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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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2☆着きましたけど

 

 るなは助手席で身を固くしていた。


真鈴まりんって名前はママが付けたんだ。早くしてあたしを身ごもって引退しちゃったから、自分の代わりにアクアマリンをしょって立つ子に育ってほしいとかなんとかでさ。似合わないよねぇ。もうちょっとかっこいい名前が良かったんだけどな……。あっ、ところで、お嬢さんのお名前は?」


 運転席には、るなと同じくびしょ濡れのままのエース。くせっ毛なのか、緩くウェーブのかかった薄茶色の髪がペタンと貼り付いている。発進前に2人とも車内でタオルドライはしたのだが、さすがに完全には乾かないので車内温度をだいぶ上げてくれた。

 結局、ホテルまで送ってもらうことにしたるな。真鈴の年齢を知っているのでお嬢さん呼ばわりには納得いかないが、ドルフィンズに移籍することになった経緯は話したくなかったので、自分の素性は黙っておくことにした。

 車内は爽やかな香水の香りで満たされている。常に汗をかくスポーツ女子には香水愛用家が多い。真鈴もその1人だろう。むせかえるような甘ったるい香りは苦手だが、こちらはグリーンティーのような落ち着く香りだ。

 窓の外は未だスコールに覆われている。屋根を打つ雨音も一向に弱まる気配がない。すれ違う車もまばらだし、あのまま2時間びしょ濡れで待ちぼうけになっていたら……と思うと真鈴には感謝しかない。


「るな……です」


 今は条件付きでドルフィンズに呼ばれた夕海るなだと知られたくない。生まれつきのエリートには、自分のような野球にしがみついている人間など底辺と思うに違いないからだ……。

 とりあえず敬語を徹底する。ここからホテルまでどれくらいかかるのか分からないが、身バレしない程度に話すことにした。

 神月真鈴こうづきまりんは日本人の父とアメリカ系セシアナ人の母を持つ。父はアクアマリンの現監督であり、母はその元エースピッチャー。サラブレッドの遺伝子と恵まれた身体能力で、アクアマリンのエースを受け継いでいるセシアナナンバーワン人気の選手だ。

 そんなトップレベルの選手が隣にいる。しかも機作に話しかけられている。しかも……。

 話しかけられるたび、くっきり二重の涼しげな目元がこちらに向くのでドキドキする。中性的なルックスは、異性よりも同性のファンが多いというのも納得いく気がする。『華がある』とはこういう人間のことを言うのだろう……。

 るなにとって、真鈴はテレビの中の人だ。日本のスポーツニュースでも、セシアナリーグは度々取り上げられていたし、野球女子なら誰もが目指す世界大会にも選抜された実績がある。

 年齢だけでいえば大卒でプロ入りしたるなのほうが2つ上ではあるが、高卒でプロ入りするなり大活躍のアクアマリンのエースは、ちんちくりんで中途半端な成績の自分からすれば雲の上の存在……。

 なのだが……。


「るなかぁ。うん、見た目もかわいいけど、名前もかわいいね。それで? 休みはいつ? 1人で来たんでしょ? よければこの真鈴様が色んなとこ連れてってあげるよ?」


 ……クールな見た目とは裏腹によく喋る……。

 そしてチャラい……。


「だ、大丈夫です。忙しいんで……」

「へぇ? でもほら、さっきみたいにバス間違えたりスコールに当たる心配もないよ? あたし、チームの本拠地は北だけど生まれはこっちだから詳しいんだ」


 そう、アクアマリンが属するノースリーグの本拠地は北島。一方、るなが先ほど契約を結んだドルフィンズはこちらの南島、所属はサザンリーグである。

 るなは真鈴のプロフィールや性格までは詳しくないし、ましてやここまでよく喋るチャラい選手だとは知るはずもない。スポーツニュースではクールかつ爽やかな印象であったのに、人見知りなるなにとっては一番苦手なキャラであった。


「えっと……まだこっちに来たばっかで休みとか分かんないし、引っ越しとかもあるんで出かける時間ないと思います……」


 嘘ではない。日本では見かけない大きな葉の街路樹を横目で見ながらきっぱり断った。


「つれないなぁ。引っ越しってことは、出張じゃなくてしばらくいるんでしょ? だったら暇な時遊べる友達いたほうがいいと思うよー?」


 ふふっ、と得意げな笑顔でアピールしてくる真鈴。グイグイされればされるほど引いてしまうタイプがいることを知らないのだろうか……。とりあえず聞こえないふりをした。


「ねぇ、聞いてる? せっかくのドライブなんだからさぁ、もうちょっと話そうよー。るなは日本のどこに住んでたの? やっぱり東京?」


 いきなり呼び捨てなのは覚悟していた。日本以外では大概の国がそうだからだ。それに、国内でもこちらが知らなくとも、観客のほとんどが呼び捨てだった。有名になるとはそういうことだ、と兄も言っていた。


「……ホテルって、あとどれくらいで着きますか?」

「え? もしかして話逸らしたー? まぁいいけどさ……。そうだなぁ、今日は道も空いてるし、あと40分もあれば着くんじゃないかな。なんせ逆方面のバスに乗っちゃってたみたいだからね。あれ? そういえばあのデカいトランク持って歩いてたってことは空港から乗ったの? いや、空港からあそこまでのバスあったっけかな……」


 球団本社の近くから乗った、とは言えず「40分ですか」とだけ返した。嘘がバレたらめんどくさそうだし、ごまかすのが一番だ。

 とはいえ、迷子&スコールから救ってくれた恩人をあと40分も無視し続けるわけにもいかない。かといってドルフィンズに入団した経緯をエリートの真鈴には知られたくない。るなは話題を真鈴に向けることにした。


「ま、真鈴さんこそ、どこかへ行く途中だったんじゃないんですか? まだシーズン中なんだし……」

「あー、あたし? 昨日先発だったから今日はオフ。お婆ちゃんが入院したって言うからお見舞いに行ってたんだ。今日は実家に泊まるつもりで寄ったら、ママが色々とぐちゃぐちゃうるさいから出てきちゃったよ。んで、気晴らしにドライブしてたとこ」


 あははっ、と苦笑いする真鈴。監督である父は四六時中一緒にいるだろうが、現役を引退している母は南島に残っているのでたまにしか会えないはずだ。中学生の時に母を亡くしているるなからしてみればもったいないなと感じてしまう……。


「ねぇ、るなは野球、好き?」

「え……」


 ストレートな質問にドキリとする。気付けば住宅はまばらになり、逆に商業ビルが増えてきた。先ほどバスの中から見た建物もある。球団本社に近づいてきたのだ。

 ほとんど信号もなくスムーズに走っていた車がゆっくりと停止する。目の前のトラックのテールランプと同じ赤信号。真鈴が答えにつまっているるなのほうへ向いた。いつの間にかサングラスをかけ直していた。


「いや、別に嫌いでも興味ないでもショック受けないよ、あたしは。こっちでは日本人プレイヤーはめっちゃ人気だけど、日本じゃまだまだ女子野球はマイナーなんでしょ?」

「マイナー、なのか分かんないですけど……見たことは……あります」


 これも嘘ではない……。見たことはあるし、やったことだってある。なんなら現在進行形だし、なんならこの3年間それでご飯を食べてきている。


「そっか! あたしのこと知ってるんだもんね。あっ、そうだ! 来週うちの試合見に来なよー。この辺からだとアクアドームまでハイウェイで3時間くらいだし、るなかわいいからいい席取ってあげるよー」

「え、え、えっと……あっ、信号変わりましたよっ」


 嫌でも来月、アクアドームの特等席で真鈴の姿を見ることになる。シーズン中は基本的にサザンリーグ内で戦うのだが、ノースリーグのチームとも三ゲームずつ試合が組まれているのだ。

 だからきっと、三塁側ベンチという特等席で……。


「あ、そろそろ左側に見えてくるのがオーシャンドームっていって、ドルフィンズっていうチームの本拠地ね。正直そんなに強くないから眼注にはないんだけどさ、マネージャーだったかなぁ? 1人、めっちゃ奇麗な日本人スタッフがいてさぁ。そうそう、去年入ったリホって子もかわいいんだぁ」


 真鈴はどうやら日本人贔屓らしい……。

 美人マネージャーとはきっとトウコのことだ。リホという選手も知っている。大学時代に何度か対戦したことのある長身の選手だ。確かにリホも顔はかわいい……。

 ビルも疎らになり、空が広くなった。左前方に丸い屋根が青くライトアップされている、大きな建物が近づいてきた。


「あれがオーシャンドーム……」


 オーシャンドーム。これから、るなの第2の野球人生になる拠点地だ。ドーム状の屋根の頂点には、ドルフィンズのシンボルマークであるイルカが空高く舞い、あいにくの雨の中でもるなを歓迎するかのように光り輝いている。


「奇麗でしょ? こうして夜に見るのもいいんだけどさ、この球場の向こうはすぐビーチでね。日中は高い所から見ると、バックの海に映えるからそれもそれで奇麗なんだ」

「ほんと……奇麗ですね」

「でしょ? あぁ、奇麗と言えば、もう1人……んー、名前は思い出せないけど、奇麗な日本人選手がいるんだよなぁ」

「……顔なんですか?」

「え?」

「いや、プレイとかじゃなくて、顔が好きなのかなって……」

「うん! だから、るなも好きだよ?」


 流し目をよこされてドキッとした。さらりとものすごいことを言われた気がする……。これも外国特有のど直球だ。変化球な言い回しが多い日本人にとっては心臓に悪い……。


「あはっ。ごめんごめん! 日本人はあんまりこういうの慣れてないんだよね? でも、ほんとにかわいいよ……」


 ポシェットを抱き抱えていたるなの両手を、真鈴の左手が。そっと覆う。マメだらけのるなの手とは違い、柔らかい女性の手だ。るなはとっさに身を引いた。驚いた真鈴が横目で「ひどっ」と呟いた。


「手握るのもダメなの? これだから日本人はさぁ……」


 ふふっ、と不適な笑みを浮かべ、真鈴はハンドルを左に切った。言葉の続きが気になったが、あまりいい内容ではない気がしてるなはドアにもたれ小さく縮む。

 その時、ポシェットの中のスマホがブーブーと震動しだした。気まずい空気から開放される……! るなは急いで応答ボタンをタップした。


『もしもし、るな? チェックインは大丈夫だった?』


 トウコの声だった。救いの女神だ。るなは左耳にスマホを持ち直し、「い、いえ、まだ……」と口ごもる。


『えっ? まだ着いてないの? もうとっくに着いてるだろうと思って電話したのに……』

「えっと、それがですね……」

『じゃあ今どこにいるの? 迎えに行くから。近くに何がある?』

「んっと……」


 るなは真鈴の視線を感じつつも、必死に読める建物名を探す。だが、先程左に曲がってからは商業ビルらしきものが極端に減っていた。ポツリポツリとはあるが、るなの英語力が車のスピードに追いつけない。そうこうしているうちに海が見えてきた。


「もうすぐ着くよ。電話切って」


 徐行した真鈴が耳打ちしてきた。今度は右に曲がる。るなはホッとして「あっ、もうすぐ着きます!」と繰り返す。

 真鈴の告知通り、車は地下駐車場へ滑り込んだ。薄暗い地下にも関わらず、真鈴はサングラスをしたまま器用に駐車する。1人だけさっさと降りると助手席側に回り、「さっ、どうぞ?」とドアを開けてくれた。


「着きましたよ、トウコさん! あぁ、よかったぁ」


 安堵で声を高ぶらせ、るなは促されるまま降車した。心細かった。真鈴のおかげだ。


『本当? 間違いないのね? ホテルの名前は?』


 ドアを閉めると、車からカシャッと音がした。ロックがかかったのだ。だが、まだるなのトランクを積んだままだ。すたすたと歩き出した真鈴の背を追いかける。取り出してもらわなければ……。

 親切にフロントまで案内してくれるつもりなのだろうか。チャラいと思っていたけれど、やはりいい人には違いない。球団マネージャーとしてトウコからも礼を言ってもらったほうがいいだろうか?

 それより先に、トウコを安心させなければ……。目に入ったエレベーターの看板を告げる。


「えっとですね……オネ、ニ……ゲト? かな?」

『……オネニゲト? そんなホテル、あったかし……えっ、待って! それってワンナイ……』


 その続きは聞こえなかった。真鈴がひょいっとスマホを取り上げたからだ。「あっ」と手を延ばしたるなに背を向け、勝手に喋り出した。


「大丈夫でーす。ちゃんと送り届けますんでー。んじゃ」


 画面を一度だけタップしたのが見えた。通話を切ったらしい。そのまま長い足を包んでいるジーパンのポケットに突っ込んでしまった。振り返った真鈴はにっこり笑った。


「んじゃ、行こうか」




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