第3話 狡猾な妹
※sideマデリーン
(ふふん、今日はお姉様が王宮で王太子妃教育を受けている間に、私は思いっきり楽しむわ)
お母様と一緒にカフェを巡り、窓際の陽だまりの中で流行のスイーツを頬張る。ふわふわの生クリームに添えられたベリーの酸味がたまらなくて、思わず目を細めた。最新のドレスを見た仕立屋では、リボンの色やレースの柄の違いを比べながらも、一番高価なドレスをお母様にねだった。明日の観劇の予定まで立てて――ああ、お姉様がこの話を聞いたらきっと歯ぎしりするわ。
私はにっこり笑ってお母様にお願いした。
「このお菓子、お姉様にも食べさせてあげたいわ。お姉様は今頃、王宮で頑張って講義を受けていらっしゃるのだもの。お母様、買って帰りましょう」
「まぁ、マデリーンは優しいのね。とてもいい心がけですよ。きっとアンジェリーナも喜ぶわ」
お母様はなんのためらいもなく、私の言葉を素直に受けとめた。でも、これは優しさじゃない。苦労しているはずのお姉様を悔しがらせる作戦に過ぎないのだ。
屋敷に戻ると、すぐに課題に取りかかったお姉様の部屋に計画通り訪れる。バカみたいに膨大な課題は時間がかかる。でも、お姉様なら寝るまでには終わってしまう。だから、ディナーの時間が終わるまでは課題をさせてあげないことに決めた。
「お姉様ったら、お勉強のしすぎですわ。そんなに詰め込みすぎたら体を壊してしまうわよ。さぁ、私と一緒に庭園をお散歩しましょう。ほら、ちょうど空が夕焼けに染まって、とても綺麗なの。それに、美味しいお菓子も用意してあるから、お茶も一緒にいただきましょう?」
こう言えば私は優しい妹で、拒絶するお姉様は悪者よ。予想通りで、お姉様は言うことを聞かない。でも、そんなことで引き下がる私じゃないわよ。だって、お父様やお母様は私の味方だもの。
「姉思いのマデリーンの言うことを聞きなさい。勉強ばかりしていないで一緒に庭園をお散歩して、ガゼボでゆっくりお茶をするといいわ。マデリーンはあなたの健康を心配してあげているのだから」
(ほらね? お母様に泣きついたら、すぐに私の味方になってくれた。お母様にこう言われたら、お姉様は言うことを聞くしかないのよ。ふふっ、ざまあみろだわ!)
庭園を歩きながら、私は素敵だったカフェの内装の話や仕立屋で見た最新のドレスの話をした。明日もお母様と出かけること、行き先はとても話題になっている劇が上演されている劇場だ。平静さを装っていたお姉様だけれど、一瞬だけ瞳の色が曇り、唇をギュッと引き結んだのがわかった。これは、お姉様が傷ついた時やイライラしたときにする、姉妹だからこそわかる些細な変化だった。
(うふふ。おもしろぉーーい! なんて楽しいの。いつもすましたお姉様がイライラしたり、傷つく姿を見るのがたまらなく楽しいわ)
両親は気づかない。私の無邪気な笑顔の裏で、計算された小さな悪戯が潜んでいることを。息抜きを勧めたのはお姉様に夜通し勉強させて眠らせないためだし、お菓子を買うようにお母様にお願いしたのは、お姉様を悔しがらせるための「楽しい遊び」なのだ。だって、自分が王宮の一室で勉強させられているのに、王太子妃教育を押しつけた私が遊びほうけているなんて、絶対おもしろくないはずだもの。
(ふふん、これが私の幸せ。お姉様は真面目に課題をこなし、私は自由に日常を楽しむ――そしてちょっぴり、お姉様の心をかき乱す。ああ、こんな日が、ずっと続けばいいのに。頭が良くていつもすましたお姉様、大嫌いよ)




