人になっているだろう。


「はい」

「どのような意味で入れられた条項なのですかな?」


 ここは大評議が行われる部屋で、めちゃくちゃ広い。

 1,000㎡ほどの広さの部屋に、柱が一本もないので、構造力学的に大丈夫かと心配になるほどだった。


 三百七十一人いる評議会議員が、今その殆どが大集合し、大評議会議長とサシで話す俺を見守っている。


 その周りを、ホウ家の五十名の護衛が囲っている形であった。

 双方にリスクがあることで、やっと非暴力の信頼が成立する関係であるとはいえ、彼らにとってはかなりの冒険だろう。


「私は、いままで沢山の金を注いで、西方に移住地を探索してきた。言うまでもなく、先ごろ撃退した十字軍への備えだ。今はもう十字軍に種族ごと滅ぼされる危険は薄くなったとはいえ、陸地を発見した場合は、その支配権は我々にあることを確認したい」

「なるほど……もし陸地を発見した場合、それは共有してはいただけないのですかな?」

「それは致しかねる。貴国とて、国費で探索を行い陸地を発見したとしたら、わざわざ我が国に報告して分割して統治しようと申し出をするのかね」

「フム……」


 この大評議会議長というのは、単純に大評議会の賛成多数で成立するというものではなく、非常に面倒な手順で選出される。

 それは、原始的な共和制国家にありがちな、独裁を未然に防ぐ措置であるらしいのだが、有能が選ばれるとは限らなくなるのが問題だ。


 手順としては、代表議会議員371名の中から20名を(くじ)で選び、その20名が50名を指名して、その50名から籤で8名を選び、その8名が21名を指名し、その21名の多数決で大評議会議長を決める。

 なんのこっちゃと思うのだが、彼らにとっては、これは大評議会議長選出の投票権を絞りつつ、不正を除外し、適任者を収斂してゆくという優れた選出方式であるらしい。

 種類の違う籤が何回も介在する上、最終的には全議員の中のたった5.6%の人間による選挙になるので、確かに現議長が再選を狙うのは難しくなるようだ。


 これは五百年以上前からの伝統らしい。

 軍権に関する部分で議長の職権が増えたのなら、この選び方はどうかと思う。


「こちらとしては、第二十四条は常識の再確認というつもりでいる。貴殿は無視なされたが、その前条項、第二十三条に、我が国は大アルビオ島及び近海の島嶼に対して領有権及び租借権を主張しない、とある。それと均衡を図るために入れたものだ」

「ウム……」


 ブルーノ・リーチはもう七十歳を越えたような爺さんで、あまり頭脳が明晰なようには見えなかった。


「もし、我らが貴国の戦争に何らかの形で介入した場合も、領有権については一切主張しない。小さな島を一つ寄越せなどと言ったりはしない、という約束だ。些細なことながら、この条約ではどちらが優位ともなく不平等をなくしたい。もし第二十四条を認めないのなら、第二十三条と共に削除することになる」

「成る程……」

「では、これで終わりかな」


 条約の中で審議が必要そうなものはこれで全てだった。

 全体の構成としては、国交樹立とか不可侵だとかを含めた包括的なものとなる。


「条約の締結にはこれから評議を要するのであろう」

「その通りですな」

「では、その間、私は席を外すとしよう。居ないほうが審議も捗るであろうからな」


 俺は席を立った。



 *****



「失礼、ユーリ・ホウ陛下でしょうか」


 大評議室から出ると、そこには少し人種の違う人間が待っていた。

 どうやら出待ちしていたようだ。


 顔の彫りが深い。

 彫りの深さでいえば、ここいらやイイスス教圏の連中も大概彫りが深い顔立ちをしているが、この人のそれは、また違った感じだった。

 肌の色も濃く、砂茶けたような色をしている。


 俺は今までに一人だけ、このような人間を見たことがあった。


「いかにも。どなたかな」

「わたくし、エンターク竜王国から大使として遣わされております、ハキム・ハルサウィークと申します」


 ハキムと名乗った男は、そう言って大仰な立礼をした。


 やっぱり、そっち系の人だったか。

 この人の肌色は、俺が殺した竜騎士と似ていた。


 ていうか駐在大使とかいるのか。

 いてもおかしくはないが。


「すまないな、エンターク竜王国の礼儀作法にはとんと疎いので、なんとも返礼できかねるが……ご丁寧な挨拶、痛みいる」

「いえいえ、北方の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の王となれば、お目見えするだけで誇り高きこと」

「竜殺し? また古い話を」


 イーサ先生が昔、ココルル教圏では竜を殺したものは勇者として尊敬されるとか言っていたな。

 あの時はまさかココルル教圏の人と会うことなど人生でなかろうと思っていたわけだが、ここで現実になったわけか。

 人生なにがあるか分からんな。


 というか、俺は王ではないんだが。

 誤解があるようだが、訂正するのも面倒くさい。


「話に聞けば、空中にて槍で竜を貫き通したとか……」


 ううん……まあ嘘ではないが。


「嘘ではないが、あまり良くはない思い出だな。共に墜落して、俺の愛鳥は喪われてしまった」

 愛鷲という言葉はテロル語で表現しかねたので、愛鳥という言葉を使った。

「幼年の頃から共に育ってきた鷲であったゆえ、心を痛めたよ」


「なるほど。よろしければ、これから我が館にお招きし、ゆっくりとお話を聞かせて頂きたいのですが……」

「いや、すまない。これから師の議論を聴きに行かねばならぬ故、先を急ぐのだ」


 イーサ先生がカルルギ派の大主教と議論するのだ。

 急がないと始まってしまう。


「師と申しますと……?」

「イーサ・カソリカ・ウィチタのことだ。宗教上の対立を解決するため、こちらの大主教と討論を行う」

「イーサ、と申しますと、神逆者イーサのことでしょうか」

「そうだな」


 神逆者、獣の論者、舌禍の塔、論災、いろいろ通り名があるなあ。

 イーサ先生は凄いなあ。


「なるほど、それなら夕刻では?」

「予定が読めぬのでな。申し訳ないが約束はできない」

「構いませぬとも。エンタークの大使館と言えば、すぐに場所は分かるかと思います。夜中でも早朝でも、いつでもお越しくださいませ。お待ちしております」


 これ以上足を止めるのも失礼ということなのか、ハキムはスッと横にどいて礼をした。


「それでは、失礼する。時間が合えば寄らせてもらおう」


 俺は軽く頭を下げ、ハキムの横を歩き去っていった。



 *****



 ミィレル大教会には、大勢の信徒が集まっていた。

 公開討論にするとかいう話を、道中小耳に挟んだのだが、マジだったのか。


 参ったなこりゃ。勝手をやらかしてくれるもんだ。

 というか、なにやら大教会の前に明らかに毛色の異なる者たちがいて、口論をしていた。


 イーサ先生の護衛に回したホウ家の精鋭たちと、教会の僧兵たちだ。


「ユーリ閣下!」


 俺が近づくと、ホウ家の兵が気づいた。


「なにをしている」

「公開討論に、我々警備を入れぬというのです」


 向かい合っているのは、どうも教会に属する僧兵のようだった。

 腰には棍棒のようなものを下げている。


「イーサ先生は?」

「こちらに……」


 いんのかよ。


「通してくれ」


 俺が言うと、ホウ家の兵たちはするすると割って道を開けた。

 すぐにイーサ先生が見えたので、ほっと一安心する。


「ですから――、こちらの方たちは――」


 と、何か僧兵とホウ家兵の間で一生懸命通訳をしているようだ。

 大人数の大人の男たちが興奮してまくしたてるために、通訳がおいつかないらしく、困り果てた様子であった。


 なにをやっているのか。


「イーサ先生」

 シャン語で声を掛ける。

「あっ、ユーリさん。ああ、すみません、お忙しいのにご足労いただいて……」


 イーサ先生は、よっぽど往生していたのか、俺を見てホッと安心した様子だった。


「俺が話をする! 代表者は誰だ!」


 俺はテロル語に切り替えて大声で叫んだ。

 すると、やはりこいつかという偉そうな兜飾りをつけた男が出てくる。


「私が、当教会の警備責任者だ」

「それで?」


 俺はテロル語で、僧兵の中で一番偉そうに口を利いていた者に向かって言った。


「市民を集めて、公開討論をすると? それで我が方の護衛を教会に入れるのは断ると言いたいのか?」

「そうだ! 信徒でもない者を、教会にいれられるものか」


 馬鹿かこいつは。


「公開討論に集まった衆人に、暗殺者でも紛れ込んでいたらどうするのだ?」

「こちらが警備をする!」

「もし、訳者が害されたらどのように責任を取るのか聞いているのだ。わかっているのか?」

「責任はとる」


 はー。馬鹿の相手って疲れる。


 というか、アルビオ共和国の大評議会のほうは、訳者がイーサ先生であろうと察していたようだが、教会のほうは知らないのだろうか?


「取れるのか? この女性が害されることになれば、休戦協定も条約締結も当然白紙になる。国家間の大問題に発展し、アルビオ共和国の未来を左右するのだ。貴様がその責任を取れると?」

「むっ……」


 イーサ先生は獣級の異端者だし、当然指名手配され首に賞金もかかっている。

 不特定多数の民衆の前で姿を晒して討論させるなど、許せることではない。


 これほどの大都市に一人もカソリカ派のスパイが入り込んでいないとは思えないし、入り込んでいたら喜んで暗殺を実行するだろう。

 指名手配されているのだから、暗殺の可否を本国に問い合わせる必要もない。

 勝手に実行をし、成功すれば大金が手に入るし、なんなら列聖してもらえる。連中にとってはやり得だ。


「そもそも、その条件では公開討論などさせん。中止だ。大主教猊下にそうお伝えしろ。今すぐにだ」

「――おい! 使いを出せ!」


 警備責任者が言うと、手下の一人が急いで走っていった。


「ユーリさん」


 イーサ先生が言う。


 イーサ先生は、晴れの舞台に備えてか、袖などに細やかな刺繍の入った、フードのついたゆったりとした黒い僧服を着ていた。

 なんともイメージが違う。

 髪は結いまとめて、帽子を被っている。


 こんな服を着ているイーサ先生は初めてみる。

 少し樟脳の匂いがするところを見ると、教皇領時代に着ていた服を大事にしまっておいたのかもしれない。


「どうも、私の訳した聖書を読んだ方々が、私の話を聞きたいようなのです。できれば中止にせず、お話をしたいのですが……」


 はぁ?


 と、思わず声が出るところだった。


「そんなの、どっかのホールを借りてすればいいでしょ」


 俺が端的に解決策を提示すると、イーサ先生はびっくりした顔をつくった。

 えぇ……。


「ホールが借りられないなら、港の一角で話を聞いたっていいでしょう。なにも他所の宗派の大教会を借りてやらなくても……」


 ていうか最悪の選択だと思うんだが。


 書簡の交換の続きをするって話だったから、軽く会合みたいなもんをして小一時間ほど話をするだけと思っていたのだが、イーサ先生はここの教会で伝道めいた演説をするつもりだったのか。

 首都で一番デッカイ、たぶんカルルギ派の総本山と思われる教会だぞ。


 いやいやいや、そんなことしたら、いくらなんでもお相手さんキレるって。

 ヤクザもん相手に散々横紙破りをしてきた俺がいうのもなんだが、その考えやべーって。


「……すみません、それはそうですよね……少し盲目になっていたようです」


 イーサ先生は、少し頭が冷えたような顔をしている。

 やべーな。

 昔の研いだカミソリのようだった頃のイーサ先生に戻っていたのだろうか。


 せめて無宗教の施設でやろう。

 わざわざ他の宗派の最も神聖な聖堂に出向いていって、そこで喧嘩をする必要はない。

 いくらなんでも、どうかしてるよ。


「まあ、とにかく公開討論は取りやめです」


 悪い予感しかしねーし。


 というか、訳者がイーサ先生だと察しがついたのはいいのだが、それは聖書販売戦略上伏せておいてほしい事項なんだが。


 公開討論て。

 秘密にすることが流通を長続きさせる条件なのに。


「ホールかなにかを借りて、読者を集めて少し質疑応答をして、それで終わりにしましょ」

「ユーリ・ホウ様!」


 僧兵が帰ってきた。


「護衛の警備を許可するとのことです。どうかご入場を」


 はぁ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 先生が相手をぶち殺す気満々で草
[良い点] イーサ先生がやばすぎる
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