第7話-2 自業自得
(お姉様のくせに、なんでそんなに幸せそうなのよ! それに、なんであんなに大事にされているの!)
結婚式の間中、注目の的だったのはお姉様たちで、私と王太子殿下はすっかり霞んでしまっていた。悔しい思いで式を終えたが、祝宴でも参列客は私たちにおざなりの挨拶を済ませると、さっさとお姉様たちのほうに移動していく。
(せっかく、みじめなお姉様を見られると思っていたのに、どこから見ても幸せそうなお姉様なんて、見たくもないわ)
すっかり意気消沈していた私は、祝宴が終わっても気分が優れないままだった。でも、今夜は初夜、いつまでもふてくされていることはできない。
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侍女たちが私の体を丁寧に磨き、香油を塗りたくっていく。
(……少しも嬉しくない初夜だわ。だって、王太子殿下は好みの顔でもないし、気が合うわけでもない。ときめきなんてゼロよ。皇太子殿下が噂通り醜悪で、お姉様がみじめな姿になっていたら、自分の幸せを実感できたのに……あんな素敵な皇太子殿下を見たあとじゃ、王太子殿下がしょぼすぎて、ため息しか出ないわ。あぁ、だるっ……私って、なんて不幸なの?)
夫婦の寝室にやがて王太子殿下が現れ、私は覚悟を決めた。目の前には大きなベッド。世継ぎをもうけるのは貴族や王族の義務だ。気は進まないけれど、我慢するしかない。そんなことを思っていると、王太子殿下に思いのほか冷ややかな声で話しかけられ、私は思わず姿勢を正す。
「まさか……君にあれを知られるとはな。いったいどんな手を使って知り得たんだ?」
「え? ……あれって、なんのことかしら?」
私の声は震えた。王太子殿下はなぜかとても怒っている。
「とぼけるなよ。知っているからこそ、私を脅したんだろう? 我が領土にあるキングスリー教会の地下に、ハリスンという男を捕虜として収容していた。和平交渉が決定した後のことさ。本来なら無傷で帝国に返してやるべきなのだが……生意気で、いちいち癪に障るやつだった」
王太子殿下の顔が、途端に凶悪な表情へと変貌する。私の頭の奥で警鐘が鳴った。嫌な予感──この先は、絶対に聞いてはいけない、そんな気がした。だから慌てて話題をそらそうとしたけれど、王太子殿下は聞く耳を持たない。
「……少し懲らしめてやろうと、近衛兵たちと手荒く制裁を加えていた。しかし、少しばかりやりすぎたんだよ。気がついたら、そいつは息をしていなかった。皇室の血を引く公爵家の嫡男だったことが、後からわかった。だから表向きには、戦地で勇敢に戦って命を落としたことにした」
息が止まる。マット卿には『これを口にすれば殿下は拒めない』と教えられただけ。軽い気持ちで口にした言葉が、そんなにも恐ろしい秘密だったなんて。
(制裁を加えるってなに? 死に至るまで殴ったってこと? いくらなんでも異常よ)
「もしこれが外に漏れれば、政治的に大問題になるし、和平条約も破綻する。王太子の地位も危ういぐらいさ。常に側にいたのは、君が誰かにしゃべってしまいそうで、見張っていたのさ。しかし、だんだん面倒になってきたよ。だから、その愚かな口は永遠に閉じてもらうことに決めた」
王太子殿下が私の首にサファイアのネックレスを巻き付けた。ひんやりと冷たい宝石が肌に触れた瞬間、思わず声をあげそうになると、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。首筋が重い。心臓の鼓動が高鳴り、体の隅々まで緊張が走った。
「それは魔道具がとても発展している国に注文した特注品だよ。私しか外せないし、それをつけていれば無駄口はたたけない。君が急に口がきけなくなっても、誰もたいして心配はしないだろう。だって君は、いつだって人を不快にさせる言葉しか言えないからね」
「っ……! 声が……」
叫ぼうとしても空気だけが震え、声がうまく出せない。喉の奥が凍りつき、息を吸うたびに胸のあたりが痛んだ。
「話そうとしなければ、それほど呼吸は苦しくないはずだ。君は一生黙っていればいいんだよ」
王太子殿下は愉快そうに目を細め、私の顎をつかむ。
「本来なら、妃になる者は大事にしてやるつもりだった。だが、私の秘密に触れ、脅すような女はこうするしかないだろう? ……マデリーンは自ら墓穴を掘ったのさ。この私を脅すなんて身の程知らずが……」
耳元でささやく声は、氷よりも冷たい。
「オルグレーン公爵家の侍女たちから聞いたよ。幼い頃から姉を見下してきたそうだな。虐げられていたのは姉のほうだったそうじゃないか? なるほど、天使の顔に邪悪な心か。……私とお似合いだな。これから仲良く暮らそう。あぁ、もう王太子妃教育なんて受けなくたっていいぞ。声の出せない王太子妃なんて公の席に出ることはないのだから」
絶対零度の笑みを浮かべながら、王太子殿下はさらに続ける。
「私は君に本性を隠すつもりはない。だから、せいぜい私の機嫌を損ねないよう気をつけることだ。体にあざがつかないようにな」
その瞬間、私は悟った。愚かな私は幾重にも間違いを重ねて、恐ろしい男の妻になってしまったのだと。私の軽率さと浅ましさが、すべてを台無しにしたのだ。
声を失い、自由を奪われた王太子妃。いつも夫の機嫌を損ねないよう、ビクビクしている、それが私だ。
これから続くのは残忍な性格の王太子殿下との牢獄のような生活――私自身が選んでしまった運命だった。
「あぁ、失敗した! 王太子殿下の秘密なんて探らずに、素直にバントック帝国に嫁いでいれば、アレクサンダー皇太子から大事にされていたはずなのに」
そう叫びたかったのに、私の唇から出た言葉はしゃがれたうめき声だけで、喉と胸の痛みに思わずうずくまる。私に放った殿下の声は楽しげに弾んでいた。
「安心しろ。寿命まで、ちゃんと生かしておいてやるよ。声を失った妃をいたわる優しい夫を演じてやろう。私は温厚で慈悲深い国王になるつもりだからな」
(嘘よ……こんな結末は望んでいない。こんなのあんまりよ。私はただイージーモードの人生を楽しんで生きたかっただけなのに……)
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※実は王太子ってやばい人だったのです。次話はアンジェリーナ視点にまた戻ります。アンジェリーナの幸せな生活と活躍、バントック帝国のますますの発展。その次々話では王太子の末路などを書き進めていこうと思っています。最後はヒロインのほっこりした幸せな話で終わりたいな、と思います。もうしばらくお付き合いください(^・^)
※マデリーンへのざまぁは、声を失う。そして残忍な性格の夫とこれから暮らさなければならないというものでした。




