第115話 襲来
がしゃん、と音が鳴ったのは、二日後の昼間のことだった。
その時、ちょうど二階の書斎で待機していた俺は、治りかけた足で急いで窓際に向かった。
開け放った窓から見ると、村の入り口で騎馬が五騎、つったってなにやら足踏みのようなことをしている。
石と金物が起こした突然の大音量が、馬を驚かせたのだろう。
馬を落ち着かせているようだ。
俺は、高鳴る心臓を抑えながら、用意してあった笛を思い切り吹いた。
ピーッ、という高い音は、敵方にも聞こえただろう。
が、作戦がキャロルと協同して行うものである以上、キャロルと間違いなく連絡することのほうが重要だ。
もちろん、五騎は笛の音を察知し、こちらを見た。
俺は用意してあった弓を取る。
狩猟を生業にしていたらしき家に置いてあったもので、今まで使っていた短弓ではなく、猪にも使えるような長弓だ。
これなら、射程が全く違う。
ぎゅっうう、と引き絞って、標的より若干上を狙って射放った。
曲射された矢は、ゆるいカーブを描き、騎馬とはかけ離れた地面に突き刺さる。
俺は文字通り矢継ぎ早に矢をつがえ、射放っていった。
ストンストンと矢が地面に突き刺さると、遠すぎて解らないが指揮官が指示をしたようで、五騎のうち四騎が、こちらに向かって走って来た。
攻撃の規模から、敵が少数であり撃滅可能であると考え、叩き潰すことに決めた。
が、万が一目算が外れた場合、情報を持ち帰らせるために一騎残す。
そんなところだろう。
向かってきた四騎は、流石に馬の扱いに慣れているようで、弓を警戒して小刻みに蛇行しながら近づいてきた。
あっという間に距離を稼ぎ、村を端から端まで横断して、俺のいる村長の家に辿り着く。
が、いくら馬が達者でも、馬に乗ったまま家の中を捜索することはできない。
馬を降り、可能であれば馬がどこかへ行ってしまわぬよう、馬留めになる何かに手綱を巻きつけておきたいところだ。
もちろん、村長の家の玄関には、来客のための馬留めがある。
騎兵たちは馬を降り、馬留めに一瞬で手綱をひっかけると、ドアを蹴破った。
鍵をかけていないので、蹴破る必要はないのだが、当然鍵はかかっているものと考えたのだろう。
ドカドカという音が一階に響き渡ると、俺は弓と矢を放り捨てて振り返った。
連中は、弓の射手が二階に居ると知っている。
最低限の警戒をしながら、一直線にここに来るだろう。
俺は家を横断し、家を挟んで玄関と反対側の窓に辿り着いた。
窓の上辺にはロープが括りつけられており、そのロープは低く地上の木の幹まで伸びている。
もう一度笛を吹き、キャロルに知らせると、用意しておいた丈夫なズボンを手に取り、それをロープに引っ掛けた。
俺は窓の桟を蹴り、空中に身を躍らせた。
ザーッという音がして、勢い良く地面に降りてゆく。
終点に用意された藁にズボっと膝から突っ込んだ。
左足の膝が地面にぶつかり、ズキンと盛大な痛みを伝えてくる。
立てるか?
その前に、振り返って窓を見た。
そこに兵が顔を出しているようなら、即ロープを切らなければ、向こうもここに来るだろう。
が、それをする前に、ボッ! と、くぐもった音が聞こえた。
音の殆どが地面に吸収されたのか、音は小さかった。
代わりに、地面が一瞬、痙攣したように揺れた。
ベキッベキッ、と、木材を力任せに折ったような音が、建物全体から響き始めた。
地下室に生じた急激なガス膨張によって、全体を支える梁がいっぺんに破壊された家は、穴に落ちながら傾げるように崩壊を始めている。
崩れ落ちてくる。
狙い通り、俺がいるほうに倒れてきたので、地面を這うようにして木の影に隠れた。
轟音と同時に、風圧と粉塵が頬を撫でる。
しばらくして木陰から姿を表すと、そこは瓦礫の山と化していた。
***
家に入ってきた四人は、この有様では重症は免れないだろう。
だが、一応念のため、松葉杖の代わりに置いてあった槍を手にとった。
瓦礫から這い出てきたら刺してやろう。
この槍は、人用のものではなく、狩人が熊を相手にするのに使う、鎧通しのように頑丈な穂先のついた槍だ。
あのカンカーのような達人が相手でなければ、これで戦えるだろう。
杖を頼りに歩き、地下室の外出入り口のところへ向かった。
そこには、粉塵をもろに被ったキャロルがうつ伏せに倒れていた。
「おいっ、大丈夫か?」
俺はしゃがみこみ、仰向けにすると、キャロルの肩を掴み、揺すった。
「んっ……」
キャロルは、一度目の笛で一階から地下室に入り、地下室経由で外へ退避しつつ、二度目の笛で火薬に着火する係だった。
地下室の入り口を見ると、頑丈に作られた扉ははじけ飛んでしまっている。
予想以上に火の伝わりが早く、扉の金具に棒をかけたあと、一緒に吹き飛ばされたのかもしれない。
「うー、んん……」
「おい、しっかりしろ」
頭を強く打ったりしていたとしても、申し訳ないが体を気遣ってやっている暇はない。
「うっ……あっ、ああ……っ! どうなった!?」
意識がはっきりし始めると、一気に状況を思い出したようだ。
この様子なら大丈夫か。
「わからん。歩けるか?」
キャロルは辛うじてその手に手杖を握っていた。
「もちろんだ。馬は?」
「まだ確認してない」
といいつつ、玄関の方向を見ると、少し吹いている風に清められた粉塵の向こうで、馬が繋がれたまま嘶いているのが僅かに見えた。
馬が無事なのは計算づくだ。
地下室は土間の下にはない。
地下室で爆発が起こり天井が崩れれば、家は玄関の反対側に倒れるように崩れてゆく。
結果、馬は無事なはずだ。
事実、無事だった。
だが、馬はいやに興奮していた。
まあ、目の前の建物が轟音を立てて崩れれば、身の危険の一つや二つ感じるだろう。
「大丈夫そうだ。行くぞ」
「うん」
キャロルの手をとって、引っ張り起こす。
瓦礫の横を通って、急いで馬のところへ行く。
馬は、やはり大騒ぎに騒いでいた。
足を怪我しているとはいえ、乗馬にそこまで支障が出るとは思わないが、暴れ馬と手綱の引っ張り合いっこをするのは、さすがに遠慮したい。
「どう、どう」
と、結んだままの手綱を握って引っ張った。
落ち着け、落ち着け。
馬は、ブルルルと鳴くばかりで落ち着かない。
鳥だったら、目を見るとなんとなく意が通じる感じがして、すぐ落ち着かせることができるのだが、馬はそうはいかないらしい。
根気よく続けていく他ないか。
「ど、どーどー」
キャロルが隣で、見よう見まねで手綱を引いている。
俺より馴染みやすさを感じるのか、刺々しい雰囲気がないからなのか、キャロルが挑戦している馬のほうが、興奮から冷めてきているように感じる。
そちらの雰囲気に引きずられてか、こっちの馬も落ち着いてきたようだ。
「先に乗ってみろ」
と、キャロルを促す。
キャロルのほうの馬は、既に「人が乗ったらすぐにでも振り落としてやるぞ」という気分は失っているように見えた。
御するには苦労しそうだが、乗ったらなんとかなるだろう。
「わかった」
キャロルは馬の左側に回って、鐙に足を通すと、杖を持ったままぐっと馬に乗り上がった。
馬の様子を見ながら、馬留めから手綱を外す。
暴れる様子がないので、そのまま手綱をキャロルのほうに放り投げた。
俺の馬のほうもおとなしくなったので、長柄の槍を一度地面に刺し、手綱をほどいて馬にまたがった。
多少慌てている雰囲気はあるが、元が軍馬だけあって落ち着きがいい。
「行こう」
手綱をさばいて馬を転回させ、村の入り口に向ける。
俺は、自分の目を疑った。
一人残された偵察が、まだそこにいた。







