第126話 異物
「では、鷲を供出する五名は決まったな。残りは、ギィ、ディラン、ハック、ミーラを除き、シヤルタに帰参することにする。臨時の部隊長はエフィー、お前だ」
そう下令すると、王鷲隊の面々は、一斉に敬礼した。
エフィーというのは、俺が火炎瓶を落とした時に率いていた五騎の中で、最も腕前が良いと思われる奴だ。
こいつを頭にすれば、海峡を渡るのもそう難しくはないだろう。
同道させる四人も、その時の連中だ。
食料の問題から、鷲を二十数羽も余分に連れて行くのは難しい。
偵察に使うなら四羽程度で十分だし、残りは余分だ。
「これを貸してやる」
と、俺は愛用のコンパスをエフィーに渡した。
「後で、必ず返せ」
「了解しました。必ず返します」
一度は海を超えるのに成功したコンパスだ。
ぶっちゃけ、精度が違うというほどのものではないが、気分的に隊員を安心させる足しにはなるだろう。
「では、五名はただちに鷲に乗り、市門へ向かえ」
この五名の鷲は、悪くなっていて、海峡渡りには使えない鷲だ。
どこが故障しているというわけではないが、軽い痛みを感じているのか、動きがぎこちなかったり、バテていてスタミナが無かったりと、調子が悪い。
城で防戦をしながら一週間も休めば、飛べるようになるだろう。
もちろん、それを待つことはできない。
「ギィ、お前は城へ飛び、市門にある五羽を交換して欲しい旨、連絡しろ。残り三名はここで待ち、他の者の支度を手伝え。質問はあるか?」
俺は、一同を見回した。
質問はないようだ。
「よし。それでは行動を開始しろ」
***
カケドリに乗って市門に戻るころには、市門の近くに王鷲が繋がれ、組み分けは終わっているようだった。
陽はもうすっかり登っている。
かなり近くに寄ると、めいめいが小集団を従え、指図しているのが見て取れた。
俺が駆けてくるのを見つけると、ミャロが馬にのってやってきた。
ミャロが馬を止めようと手綱をたぐると、馬は軽く前足を振り上げ、ブルルルと嘶いて大げさに止まった。
「おっとっと」
どうにも、まだ慣れないらしい。
「失礼しました」
「組み分けは終わったのか」
「はい。とりあえず、ギョームさんを合わせて、二十九名に十人づつ、彼には九名任せました」
三百人は、ぴったり市門に来れたらしい。
一人くらい、行方知れずになったりはぐれる奴が出てもおかしくないと思ったがな。
それより、
「あいつを隊長にしたのか」
「いけませんでしたか」
うーん。
まあ、構わんか。
「いや、それでいい。それより、炊き出しの方は進んでいない様子だな」
「はい。千人規模の炊き出しとなると……色々と戸惑っているようです。やはり、各人十名の指揮といえども、すぐに手足のようにはならないようで」
そりゃそうか。
「市門の中に入って、避難民の中から料理に得手な奴を探して手伝わせよう。隊のやつらには、とりあえず天幕を立てさせて、鍋なんかをかき集めさせてくれ」
「あっ、はい。分かりました」
ミャロへの指示が終わったので、俺はカケドリの頭を返し、キャロルのほうを向いた。
「キャロル、お前は馬に乗ったまま、鷲を降りた五名五小隊を指揮しろ。やつら、リャオに指図されるのは慣れていないはずだ。お前がやったほうが馴染むだろう」
「了解した」
「俺は、さっき言ったギョームのところへ行って、あいつに指示して料理人を探す。どこにいる」
「リャオさんのところに居ます。あそこです」
ミャロは、馬に跨ったまま指でさした。
市門の左のほうか。
「わかった。じゃあ、始めといてくれ」
***
ギョームの小隊は、リャオに荷物を運ぶ仕事をさせられていたようで、のそのそと木箱を運んでいた。
「リャオ、ちょっとこいつらを借りるぞ!」
騎上から大声でそう言うと、10メートルほど先にいたリャオは、手を振って答えた。
勝手に持っていってくれ、ということだろう。
「なんだ?」
ギョームが言う。
「炊き出しが滞っているから、市門に入って避難民の中から料理のできるはしこいのを連れてくる。手伝え」
「……はぁ。難しいぞ」
後ろに控えている、九人の面々を見ると、なんともダルそうな顔をしていた。
元気がなく、ハキハキとした感じがない。
それでも、なんとか従い、背筋を伸ばして気をつけをしているのは、教育の賜物だろうか。
それとも、理屈をこねて脅しすかして従わせているのだろうか。
「お前、頭はいいのかも知れんが、人望はないな」
「………」
ギョームは無言でこちらを睨んでくる。
だって、見るからにそうなんだもん。
顔つきはそう悪くもないが、どうも学者タイプで、なんとも身なりが悪い。
目つきも悪い。
人がついて行きたくなる雰囲気がない。
「ま、それでもいい。とにかく俺を手伝え。指揮官がこの市に詳しい方が上手くいく」
「なぜ、俺をそうまでして使いたがるのだ」
別に、こいつを見込んでるわけじゃないんだけどな。
なんとなくキャラが立ってるから、ちょっと弄ってみたいというか。
有能だったらもったいない、というか。
「勘違いをするな。お前を使いたいわけじゃない。お前が無能なら他の者を使うだけのことだ」
……とはいえ、こいつも余計な苦労を背負ってるわけだからな。
給料が同じなのに管理職の仕事を回される、というのも可哀想な話だ。
「終わるまで働いたら、どこへなりと紹介状を書いてやる」
「紹介状など、いらぬ」
要らないらしい。
「勝手にしろ。去るなら、他のものを充てがう。それだけのことだ」
***
市門をくぐり、避難民がうじゃうじゃしているところに入ると、俺は財布から金貨を何枚かポケットに移した。
「おい、これをやる。雇う料理人、一人に一枚ずつくれてやれ」
俺は、自分の財布を投げた。
ボスッ、とギョームの手に収まる。
「いいのか。逃げるかも知れぬのに」
ギョームは、財布と俺を交互に見ながら言った。
ギョーム自身が財布を持って逃げるかもしれんぞ。ということだろう。
「一々理屈っぽい野郎だな。そんなもんは度量の問題だ」
持ち逃げや使い込みのリスクを怖がって、誰にも金を預けないのでは、組織は窮屈な仕事を強いられ、上手く回らなくなる。
このくらいなら、こいつを試す意味でも使ってしまって惜しくはない。
というか、金貨がン十枚入ってる財布って、かなり重いから持ちたくないんだよな。
カフなんか年中腰にぶら下げてたせいで腰痛になってたし。
「フゥム……」
「さっさと心当たりを探せ。わりと本気で急いでるんだ。俺は、その辺見まわって、出来そうな奴を探してみる」
「了解した」
ギョームは頷いた。
「おい、貴様ら。これより俺たちは料理人を探す……」
訓示を垂れ始めたのを後ろに聞きながら、俺は鳥の向きを返して歩を進め始めた。
チラチラと避難民の持ち物を見ながら、歩いてゆく。
食は足りていないわけではないようで、飢餓で頬がこけている、シビャクのスラムにいるようなのは少ない。
大鍋でも抱えていてくれりゃあ、わかりやすいんだけどな。
うー……ん。
よく見ると、子連れも結構いるな。
あかんぼ背負ってるのもいる。
こればっかりは、荷物だから置いていけ、とは言えない。
幼児用に一つ馬車を割く必要があるかな。
飯が消費されて減るごとに馬車は空いていくわけだから、だんだんと徒歩がきつくなった人々を乗せるゆとりが出てくるかもしれない。
「……ん?」
俺の目に、一人の人間が目に止まった。
そいつは、頭から肩にかけて黒に近い灰色の布を被っており、それは大して珍しくはないのだが、その布がやけに質がよかった。
縁にレースがついていて、織りも良い。
細い糸を手間暇かけて織らなければ、こうはならない。
逃げ遅れた魔女家の者か?
と思いつつも、近寄って顔を見ようとする。
まさか、暗殺者ではないよな。
近くに行き、つぶさに観察すると、姿形は女のようには見えなかった。
服も男物だし、かなりガタイのいい。
「おい。そこの者、布を取れ」
俺は、片手杖を柄に持ち変えながら言った。
「ッ………」
「そこの、上等の布を頭からかぶった貴様だ。お前しかおらんぞ」
すると、布の中で身動ぎした。
右腕が抜けて、左の腰に行ったのが、シルエットから分かる。
武器を抜くつもりだ。
次に右腕が動いた時、俺はわかっていた腕の動きに杖を合わせた。
鞘から白刃が抜き放たれた次の瞬間には、腕が伸びる前に、ステッキの持ち手がしたたかに手首を打ち据えていた。
衝撃で手放された短刀が、宙に踊った。
めきっ、という手応えは、やはり女の細腕を撃ったような感触ではない。
返す刀で、頭を強く叩くと、布がはがれた。
やはりというか、女ではなく男だった。
というか、見覚えがある。
「刃物を手放したぞ! 取り押さえろ!」
俺がそう叫ぶと、周りにいた男の衆が、少し遅れて覆いかぶさった。
たちまちのうちに捕縛され、組み伏せられる。
「貴様……ジャコ・ヨダだな」
もうずっと昔のように思えるが、俺が最初にリフォルムへ来た時、星屑を寄越せだのとわけのわからんことを言ってきた阿呆だ。
こいつは近衛のはずなので、決戦を前にして離任を許される役柄ではない。
つまりは、脱走兵の可能性が極めて高い。
この野郎。
あんだけ他人に偉そうなことをほざいておきながら、いざ戦争って時には逃げんのか。
ブチ殺してやろうか。
一瞬本気で斬り殺そうか悩んだが、避難民に与える影響を考えると、それは悪いことしかなかった。
「何か申し開きはあるか」
もし、王家から特別の許しが出ていたらコトなので、一応聞いてみた。
「貴様に俺を捕縛する権利はないッ! 直ちに縄を解けッ!」
申し開きはないようだ。
「口を塞いで、黙らせろ」
俺がそう言うと、周りの男たちがジャコの口に布を詰め込んだ。
「こいつは、近衛軍の脱走兵だ。城兵に引き渡さなければならん。誰でもいい、兵を呼んできてくれ」
ジャコは強く首を振り、口から布を吐き出した。
「劣勢となれば友邦を見捨てる臆病者共に、俺を裁く権利があるものかッ!」
こいつ、なんらかの精神病なんだろうか。
裁くのは俺たちじゃないんだけど。
キルヒナに引き渡すって言ってるのに。
すぐに、再び口の中に布が押し入れられた。
「気が向いたなら、死なない程度に殴ってもいいぞ」
俺がそう言うと、やはり脱走兵には憎しみ倍増なのか、男たちはジャコをボコリ始めた。
脱走兵は死刑と決まっているので、こいつの命もここまでだろう。
待っているうちに、近場にいた城兵が連れられてきた。
「見ての通り、ドサクサ紛れに脱走を企てた痴れ者だ。役職は知らんが、近衛の騎士で、ジャコ・ヨダという」
「あぁ……分かりました。連行いたします」
「頼むぞ」
ジャコは、憎々しげにこちらを見ながら、城兵に引っ立てられて行った。







