表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/333

第115話 襲来

 がしゃん、と音が鳴ったのは、二日後の昼間のことだった。


 その時、ちょうど二階の書斎で待機していた俺は、治りかけた足で急いで窓際に向かった。

 開け放った窓から見ると、村の入り口で騎馬が五騎、つったってなにやら足踏みのようなことをしている。


 石と金物が起こした突然の大音量が、馬を驚かせたのだろう。

 馬を落ち着かせているようだ。


 俺は、高鳴る心臓を抑えながら、用意してあった笛を思い切り吹いた。

 ピーッ、という高い音は、敵方にも聞こえただろう。

 が、作戦がキャロルと協同して行うものである以上、キャロルと間違いなく連絡することのほうが重要だ。


 もちろん、五騎は笛の音を察知し、こちらを見た。

 俺は用意してあった弓を取る。


 狩猟を生業(なりわい)にしていたらしき家に置いてあったもので、今まで使っていた短弓ではなく、猪にも使えるような長弓だ。

 これなら、射程が全く違う。


 ぎゅっうう、と引き絞って、標的より若干上を狙って射放った。

 曲射された矢は、ゆるいカーブを描き、騎馬とはかけ離れた地面に突き刺さる。

 俺は文字通り矢継ぎ早に矢をつがえ、射放っていった。


 ストンストンと矢が地面に突き刺さると、遠すぎて解らないが指揮官が指示をしたようで、五騎のうち四騎が、こちらに向かって走って来た。


 攻撃の規模から、敵が少数であり撃滅可能であると考え、叩き潰すことに決めた。

 が、万が一目算が外れた場合、情報を持ち帰らせるために一騎残す。

 そんなところだろう。


 向かってきた四騎は、流石に馬の扱いに慣れているようで、弓を警戒して小刻みに蛇行しながら近づいてきた。

 あっという間に距離を稼ぎ、村を端から端まで横断して、俺のいる村長の家に辿り着く。


 が、いくら馬が達者でも、馬に乗ったまま家の中を捜索することはできない。

 馬を降り、可能であれば馬がどこかへ行ってしまわぬよう、馬留めになる何かに手綱を巻きつけておきたいところだ。

 もちろん、村長の家の玄関には、来客のための馬留めがある。


 騎兵たちは馬を降り、馬留めに一瞬で手綱をひっかけると、ドアを蹴破った。

 鍵をかけていないので、蹴破る必要はないのだが、当然鍵はかかっているものと考えたのだろう。


 ドカドカという音が一階に響き渡ると、俺は弓と矢を放り捨てて振り返った。

 連中は、弓の射手が二階に居ると知っている。

 最低限の警戒をしながら、一直線にここに来るだろう。


 俺は家を横断し、家を挟んで玄関と反対側の窓に辿り着いた。

 窓の上辺にはロープが括りつけられており、そのロープは低く地上の木の幹まで伸びている。

 もう一度笛を吹き、キャロルに知らせると、用意しておいた丈夫なズボンを手に取り、それをロープに引っ掛けた。


 俺は窓の桟を蹴り、空中に身を躍らせた。

 ザーッという音がして、勢い良く地面に降りてゆく。


 終点に用意された藁にズボっと膝から突っ込んだ。

 左足の膝が地面にぶつかり、ズキンと盛大な痛みを伝えてくる。


 立てるか?


 その前に、振り返って窓を見た。

 そこに兵が顔を出しているようなら、即ロープを切らなければ、向こうもここに来るだろう。


 が、それをする前に、ボッ! と、くぐもった音が聞こえた。

 音の殆どが地面に吸収されたのか、音は小さかった。

 代わりに、地面が一瞬、痙攣したように揺れた。


 ベキッベキッ、と、木材を力任せに折ったような音が、建物全体から響き始めた。


 地下室に生じた急激なガス膨張によって、全体を支える梁がいっぺんに破壊された家は、穴に落ちながら傾げるように崩壊を始めている。

 崩れ落ちてくる。

 狙い通り、俺がいるほうに倒れてきたので、地面を這うようにして木の影に隠れた。


 轟音と同時に、風圧と粉塵が頬を撫でる。

 しばらくして木陰から姿を表すと、そこは瓦礫の山と化していた。



 ***



 家に入ってきた四人は、この有様では重症は免れないだろう。


 だが、一応念のため、松葉杖の代わりに置いてあった槍を手にとった。

 瓦礫から這い出てきたら刺してやろう。


 この槍は、人用のものではなく、狩人が熊を相手にするのに使う、鎧通しのように頑丈な穂先のついた槍だ。

 あのカンカーのような達人が相手でなければ、これで戦えるだろう。


 杖を頼りに歩き、地下室の外出入り口のところへ向かった。

 そこには、粉塵をもろに被ったキャロルがうつ伏せに倒れていた。


「おいっ、大丈夫か?」

 俺はしゃがみこみ、仰向けにすると、キャロルの肩を掴み、揺すった。

「んっ……」


 キャロルは、一度目の笛で一階から地下室に入り、地下室経由で外へ退避しつつ、二度目の笛で火薬に着火する係だった。

 地下室の入り口を見ると、頑丈に作られた扉ははじけ飛んでしまっている。


 予想以上に火の伝わりが早く、扉の金具に棒をかけたあと、一緒に吹き飛ばされたのかもしれない。


「うー、んん……」

「おい、しっかりしろ」


 頭を強く打ったりしていたとしても、申し訳ないが体を気遣ってやっている暇はない。


「うっ……あっ、ああ……っ! どうなった!?」


 意識がはっきりし始めると、一気に状況を思い出したようだ。

 この様子なら大丈夫か。


「わからん。歩けるか?」

 キャロルは辛うじてその手に手杖を握っていた。

「もちろんだ。馬は?」

「まだ確認してない」


 といいつつ、玄関の方向を見ると、少し吹いている風に清められた粉塵の向こうで、馬が繋がれたまま(いなな)いているのが僅かに見えた。


 馬が無事なのは計算づくだ。

 ()()()()()()()()()()()()

 地下室で爆発が起こり天井が崩れれば、家は玄関の反対側に倒れるように崩れてゆく。

 結果、馬は無事なはずだ。

 事実、無事だった。


 だが、馬はいやに興奮していた。

 まあ、目の前の建物が轟音を立てて崩れれば、身の危険の一つや二つ感じるだろう。


「大丈夫そうだ。行くぞ」

「うん」


 キャロルの手をとって、引っ張り起こす。

 瓦礫の横を通って、急いで馬のところへ行く。


 馬は、やはり大騒ぎに騒いでいた。

 足を怪我しているとはいえ、乗馬にそこまで支障が出るとは思わないが、暴れ馬と手綱の引っ張り合いっこをするのは、さすがに遠慮したい。


「どう、どう」


 と、結んだままの手綱を握って引っ張った。

 落ち着け、落ち着け。


 馬は、ブルルルと鳴くばかりで落ち着かない。

 鳥だったら、目を見るとなんとなく意が通じる感じがして、すぐ落ち着かせることができるのだが、馬はそうはいかないらしい。


 根気よく続けていく他ないか。


「ど、どーどー」


 キャロルが隣で、見よう見まねで手綱を引いている。

 俺より馴染みやすさを感じるのか、刺々しい雰囲気がないからなのか、キャロルが挑戦している馬のほうが、興奮から冷めてきているように感じる。


 そちらの雰囲気に引きずられてか、こっちの馬も落ち着いてきたようだ。


「先に乗ってみろ」


 と、キャロルを促す。

 キャロルのほうの馬は、既に「人が乗ったらすぐにでも振り落としてやるぞ」という気分は失っているように見えた。

 御するには苦労しそうだが、乗ったらなんとかなるだろう。


「わかった」


 キャロルは馬の左側に回って、鐙に足を通すと、杖を持ったままぐっと馬に乗り上がった。

 馬の様子を見ながら、馬留めから手綱を外す。


 暴れる様子がないので、そのまま手綱をキャロルのほうに放り投げた。


 俺の馬のほうもおとなしくなったので、長柄の槍を一度地面に刺し、手綱をほどいて馬にまたがった。

 多少慌てている雰囲気はあるが、元が軍馬だけあって落ち着きがいい。


「行こう」


 手綱をさばいて馬を転回させ、村の入り口に向ける。


 俺は、自分の目を疑った。

 一人残された偵察が、まだそこにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ