表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

1☆大人なんですけど

 


 6月某日。セシアナ・セントラル空港。亜熱帯の湿気を帯びた熱気と、南国特有の甘い香りがるなを包んだ。

 海外遠征の際によく使用していたトランクがいつもより重たい。一週間前に急遽決まった出国。数ヶ月もの滞在となると、何をどこまで積めていいやら分からず、入るだけ詰め込んできた。重さで操縦が上手くいかず、たまに踝に当たるので地味に痛い……。


「Smile for the camera!」


 何度目かの激突に悶絶していると、前方からフラッシュをたかれた。顔を上げるとカメラマンと目が合う。もう一度パシャッと光った。


「あー……いきなり変なとこ撮らないでくださいよぉ」


 るなは苦笑する。だが現地のカメラマンには日本語が通じないらしく、にこにこと写真を撮り続けている。

 この国では日本語が大体通じるとはいえ、学生時代、もっとちゃんと英語の勉強しとくんだったな……と、空港内で早くも反省するるなだった。

 セシアナは少数の原住民と様々な移住民が和やかに暮らす、南半球に浮かぶ小さな島国。

 国土は日本列島の約半分。ひょうたんのような形をした本島は北島と南島に別れており、それを取り囲むように小さな島々が点在している。

 文化も様々な異国の色が見られるが、近年はジャパンブームが続いており、『日本人にも住みやすい国』として、観光や移住が増加している。


「あっ、あれかな……?」


 るなは待ち合わせの目印としている時計台の下まで来た。カメラマンも相変わらずついてくる。待ち人たちは数人いるが、いずれも外国人なのでるなの待ち合わせの相手ではなかった。

 道路で渋滞でもしているのだろうか……。るなはトランクを脇に寄せ、空港内の大きな広告を見上げた。日本の化粧品会社、着物会社、食品会社がずらりと並んでいる。予想以上に流行っているらしい。

 セシアナのジャパンブームの引きつけになったのは女子野球だ。大リーグでの日本人の活躍もあり日本ではプロ野球に隠れがちだが、このセシアナでは女子野球が人気ナンバーワン。日本でプレイしていた選手も多く引き抜かれ、移籍している。

 夕海ゆうみるなも、その1人だ。

 しかし、るなの移籍に関しては条件付きで……。


「ハーイ! 長旅お疲れ様、夕海るなさん」


 数時間のフライトなのに、すでに日本語が恋しくなってきたるなに、サングラスをかけた女性が近付いてきた。


「電話では何度かお話ししたけど、初めまして、ね」


 女性はサングラスを取ってにこっと微笑んだ。見たところ日本人だが、小柄なるなが見上げるほどすらっと背が高い。


「えっと……及川さんですか?」


 るなは早足で距離を縮める。急な方向転換でバランスを崩したトランクが左右にどたどた暴れた。


「そう。球団マネージャーの及川桐子おいかわとうこよ。トウコでいいわ。よろしくね、るな」

「はい! 夕海るなです、よろしくおねがいします!」


 スポーツ女子らしい元気な挨拶で深々と頭をさげるるな。トウコは慌てて「おっと」とるなのトランクに手を延ばす。トウコの行動で、海外で荷物から手を放す危険を思い出した。


「あっ、すいません!」

「いいわよ。疲れたでしょう? 車まで私が運ぶわ」


 トウコは慣れた手付きでトランクを転がし、カメラマンに流暢な英語で話しかけた。何往復かのやり取りでカメラマンは「OK!」と手を振り、去って行った。「行きましょうか」とトウコが先導する。

 ココナッツのような甘い香りが漂う空港内。様々な国語が飛び交う到着ロビーを抜けながら、トウコは今日のスケジュールを早口で並べだした。


「まずは球団本社で本契約とお偉い様たちにご挨拶。その時に球団規則や年間スケジュールなんかも簡単に説明するわね。1時間後に入団会見。そのあとは……」

「え、え、ちょっと待ってください! 入団会見って今日やるんですかー? 私、長いこと飛行機乗るからめっちゃラフな格好で……」


 るなが足を止めると、トウコも数歩先で止まり振り返った。頭頂部からつま先まで、トウコの視線が一往復する。

 身長151センチ。眉ラインと肩で切り揃えられた黒髪は、いわゆる『おかっぱ』。ふんわりした襟付きのワンピースと斜めがけのポシェットが、小柄なるなをより幼く演出している。


「確かにまぁ……それじゃちょっとね。スーツは?」


 トウコがトランクを指指す。るなは申し訳なさげに眉尻を垂らし、首を横に振った。


「仕方ないわね。じゃあユニフォームを用意させるか……」


 言いながらスマホを耳に当て、トウコは早足で進み出した。るなも慌てて小走りで追う。

 自動扉が開き、南国の風がるなの黒髪を揺らした。空が広い。そして青い。通話中のトウコの背を追い、だだっ広い駐車場に辿り着いた。


「外国人寮があいにくいっぱいでね、るなにはしばらくショートステイ用のホテルで過ごしてもらうわ。先に送ってた荷物と必要な物はもう部屋に入れておいたから。あの辺は治安もいいし、コンビニとか店もいっぱいあるし生活はしやすいと思う。1ヶ月分は球団が出してあげるけど、その間に寮が空いたら入ってもいいし、寮がダメなら部屋を借りてね」


 やっと通話を終えたトウコがエンジンをかけ、さらっと放つ。助手席に促されたるなの、シートベルトにかけた手が止まった。


「えっ、自分で探すんですか? しかも1ヶ月……。探せるかなぁ……。私、英語全然できなくて……」

「もちろん部屋探しは私も手伝うから安心して? 知ってると思うけどチームメイトには日本人も何人かいるし、どこがオススメだとか住みやすいだとか聞いてみるのもアリよ?」

「はぁ……」


 自慢じゃないが、自他共に認める人見知りなるな。学生時代は内気で、るながスポーツ少女だと初対面で認められたことがないほどだ。

 だが、社会人、ましてや異国の地。プロ野球選手たるもの、人見知りなどしてる場合ではない……。ニヤリと口角を上げる兄の顔が目に浮かぶ。


『野球ができるならどこでもいいじゃん。修行だと思って行ってこいよ』


 セシアナでは日本人プレイヤーが人気だから髪型はおかっぱがいいだとか、外国では貴重品を手放しちゃダメだからポシェットをかけて行けだとか、住まいは球団が用意してくれるから心配ないだとか……。

 あの口角の意味を、今更理解した。今頃腹を抱えて笑っていることだろう……。

 4つ年上の兄の影響で野球を始めた。現在、日本のプロ野球選手として活躍しているので、未だるなのお手本であり、よき相談相手でもある。

 だが、こうしてちょいちょいからかいを入れてくるのが玉に瑕だ。妹がかわいいからこそのからかいだと弁明してはいるが、異国の地で1人心細いるなの心情には最悪すぎる……。


 ※


 本社と会見会場での出来事は、正直何も覚えていない。慌ただし過ぎて何も覚えていない……。

 プロ入りした際に入団会見をしたことはあるが、ドラフト4位での指名だったるなは、5位・6位の選手と3人での会見だった。記者の数も、今日の半分程度だった。

 未だフラッシュの残像と英語ラッシュでクラクラするるなに、トウコが駆寄ってきた。スマホをスーツの内ポケットにしまい、代わりに車のキーを取り出した。


「疲れたでしょう? ホテルまで送ってあげるつもりだったんだけど、ちょっと緊急の仕事が入っちゃって……。悪いんだけどホテルのマップ、ラインに送っておくから1人で行ける?」


 行ける? と聞かれて、緊急の仕事が入ったマネージャーに『行けません』と言えるわけもない。なんなら一晩一緒にいてほしいところだが、「大丈夫です」とぎこちなく笑ってみせた。

 最後に停留所までの行き方を説明し、トウコの車は去って行った。1人取り残されたるなは、トウコの説明通り西を目指し、球団本社を後にする。

 停留所にはすんなり辿り着けた。バスはすでに到着していたので急いで乗った。なんとかなった……。るなは一安心でシートにもたれた。


 ※


 西日は傾き、ポチポチと街灯が灯り始めた。20分ほど乗車し、車内アナウンス通り、ホテル最寄りの停留所で降りた。


「……え、どこ?」


 ……つもりなのだが、トウコの送ってくれたマップに載っている建物が一つもない。きょろきょろしても、どれ一つとして目印になる建物が見当たらない。見渡す限り豪勢な住宅しかなかった。ただの高級住宅地のようだ。


「え、え、え? 待って待って? バス間違えた?」


 ぶるっと身震いした。合っていますようにと祈りながらバス停を見上げる。『SUNNY TOWN』と書いてあった。マップは『SHINY TOWN』になっている……。

 車内アナウンスを聞き間違えたらしい……。

 そもそも、乗車した時点で行き先を確認していなかった。心身共に疲弊していたし、トランクも重かったので、疑う暇なく飛び乗ってしまった……。


「さいっあく……」


 るなは愕然とする。夕方だというのに、人っこ1人歩いていない。住宅地なので人は住んでいるのだろうが、まさかピンポンして尋ねるわけにもいかない。たまにものすごいスピードで広い通りを駆け抜けていく車があるだけ。

 乗車した停留所まで一度戻ろうか……。るなは向かいの時刻表を覗き込み、更に愕然とする。


「2時間後とか……嘘でしょー!」


 めまいがした。纏わり付く湿気は熱いのに、鳥肌が立った。頭が真っ白だ。通り過ぎる車両にタクシーの影はない。

 疲労と絶望で、トランク片手に座り込んだ。脳天に水滴が当たった。るなは空を見上げた。一気に雨が落ちてきた。スコールだ。あっという間にずぶ濡れになった。

 助けを求めようにも、頼れるトウコは緊急の仕事中だ。電話したところできっと出ないだろう……。雨宿りする屋根も草木もなく、るなはただ歓迎の雨に打たれ続けた。


「ハーイ! お嬢ちゃん、家出? それとも迷子? 困ってるなら乗って行く?」


 しゅわーっという水音を立てながら、一台の車が泊まった。ウインドーが開き、サングラスをかけた青年がるなを見下ろしてきた。

 欧米系の白い肌。ふわふわとした柔らかそうな薄茶色の髪。耳障りのよいハスキーボイスは、ルックスに似合わないほどに流暢な日本語だった。

 そりゃ乗せてもらいたいに決まってはいるが、軽いノリで男性に『乗って行く?』などと言われ、ほいほいとお願いするほどるなもおバカではない。ましてや異国の地。治安は悪くないと聞くセシアナでも、いい人ばかりではないはずだ。

 るなは眉をハの字にし、座りこんだまま、黙ってぶんぶんと首を振った。意思が通じなかったのか、青年はウインドーも閉じなければ発進もしない。断ったるなを、首を傾げて覗き込んでくる。


「あれ? 日本人だと思ったけど、もしかして日本語通じない?」


 通じないのはそっちでしょ……と心の中でツッコみ、るなは小さく「大丈夫です」とつぶやいた。


「え? 何?」


 青年はついに車を降りた。エンジン音と雨音で聞き取れなかったのだろう。自分も濡れてしまうというのに、小走りでるなの元へくるとしゃがんで目の高さを併せてきた。


「ずぶ濡れじゃん。どこまで行きたいの? スコール、しばらくやまないから送って行くよ」

「だ、大丈夫です! バス待ってるだけなんで……」

「あぁ、やっぱり日本人か。観光客? ママとはぐれたとか? 何年生? スマホは持ってる?」


 ……この人は決してバカにしているわけではないのだろう。心の底から心配しているのが伝わってくる。そうは分かっていても、日本国内ですら幼くみられるるなも、さすがに『ママとはぐれたの?』にはグサッときた。

 すくっと立ち上がり、しゃがんだままの青年を見下ろす。


「私、大人です! 仕事で今日初めて来て、ちょっとバス間違えて途方にくれてただけなので」

「え? 仕事……?」


 ぱかんとお間抜けに口を開ける青年。つま先から頭の先まで、ゆっくりと視線を這わせてくる。疑問の色しかない。そのリアクションに、るなのプライドがまたも傷ついた。疑っているのがみえみえで心が折れそうだ。


「と、とにかく、お構いなく。大人なので自分で行かれますから」


 大人、を協調したのがおかしかったのか、青年はぷっと噴き出して「オーケー、オーケー」と両手を広げ立ち上がった。少し長めの前髪から、滴が滴っている。


「いや、失礼。レディが困っているんだと思ったからさ。でも覚えておいたほうがいいよ? セシアナはスコールが多い。車がないなら傘かタオルは持ち歩きなね」


 言いながら、青年は後部座席にあった大きめのバッグから、水色のバスタオルを1枚取り出し「はい」とるなの頭にかぶせた。


「あげるよ。でもそれ、来月発売の試作品だから、他の人に自慢したりしちゃダメだからね。君だけの宝物にして?」


 極上のウインクをよこしてきた。いや、だが、今更かぶせてもらったとて……と青年を見上げる。自慢するなと言う自分が自慢げだ。タオルが秒でびしょびしょになっていく。


「……ありがとうございます。でも、もう意味なさそうなんで大丈夫です」


 悪い人ではなさそうだ。無理矢理乗せようともしないし、自分だって濡れるのを覚悟で降りてきてタオルまでくれた。

 だが、傘ならまだしも、絶好調なスコールの下、バスタオルだけ渡されても、水分で重い荷物になるだけ……。

 天然なのか……?


「えっ? それ、発売前だって言ってんじゃん。発売されたら秒で完売するかもだよ? レアになるかもなんだよ?」


 さっきまでのドヤ顔はどこへやら、青年は両手をバタつかせだした。欧米人特有のオーバーリアクションで慌てるほど、これのどこにそんな価値があるのかと頭の上のタオルを広げてみた。

 水色のベースに白地で『AQUAMARINE』の文字。先頭の『A』の中央は銀糸で宝石型にかたどられている。

 よく知っているロゴだ……。

 アクアマリンはセシアナリーグの最強チームと言っても過言ではない伝統ある女子野球チームだ。女子野球をやっていれば知らない人はいない代表的なチームである。


「え……お兄さん、アクアマリンの球団関係者なんですか?」


 驚いたるなが顔を上げると、青年は困ったように眉を寄せ「ひどいなぁ……」とサングラスを外した。


「お兄さんはないんじゃない? アクアマリンは知ってて、あたしのこと知らないとかないよねぇ?」


 るなはぱちくりと瞬きする。苦笑するその表情には見覚えがある。見覚えどころか、画面越しに何度も見たことが……。


「こ、こう……」


 ずぶ濡れのタオルにもう一度目を戻す。右下に白文字でフルネームと『11』のナンバー……。


「気付いた?」


 最強アクアマリンのエースは、満足げにニカッと笑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ