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だってあなたが望んだことでしょう?  作者: 青空一夏


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第8話 活躍する姉

お読みいただきありがとうございます!

当初は二万字程度を想定していたのですが、書き進めるうちに調子が出てしまい……もう少し長くなりそうです。

すみません。

それでも最後までお付き合いいただけたら、とても嬉しいです。

 ベッドの中で目を覚ますと、隣にアレクサンダー様の姿はなかった。いつもなら朝の光とともに、まぶしいほど麗しい寝顔を眺められるはずなのに。


「アレクサンダー様……? どちらへ行かれたのかしら」

 小さくつぶやき、私はそっとベッドを抜け出して廊下に足を運ぶ。ほどなくして、厨房のほうから柔らかな香りが漂ってきた。焼き立てのパンの匂い、バターで調理された卵料理の匂い……私はその香りに導かれるように厨房へ向かった。


「アレクサンダー様?……まぁ、まさかお料理をなさるなんて……なんて素敵なのでしょう」

 まさか厨房でエプロン姿のアレクサンダー様に出会うとは思いもしなかった。彼は手際よく二人分の朝食を整えている。焼き立てのパンを皿に並べ、卵料理を仕上げるその動作は皇太子とは思えないほど自然で、それでいて気品と優雅さを少しも失っていなかった。


(料理をする男性が、こんなにも魅力的に映るなんて思わなかったわ。アレクサンダー様は何をなさっても本当に絵になるのよね。それに、私のために料理してくださることが、何より嬉しいわ)


「おはよう、アンジェリーナ。今日は君に朝食を作ってあげたくてね。料理は私の趣味のひとつなんだ。サラダに使っている野菜も自家製でね。実は、野菜づくりも好きなんだよ」


 思わず微笑んでしまう。アレクサンダー様の趣味は実に多才だ。宮廷画家に劣らぬほどの絵を描き、ピアノやヴァイオリンも完璧に弾きこなす。しかも体を鍛えて剣の腕を磨くことも怠らず、政務にも精力的に励んでおられるのだ。


「おはようございます、アレクサンダー様……私、妃として恥じぬように、これからも日々精進いたしますね」

 あまりに素晴らしすぎる夫を持った私は、思わず朝から誓いの言葉を口にしてしまう。だって、これほど尊いお方の妻でいられるなんて、嬉しくて仕方がないのだ。アレクサンダー様のお役に立ちたいし、もっともっと私を愛してほしい。


「どうしたんだい? その気持ちは嬉しいけれど、アンジェリーナは今のままで十分だよ。君が側にいてくれるだけで私は頑張れるし、皇太子妃としても立派に務めを果たしていると思う」


 (アレクサンダー様は、いつだって私を褒めてくださる。だからこそ、ますますやる気が湧いてくるのよね)


 私は愛おしい夫と並んで、焼きたてのパンを口にし、新鮮なサラダをつまんだ。


「とても美味しいですわ。特にこのレタス、みずみずしくて歯ざわりが心地よいです。トマトも甘くて、キュウリも爽やかで美味しいです」

「私の趣味の農園は、今年は豊作だったよ。だが、バントック帝国の一部では、野菜や果物がほとんど育たない土地があると報告を受けている。人々は大地の神の呪いだとか、領主の日頃の行いへの祟りだとか口にしているが、私はどうにも納得できない。去年は豊作だったのに。同じ土地で、気候も去年と変わらない。なぜ今年は不作なのだろう」


「なるほど。そういえば、ボルダ王国は毎年、野菜や果物の豊かな収穫で知られていますよね? 遠い国ですから、そう簡単に交流はできないかもしれませんが、あちらの農業関係の文献を手に入れることは可能ですか?」

「あぁ、多少骨は折れるだろうが、入手はできると思う。ただし、ボルダ王国はいまだに古代語を用いている国だ。文献を取り寄せても、この国で読み解ける者はいないよ」


「ふふっ、それは心配いりませんわ。実は私、古代語を読めますの。マールバラ王国での王太子妃教育のなかで、ほんの少し古代語を学ぶ時間がありましたのよ。とても興味深くて、今でもはっきり覚えています。文字の形が動物を表しているようで、楽しく学べました。ぜひ、文献を取り寄せてください」


 それからひと月後、皇太子妃専用の執務室には膨大な農業関係の文献が積み上げられていた。その光景を目にした瞬間、私はマールバラ王国での王太子妃教育に心から感謝した。というのも、この程度の量なら、王太子妃教育で課されてきた書物の数と大差ないので、少しも怖じ気づくことはなかったからだ。なにより今は、愛するアレクサンダー様のお役に立ちたい一心で臨むのだから、当時とは比べものにならないほど意欲に満ちていた。


(バントック帝国の民のためにもなるもの。よし、頑張らなくちゃ!)


 古代文字はしっかり記憶していたから、難なく読み進めることができた。お目当ての情報が見つかればいいのだけれど……そう願いながら毎日執務室にこもり、ひたすら読み続けて二十日目。ついに、解決策と思える文献に巡りあった。


 その文献に記されていたのは、目から鱗が落ちるような内容だった。曰く、大地には土を喰らう小さき邪霊が潜み、同じ作物を植え続けるとその力を増して根を蝕むという。邪霊に悪しき力を与えぬためには、別の作物を植えるのがよい――と。


 さらに別の文献にも、よく似た教えが記されていた。赤き実をつけるものを植えた後には、豆の精が宿る植物を。葉を巻くものを育てた後には、根を伸ばすものを――そうすれば大地の力は保たれる、と。


(つまり、同じ作物を続けて植えなければよい――どの文献もそう伝えているのね。早速アレクサンダー様にご報告しなくては。これが本当に解決策になれば、どれほど嬉しいことかしら)


 私はアレクサンダー様の執務室を訪れ、文献に記されていた内容とあわせて、具体的な方法を提案した。


「……要するに、葉物のレタスやキャベツを植えたら、次は小麦を。その次は豆、そして次は根菜を植えるとよいと思います。豆や小麦を合間に挟みながら、葉物と根菜を順番に回していけばいいのですわ」


「アンジェリーナ! これは素晴らしい発見だ! すぐに実行に移そう」

 アレクサンダー様は、私の言葉を一瞬の迷いもなく信じてくださった。


 だが、宮廷付きの学者は真っ向から異を唱える。

「不作は神の怒りによるものです。若き皇太子妃殿下の読みかじりで解決できるはずがございませんぞ」


 さらに宰相からも、容赦のない反発が飛んだ。

「農業政策を一妃(いちきさき)の思いつきで変えるなど前代未聞! もし失敗すれば、帝国の国庫に甚大な損失が出るのですぞ!」


 それでも、皇帝陛下も皇后陛下も私の意見に賛同してくださった。とりわけ皇后陛下は、私を抱きしめ、子どものように頭を撫でてくださった。

「まあ、なんて賢い子でしょう。古代語を読み解いたですって? ボルダ王国の文字は難しすぎて、誰も読もうとしないのに。本当に偉いわ! さすがは皇太子妃ね。アンジェリーナは私の自慢の娘ですよ」


 幼い頃から家族に大切にされてこなかった私のことを、皇后陛下はよくご存じだ。だからこそ、折に触れてこうして優しく頭を撫でてくださる。もう大人になったというのに、皇后陛下の手に撫でられると、胸の奥があたたかくなる。本当のお母様のように感じられて、子供の頃に戻ったような気がし、あの頃の寂しさや悲しさまで癒やされていくのだった。


 私が提案した農法は、まずアレクサンダー様が皇宮内のご自身の菜園で試され、やがて帝国全土へと広まっていった。その結果、不作の年は劇的に減り、学者たちや宰相は私に平伏して詫びることとなった。アレクサンダー様はますます私を溺愛してくださり、皇后陛下はにこやかに私の頭を撫でてくださる。そのたびに私は、この上ない幸せを噛みしめるのだった。でも、農民たちからは「豊穣の女神様」と呼ばれるようになって、それだけは恥ずかしくて、やめてほしいと密かに願っていた。


 やがて私のお腹に新しい命が宿り、帝国中が喜びに包まれた。その幸せな日々の最中――マデリーンから一通の手紙が届けられたのだった。



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