第11話 マデリーンの末路
さて、妹マデリーンは――あの暴動の最中を生き延び、私を頼って帝国にたどり着いた。
「私はマールバラ王国の元王太子妃よ!皇太子妃アンジェリーナの妹なのだから、すぐに通しなさい!」
皇宮を守る門番に向かって高飛車にそう叫んでいたらしい。女官から報告を受けた私は、仕方なくマデリーンを皇太子宮に招き入れた。
「お姉様、ごきげんよう! 私ね、王太子殿下が幽閉される前に魔道具をはずしてもらったの。少し声は変わったけれど、以前より魅力的でしょう? ハスキーで色っぽい声になったと思わない? 私、お姉様のために来てあげたのよ。まずは湯浴みさせてちょうだい。着替えもいるわ。お腹もペコペコなのよ」
確かに着ているドレスはボロボロで、湯浴みもかなり長い間していなさそう。体も痩せ細っていたから、ついかわいそうになってしまう。侍女たちにマデリーンの湯浴みや身支度を調えるよう指示し、コックにもすぐに作れる食べ物を用意するよう伝える。
湯浴みを終え、きれいに着替えてサロンに現れたマデリーンは、出された軽食のサンドイッチを夢中で頬張っていた。皿に残っていたものをすっかりたいらげ、手を叩いて次を要求する姿に、思わず侍女たちが目を見合わせている。
よほどお腹がすいていたのだろうと、私は追加のサンドイッチを持ってくるように指示を出す。お腹がいっぱいになると、次はアレクサンダー様に会わせてほしいとねだりはじめた。
「いったい、なんの用事があるの? しばらく待っていれば、こちらにいらっしゃるはずよ。そろそろ、いつものお茶の時間ですもの」
「ふふっ、お姉様のためにとてもいい案を思いついたのよ。ぜったいに喜んでいただけるわ」
(……また始まった。この口調で言うときの提案は、子供の頃から決まってマデリーンだけが得をする話だったもの)
やがて、アレクサンダー様がお茶を飲みにサロンへいらっしゃり、マデリーンの姿に怪訝な表情を浮かべる。
「なぜ、マデリーン嬢がここにいるんだい?」
「それは、お姉様とアレクサンダー様を助けるためですわ。お姉様はすっかりお腹がパンパンになりましたでしょう? だから、そろそろ側妃が必要だと思って。私がなってさしあげますわ。赤の他人を置くより、妹の私の方がずっと安心でしょう? それに、この国なら三人は側妃がいてもおかしくありませんもの」
(あぁ、やはりこういう子なんだわ。私の気持ちを逆なでするのが、本当に上手なのよ。けれど、確かに歴代のバントック皇国の皇帝に側妃は当たり前にいた。アレクサンダー様が異例なのよ。私はそれを嬉しがっていたけれど国益的にはどうなのかしら? アレクサンダー様をいさめても、本当は側妃を勧めるのが正妻たる皇太子妃のあるべき姿なのかもしれないわね)
思わずシュンと項垂れてしまう。女としての幸せと、皇太子妃としての責務は、きっと両立できないものなのだから……
ところが、翌朝、マデリーンの姿はどこにもなかった。
「アレクサンダー様。マデリーンがどこにもいないのです。おかしいわ、行くあてなんてないはずですのに」
「さぁ、私も知らないよ。変わった令嬢だから、気まぐれなのだろう。そもそもここまで無事に来られたということは、道中で誰かに助けてもらったはずだ。同行していた男性がいたのかもしれない。女性が単独でマールバラ王国からバントック帝国まで来るなんて、到底できないからね」
なるほど、そう言われてみれば、その通りだと思った。だとしたら、その男性が迎えに来て、一緒に暮らすことにしたのかも。妹は昔から気まぐれだし、その言動は首を傾げることも多かった。だから、急にいなくなったとしてもそこまで心配はしなかったのだった。
sideアレクサンダー
私はアンジェリーナを心の底から愛している。和平交渉の条件として娶ったが、相手が彼女であったことを、今では心から幸運だったと思う。そんな彼女を悲しませる存在は、私にとっては天敵にほかならない。
マデリーン――彼女は私を怒らせた。マデリーンが私の側妃になると口にしたとき、アンジェリーナが浮かべたあの傷ついた顔を、私は決して忘れない。幼い頃から妹に振り回され続けてきた彼女が、これからも苦しめられるなど、この私が許すはずがないのだ。
私は愛する妃のためなら鬼にでもなれる男だ。心から愛するアンジェリーナ――そしてこれから生まれてくる子供のためにも、マデリーンはここにいてはならない。
朝方、私はマデリーンをこっそり起こし、耳元で甘くささやいた。
「良いところに行こう。二人きりで」
「良いところですって? まあ……お姉様に内緒で? こんな時間から? うふふ、アレクサンダー様も、やっと私の魅力に気づいたのですね」
しゃがれた声でそう言う姿に、どこからそんな自信が湧いてくるのかと疑問しか浮かばない。私にとってこの世で最も美しく、最も愛おしい女性は、ただ一人アンジェリーナだけだ。比べることすら愚かしい。
それでも私は微笑を崩さず、マデリーンを馬車へと導いた。あたかも一緒に乗り込むふりをして――実際には、彼女一人だけを目的地へ送り出したのである。
「え? なぜ私だけ?」
「後から行くよ。先に行って待っていて」
「わかりました。早く来てくださいね! きっと素敵な別邸で、甘い時間を過ごすのでしょう?」
(そんなわけがあるか! 男はみんな自分の虜になるなんて思っているとしたら大間違いさ)
心の中でそう吐き捨て、私は御者に後を任せた。マデリーンが行き着く先は、帝国でもっとも戒律の厳しい修道院だ。
アンジェリーナは、妹に酷い仕打ちを散々受けながらも、完全には見捨てられない優しい人だ。だからこそ、私が代わりに手を下すしかない。彼女の心の平穏を守るためなら、私はどんな冷酷な役回りも引き受けるつもりだ。
御者によれば、馬車に揺られるマデリーンは、最後まで夢見心地でつぶやいていたという。
「お姉様に内緒の甘い時間……きっと素敵な別邸が待っているのね」
だが、その先に待っているのは鉄の扉と冷たい石壁だけだ。そこは、身分ある罪人を収容するための修道院。外の世界から切り離され、厳しい戒律に縛られて過ごす場所だ。
マデリーンに二度と自由は戻らない。一生、閉ざされた世界の中で生きることになるだろう。そして、亡くなったところで誰も引き取らず、修道院の裏手の共同墓地に葬られる運命が待っているのだ。
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※ここまでお読みくださりありがとうございます!
次回予定としては最終話。思いっきりラブラブなアンジェリーナとアレクサンダーを描写して、ほっこりしていただくことを目指しております。




