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第196話 王都一景

 剣戟の音が収まり、解錠してドアを開けると、そこには二人の騎士の骸が横たわっていた。


「二人か」

「はい、閣下。三人は投降いたしました」


 ホウ家の騎士が言う。


「あれでも人望があったのだな」


 部屋の中で銃声が聞こえた後、護衛の五人は大量のホウ家の兵に囲まれ、投降を促される手はずになっていた。

 投降を呼びかける声は部屋の中からでも聞こえたが、二人は抵抗して、こうして死んでいるわけだ。


 命を賭して忠義を尽くそうという輩がいたことになる。


「ユーリくん、幾らなんでも、二人くらいは戦うでしょう。腐っても将家の腹心の部下ですよ」

「言われてみれば、そうかな」


 ここに連れてきたということは、手勢の中で最高の五人という事だろうからな。


 だが、やっぱり死ぬまで戦うというのは凄いことのように思える。

 普通の戦争のように、何割かで生き残るという状況ではなく、ほぼ確実に死ぬという状況で、誰かを守るために死ぬというのは、なかなか出来ることではない。


 騎士の場合は、誰かのためと死ぬというよりは、家柄とかの背景があって、それに殉じて死ぬわけだけど。


「おい、ディミトリに、軍を起こすように伝えろ」

「ハッ!」

「そっちは、ルベ家への鷲便に飛んでいいと伝えろ」

「ハッ! 了解しました!」


 伝令の騎士たちが、ビシッと敬礼をしたのち、走っていく。


「上手く降伏するでしょうか」

 ミャロが言う。

「たぶんな」


 伝単(ビラ)を持った天騎士は、既に飛び立っている。


 オローンがどちらの選択をしても、ボフ家の権威を失墜させる必要はあったからだ。

 魔女との密約を暴露し、ボフ家の売国を非難する伝単は、各都市に散布する必要がある。


 オローンの登城と同時に出発させたので、近い街では既に撒かれているかもしれない。


「内容を変えたのは良かったと思います」


 伝単に書かれた密約の内容は、少し変えてある。


 1:ボフ家の人員最大二千名に対するクラ人と同等の権利の付与。


 これを、二千名から二百名に変えた。

 魔女からしてみれば、守るわけのない空約束なのだから、二千名だろうが二万名だろうが構わなかったのだろうが、これは大盤振る舞いすぎる


 二千名だと、ボフ家の者は、それなら自分も入っていたかも、助けようとしてくれていたのかも、と思ってしまうだろう。

 二百名であれば、”見捨てられた”と直感的に思う。


 その件を本家に問い詰めても、まさか「この部分は嘘だ。他のところは合っている」と言うわけにはいかない。

 ボフ家本家は「全部嘘だ。これは策略だ」としか言えないのだから、だとしたら二百名にしてしまったほうがよい。


 終わったあとに騙されたことに気づいても、騎士たちにはもう頼れる主家はいない。


「あれで士気を下げれば、大軍で囲めばあっさり降伏するだろう。ボフ家領には大した都市はないからな。問題はコツラハくらいだ」


 コツラハは、ボフ家の領都だ。

 空から見ると、丘もなにもない平野部にポツンと建っている都市なのだが、全周を城壁で囲んでいるのが厄介だ。


 周囲に川はないのだが、どうも地下水脈に恵まれているらしく、井戸を掘ると割と簡単に水が出るので、水にはあまり苦労しないのだという。

 城壁の外に堀がないのが弱点で、城門に王城島のような跳ね橋が作れない。

 その代わり、城門の両脇に、城壁から半円が突き出る形の塔が建っていて、そこが攻撃拠点になっている。


 城門の門扉も観音開きではなく吊り下げ式で、俺は降りている所を見たことがないのだが、王城にあった絵付きの資料は見た。


 昔、ボフ家の前身であるムーラン家というのが無茶な叛乱をしたので、王城は一時期ボフ家を要注意として監察しており、コツラハの城門を撤去させた。

 十年ほど経ってほとぼりが冷めると、やっと直させたのだが、その時城門は新しくなり、当時最新のものになったらしい。


 絵図を見ると、ブ厚い木材が主材で、それに念入りに格子状の鉄を張ったものらしい。

 実際の耐久性はわからないが、破壊するのはかなり骨が折れそうだ。


「そうですね。あの門は立派です。けっこう犠牲がでるかもしれません」


 ミャロが言った。

 そう言いたくなるのが分かるくらい、上空から見ても立派な城門なのだ。


 どうするか。


 そりゃ、城攻めなんてまともにしたら、犠牲者の千人くらいは出るよな。

 降伏するったって、兵がいくら降伏したくても、実際はボフ家の残った連中が決めることなんだし。


 士気は低下していても、城壁に守られた場所にいたら、やっぱり兵は戦うだろう。

 包囲されて槍を突きつけられているわけではない。


「十字軍が来るまで三ヶ月か四ヶ月……そうか」


 名案を思いついた。


「それなら、攻める必要もないな」


 良く考えたら、ボフ家の中枢にいる腹心の連中なんて死んでもいいしな。

 俺が攻めるのに難儀する都市なら、十字軍だって難儀するはずだし。


 要塞ブッ壊した大砲みたいのをまた作ってくれるなら、それはそれで大助かりだ。


「そうだな。そうしよう」

「えっ」

「わざわざ戦う必要ないもんな。門だけ閉じさせて、あとは十字軍に任せよう。それがいい」


 うんうん。

 それでちょっとでも足が止まってくれれば万々歳だし。


「兵糧攻めですか。兵糧攻めじゃないけど……」

「降伏しなかったら、十字軍が来るまで待って、あいつらを置いて王都まで下がろう」


 決まりだ。

 ボフ家はまだ兵を招集していないから、兵の大部分はコツラハとは別のところにいる。

 コツラハにいるのは、せいぜい二千人かそこらだろう。


 包囲するなら二箇所ある城門を見ていればいいのだから、そこまで人数は必要ない。

 三ヶ月かそこら、押さえつけておけばいい。


「あ、ミャロは北に来なくていいからな。今回は、ディミトリと俺でやる。お前は、王都で魔女の後始末を続けてくれ」

「分かりました」


 ミャロが頷く。

 こうしているが、ミャロは超多忙だ。


 魔女は、迅速な裁判でどんどん刑が決まっている。

 三審制なんていう制度はないので、裁判は一回で終わるから、仕事が早い。


 市中の情報屋や、耳ざといが金はないホームレスのような連中を雇って、魔女の名前を告げて被害者を集める。

 被害を受けた証人が罪状を告発して、弁護人が抗弁をして、判決が出て、裁判は終わりだ。


 おそらく微罪であろうという人間の中で、ミャロが有能さを認めたものは、保釈されて王城に戻って働いていたりもする。

 官僚機構がメチャクチャになってしまったので、今年の王都の徴税や予算管理などはまともにできないだろうが、それはもう仕方がない。


「それじゃ、俺は王都で用事を済ませたあと北に向かうから。よろしくな」


 ディミトリあたりは分かっているが、他の奴らの中には「敵は殺せ。殺すが功名じゃ」的な物分りの悪いやつが大勢いるからな。

 指導してやらんと闇雲に殺しかねん。


「用事ってなんですか?」

「先生のところに顔を出さないと」


 イーサ先生のところに、まだ顔を出していない。

 さすがに顔も出さないのは不義理だ。


「ああ……気をつけてくださいね。先生は今、ずいぶんと人気者のようですから」


 人気者?


「人気者ってなんだ」

「うーん……説明するより、行けば分かると思いますよ」

「ふうん。わかった。そうするよ」


 よくわからんが、行ってみよう。



 *****



 俺は別邸に行くと、服を制服に着替え、帽子と大げさなマフラーで顔を隠し、学院まで歩いていった。


 街はそう混乱してはいない。

 大通りには武装したホウ家の衛兵が等間隔に立っており、小道も警邏班が巡回している。

 そいつらは教育が行き届いている部隊を選んだから、市民に金をせびったり無体を働いたりするわけではない。


 市民は普通に歩いている。

 治安も保たれている。

 ただ、新しい支配者にどう接していいのか分からず、ビクビクしているような不安感だけが漂っていた。


 俺は学院の門をくぐると、学舎に向かう。

 騎士院は通常通りやっているはずだが、教養院のほうは休校になっているはずだ。

 そもそも、学長のイザボー・マルマセットからして、こいつはヴィヴィラ・マルマセットの姉なのだが、一連の騒乱のドサクサで殺されてしまっている。


 騎士院のほうも、中にはボフ家やノザ家の係累が沢山いるだろう。

 これからどうなるか分からない。


 騎士院のカリキュラムも、古めかしいものは変え、新しくしなければならない。

 急激な変化は混乱をもたらすが、もう騎士院も槍振りと古い戦略ばかり教える時期は過ぎている。


 一般課程の学舎に入り、イーサ先生の準備室に向かう。


 すると、そこには教養院生が六人も立っていた。

 なんだろう。

 部屋の前に並んでいるのなら分かるが、ただバラバラに立って、丸っきり不審者の格好をした俺を、訝しげに見ている。


「すまないが、君たちは何をしているんだ? 質問待ちか?」

「イーサ・ヴィーノ先生を待ってるのよ」


 待ってる?


「じゃあ、イーサ先生はいないのか。どこにいる?」

「どこに居ますか、でしょ。居丈高に言わないで」


 トゲトゲしいな。


 なにか騎士院と教養院で軋轢でも生じたのだろうか。

 まあ、軋轢自体はずっと昔から絶えたことがないので、今更の話なんだが。


 俺が魔女の権威を地の底まで叩き落とすようなことを、熱心にやったせいで、何かしらパワーバランスに変化が起きたのかも知れない。

 かも知れないではなく、確実にそうだろう。


 まあ、どうも俺とタメか少し年上くらいに見えるし、ここは敬語を使っておこう。


「イーサ先生はどこにいますか?」

「分からないわ。だからここで待っているんでしょう」


 そりゃそうか。


「そうなんですか。では、あなたたちは何で待っているんですか?」


 テロル語の質問か?

 まあ、それ以外ないんだけど。


「イーサ・ヴィーノ先生は、ユーリ・ホウの恩師でしょう。口添えを頼みに来たのよ」

「ハ?」


 思わず声が出てしまった。

 俺?


 口添え……?

 まあ恩師というのは間違っていないが。


「何の口添えを頼もうと? ちなみに、僕はユーリ・ホウと知り合いです」


 というか本人ですが。


「お婆様の助命嘆願よ。他の子は……まあ色々だけれど」


 その女が、目を他の子に向けると、


「私は……お母様に言われて、お家の仕事を……」


 などと、勝手に喋りだした。

 なんか色々あるんだな。


 イーサ先生も逃げたくなるほどか。

 待ちだけで六人だもんな。


『あなた達、テロル語の講義は受けているのですか?』


 俺はテロル語で言った。


『受けてますっ』


 と答えたのは、後ろに居た子一人だけだった。

 他のは、何を言い出しとんだ、とポカンとしている。


 一人だけかよ……。

 そもそもイーサ先生は講師なのだから、講義も取ってないなら何も関係がないんだが。

 イーサ先生だって、講義で見たこともない顔が押しかけてきて、ユーリとの繋ぎになってくれと言われたら、さすがに困るだろ。


 教養院関係で俺と関わりがある人が少なすぎて、イーサ先生までお鉢が回ってきてるんだろうか。

 騎士院には遠征関係で俺と関わりがあった者が腐るほどいるはずだが、そっちに行くのは気が引けるのかもしれない。


 イーサ先生以外だと、リリー先輩とシャムは南に逃げてしまっているから、あとは印刷関係の二人しかいない。

 この調子だと、あっちも大変なはずだ。


 ピニャは……話が通じないだろうから、コミミに行くんだろうな。

 思えば、あいつは本当に苦労の星の下に生まれてきたような女だな。


『本当に知らないのですか?』

『知りません。私はテロル語の質問をしに来たのに……』


 かなり流暢じゃないか。

 カタコトのレベルを踏み越えて、普通に会話できるレベルに到達してる。


『どんな質問ですか?』

『この文章です』


 彼女は、一冊のテロル語の本を持っていた。

 イーサ先生に借りたのだろう。俺も読んだことのある本だった。


 これなら答えられそうだ。


『……されば戒には反すれど、情を忘るるは御宸襟(ごしんきん)に沿わぬものとぞ……』

『この戒ってなんですか?』

『ああ、これは十戒の歌のことを指しているんですよ。知ってます?』

『ああ、托鉢僧の』

『そうそう、托鉢修道会の教歌です。まあ、ここもいきなり出してくるので混乱しますよね』


 不親切なんだよな。

 イイスス教の話をコミカルに纏めた説話集のような本なんだけど。

 けっこうコアな知識も知ってる前提で書いてあるから困る。


『なるほどです……あと、これは?』

『サヨゴロモ……あー……これはイーサ先生に聞いたほうがいいかも』

『分かりませんか?』

『分かりますが……ちょっとこれは説明しにくいですね』

『大丈夫です。お願いします』


 あー。

 まあ、俺に説明したときはイーサ先生も大分言いにくそうだったからな。

 バトンタッチするのもどうなんだろう。


 いっそインクで消してしまったらいいのに……。


『小夜衣、これは隠語で……ええと、その、売春婦の方が性病を防止するために、あそこに綿を詰め込むんです。それのことですね』

「えっ!」


 少女は驚いたように言って、バタンと勢いよく本を閉じた。

 屈辱を受けたように、顔を赤面させる。


 セクハラになったか……。


『すみません。やっぱりイーサ先生にお任せしたほうがよかったですね……』

『い、いえ……聞いた私が、悪いので』


 顔を真っ赤にして、肩をプルプル震わせている。

 なにやら背徳感があるなこれ。


『それじゃ、僕はイーサ先生を探しに行きます。テロル語、頑張ってください』


 このままだとヤバい感じの変態になってしまうので、俺はこの場を離れることにした。

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